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2023.3.15
【最後の浮世絵師】芳幾と芳年が切り開いた表現とは?三菱一号館美術館にて展覧会が開催中。
江戸時代に隆盛を誇った浮世絵。しかし幕末から明治時代に入ると、写真、石版画といった新技術や新聞、雑誌といったメディアの登場により衰退の道をたどることになります。そうした時期に活動したのが、ともに30代半ばで明治維新を迎えた落合芳幾(おちあい よしいく。1833〜1904年)と月岡芳年(つきおか よしとし。1839〜1892年)です。
目次
国芳『八犬伝之内芳流閣』 1840(天保11)年 浅井コレクション
江戸後期を代表する浮世絵師、歌川国芳の門下でともに腕を磨いたふたりは、幕末の風潮を反映した残酷な血みどろ絵を共作するなどして人気を二分しますが、芳幾はその後に発起人として関わった「東京日々新聞」(毎日新聞の前身)の新聞錦絵を描き、芳年は国芳から継承した武者絵を独自に展開し、歴史的主題の浮世絵を開拓します。
右:芳幾『吃又 看板絵』、四代鳥居清忠 『文覚 看板絵』 1894(明治27)年 早稲田大学演劇博物館 左:芳年『ま組火消しの図』 1879(明治12)年 赤坂氷川神社
その芳幾と芳年の画業を振り返るのが、現在、三菱一号館美術館にて開催中の『芳幾・芳年―国芳門下の2大ライバル』です。ここでは最後の浮世絵師とも呼ばれるふたりが浮世絵衰退の激動の時代に抗うべく、どう表現していたのかについてひも解いています。(※)
(※)芳幾と芳年、名前が似ているので正統派の芳幾、革新性の芳年、と押さえておくといいかもしれません。(編集部追記)
芳幾・芳年初期の共作『英名二十八衆句』で描かれたものとは?
芳幾『英名二十八衆句 鳥井又助』 1867(慶応3)年 西井コレクション
『英名二十八衆句』とは芳幾と芳年が14図ずつ分担して描いた初期の代表作です。歌舞伎や講談から残酷なシーンを集めた「血みどろ絵」、または「無惨絵」と呼ばれる作品で、師の国芳の影響のもと、幕末の不穏な世相が反映されているといわれています。
芳年『英名二十八衆句 高倉屋助七』 1867(慶応3)年 西井コレクション
芳幾は役者絵の型や様式美を重視して描く一方で、芳年は上の『英名二十八衆句 高倉屋助七』からもわかるように全体的に血の量が多く、人物を写実的に表現しました。
『太平記英勇伝』と『武者无類』から浮かぶ芳幾と芳年の個性のちがいに注目
芳幾『太平記英勇伝』 1867(慶応3)年 浅井コレクション 展示風景
それでは芳幾と芳年は国芳から何を受け継いだのでしょうか。ともに国芳が得意とした武者絵の浮世絵師としてキャリアをスタートさせますが、芳幾が『太平記英勇伝』で師のスタイルを忠実に模したのに対して、芳年は『武者无類』シリーズに見られるように作風を革新的なものへと変えていきます。
右:芳年『芳年武者无類 相模守北條最明寺入道時頼』 1883(明治16)年 左:芳年『芳年武者无類 日本武尊 川上梟師』 1883(明治16年)頃 ともに浅井コレクション
『武者无類』とは神話から戦国時代のさまざまな武将を描いた33枚の揃物です。戦闘の一瞬をダイナミックな構図で捉えながら、静謐で緊張感のあるシーンを絶妙に表しています。今回の展示にて史上初めて全て揃って展示されました。
芳年『藤原保昌月下弄笛図』 1883(明治16)年 北九州市立美術館
芳幾は新聞錦絵や役者肖像へと活動の舞台を移し、芳年は浮世絵に拘りつつも、描く対象を歴史的人物へと広げていきます。また芳年は多くの画家が歴史画の手本とした菊池容斎の『前賢故実』や西洋画にも学んで、歴史画に新基軸をもたらそうとしました。
大衆から絶大な人気を集め、新聞錦絵で大きな成功を収めた芳幾
芳幾『東京日々新聞 四十号』 1874(明治7)年 毎日新聞社新屋文庫
