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2026.10.12
【武蔵野美術大学美術館】安西水丸の「のほほん」は、どうつくられた?─原画からたどる、軽やかな絵の舞台裏
安西水丸の絵を見ると、少し肩の力が抜けます。簡潔な線、鮮やかな色、ゆったりとした余白。身近なものを描いたその画面には、気負わず眺めていられる心地よさがあります。けれど、さらっと描いたように見える絵ほど、どうしてこれほど印象に残るのか、不思議にもなります。
武蔵野美術大学美術館で2026年10月25日(日)まで開催中の「安西水丸とイラストレーション─絵があって、ぼくがいた。」は、その軽やかさを原画から見つめ直せる展覧会です。美術館に寄贈された13,000点を超える原画から厳選した約1,000点を展示。幼少期や大学時代の作品から、漫画、雑誌の挿絵、書籍の装画、作家たちとの共作までをたどります。
見慣れた作風の成り立ちを知ると、線や色だけでなく、絵の中の何も描かれていない場所にも目を向けたくなります。
鮮やかな色を生んだ、切って貼る画材
安西の絵を特徴づける鮮やかな色。その表現を支えた画材のひとつが、パントーン・オーバーレイです。透明なカラーフィルムを切り貼りして着色するもので、均一で明快な色面をつくることができます。印刷の色指定や版分けにも使われた、デザインの現場と結びついた素材でした。
安西は1976年頃からこの画材を使い始めました。黒い線の上に、あえて少しずらしながらフィルムを貼る。そのずれや間合いが、絵に軽やかさと独特の透明感をもたらします。
線の内側をきっちり色で埋めれば、形は明確になります。安西の表現では、線と色が少し離れることで、画面に呼吸するような余地が生まれます。色面は均一でも、線との関係まで整えすぎない。そこに、親しみやすさを読み取ることもできるでしょう。
この画材への愛着を伝えるのが、製造中止に際して新聞広告を出し、在庫を集めようとしたというエピソードです。代わりの素材を探すだけでは済まないほど、安西の表現と深く結びついていたことがわかります。
もちろん、安西の絵がすべてこの方法で描かれているわけではありません。色鉛筆や水彩なども使い、媒体や内容に応じて描き方を変えています。たとえば、ヤマハの会員向け音楽情報誌『レガート』の表紙絵は、色鉛筆だけで描かれています。
画材が変わっても、安西らしさは残ります。それは特定の材料だけでなく、線や色をどう置くかという感覚にも宿っているのでしょう。
絵の外側まで考える、イラストレーター
軽やかな絵の背景には、デザインを学び、広告や出版の現場で働いた経験もあります。
安西は日本大学芸術学部でデザインを学びました。自宅にあった『建築学大系』のバウハウスについての章を愛読し、その教育に強く惹かれていたといいます。学生時代には数多くのデッサンを重ね、憧れていたベン・シャーンや和田誠の影響を受けた作品も残しています。
大学卒業後は電通に入社。その後、ニューヨークのデザイン事務所での勤務を経て、平凡社でアートディレクターを務めました。絵と文字、余白、印刷物全体との関係を考える経験は、のちのイラストレーションにもつながっています。
その感覚がよく伝わるのが、いすゞ自動車のトラックを描いた『輸送リーダー』の仕事です。主題となるトラックを構図の中心に大きく置くのではなく、風景の一部として小さめに配置することで、移動するトラックの旅の一幕を切り取っています。
装画『輸送リーダー』いすゞ自動車、安西水丸、1998〜2000年
トラックをどこに置くかによって、周囲の景色や旅の時間まで感じられる。何を描くかと同じくらい、どこに、どの大きさで描くかが大切なのです。
また、雑誌の挿絵には、スペースや色数の制約があります。安西の簡明な線と色面構成は、こうした条件の中でも力を発揮しました。親しみやすい画風には、依頼の意図を汲み、紙面全体を見渡す職業人としての感覚も息づいています。
一本の水平線に、少年時代の海がある
デザインの経験とともに、安西の絵を支えたのが少年時代の記憶です。
東京・赤坂に生まれた安西は、小児喘息の療養のため、3歳から15歳までを千葉県千倉町、現在の南房総市で過ごしました。海辺の暮らしは、のちの漫画や小説、エッセイで繰り返し描かれる原風景となります。
