STUDY
2024.11.18
ダミアン・ハーストの「死生観」を表した代表作20選
イギリスの現代アーティストのダミアン・ハーストは2022年に東京で個展「ダミアン・ハースト 桜」を開き、多くの人が訪れました。
「ダミアン・ハーストの桜の絵、幻想的で素敵だよね」という声が挙がる一方、死んだ動物をホルマリン漬けにした作品など「ゲテモノ」という評価もあり、様々な評価をされています。
「幻想的な桜の絵」も「ゲテモノと言う人もいる動物のホルマリン漬け」も、どちらも共通しているのは「死生観」です。
この記事では、1990年代の「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)」の代表的存在として頭角を現したダミアン・ハーストの作品を紹介するとともに、その背後にある想いや信念をご紹介します。
目次
- まずはこの3つを押さえたい! ダミアン・ハーストの代表作品 3つ
- ダミアン・ハーストの人生 ~死生観を問い、社会情勢に向き合い、テクノロジーを取り入れる作品はなぜ生まれたか?~
- ダミアン・ハーストの重要作品20点 ~作品に込められた意味やメッセージも解説~
- 『Spot Painting』スポット・ペインティングシリーズ
- 『A Thousand Years』1990年
- 『The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living』生者の心における死の物理的な不可能性
- 『Spin Painting』スピン・ペインティングシリーズ
- 『Mother and Child, Divided』母と子、分断されて
- 『Visual Candy Paintings』ビジュアルキャンディーペインティングシリーズ
- 『Pharmacy』薬局
- 『Hymn』讃美歌
- 『Kaleidoscope』万華鏡シリーズ
- 『Mandalas』曼荼羅シリーズ
- 『Who’s Afraid of the Dark?』暗所恐怖症は誰ですか?
- 『Lullaby spring』子守唄の春
- 『For the Love of God』神の愛のために
- 『Mickey』ミッキー
- 『Verity』真実
- 『Gone but not Forgotten』なくなったが忘れられなかった
- 『黒いメスの街並み』
- 『Cherry Blossoms』桜シリーズ
- 『Butterfly Rainbow』蝶の虹
- 『THE CURRENCY』通貨
- 次の記事で、ダミアン・ハーストの「軸」を解説
まずはこの3つを押さえたい! ダミアン・ハーストの代表作品 3つ
1988年の自主企画展を開いてから40年近く活動しているダミアン・ハーストの作品は非常に多く、すべてが代表作といっても過言ではありません。
その中でもアート初心者の方や、ダミアン・ハーストを初めて知る方にぜひ知っていただきたい最重要作品を3つ選びました。
あとの段落で20の重要作品をご紹介しています。こちらもお楽しみくださいね。
『Mother and Child, Divided』~母と子、分断されて~
1990年代のダミアン・ハーストを代表する作品です。縦に切断された母牛と子牛がホルマリン漬けにされ、母牛と子牛は別のケースに収められています。
断面から見える牛の内臓には「生きるとは? 死とは?」という問いかけが込められ、別々のケースに入れられている母牛と小牛からは「親子の分断」というメッセージが込められています。
(参照)Mother and Child (Divided), Damien Hirst, exhibition copy 2007 (original 1993) | Tate Images
『Spot Painting』スポット・ペインティングシリーズ
ダミアン・ハーストの作品 (スポット・ペインティングシリーズ)Spot Painting, Public domain, via Wikimedia Commons.
