STUDY
2023.8.21
欧州在住の現代美術家が「アートリテラシー」を考える
ヨーロッパで10年以上活動していた中で、ぼんやり疑問に思ったのは「なぜこんな私が曲がりなりにも細々と生活を続けてこられたのか」ということでした。
1番の大きな理由は、欧米のアートマーケットが日本よりも大きいこと。これはもちろんいろんなことで言われていることでしょうし、経済効果などの額面などを見れば大きな差がわかると思います。
目次
ただこのマーケットの大きさというのは、アート業界に携わる人口が多いからというわけではありません。国単位で見るのは非常に難しくて、なぜならヨーロッパは単純に陸続きで、大きなイベントには世界中から人が集まってくるわけだからです。もっというとそういう上のレベルの非常に高額の世界の話ではなくて、もうちょっと身近な話をしてみようかなと思います。
こういう話になると、基本的に業界トップレベルのアートマーケットの大きさや、流通量なんかにしか話題がいかないことがほとんどです。それはもちろん額面が大きいので仕方がないことですが、もう少し一般レベルの話でいざスタートアップのレベルから考えると、「業界関係者以外の人たちが、どれくらいアートに興味があるのか」ということの方が重要だったりします。
例えば100万円の大きな作品は売れないけれど、小さい作品が5万円くらいだった時どれくらいの人が興味を持って買うのか、というような話であれば、日本でも同じように興味を持って買う人が多いように感じます。
ですがもうちょっと、中くらいの大きさが20万円だった場合。日本では極端に売買が減るように思います。ですがドイツで活動していた私の周りは、30−50万くらいであれば、業界の人だけじゃない一般の方も多く買われているのが見て取れました。ここら辺の差はどのようにして生まれるのでしょうか。
アートマーケットの大きさ云々よりもシンプルなのは、欧米はアートがより身近なんだろうなということです。
この身近というのは、教育レベルの話からでも話ができるのかなと思います。つまりアートリテラシーが欧米人の方が高いのかなということが言えると思います。
日本の美術教育は、私自身もそうでしたがとても退屈なものだったし、メイン5教科以外なので、勉強もそっちのけだった記憶があります。実技というよりかは工作の時間がメインで、美術をどう扱うかという話を教えられた記憶は一切ありません。
私の友人も、美術教員の資格を持っていて、担当しているといいますが、美術のことに詳しいわけではありません。
大切なことは、文部科学省が定め、用意した美術のカリキュラムに沿って授業を行えるかどうかということが重要だと聞きました。
もちろん美術教員の中には、美術の専門の教員もいらっしゃるんだろうとは思いますが、全ての小中高校にそんな先生が配属されているようではなさそうでした。田舎では特に、かもしれませんね。
ドイツ、オランダに長期滞在をしていたので、中には小中学生のお子さんがいる知人もいますが、話を聞くとやはり色々なことが日本の美術教育とは違うように感じました。特に肌感で感じるのは、「美術館、博物館への社会見学の頻度」だと思います。欧米の美術館に訪れると、高確率で学校の社会見学グループに鉢合わせます。
美術館は教育関係を受け持つ部署があって、社会見学グループの学年に合わせたツアーを組んでくれます。たまたま居合わせた人も、ついでにその解説に耳を傾けてくっつきながら美術館を回る人も。
小さい学年にはクイズなどの紙が配られたり、高学年や高校生くらいになるとレポート書いたりもします。この時だけでも3校の社会見学グループがいました。
東京だったらもしかしたら違うかもしれませんが、私は子供の頃に美術館に社会見学に行った記憶は一度あるかないかな気がします。博物館だったような気が…
ですが、例えばオランダでは一学期に一回くらいは美術館に社会見学、課外学習に行くようです。美術館の学芸員さんからの話を受ければ同時に社会や、歴史の勉強に繋がります。振り返り学習として、その次の日からはどのようなことを学んだのかということを追加で学習したりもできます。
私の友人の娘さんの学校では、美術館の課外授業の後、自分たちが気に入った作品を真似して作ったり、自分の作品達を美術館のように展示して、保護者達が送り迎えの際などにその美術館に招待したりしていました。
オランダの巨匠レンブラント、フェルメール、モンドリアンなどの作品が並んでいたりオリジナルの作品が並んでいたり。こうして何を見たのか、その作家たちがオランダの文化にどのような影響を与えたのか、そしてその作品はどのようにして作られて、それを作るのはどのくらい難しいことなのかなどを学習している様子でした。
美術館を自分たちで作ってみるということも、美術館の存在価値や展示の難しさを知ると同時に、グループワークとして友達と相談しながら作り上げていくというのが素晴らしいなと思いました。
学習の仕方・内容はオランダの教育制度や指針の特徴が出ているなと感じますが、特筆すべき点は「美術館というものが、非常に身近なもの」として存在していて、美術への距離が非常に近いんだなと思います。
幼少期から集団で芸術に触れることが与える子供への影響
幼稚園からすでにお絵描きの時間があるため、子供の頃からお絵描きをしたり工作をするということは世界中普通に行われていることです。この何かを描くということは、人間的で普遍的な営みであることは想像できますが、幼少期から「集団の中で」芸術に触れることは、はたして教育や人格形成にどのような作用があるのでしょうか。
ドイツ留学中、少しですがKunsterziehung(美術教育学)というものに少し触れていたことがありました。少し別の角度からリテラシーと子供への影響について話を進めてみます。
アートリテラシーを考える①:相手を知ることに繋がる