新聞錦絵における芳幾と芳年の個性の違いも見ておきましょう。芳幾が東京初の日刊紙『東京日日新聞』を発刊に関わったのは1872年のこと。芳幾は新聞から美談や奇譚、煽情的、または猟奇的な記事を取り上げると錦絵を制作します。そのゴシップ的な記事の内容からいわゆる知識階級とは異なり、一般の大衆から絶大な人気を集めました。
芳幾:『東京日々新聞 百一号』 1874(明治7)年 毎日新聞社新屋文庫
当時の新聞は新時代の到来を実感させる最新のメディアでした。よって新聞錦絵にも文明開化のシンボルが取り込まれ、芳幾も電信柱と力士や外国人と武器など新旧の事物を対比させて描きます。また縁取りの赤は幕末から輸入され、浮世絵に多用された新しい色彩でした。当時の人々には殊更鮮やかに見えたに違いありません。
芳年『郵便報知新聞 第六百六十三号』 1875(明治8)年 毎日新聞社新屋文庫
この芳幾の成功は多くの追従者を生み出すと、3年後にはライバルの芳年を起用して『郵便報知新聞』錦絵が刊行されます。ここでも駆け落ちや心中といった記事が錦絵として表されますが、芳年は遠近を意識した空間表現や立体感を強調し、オーバーアクション気味の迫真性の高い画面を築きました。
貴重な肉筆画から同時代の浮世絵師の作品、そして芳年の『月百姿』へ
芳幾『歌川国芳追善絵』 1861(文久元)年 悳コレクション
1861年に師の国芳が亡くなった際、芳幾が門人を代表して「死絵(しにえ)」(※)を描いたことから、彼が国芳の高弟であったとみなされています。また葬儀において芳幾は兄貴風を吹かせようとしたのか、座る芳年を邪魔だと足蹴にしたというエピソードも残されています。もちろんふたりで共作も手がけているため、仲が悪かったとは言い切れませんが、複雑な両者の関係も伺えるのではないでしょうか。また晩年の芳幾は芳年の図を焼き直して使うこともあったそうです。
(※)死絵とは著名な人物が亡くなった際、その死を惜しみ出版された錦絵を指します。(編集部追記)
小林清親上野山王台西郷隆盛君之銅像 1897(明治30)年頃 浅井コレクション
これまでご紹介した役者絵や新聞錦絵のほかに、会場ではふたりの貴重な肉筆画や師の国芳の作品、また歌川貞秀や小林清親、それに豊原国周といった同時代の浮世絵師の作品も公開されています。
芳年『月百姿 吉野山夜半月 伊賀局』 1886(明治19)年 浅井コレクション
さらにラストには芳年が画業の最後に手がけた傑作『月百姿』の一部も展示。現代のカメラアングルのような視点と、アニメーションを思わせる動きのある画面も魅力です。
芳年『羅城門渡辺綱鬼腕斬之図』 1888(明治21)年 浅井コレクション
政治体制が大きく変化し、新たなメディアが生まれた幕末明治の時代は、パンデミックや戦争の危機に晒され、SNSなどの台頭する現代に通じるものがあるかもしれません。
『芳幾・芳年―国芳門下の2大ライバル』より肉筆画などの並ぶ展示風景。三菱一号館美術館は本展を終えると、設備入替および建物メンテナンスのため長期休館します。(2024年秋頃の再開館を予定)
芳幾、芳年のふたりのライバルの作品を見ながら、激動の時代における彼らの生き様をたどってみてください。
展覧会情報
『芳幾・芳年―国芳門下の2大ライバル』 三菱一号館美術館
開催期間:2023年2月25日(土)〜4月9日(日)
所在地:東京都千代田区丸の内2-6-2
アクセス:JR線東京駅丸の内南口より徒歩5分。都営三田線日比谷駅B7出口、および東京メトロ千代田線二重橋前〈丸の内〉駅1番出口よりそれぞれ徒歩3分
開館時間:10:00~18:00
※金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は21:00まで
※入館は閉館の30分前まで
休館日:3月6日(月)、3月13日(月)、3月20日(月)
料金:一般1900円、高校・大学生1000円、小・中学生無料
https://mimt.jp/
画像ギャラリー
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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