動物のホルマリン漬けで有名になったダミアン・ハーストですが、カラフルな円を描いた『スポット・ペイティング』シリーズも有名です(日本で個展が開催されて有名になった「桜シリーズ」は、このグループに含まれます)。
ダミアンは「『色に対する驚異的な愛』を表現するためにこの構造を生み出した」と語っています。
『THE CURRENCY』通貨
NFT(Non-Fungible Token)が注目されて広まってきている社会情勢に対する、ダミアンの一つの回答とも言える作品です。NFTとは、「唯一性のあるデータ」を指し、ブロックチェーン技術により代替不可能な状態で作られる特徴があります。
この作品においては、物理的な作品とNFT(代替不可能なデジタルアート)の2つが存在し、所有者は作品を購入した1年後に「NFTを物理的な作品と交換してNFTを破棄する」のか、「NFTを保持して物理的な作品を破棄する」のかを選択しなければなりません。
NFTとは? デジタル作品と物理的作品の違いは何か? などを考えさせられます。
ダミアン・ハーストの人生 ~死生観を問い、社会情勢に向き合い、テクノロジーを取り入れる作品はなぜ生まれたか?~
ダミアン・ハーストの作品の背景Sensation Young British Artists from the Saatchi Collection at the Brooklyn Museum 2, Public domain, via Wikimedia Commons.
ホルマリン漬けや薬の錠剤などの作品が生まれた背景に迫ります。
荒れた子供時代や建築現場で働いた経験が影響している!?
ダミアン・ハーストは1965年にイングランド西部のブリストルで生まれ、北部のリーズで育ちました。12歳のときに父親が家を出たことで、しばらくは困難な時期を過ごしました。
10代半ばには万引きで逮捕されるなど荒れた時期もあり、辛い時期がダミアンの死生観を育んだのかもしれません。
ダミアンはロンドンの建築現場で2年間働いた時期がありました。建物の立体的な構造が「動物の輪切り」など立体的な作品を作るインスピレーションになった可能性があります。
キャリアの始まりは、大学での企画展
ダミアン・ハーストはリーズ芸術大学で学んだ後、1986年から1989年までロンドン大学のゴールドスミス・カレッジで芸術を学びました。
ゴールドスミス・カレッジ在学中の1988年、彼は学友たちと共に荒廃したビルを利用して自主企画展「Freeze」を開催しました。この展覧会は若いアーティストたちの集まりで、ダミアン・ハーストが中心となって運営されました。
このとき大手広告代理店サーチ・アンド・サーチの社長であるチャールズ・サーチ(美術コレクター、後のサーチ・ギャラリーのオーナー)が彼らの活動に興味を持ったことをきっかけに、ダミアン・ハーストは次第に注目を集めるようになります。
「Freeze」をきっかけに、ハーストは生命や死、倫理に関する問題を独特な表現で描くコンテンポラリー・アーティストとして台頭していきました。
もしチャールズ・サーチがダミアンの企画展に来場しなければ、ダミアンはまったく違う人生を送ったかもしれませんね。
イギリスを代表するアーティストへ。販売価格もうなぎ登り!
1991年に初の個展を開催したダミアンは、1993年にはイギリス代表として国際美術展覧会ヴェネツィア・ビエンナーレに出展しました。
縦に真っ二つに切断された牛と子牛をホルマリン漬けにした作品『Mother and Child, Divided』を出展し、賛否両論が巻き起こります。1995年には、大きく話題になった同作品でターナー賞を受賞しました。
「革新的」「いや、ゲテモノだ」と様々な意見が出る中、2000年代初期にはイギリスでも最重要の芸術家という地位を確立していきました。
2008年にはサザビーズで223点の作品が約211億円で落札されるなど、オークションや新作の販売価格は、現存する美術家の中でも最も高価なグループの一人となっています。
ダミアン・ハーストの重要作品20点 ~作品に込められた意味やメッセージも解説~
ダミアン・ハーストは「ホルマリン漬けが有名なアーティスト」と思う人も多いのですが、それ以外の作品も多くあります。
どの作品も不気味さ・不穏さを感じさせながらも、神秘的な要素も伝わってきます。ここではダミアン・ハーストの代表作20点を集めました。
『Spot Painting』スポット・ペインティングシリーズ
ダミアン・ハーストの作品 (スポット・ペインティングシリーズ)Spot Painting, Public domain, via Wikimedia Commons.