幼少期から芸術に触れることは、様々なポジティブな効果があるといわれています。表現力を養うだとか、感性を養うだとか。もちろんスキル上達にも影響がありますね。
そのあたりのことは多く言われていることで、他にも専門の方が多く話されていることなので割愛して…ここで注目したいことは、「集団の中で」工作などを行い、発表会を開いたりなんてことを何でするのか?という点です。
私は幼少の頃から工作の時間が好きで、得意だったので自慢気に発表していましたが、苦手な子にとっては教室の後ろに飾られることというのは、どうしても避けたいという感情も理解できます。得意な子にとってはいいけれど、苦手な子にとってはあまりいい形態とは言えないかもしれません。
日本の教育現場の中では、このように多くは例えば授業参加日に合わせて教室の後ろに飾られたりなんて事が多そうですが、先ほどのオランダの小学校のように、欧米では作品をみんなの前でプレゼンして、良いところをみんなで言い合うなんてことが当然になっていたりします。
日本では、工作として「作品を上手に作れるか」ということにフォーカスしがちではありますが実はこの「作品を友達に見せて発表すること」と「友達の作品を見ること、褒めること」が実は非常に大切だと言われています。
簡単にいうと、美術教育の中で幼少期にとって大きな糧になる部分は、上手に色が塗れるとか、描けるとか作れるということではなく「多様性を理解し、受け止める」という点です。
アートリテラシーを考える②:芸術に「正解」はない
今のSNSの炎上文化に日本人の悪い部分が集約されているように感じますが、日本人はその文化的教育から「自分と違う考えを排除する傾向にある」と言えると思います。これを少し本件に沿って言い換えると「自分よりも下手な作品は貶していい」ということになります。下手なので見せたくない、恥ずかしいという感情が芽生えている時点で、本来ならば良くないわけです。
これは別件でも書いていますが、日本語では子供の作品を見た時に「上手に描けてるね!すごい上手ー!」という声掛けをしてしまいがちで、本来は「上手」という言葉は使ってはいけません。
「上手かどうか」ということはつまり「写実的に描けているかどうか」という部分が根底にあって、正しく描けているかということの正誤判定が、「写実的かどうか」ということを勝手に植え付けていることになるからです。
写実が素晴らしいとされていた時代が長かったというだけで、写実表現が絶対的な正解ではないので、「上手かどうか」に聞こえてしまう正誤判定を子供に与え続けるのは良くないはずです。
抽象画で意味の分からないような絵でも、絵画としては素晴らしいし、ヴォービズムのように独特な色合いで塗ることも何も間違っていません。
何がどう上手なのか、親の皆さんは説明できますか?抽象画として優れているとどうして褒めることができないのか?枠からはみ出して色を塗ってはいけないのか?奇抜な色合いを選んではいけないのか?
そのため欧米圏では、上手かどうかで褒める訳ではなく、「素晴らしい!あなたの作品が好きだ!(I love your painting)」とかそういった言い回しをします。これは言語的に上手かどうかよりも、Great! Fantastic! Interesting! のように相手を褒める単語がよく使われるということもあると思います。
アートリテラシーを考える③:自分と異なる感性を受け入れる
話が逸れましたが、つまり美術教育的なことをいうと子供が集団で工作をして発表するということは「自分以外の発想」を目の当たりにできるチャンスです。
幼児というのは得てして自己中心的です。これは当然で、自分がそのおもちゃで遊びたい、代わって欲しい、そして代わりたくない。これはなぜかと言えば単純で、「相手には自分と違う気持ち」が存在していることをまだ知らないからです。
これを社交性と言いますが、相手の気持ちを知ることよりも先に「相手は自分と違う感情を持った人間なんだ」と知る必要が先にあります。
工作をすることで「あ、こういう風に描いてもいいんだー」「自分はこう見えたけど、あの子にはこう見えていたんだ」と周りを見て真似っこすることとか、それをまた周りから褒めてもらうことで、自己顕示欲を満たすことや自分に自信を持つことにつながっていきます。
工作そして発表とは、普段見えない「相手が何をどう見ているのか」「どういう感情があるのか」などを可視化できる行為です。
自分は自分のままでいい
相手は相手のままでいい
自分と相手は違っていて当然だ
と学べる必要な機会が集団での工作と、発表になるというお話でした。
ここまでで述べたように日本と欧米の美術教育のシステムや形態は異なります。美術に触れる機会や、美術史を学ぶ量や質など差を言い始めたらキリがないと思いますし、国によってそれぞれ特徴があると思います。ただ総じて言える確かなことは、欧米は日本よりも芸術、美術が一般市民に広く浸透していること、身近であることは間違いないのかなと思います。
こういったアートリテラシーの差が、美術作品を自分の家に飾るために買う、資産として買うなど購入への差が出るのかもしれません。巡り巡って、作家のお金が回り、作家の生き方がリスペクトを受け、作家が生きやすい社会が生まれるかもしれません。
結果的にいい作家が生まれ、日本人アーティストの全体的なレベルが上がり、正のスパイラルが生まれることになるでしょう。アートリテラシーの向上が、長い目で見たときに日本のアートシーンをつくっていくことになるのだと思います。
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Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
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