EVENT
2022.2.9
幻の生き物「トラ」を求めて。寅年に見たい『トラ時々ネコ 干支セトラ』
突然ですが、紙とペンを用意して、「ツチノコ」を描いてみてください。
うまく描けましたか? ツチノコらしい絵になりました?
見たことがない生き物を描くのって、とても難しいですよね。おそらく、みんなが何となく共有している「ツチノコのイラスト」を思い浮かべながら、ひょうたんに尻尾が映えたような生き物を描いた人が多いのでは。
同じように、想像を働かせなければ描けなかったのが「トラ」です。日本に生息していないトラは、日本人にとって長らく「幻の生き物」でした。実物が身近にいないため、他の画家が描いた絵を参考にしたり、代わりにネコを観察したりして、絵を描いてきました。
「確実に存在するのに、見られないから想像するしかない」という点で、トラはとても面白い画題。画家の空想力が如実に表れるんです。
京都にある福田美術館では、今年の干支にちなんで『トラ時々ネコ 干支セトラ』が開催されています。展覧会の見どころを紹介しながら、トラについて深掘りしていきましょう。
トラ×ネコ=ネコトラ?
展覧会には、円山応挙や長沢芦雪、竹内栖鳳、大橋翠石など、日本の美術史を語るなら外せない画家の作品がずらりと並んでいます。その多くがトラの絵。トラは日本に生息していないものの、龍とともに霊獣とされ、美術品には頻繁に登場する主題です。
トラが動物園で飼育され、一般人でも気軽に見られるようになったのは、明治時代以降。江戸時代まで、日本でトラを見ることはできませんでした。そこで当時の画家たちは、中国や朝鮮から輸入したトラの絵や、身近にいたネコたちを参考に、トラを想像しながら絵を描きました。
本物を目の当たりにできなかったからか、どの作品も少しずつ「勘違い」を含んでいます。しかし、その「勘違い」が絵画ならではの良さに昇華し、トラでもネコでもない別の生き物として魅力的なんです。
例えば円山応挙のトラは、かなりネコ寄りで、むしろチーターに見えるような気がします。もふもふの毛や綿が詰まったような前足のためか、ぬいぐるみのような愛らしさ。
長沢芦洲のトラは睨みをきかせていますが、右の後脚は裏側を見せて座っています。ほかに例をあまり見ない姿勢の絵で、ネコを参考にしたと考えられます。
トラといえば、忘れてはならないのが岸駒(がんく)という画家。江戸期を代表するトラの名手です。トラの皮と頭蓋骨を入手し、骨に皮を被せてトラを復元するほど、こだわりを持っていました。
ここまで頑張っても眼球は手に入らなかったようで、瞳孔が縦に細長くなっています。これはネコの特徴で、トラの瞳孔は縦長にはなりません。岸駒も眼球はネコを参照せざるを得なかったのでしょうね。
大橋翠石「乳虎渡谿図」(部分)20世紀 福田美術館蔵(前期)
明治に入ると、動物園でトラを観察して描く画家が現れます。中でも、大橋翠石の動物画は圧巻でした。密度の高い毛皮の質感や、躍動感のある体勢、キラリと光る瞳など、写真のようなリアリティを持って迫ってきます。
川合玉堂「紅梅猫児」(部分)1894年頃 福田美術館蔵(前期)
2022年は「ニャーニャーニャー」と読めることから、ネコの作品も展示されています。展示点数ではネコのほうが多く、「ネコ時々トラ」になってしまったのだとか。
「干支セトラ」にもご注目!
本展にはトラ以外の干支が描かれた作品も展示されています。馬や鶏は作例が豊富ですが、探すのが特に難しかったのは蛇とのこと。確かに、蛇を描いた日本画はあまり見かけないですね。
森祖雪「親子猿図」(部分)18世紀~19世紀 福田美術館蔵(前期)
動物画の見どころのひとつが、密度の高いふわふわの毛です。触り心地が良さそう……。今も昔も、人間がもふもふ好きなのは変わらないのですね。
時代を超えて動物たちに会いに行こう
江戸時代まで、画家が本物のトラを知らなかったと同時に、鑑賞者もトラを知りませんでした。ネコ寄りのトラを見て「これこそ本物のトラだ!」なんて思っていたのかもしれませんね。
当時の人の気持ちを想像しながら、トラの絵を鑑賞してみてはいかがでしょうか。
展覧会情報
『トラ時々ネコ 干支セトラ』
会場:福田美術館
会期:2022年1月29日(土)~ 2022年4月10日(日)
開館時間:10:00〜17:00(最終入館 16:30)
休館日:火曜日、3月13日(日)
https://fukuda-art-museum.jp/exhibition/202110011830

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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
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