【ポイント】
カラフルな円は、「色に対する驚異的な愛」の現れ
ハーストの代表作の一つであるこのシリーズは、白地に均等に並べられたカラフルな円形が特徴的です。
彼自身は「色に対する驚異的な愛」を表現するためにこの構造を生み出したと語っていますが、一方でこれらの円形は錠剤を表しているとも解釈されます。
実際、このシリーズには『Agaricin(アガリシン酸)』など薬剤の名前をタイトルにした作品も含まれており、薬剤をモチーフにすることで「人間の死に抗う欲望」を表現しているといわれています。
『A Thousand Years』1990年
【ポイント】
牛の頭にハエが卵を生み、育ち、死ぬという「生死のサイクル」を表現
ダミアンは「生と死は対立するが、同時にサイクルでもある」という概念をこの作品で表現しています。
ガラスケースの中には牛の頭やハエ、ウジを培養する箱、殺虫灯が配置され、ハエが牛の頭に卵を産み、孵化したウジがそれを食べ、ハエとなって飛び回り、最終的に殺虫灯で死ぬという生と死のサイクルが描かれています。
無機的なガラスケースの中で、有機物の生命と死のコントラストが鮮烈に表現されています。
(参照)A Thousand Years (1990) by Damien Hirst – Artchive
『The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living』生者の心における死の物理的な不可能性
【ポイント】
海の強者であるサメも、ホルマリン漬けにされたら無力
ダミアンがヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)の代表と言われていた20代半ばに制作されました。
全長4.3メートルのイタチザメがホルマリン漬けにされた巨大なショーケースに収められています。
サメは海の強者であり、人間に脅威を与える存在ですが、その口の開き方は臨場感があり、動き出しそうな印象を与えます。しかし、その強さの裏に、無力で弱い存在の側面も感じられるのです。
この作品は2004年に約800万ドルで売却され、オリジナルの標本が劣化したため2006年に交換されました。
(参照)The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living (Damien Hirst, 1991) – Artchive
『Spin Painting』スピン・ペインティングシリーズ
【ポイント】
機械に筆を任せることで、偶然によるアートが誕生
「スピン」というタイトルのこの作品は、モーターで回転する大きなキャンバスに絵の具を撒くことで、速度を感じさせる新しい視覚体験を提供します。
このシリーズは円形のキャンバスだけでなく、蝶やハート、ガイコツ、惑星などさまざまな形でも展開されている点も面白さの1つです。
画家が直接筆を使って描く従来のスタイルとは異なり、機械を自身の身体性と組み合わせることで、偶発的な表現が生まれる特徴があります。描かれるまで芸術家自身も完成形を想定できない、自由なアートです。
『Mother and Child, Divided』母と子、分断されて
【ポイント】
「切断→生死を考える」「分断→母子の絆を思い起こす」
縦に切断された母牛と子牛をホルマリン漬けにしたもので、ハーストの代表的な表現方法の一つとして知られています。切断された牛の間を通ると、その体内の内臓がありありと見ることができ…結構、衝撃的です。
この作品はタイトルの通り、「母と子」という特別な関係性をテーマにしています。
母と子というと、母マリアとイエス・キリストのような分断できない2つの存在における神秘性や愛情を想起させます。しかし実際には二つの個体が分断され、異なるガラスケースに封じ込められているという対照的な状況が描かれています。
分断された母と子の姿は、ハーストが考える生命観をひしひしと感じさせるものであり、観る者に強いメッセージを伝えています。
生と死、愛と孤独といったテーマが交錯する中で、ダミアンは私たちに生命の根源的な意味を問いかけているのです。
この作品は1995年にヴェネツィア・ビエンナーレに出品され、ターナー賞を受賞するなど、非常に高い評価を受けました。
(参照)Mother and Child (Divided), Damien Hirst, exhibition copy 2007 (original 1993) | Tate Images
