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2023.4.4
美術鑑賞をする上で美術史を学ぶべき理由と、おすすめの勉強法
今回は美術を鑑賞する上で、美術史の知識って大事だよね!というような話をしようと思います。
前提として話をすると、美術鑑賞に美術史の知識がないと絶対にだめ!マナー違反だ!ということでは決してありません。
知識がない上でも、直接作品を前にして色々と思考を巡らせるということも一つの楽しみ方だと思います。単純にぼーっと眺めて感じるものを掴み取ることも美術の楽しみ方の一つだろうと思います。
ですが美術、こと西洋美術を鑑賞する際に、美術史の知識があるとよりいろんな情報が目の中に入ってくるようになって、より見えるものが増え、思考の幅が何倍にも広がります。
今回はそんな部分も含めて、なぜ美術鑑賞に美術史の知識が大切なのかについて、現代美術家の視点で解説します。
目次
美術は学問の一つで、数珠繋ぎ。全体の流れを把握するのが大切
キャプション:Photo by Andrew Neel on Unsplash
皆さんは美術史と聞いてどういうものを想像しますか?
日本での中学高校の美術の授業では、世界史の延長のような感じで習ったようなイメージ。もうすでにそんな記憶すらもないような人も多いのではないでしょうか。別の角度で言うと、日本では特に印象派が好まれる傾向にあり、ピカソやゴッホの生涯についてはご存じの人も多いはず。ですがこれは美術史のというよりは、どちらかというと「人物史」の色が強いかなと思います。
長い美術史の歴史で、作家の総数はものすごい数になることでしょう。その作家全ての生涯や作品の内容をそれぞれ全部勉強するのは、専門家でも不可能なレベルです。
まず最初に美術史を学ぶ上で大切なことは、「全体の変貌の流れを掴むこと」です。なぜかというと美術は学問として多くの研究がされていて、体系化されていて、作家たちもそれぞれの時代の系譜に沿った作品を作ってきたからです。くだけて言えば、「美術・美術史は数珠繋ぎ」だからです。
西洋美術は洞窟絵画から数えると、数万年の歴史があります。2018年にサイエンスという科学雑誌に掲載された新しい発表では、スペインのラパシエガ、マルトラビエソ、アルタレス洞窟の壁画が、ネアンデルタール人が描いたものの可能性があり、それは少なくとも6万4800年前のものだと特定されました。
※参照:欧州最古の洞窟壁画、ネアンデルタール人が描いた可能性 | ロイター
https://jp.reuters.com/article/neanderthals-idJPKCN1G70JU
このような情報を残す、伝える形からスタートし、建造物や土器などの装飾に進化し、今の皆さんが思い浮かべるような美術の形になったのはざっくりギリシャ時代前後だとしても、紀元前数千年前になります。
少なく見積もってもこの数千年あるような歴史の中、美術の形は多種多様に変化しました。皇帝が居た時代、キリスト教が大きな力を持っていた時代、貴族社会が台頭し、産業革命があり、世界大戦が起こり… 世界の流れと同じように美術もこの大きな時代の流れに影響を受けています。
また◯◯派という名前が後々付けられたそれぞれの流行や傾向は、大なり小なりその前の時代のアンチテーゼであることが多いのです。
例えば誇張表現が多かった時代の次は、「誇張表現やめてありのまま描こうぜ!」となったり、その後は「そんなのありのままでもなんでもない!これがありのままって意味だ!」となったり。写実的に描こう!としたら写真技術が誕生して、写真は静止画だけど動的な絵画を描けば負けない!とか、抽象の概念がそこから生まれたり。
美術館をぐるっと回ったり、本をペラペラっとめくって見ると、一瞬で作品の様相が変わってしまいますが、前後を繋げて考えて見ると「この作家はなぜこんな絵を描いているのか」ということがわかるようになります。
人物史に注視した作品の見方をすると、
「ずっと貧しくて、弟テオの援助を受けたり、独特な考えて理解を得られなくて、でもやっと得た理解者ゴーギャンと黄色い家に住んでみたけど結局家を出て行かれて耳を切って、最後には自殺してしまった」ゴッホは、こんな状況があってこういう絵を描いた、という詳しい一人としての見方。
