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2026.7.16

【取材レポート】三菱一号館美術館『”カフェ”に集う芸術家』展の見どころを写真とともに解説!

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カフェと聞いた時、まず何が思い浮かぶだろう。

現代なら、コーヒーや紅茶を片手に一息つく場所。あるいはパソコンを開き、仕事や勉強に集中する場所かもしれない。現代のカフェは、どちらかといえば「自分のための時間」を過ごす場所というイメージが強い。

ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz.

しかし、19世紀から20世紀初頭にかけてのヨーロッパのカフェは少し違っていた。

そこは、単に飲食を提供する場というだけではない。芸術家や作家ら、異なるジャンルのクリエイターたちが集い、議論を戦わせる場所だった。飛び交う議論は芸術家たちを大いに刺激し、新たな創作へも向かう原動力となった。

カフェとはまさに新たな文化の胎動の場だったのだ。

そんな「創作の現場」、「文化の発信地」としてのカフェを切り口に、19世紀半ば~20世紀初頭にかけての文化を概観する展覧会『"カフェ"に集う芸術家―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで』が、2026年9月23日(水・祝)まで三菱一号館美術館で開催されている。

印象派やポスター芸術など、なじみ深い芸術を新たな視点から見ることで見えてくる新しい「世界」とその見どころを紹介したい。

①芸術の揺籃としてのカフェ

19世紀フランスにおいて、カフェとは芸術家にとって仲間たちと集える場であり、観察対象の宝庫でもあった。

当時の芸術家たちにとって唯一の作品発表の場はサロンであり、そこでは神話や歴史を題材にした伝統的な作品が高く評価されていた。

しかし、19世紀後半になると、それに満足せず、自分たちの生きる「現代」の生活へと目を向け、その中にある美(「現代性」)を見いだし描こうとする動きが若い画家たちの間で興り始める。

その代表格がエドゥアール・マネだった。彼は娼婦や郊外でのピクニックなど当世風の主題を、ティツィアーノやラファエロら過去の巨匠たちの作品を下敷きにした構図で描き、たびたび物議をかもしていた。

一方、サロンが求める伝統的な価値観に物足りなさを感じていたモネやルノワール、ドガたち若い画家にとって、マネは「新しい芸術」への指針を示してくれる憧れの存在だった。

そんな彼らが毎週集い、議論を戦わせていたのが〈カフェ・ゲルボワ〉である。この集会について、後年モネが語った言葉が展覧会会場の壁には記されている。

(展覧会会場より)(筆者撮影)

想像してみてほしい。創作というのは、自分の中のアイディアと向き合う孤独な営みでもある。それ故に向き合い続ける中で、行き詰まることも少なくない。

しかし、異なる物の見方や経験を持つ者たちに向けて自分の考えを語り、彼らの意見に耳を傾けることで自分では気づかなかった視点や新たな挑戦へのモチベーションを得ることができる。

実際、この〈カフェ・ゲルボワ〉での会合を通して画家としての方向性を変える転機を得た一人として、展覧会ではドガの名が挙げられている。

ドガは元々、古典的な手法を学び歴史画や肖像画などを手がけていたが、仲間たちとの交流を通して、現代の都市生活へと目を向けるようになっていく。特に1871年頃から取り組み始めた踊り子のモチーフは、やがて彼の画業を代表するテーマへと発展していく。

エドガー・ドガ《赤い服の踊り子》1897年頃 パステル、カルトン ひろしま美術館

やがてメンバーは自分たちが描いた作品を自由に発表できる場所を求めるようになる。そしてその思いは全8回の印象派展の開催へと結実していく。

このように、第一章では〈カフェ・ゲルボワ〉が個々の画家の転機となると共に、美術史を大きく揺るがす新たな芸術運動が生まれる揺籃となった様が具体例を交えながら描かれている。

また、展覧会会場では、各セクションの番号が付き出し看板風にデザインされているなど、パリのカフェを思わせる洒落た仕掛けも随所に見られる。

(展覧会風景より)(筆者撮影)

カフェ文化を巡る旅は今始まったばかりだ。

②ポスター芸術

19世紀になると、カフェは多様化していく。

飲食のみならず、歌やダンスを楽しめるカフェ・コンセールやキャバレーなど、体験型娯楽を提供する店がパリの街に次々と誕生した。

そして店に人を呼び込むため、広告ツールとしてポスターのニーズが高まっていく。展覧会の2章では、こうして花開いたポスター芸術の世界に焦点が当てられている。

ポスターに使われる版画技法・リトグラフは、当時はまだ使える色数が限られていた。しかし、そのような制約の中でも、工夫を凝らし、祝祭的な華やかさを持つ美しい作品を生み出したのがシェレである。

実際に第二章は彼による4枚のポスターによって幕を開ける。

(展示風景より)(左)ジュール・シェレ《「ロータスの花」フォリー・ベルジェール》1893年 (右)ジュール・シェレ《「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ》 1893年 (筆者撮影)

