LIFE
2025.4.22
映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』と《ウェリントン公爵の肖像》と──ゴヤが描いた英雄
芸術作品は時に、その美しさだけでなく、背後にある物語によっても語り継がれます。スペインの巨匠、フランシスコ・デ・ゴヤが描いた《ウェリントン公爵の肖像》も、数奇な運命を辿った1枚です。
この記事では、ゴヤという画家の生涯、《ウェリントン公爵の肖像》が歩んだ波乱の歴史、そして映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』の魅力について解説します。
※映画のネタバレを含みます。
目次
天才画家ゴヤとは?──時代を超えた芸術家の生涯
フランシスコ・デ・ゴヤ《自画像》(1771-1775年頃)/個人蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.
若き日のゴヤ
1746年、フランシスコ・デ・ゴヤ(以下ゴヤ)は、スペイン北東部にあるアラゴン地方のフエンデトードスに生まれました。7歳を迎えるころ、鍍金師だった父の工房があるサラゴーサに移住したゴヤは、そこで少年時代を過ごしました。エスコラピオス修道会の経営する学院で中等教育を受け、生涯の親友となるマルティン・サパテールとも出会います。
13歳のとき、幼い頃から絵画に関心を持っていたゴヤは、当地としては第一級の宮廷画家ジョセフ・ルサーンの工房に入門。そこで3年間の修行を経験するも、彼が絵画の師を持つのは、これが最初で最後でした。後年「絵画にはいかなる規範も存在しない」と述べており、押しつけがましい規範を嫌ったようです。
ゴヤが職業画家としてのキャリアをスタートさせたのは、ルサーンの工房を出た1763年だとされています。同時期の作品は残されていませんが、王立サン・フェルナンド美術アカデミー主催のイタリア留学奨学生試験に挑戦した記録があります。ただ、ゴヤはこの試験に2度も失敗したのでした。
宮廷画家への道
《エル・ピラール大聖堂》スペイン、サラゴーサ, Iglesia Magistral de Nuestra Señora del Pilar en Zaragoza, Public domain, via Wikimedia Commons.
1770年、ゴヤはイタリアへ遊学します。パルマ美術アカデミーのコンクールで選外佳作となって帰国したのち、画家ゴヤは評価され始めました。サラゴーサのエル・ピラール大聖堂の天井画や、アウラ・デイ修道院付属聖堂の内壁画を手掛け、画家として本格的なデビューを果たしたのです。
27歳で、宮廷画家フランシスコ・バイユーの妹、ホセファと結婚。1775年にマドリードへ移住し、王家の離宮を飾るタペストリーの原寸大下絵(カルトン)の制作に取り組みます。カルトン制作を重ねながら、ゴヤは宮廷画家の地位確立に躍起になっていきます。その夢を叶えたのは40歳。カルロス3世、続くカルロス4世の宮廷画家として活躍します。
サパテールに宛てた手紙で「栄誉に浴しつつ仕事をしているのはすばらしい」「僕は人もうらやむような生活を手に入れた」とゴヤはつづりました。一方で、もう少し落ち着いて気の向くままに制作に取り組みたいという悩みもあったといわれています。
病と戦争
フランシスコ・デ・ゴヤ《1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺》(1814)/マドリード、プラド美術館蔵, Public domain.
順風満帆な人生を送っていたゴヤですが、46歳で原因不明の重病に倒れ、一命をとりとめたものの聴覚を完全に失ってしまいました。無音の世界で生きることになったものの、1799年、カルロス4世夫妻の愛顧を受けた彼は、ついに主席宮廷画家に昇進し、大作を次々に世へ送り出します。しかし、その栄光とは裏腹に、スペイン王国の政治と外交は混沌を極めつつありました。
1808年、ポルトガル征服の名目でイベリア半島に進軍してきたフランスは、スペイン各地に駐留を始めます。その状況下、反体制派の帰属に煽動された民衆が暴動を起こした結果、カルロス4世は退位し、息子がフェルナンド7世として即位しました。しかし、スペイン王権を狙うナポレオンに対し、マドリードの民衆が蜂起。スペイン独立戦争に突入します。
戦争が彼に与えた影響は大きく、《戦争の惨禍》シリーズや《1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺》では、冷徹な視線で現実を見据え、人間を蛮行ヘ向かわせる戦争の不条理さを描きました。これらの作品は、単なる歴史画を超え、社会派絵画や表現主義の先駆けになったといわれています。
《黒い絵》と亡命生活
フランシスコ・デ・ゴヤ《我が子を食らうサトゥルヌス》(1820-1823年)/マドリード、プラド美術館蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.