美術史に注視した作品の見方をすると、
「それまでの貴族絵画で煌びやかな様相を描いていたけれど、これからは誇張表現を捨てて現実のものを描こう。またチューブの油絵具が発明されたことをきっかけに、貧しい人々にも目を向けよう。そしたら写真が誕生して静止画を切り取る絵画の概念が崩れてしまった。いや待てよ?人間の目はもっと動的に世界を捉えている。木々や水面が揺れる様や脳内の色の綺麗さなんかを追って、外から内側へのベクトルでどういう印象を持ったかを表現しよう」という印象派の流れを踏まえた上で、後期印象派に分類されている一人のゴッホとしての見方。
もちろん人物史に重きを置いても、美術史の知識としては正しいし素晴らしいのですが、このような差が見受けられます。
作品のもっと詳しい内容解説を知る
美術館の音声ガイドなんかでは、ピックアップされた作品の詳しい解説がされています。展示にもよりますがそれは人物史としての美術史の解説よりは、その作品がどのようにして描かれたのか、何が描かれているのかなどの詳しい美術史の解説がされている場合が多いでしょう。
1つ例を挙げてみましょう。
もし美術史の知識がまだあまりない方は普段のように作品をそのまま一度ご鑑賞いただき、
その後下の解説を読んでから、また作品を見てみてください。
Jean-François Millet, Public domain, via Wikimedia Commons
これは皆さんも知っているミレーの≪落穂拾い≫です。これを美術史学的に見ていくとこういったことになります。
19世紀は写実派(レアリズム)の時代でした。その中の一つとしてバルビゾン派があります。それまでの風景絵画は、キリスト教会が中心だった際は、宗教絵画。貴族が力をつけたら貴族絵画という背景に使われていました。またロマン派では、戦争を舞台にした人々の感情だったり、大自然との対比だったりと、非日常の世界と感情に目を向けたものでした。そういったこれまでの題材ではなく、「もっと身近な自然を描こう」と言った時代です(アンチテーゼの部分ですね)。
特にミレーたちバルビゾン派と呼ばれる人々は、バルビゾンという村に身を置いて、その地域の貧しい農民たちや、森の風景に目を向けました。技術的なことをさらに付け加えると、これまで油絵の具は、顔料を砕いて油で溶いて…という大掛かりな作業が必要で、外でスケッチをして、アトリエで本制作することが当たり前でしたが、1841年頃にチューブ絵の具が発明されたことによって、画家たちが外でイーゼルを立てて、そのまま油絵を描けるようになったことも忘れてはいけません。この作品は3人の貧しい農民女性を描いていますが、やわらかい背景の描き込みや、平行線で描かれた構図によって、3人がふわっと浮き出るような、絵画としての技術の高さも見て取れます。
内容としては、聖書の内容も含まれているとされています。この女性たちは忙しく農作業をしているわけではなく、農民よりもさらに貧しい人々で、刈り入れが終わって残った落穂を拾わせてもらっている女性たちです。つまり、貴族たちから見たら農民は貧しい人々でしょうが、この女性たちはさらに貧しい女性たちでした。このバルビゾン派は、“写実的に絵を描く”という技法的な部分だけではなく、貴族たちは知る由もない世界でこんなにもたくさんいる農民たちの現実という“意味の写実性”を捉えたということです。もちろんこの作品は後に、パリの王立絵画彫刻アカデミーが開くサロン・ド・パリに出展されますが、貧しい人々描く絵画は受け入れられず大批判を受けます。
話を戻しながら例に沿って進めていきます。この有名な絵画の、どこに史学的価値があるかを確認していきましょう。特にアンチテーゼの部分が重要ですね。風景というものはそれまでは、あまり主題となることはその時代まではありませんでした。例えばルネサンスなどの宗教絵画では、神がどこにいるのかを示すためだったりするもので、背景には背景として、風景に意味がありました。ですがバルビゾン派ではミレーやコローの作品など、風景を風景として捉えた初めての作品でした。