(展示風景より)(左)ジュール・シェレ、《「パリーシカゴ」エッフェル塔劇場》、1893年 (右)ジュール・シェレ、《ムーラン・ルージュの舞踏会》、1889年 (筆者撮影)

4点の中でも特に目を引く《ムーラン・ルージュの舞踏会》を例にとって見てみよう。

〈ムーラン・ルージュ(赤い風車)〉は1889年にモンマルトルに誕生したキャバレーである。名前通り真っ赤に塗られた風車がトレードマークで、歌やダンスなど趣向をこらしたショーを売りとしていた。

シェレのポスターはちょうど開店にあたって制作されたものだ。赤い風車のシルエットを中心に、馬に乗ったドレス姿の女性たちがメリーゴーランドのようにその周囲を巡る構図によって、店の華やかな雰囲気を印象づけている。

特に印象的なのが手前にひときわ大きく描かれた黄色いドレスの女性だろう。黄色と補色の関係にある青色を周囲に配することで、彼女の姿はより鮮やかに浮かび上がっている。

白い足を膝まで見せた女性はこちらへと視線を投げかけ、笑いかけている。

「あなたもこちらにいらっしゃい」と誘っているかのように。

そして、その目印となるのが、彼女の背後に見える赤い風車だ。ポスターを見た当時のパリ市民は、「楽しいことが待ち受ける場所」としてムーラン・ルージュの名を記憶したことだろう。

他のシェレのポスターも見てみると、共通して目に飛び込んでくるのは、華やかな女性たち(シェレット)の姿だ。躍動し、健康的な美しさに溢れる彼女たちは、百年以上が経った今でも観る人を誘う力を失っていないようにも思える。

この時代を代表するポスター画家としては、ロートレックとミュシャの名も外せない。
展示室を進むと、彼らの作品も姿を現す。特にロートレックはデビュー作〈ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ〉をはじめ数多くのポスターが並んでいる。

アンリ・ド・トゥールーズ= ロートレック《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》1891年 リトグラフ 三菱一号館美術館

《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》では、画面いっぱいに、ステージで踊る二人のダンサーが描き出されている。女性はラ・グーリュ、男性は骨なしヴァランタンで、このコンビは当時のムーラン・ルージュの看板スターだった。

足を上げた瞬間を簡素な線で捉えたラ・グーリュは、前景のヴァランタンや後景で一塊のシルエットと化した観客たちとの対比によって、より鮮やかに浮かび上がる。

ポスターを見ている私たちも、観客の一人としてその場に居合わせ、ショーをかぶりつきで見ているような、そんな感覚すら覚える。

アンリ・ド・トゥールーズ= ロートレック《ジャヌ・アヴリル(ジャルダン・ド・パリ)》1893年 リトグラフ 三菱一号館美術館

一方、こちらの《ジャヌ・アヴリル(ジャルダン・ド・パリ)》では、演奏席からステージで踊るダンサー・アヴリルを描いている。

一際大きく描き出されたコントラバスのネックとそれを支える演奏者の手が、装飾的なフレームの一部をなし、アヴリルの存在を際立たせる。

また、このように手前に大きく一つのモチーフを描き出すことで、遠景との対比を作り出す大胆な構図(近像構図)は、歌川広重の浮世絵を想起させる。

このようにロートレックは、実際の店の熱気を伝えるライブ感に、人目を引く装飾性や浮世絵から学んだ大胆な構図を融合させ、見る者を惹きつけるポスターを次々と生み出した。

それらは、単なる商業広告の枠を超え、一つの「芸術作品」とも呼べる。カフェ文化は、まさにポスター芸術という新たな文化を育んだのだ。

③シャ・ノワールとクアトラ・ガッツ〜カフェ文化、スペインへ

3章では、19世紀フランスのカフェ文化の象徴的存在である〈シャ・ノワール〉に焦点が当てられる。

テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡業公演》1896年 リトグラフ 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.4829)

〈シャ・ノワール〉は1881年にロドルフ・サリスが開いた芸術キャバレーで、詩の朗読やシャンソン、さらには影絵芝居を売りとしていた。特に影絵芝居は絵画、文学、音楽などあらゆるジャンルが融合した「総合芸術」と呼ぶべき存在で、その人気は店内に留まらず、ヨーロッパ各地で巡業が行われるほどだった。

このようなイベントを楽しむ観客たちと、それを作り出す詩人や画家、音楽家など多彩なジャンルのクリエイターたちが交流する〈シャ・ノワール〉は、「パリの頭脳」とも呼ばれるほどの知的空間となっていく。

そして、1880年代末頃から、異国からやって来た1人の男が〈シャ・ノワール〉の新たな常連に加わる。スペインの新聞社の特派員ミゲル・ウトリリョである。さらにはモンマルトルに滞在していたスペイン人画家のラモン・カザスやルシニョルも、店に集うようになる。

彼らは、店で開催されるイベントの数々に、他の客と共に参加し、楽しみながらも、その熱狂を一歩引いて眺めていた。そんな彼らの視線の一端がうかがえるのが、この《マドレーヌ》である。

ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz.