『Visual Candy Paintings』ビジュアルキャンディーペインティングシリーズ
【ポイント】
『スポットペインティング』は大したことないと批判され、その回答として製作
この作品は、美術評論家が「ハーストのスポットペインティングシリーズは『ただの視覚的キャンディー(目を引くだけで、芸術的な価値は無い)』」と批評したことに対する直接的な回答として制作されました。
ダミアンはこの作品で、「見た目の楽しさは本質的に重要ではない」という評論家の意見に疑問を投げかけています。
表向きは抽象的ですが、薬剤のメタファーとも見なされる円がつぶれて広がる様子は、幸せや気分を高める薬の心理的効果を象徴しているようにも解釈できます。
ダミアンはすべての芸術を「人生に関するもの」と捉えており、視覚を楽しませる美しいアートが批判されることに対して皮肉を込めています。
『Pharmacy』薬局
【ポイント】
「人は一生懸命治癒してもいずれ死んでしまう」というメッセージ
この作品は、イギリスのノッティング・ヒルにあるレストランを薬局のように装飾してオープンしたインスタレーション作品です。
薬品が効く体の部位をシステマチックに並べることで人体を表現しています。ダミアンはこの作品で芸術と科学を同じ空間で並列に扱い、現代医療の支配的な力に対する皮肉も込めました。
「人々が医学を信じるように、芸術を信じられたらすばらしいことだ」とダミアンは語り、本作については「人は一生懸命治癒してもいずれ死んでしまう」という冷静な価値観も表明しています。
この作品の第1弾は2003年に閉店しましたが、2016年に第2弾としてハーストが経営する「ニューポート・ストリート・ギャラリー」内にオープンしました。
『Hymn』讃美歌
ダミアン・ハーストの作品 『Hymn』, Hymn, Public domain, via Wikimedia Commons.
【ポイント】
既存の作品に宗教的な意味を加えた点が評価されたが、引用・盗用という面でも議論が沸騰
解剖学玩具を5.5mに巨大化し、ペイントしたブロンズの彫刻作品『Hymn』は、ポップな色彩で親しみやすい印象です。
この作品は、もともとイギリスの玩具メーカーHumbrolによる『Young Scientist Anatomy Set』を基につくられました。ハーストは最小限のデザイン変更とともにサイズと素材を大きく変えた上で発表しました。
作品名である『Hymn(讃美歌)』は神への賛美を表し、解剖された裸の人のイメージは崇拝の対象としての側面を持ちます。
この作品は単なるコピーではなく、宗教的な意味や美術史を反映した芸術作品として成立していますが、のちに著作権違反として訴えられることとなり、現代アートにおける引用・盗用の問題が問われる一例にもなりました。
『Kaleidoscope』万華鏡シリーズ
ダミアン・ハーストの作品 (万華鏡シリーズ)Kaleidoscope, Public domain, via Wikimedia Commons.
【ポイント】
生命の美しさや自然界のもろさ、無常に続くサイクルを表現
この作品は、ギリシャ人やクリスチャンに精神や蘇生の象徴とされる蝶のシンボルを用いており、万華鏡のような図柄が強い印象を与えます。
2001年に制作された絵画『It’s a Wonderful World』では、ビクトリア朝のティートレイに触発され、何千ものカラフルな蝶を幾何学模様に配置しました。
この模様はステンドグラスを彷彿とさせ、シリーズの中には実際に聖堂のステンドガラスをコピーした作品も存在します。蝶のモチーフはスピリチュアルな印象を与え、荘厳な美しさを感じさせます。
ハーストにとって、蝶のような「普遍的な価値観を引き起こす具体的なモチーフ」は重要であり、約2m×5mの『Eternity』は2002年から2004年にかけて制作されたこのシリーズの代表作です。
蝶は特殊なパターンで配置され、生命の美しさや自然界のもろさ、無常に続くサイクルを表現しています。
『Mandalas』曼荼羅シリーズ
【ポイント】
宇宙や人の心理の拡張的な表現
『カレイドスコープシリーズ』から派生したダミアン・ハーストのテーマの一つが「曼荼羅(まんだら)」です。曼荼羅は、密教で生まれた絵であり、仏様の世界や悟りの境地を描くとともに、宇宙や人の心理の拡張的な表現でもあります。
ダミアン・ハーストはこの曼荼羅をモチーフにすることも多く、カラフルな蝶を画面いっぱいに敷き詰めて曼荼羅を表現しています。
『Who’s Afraid of the Dark?』暗所恐怖症は誰ですか?