戦争後のスペインでは、政治的な混乱が絶えず、ゴヤは次第に王室や政府との関係を疎遠にしていきます。晩年はマドリード郊外の邸宅(聾者の家)にこもり、連作《黒い絵》を制作。恐怖や狂気、絶望に満ちた作品の中でも、《我が子を食らうサトゥルヌス》はシリーズ全体の思想を解く鍵となるべき存在です。
フェルナンド7世の圧政に苦しめられた晩年のゴヤは、フランスのボルドーへと亡命します。死の直前まで創作欲を失わず描き続け、1828年、82歳で静かにこの世を去りました。死後、彼の作品は、モダン・アートの先駆けとして多くの画家に影響をもたらしてきました。その筆によって描かれた光と影は強烈なメッセージを投げかけ、彼は「死後の巨匠」として生き続けるのです。
盗まれたゴヤの名画──《ウェリントン公爵の肖像》と波乱の歴史
《ウェリントン公爵の肖像》ゴヤ, Francisco Goya - Portrait of the Duke of Wellington, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ウェリントン公爵の肖像》でモデルとなったアーサー・ウェルズリー、後の初代ウェリントン公爵は、ナポレオン戦争でイギリス軍を率いた名将でした。なんだか疲れた表情ですが、サラマンカの戦いにおける長期遠征で疲弊していたそうです。そうした背景を知ると、ゴヤの冷静な観察眼と、「英雄の肖像画」という印象にとどまらない奥行きが感じられます。
作品が一躍有名になったのは、1961年の盗難事件がきっかけでした。ロンドンのナショナル・ギャラリーで公開が始まった19日後、何者かによって展示室から忽然と姿を消してしまいます。イギリスでは戦後初となる国家的美術盗難事件であり、新聞の一面を飾るほどの大騒動となりました。
真相は謎に包まれたまま、なんと約4年が経過します。しかしその後、差出人不明の手紙が政府やメディアに届けられ、絵画を返す条件として、犯人は「高齢者の福祉向上を求める」という異例の要求を突きつけました。
結局、犯人は1965年に逮捕されました。名前はケンプトン・バントン。なんとタクシー運転手を引退した高齢者だったのです。彼は国家に対する個人的な不満と信念のもと、自らの手で絵画を奪い、返還するまでを自作自演でおこなったと主張します。絵は無傷で返還されましたが、盗まれた理由と背景が前代未聞だったこともあり、「犯罪史上もっとも奇妙で優しい盗難事件」として語り継がれています。
映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』──ユーモアと社会風刺に満ちた物語
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— 映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』公式アカウント|絶賛公開中! (@goya_movie) February 17, 2022
┃「ユーモアたっぷり」┃
┃ 「ハートフル!」┃
┃ 「絶品コメディ」┃
┃ 「名演が光る」┃
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Fan's voice試写会で絶賛の感想を多くいただきました!
一足先にご覧になった方々の声をまとめております👏
↳https://t.co/GMHDyovXIE pic.twitter.com/05WmyQAFPQ
このウソのような実話を映画化したのが、2020年に公開された『ゴヤの名画と優しい泥棒』(原題:The Duke)です。主演はジム・ブロードベントとヘレン・ミレンという名優コンビで、老夫婦の心の機微を温かく丁寧に演じました。また、映画はミステリーや法廷劇の要素を持ちながらも、ユーモアに満ちあふれ、観る者に明るい余韻を残します。
主人公ケンプトンは、テレビ受信料の支払いに苦しむ高齢者のために無償化を訴え続ける、正義感の強い庶民として描かれます。私利私欲ではなく、政府の無関心に一石を投じるために名画を盗難したという設定は、実話に基づいているのに寓話的で、社会の矛盾を鋭く映し出します。とはいえ、映画は彼の行動を裁くのではなく、人間らしさと不器用な優しさを包み込むような構成です。
この作品の魅力は、社会問題や政治という重いテーマを扱いながらも、決して説教くさくならず、観客の心にそっと寄り添う語り口にあります。あくまで名画は象徴的な存在で、アートの価値と庶民の生活が交差する場面を生み出し、芸術と人間の距離を縮めていくのです。
名画の持つ力──《ウェリントン公爵の肖像》が現代に語るもの
芸術作品は、時代の記憶を閉じ込め、人間の本質に問いかけ、時に社会へのメッセージを発信する「静かな語り部」でもあります。《ウェリントン公爵の肖像》も、そうした力を持つ名画です。肖像画に描かれたウェリントン公爵は、戦争を生き抜いた英雄でした。しかし、ゴヤは彼を勝者として賛美せず、内面に潜む苦悩や疲労、そして戦争の光と影を物語ります。
《ウェリントン公爵の肖像》は、200年以上前に描かれた1枚の肖像画に過ぎません。しかし、その歴史と波乱のエピソードは、時を超えてわたしたちに問いかけてきます。英雄とは?正義とは?本当に守るべきものは?名画を通じて、普段は気にもとめない心の隅に、そっと目を向けてみませんか?
参考文献
『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ゴヤ 生涯と作品』大高保二郎・松原典子(東京美術、2011年)

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このライターの書いた記事

ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。