壁際の席で、赤いブラウスの女性が葉巻を手にテーブルについている。テーブルには飲み物の入ったグラスが置かれているが、口をつけた様子はない。

彼女は上体を捻って、待ち合わせ相手である誰かの姿を探しているようだ。背後の鏡には、賑わう店内の様子が黒を基調とした暗い色調と大まかなタッチで描かれており、リアリズム寄りで描かれた女性の姿とコントラストをなしている。

待ち人は未だ現れず、店に満ちる喧騒の中に溶け込むこともできない。そんな彼女の孤独と不安が画面からは立ち上ってくるように思える。

なぜ、カザスはこのような絵を描いたのか。

パリのカフェ文化に惹かれながらも、異邦人としてカフェの喧騒に完全には溶け込めない。だからこそ、熱狂に隠された孤独や不安に目が向き、それを女性の姿に託したのかもしれない。

また、鏡を使って女性が見ている店内の賑わいを描き出し、彼女の孤独や虚ろさを浮き彫りにする構図は、ミュージックホールを題材にしたマネの晩年の傑作〈フォリー=ベルジェールのバー〉を想起させる。

(参考図版)エドゥアール・マネ、《フォリー・ベルジェールのバー》、1882年、コートルード・ギャラリー, Public domain, via Wikimedia Commons. ※本展覧会には出品されていません

しかし、彼らがフランスで得たものはこのような店内をモチーフにした作品だけではない。スペインに戻った後、1897年にカザスやウトリリョは〈シャ・ノワール〉をモデルにしたカフェ〈クアトラ・ガッツ〉をバルセロナにオープンさせる。

このカフェはカザスらが担い手となったカタルーニャの芸術運動「ムダルニズマ」の中心地となった。

そしてこの〈クアトラ・ガッツ〉の常連だった一人が、若き日のパブロ・ピカソだった。展覧会の終盤では、そんな若きピカソの作品も見ることができる。中でもこの展覧会のクライマックスふさわしい一枚が、〈酒場の二人の女〉(広島美術館所蔵)だ。

酒場の片隅で、青い服をまとった2人の女性がこちらに背を向けて座っている。カウンターにはグラスは1つしかなく、しかも既に空だ。女性たちはうつむき、視線や言葉を交わす様子もない。

深海を思わせる冷ややかな空間の中に、彼女たちの背中から滲み出る孤独感と倦怠感、ため息の気配が満ち満ちていく。絵を見ていると、その空気を肌で感じずにはいられない。

まさに、〈クアトラ・ガッツ〉で多くの芸術家たちと交わりながら、自らの表現を模索していた若きピカソの歩みを象徴する一枚と言える。

こうして展覧会を通してみると、カフェという場所が実に多面的な空間だったことを実感する。

飲食。
人との出会いと交流。
観察対象。

見知らぬ人と一緒でも盛り上がることのできる楽しいイベントと、決してその中に溶け込むことのできない孤独感。

だからこそ、カフェはあらゆる方向から芸術家たちを刺激し、創作のヒントを与え、作品発表の機会を提供する「新たな文化の発信地」たりえたのだろう。

展覧会情報

◆ "カフェ"に集う芸術家 ー 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで

会期 2026年6月13日(土)- 2026年9月23日(水・祝)
会場 三菱一号館美術館
開館時間 10:00 - 18:00
(但し、祝日を除く金曜日、第2水曜日、7/25(土)、9/19(土)~9/23(水・祝)は20時まで開館。)
※ 入館は閉館時間の30分前まで

観覧料金
<当日券>
一般 2,300円
大学生 1,300円
高校生 1,000円
中学生以下 無料
※価格はすべて税込
※障害者手帳をお持ちの方は半額、付添の方1名まで無料
※各種割引利用の場合、他の割引との併用不可

公式サイト:"カフェ"に集う芸術家 ー 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで

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アート・ライター。大学ではイタリア美術を専攻し、学部3年の時に、交換留学制度を利用し、ヴェネツィア大学へ1年間留学。作品を見る楽しみだけではなく、作者の内面や作品にこめられた物語を紐解き、「生きた物語」として蘇らせる記事を目標として、『Web版美術手帖』など複数のWebメディアに、コラム記事を執筆。

アート・ライター。大学ではイタリア美術を専攻し、学部3年の時に、交換留学制度を利用し、ヴェネツィア大学へ1年間留学。作品を見る楽しみだけではなく、作者の内面や作品にこめられた物語を紐解き、「生きた物語」として蘇らせる記事を目標として、『Web版美術手帖』など複数のWebメディアに、コラム記事を執筆。

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