【ポイント】
ハエの一生を自分の人生と重ね合わせ、ハエを人間の比喩として表現
タイトルが印象的なこの作品では、黒いキャンバスに無数のハエが樹脂でコーティングされています。
ハーストは1997年に初めてハエを使ったペインティングを試みましたが、当初の作品は技術的に未完成で、異臭に耐えられずコレクターが手放さざるを得なかったと言われています。
ダミアンは『A Thousand Years』で示したように、ハエの一生のサイクルを自分の人生と重ね合わせ、ハエを人間の比喩として表現しました。「芸術や科学がなければ、人間の人生はハエのように短く、残酷で、醜い」とも発言しています。
『Lullaby spring』子守唄の春
【ポイント】
ファンシーな雰囲気だが、薬物依存の深刻さを表現
『ピルキャビネットシリーズ』に含まれるこの作品では、3m幅のキャビネットに6136錠のカラフルな薬が並んでいます。
一見するとファンシーで、まるでお菓子に囲まれているような楽しさを感じさせますが、この作品のテーマは「現代社会における薬物依存や、薬剤が精神に与える影響」です。
ダミアンの作品はパっと見た瞬間の雰囲気とそこに込められたメッセージが少し違うことが多く、それが不思議な不安定さや不穏さという魅力に繋がっています。
この作品はダミアンのオークション記録で最高の落札額を記録しました。2007年にカタールのハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーが1,920万ドル(約22億円)で購入しています。
『For the Love of God』神の愛のために
【ポイント】
メメント・モリ(死を想う)
この作品は、生と死の価値観に対するダミアンの深い関心を顕著に表しており、「メメント・モリ(死を想う)」がテーマです。
本物の頭蓋骨から型取ったプラチナに、8601個の純ダイヤモンドが敷き詰められています。正面には大きなピンクダイヤモンドが埋め込まれており、全体にきらびやかで豪華な印象を与えますが、これは「死」に直面した際の反抗的または挑戦的な態度としても読み取ることができます。
制作費は約33億円で、50ミリオンポンド(約120億円)の価格がつけられています。
『Mickey』ミッキー
【ポイント】
シンプルなのに、ミッキーだとすぐわかる!
ダミアンがディズニーに招待されて制作したキャンバス作品で、単純な円形と色の組み合わせのみでミッキーマウスのモチーフが明確に表現されています。
この作品は『スポット・ペインティング』の手法を想起させ、色の力だけでミッキーマウスの本質を見事に表現しています。慈善団体に寄付するためにオークションにかけられました。
『Verity』真実
【ポイント】
母と子どもの関係性、医学的視点、「芸術における引用とは?」を表現
法の書物の上に立ち、正義の天秤を持ち剣を高く掲げた妊婦の高さ20.25メートルのブロンズ像です。左手に伝統的な正義のシンボルである剣を持ち、堂々とした姿勢が自信を表しています。
像の右半分は解剖学的な断面となっており、妊婦のお腹の中に胎児がはっきりと見えています。
この作品はエドガー・ドガの『14歳のダンサー』をモチーフに制作されました。母と子どもの関係性や医学的視点、芸術における引用のスタンスが巧みに組み合わさっています。
『Gone but not Forgotten』なくなったが忘れられなかった
【ポイント】
死との距離感やジレンマ ~何かを見るために何かを殺さなくてはいけない~
ダミアンは、巨大なガラスケース内に設置された高さ3メートルの金色に塗られたマンモスの骨格を通じて、死との距離感やジレンマを表現しています。
絶滅したマンモスの神話的なイメージを利用し、鑑賞者が感じる「死」の現実から遠ざける試みがなされました。また、一方で「何かを見るために何かを殺さなくてはいけない」という博物館の宿命的な問題も抱えています。
「芸術作品は人生に関わるものであるべき」というダミアンの考え方は、彼自身の権威や立場が確立された後でも、現代社会の制度や自らに対して向けられています。
『黒いメスの街並み』
【ポイント】
紛争のある場所、政治的に重要な都市を再現