さらに上でも書きましたが、技法的に写実的に描くという部分よりも、誇張表現が多く含まれていたファンタジーに近いような貴族絵画や、非日常の一瞬や感情を取り込んだロマン派絵画ではなく、一般農民のありのままの世界を描いたという“意味の写実性”を捉えたことがなによりも新しいことでした。写実主義とはもちろん写実的に対象を描くということも含まれていますが、それは新古典主義の方に見られたことです。それよりも、中身の意味としての写実性に注目をしました。今まで避けていた部分の描写などが特にそうですね。(貴族に対しての農民や、クールベの《L’origine du monde (世界の起源)》という作品は女性の股間部分を切り取った絵画でした)
このように美術史を通して美術史的、史学的価値を追うことで作品の見え方が大きく変わると思います。
美術史を勉強するのにおすすめの書籍
美術の勉強本は大きく分けて2つ存在します。「テーマを絞った本」と「美術史の流れを大きくオムニバス形式で解説する本」です。人物史なんかも前者に含まれますね。一人のアーティストの画集とかも前者。
これまで述べたように、美術史を勉強する際は、それぞれの時代の前後関係を捉えながらまずは全体を大きく捉えることをおすすめします。ですので、筆者は後者の「全体を捉えられる美術史の本」を2冊おすすめします。
世界中で評価されている、至極の一冊「The Story of Art. London: Phaidon 1950(美術の物語)」Ernst H. Gombrich
Wikipediaによると、20以上の言語に翻訳され、世界中で数百万部も売られている美術史の本です。400あまりの作品の画像ですが、それにまつわる解説が細かくわかりやすく説明されています。おそらく美術関係者でこの本を知らない人はいないと思うくらい、おそらく世界で最も有名な美術史の本です。日本語では「美術の物語」として翻訳本があります。1万円くらいしますが、持っておいて損はないと思います。
美術の物語/エルンスト・H・ゴンブリッチ(Amazon)
定価:9,350円
出版社:河出書房新社
Amazon:https://amzn.asia/d/65EXUAy
大きな作品の画像と細かな解説が特徴の一冊「Art: The Whole Story(世界アート鑑賞図鑑)」Stephen Farthing
こちらの本も同じように世界中で翻訳されていて、有名な本です。ドイツ語版のこの本の改訂版のようなバージョンを持っていますが、非常にわかりやすく、なにより簡単だと思います。同じように美術史を洞窟絵画から現代アートまで網羅しており、500ページに渡り1000点以上の画像で細かく説明してくれています。
『世界アート鑑賞図鑑 改訂版』東京書籍株式会社プレスリリースより
特筆すべき点は、全ての時代におけるだいたい有名な作家、作品をずらっと網羅している点です。そしてほぼすべてが見開き1ページで完結しています。上の画像のように、ドラクロワならこれ!っていう作品が紹介されて、左ページがその作品の概要、右ページは4つのクローズアップで、作品に描かれている内容の説明や技法について、そして作家の人生が完結に書かれています。ほぼ全ての時代に数人ずつ作家がピックアップされており、その作家の代表作がこのような形式で解説されていきます。入門書にはぴったりな本かなと思います。
世界アート鑑賞図鑑 改訂版/スティーヴン ファージング (編集主幹), 樺山 紘一 (日本語版監修)
定価:5,390円(税込)
発行・発売:東京書籍株式会社
https://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/81606/
Amazon:https://amzn.asia/d/1Q0BUuH
美術書は基本的に少し値が張りますが、どちらの本もこれさえあれば基礎知識はバッチリ!というような本なので、本当にオススメです。全体的な流れをしっかりと勉強するのであれば、1冊目の方をオススメします。歴史的な流れという点において、2冊目は少し断片的に説明がなされて(見開きで完結なので)いますが、各画家、各作品の基礎知識をさっと知るにはかなりの情報量だと思います。
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Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
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