安西は、水平線を描くとき、なぜかいつも千倉の海の水平線を思い浮かべると語っています。
画面を横切る一本の線。その簡潔な表現に、少年時代に見ていた海が重なっていると知ると、絵との距離が少し変わります。描かれたものの少なさと、そこに込められた記憶の豊かさは、必ずしも比例しないのでしょう。
幼い頃の風景画の裏には、当時夢中になっていた漫画や相撲取りの絵も残されています。表にも裏にも描かれた絵からは、何より絵を描くことが好きだった少年の姿が伝わってきます。
のちに仕事として数多くの絵を描くようになっても、身近なものをよく見て、描きたいと思う気持ちは続いていた。そのつながりを、幼少期の作品と後年の仕事を通してたどれることも、本展の魅力です。
「のほほん」の奥にある、ひとりの時間
穏やかな作風で親しまれる安西ですが、小説には、周囲になじみきれない孤独感も描かれています。
千倉での体験をもとにした『荒れた海辺』や、20代前半の時期を綴った『70パーセントの青空』。自身を思わせる人物とフィクションが混ざり合う物語には、世間一般に知られた柔らかな作家像とは違う一面が表れています。
団体行動が苦手で、一人で絵を描くことや詩作を好んだと語っていた安西にとって、描くことと書くことは、地続きの表現だったのでしょう。小説を知ることで、親しみやすい絵の静けさにも、別の奥行きを感じられるかもしれません。
村上春樹との共作にも、軽やかなユーモアと、どこか何かを失ったあとのような空虚さ、ほのかなメランコリーが共通して流れています。
装画『村上かるた うさぎおいしーフランス人』村上春樹・安西水丸、2007年
二人は1980年、雑誌『ビックリハウス』の編集者を介して出会い、翌年には短編「鏡の中の夕焼け」で初めて共作しました。その後、『象工場のハッピーエンド』や『村上朝日堂』など、多くの仕事をともにします。
村上の文章と安西の絵が寄り添うことで、それぞれの表現の幅が広がっていく。共作を眺める際には、文章と絵の間に流れる気分にも注目したくなります。
まねできない軽やかさを、原画で見る
安西の絵を、和田誠は「周到に計算された〈のほほん〉」と評しています。いかにも気楽に見える、その「一見」のところが大切だと指摘した言葉です。
フィルムと線のわずかなずれ。余白や文字との関係。風景の中に小さく置かれたトラック。そして、記憶の中の海につながる水平線。こうした要素をたどると、安西の絵の軽やかさを支えるものが、少しずつ見えてきます。
ただ、それらを説明し尽くしても、絵の魅力をすべて言葉にできるわけではありません。技法や構成を知ったうえで、もう一度ただ眺めてみる。その往復も、この展覧会の楽しみ方になるでしょう。
雑誌や本の中で親しんできた絵には、印刷を経て届いた魅力があります。一方、原画に向き合うことは、その手前にあった制作に目を向ける機会となります。
さらっと描いたように見える絵を、ゆっくり見る。そうして出会う安西水丸の「のほほん」は、以前より少し奥行きを増して感じられるはずです。
開催概要
◆「安西水丸とイラストレーション──絵があって、ぼくがいた。」
【開催期間】
2026年9月14日(月)~10月25日(日)
【会場】
武蔵野美術大学美術館 展示室3・4・5
(鷹の台キャンパス)
【所在地】
東京都小平市小川町1-736
【アクセス】
西武国分寺線「鷹の台」駅より徒歩18分
JR中央線「国分寺」駅北口より西武バスで約25分、「武蔵野美術大学正門」下車すぐ
JR中央線「立川」駅北口より立川バスで約25分、「武蔵野美術大学」下車すぐ
※車での来館はご遠慮ください。
【開館時間】
10:00~18:00
※土曜・祝日・特別開館日は10:00~17:00
【休館日】
9月27日(日)、10月4日(日)、10月18日(日)
※9月20日(日)、10月11日(日)、10月25日(日)は特別開館
【入館料】
無料
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東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
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