一見すると衛星写真のように見える本作は、よく見ると医療用のメスや剃刀の刃、安全ピンなどで作られています。
ハーストはホワイトキューブの展覧会のためにこのシリーズを制作したのですが、ワシントン、ローマ、北京、ニューヨークなど、ハーストに関わりのある場所、紛争のある場所、政治的に重要な都市を再現することで「生きている都市の肖像」を表現しました。
この作品は、現実に起こっている組織化された爆撃や攻撃への言及とも解釈されています。
『Cherry Blossoms』桜シリーズ
【ポイント】
美と生、死がテーマ
ダミアンは2017年に「ベール・ペインティング」シリーズに取り組みました。無数のドットを重ねることで奥行きを出そうとしているうちに、母親が描く桜の絵を思い出し、桜をモチーフにすることを決意しました。
彼は、ただの木を描くことでは単純すぎると考え、桜ならば抽象と具象の両方を表現できると感じたのです。この思考が2018年から始まる「桜」シリーズの創作につながり、3年の歳月をかけて107点を制作しました。
表現方法には、19世紀後半から20世紀の西洋美術史の影響が色濃く感じられます。特に、印象派の技法である「筆触分割」や新印象派の科学的分析が反映されており、ゴッホの作品からも直接的な影響が指摘されています。これにより、桜の花の表現はより豊かなものとなっています。
2021年7月には、カルティエ現代美術財団で「桜」シリーズの個展が開催。2022年3月から5月には東京・六本木の国立新美術館でハーストの大規模な個展「ダミアン・ハースト 桜」が開催され、24点の桜を描いた作品が展示されました。
高さ3メートルほどの作品が白い壁に並ぶ様子は圧巻で、桜の美しさや華やかさが話題になりました。ダミアンの『桜』シリーズは、現代アートにおける桜の新たな魅力を引き出しているといわれます。
『Butterfly Rainbow』蝶の虹
【ポイント】
コロナ禍で医療従事者に敬意を示した
ダミアンは新型コロナウイルスの危機を受けて、NHS(イギリスの国民保険サービス)や医療従事者に敬意を表した作品を制作しました。虹に蝶の羽が敷き詰められるように描かれており、虹は希望の印として描かれています。
この作品はハースト自身のウェブサイトで無料でダウンロードでき、さらに限定版も制作されました。
限定版の利益は全てNHSに寄付される仕組みとなっており、現代の情勢に敏感に反応したアーティストとしての姿勢が示されています。
『THE CURRENCY』通貨
【ポイント】
「テクノロジーの時代において、芸術作品とは何か?」を問う
ダミアンによる新作NFTプロジェクト『The Currency(通貨)』は、過熱するNFT市場に一石を投じる作品です。NFTアートとは、ブロック技術を活用し、代替できない付加価値のあるデジタルアートを指します。
このプロジェクトでは、すべて同じサイズ・素材・デザインで、平等に制作された1万点の作品が1点あたり2,000ドル(約21万円)で販売されました。
「すべて同じサイズ・素材・デザインの1万点の作品」という点が、果たして芸術作品のどこに価値が存在するのかを問いかけます。
さらに所有者はNFTを購入した1年後には「NFTを物理的な作品と交換してNFTを破棄する」か、「NFTを保持して物理的な作品を破棄する」のかを選択しなければなりません。
つまり、コレクター自身が「物理的作品」と「デジタル作品」のどちらを所有するかを判断することになります。
ハーストは「お金が芸術を堕落させるとよく言われますが、これは芸術がお金を堕落させる試みなのです」と述べており、技術が進化する現代において「芸術作品とは何か?」という本質について考えさせられます。
次の記事で、ダミアン・ハーストの「軸」を解説
はっと驚くほど美しい作品や、え…!? と賛否両論が巻き起こる作品など、数々の議論を巻き起こしてきたダミアン・ハーストですが、芸術作品を通じて何かを訴えたいのでしょうか。
次の記事では「ダミアン・ハーストを読み解くキーワード」を切り口に、ダミアン・ハーストの頭の中を解説します。
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