STUDY
2024.11.19
シルクロードの終着点「正倉院」に集まったアートとは?歴史や作品を解説
奈良の正倉院は、8世紀からの宝物を現代まで守り続ける日本の宝庫です。この正倉院には、古代シルクロードを通じて日本にもたらされた数々の美術品や工芸品が納められていて、日本とアジア各国との交流を示す貴重な記録となっています。
この記事では、正倉院が持つ文化的な価値や名品、そして毎年秋に開催される「正倉院展」について紹介します。
目次
正倉院, Public domain, via Wikimedia Commons.
正倉院とは? 1300年の歴史が息づく宝庫
正倉院雛形出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
東大寺大仏殿の北西約3000メートルに位置する正倉院は、総檜の木材を組み合わせた「校倉造(あぜくらづくり)」という建築様式で建てられています。
この建物が成立した時期を明確に示す史料は残されていませんが、聖武天皇の遺品をはじめとする貴重な宝物を保管するため、8世紀の中頃、おそらく752年から756年の間に造られたようです。
かつては校木によって庫内の湿度を調節してきたため、長く宝物が保存されたと言われてきましたが、それだけでは成り立たないことが近年の調査により明らかになりました。
現在では比較的低湿である立地条件や、校倉による堅牢な構造、それに宝物を収納してきた辛櫃(からひつ)といった複合的な要因はもとより、宝物の在庫調査や保存管理してきた人々の力が大きいと考えられています。
正倉院コレクションの大きな特徴とは?
参考資料『鳥毛篆書屏風(模造)』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
1.北倉、中倉、南倉の3つに分けられて納められた宝物
正倉院に収められた宝物には、西域にて作られ、シルクロードを経て日本に伝来したものや、中国・唐や朝鮮半島の新羅にて作られたものがあり、中国・唐、インド、ペルシャといった地域からの技術やデザインの影響が反映されています。
約9000件に及ぶ宝物は、北倉、中倉、南倉の3つに分けられて納められていて、それぞれの倉ごとに異なった特徴が見られます。
北倉に納められたのは、聖武天皇と光明皇后のゆかりの品々です。天皇と皇后の書、装身具、調度品、楽器や遊戯具、薬物などがあり、最も由緒ある品々として正倉院宝物の根幹と言われています。
中倉では造東大寺司(※)や東大寺が管理した品が中心で、正倉院文書や文房具、武器などがよく知られています。
そして南倉には東大寺での儀式に関する品などが納められ、中でも752年に行われた東大寺大仏の開眼供養会での伎楽面といった儀礼用品が多く納められています。
※「造東大寺司」とは東大寺の造営や付属物の製作を指揮し、造物所や写経所などの作業所を管理した官司。
2.シルクロード文化の終着点としての存在
参考資料『正倉院臈纈屏風 羊木写』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
正倉院宝物の最大の特徴は、約9000件にも及ぶ膨大な点数であることと、種類が極めて多彩であることです。こうした品々には、ガラス製の碗や、染色技術を駆使した織物など、当時の日本では制作が難しかったものも含まれています。
それに中国・唐や中近東に由来する品など、国際色に富んでいるのも特徴です。唐の染織技術の粋を集めたとされる『縹地大唐花文錦』(はなだじだいはらはなもんにしき)は、9色の色糸を織り上げて花模様を作り上げた世界一の錦とも称される名品です。
西アジアで作られ、唐で流行した文様をデザインした『花氈』(かせん)などからは、シルクロードを通じてはるばる日本まで運ばれた、当時の広範囲な文化交流の様子を見ることができます。
3. 優れた文化財保存技術の象徴
参考資料『正倉院 壬申検査関係写真』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
正倉院宝物にて特筆すべきなのは、建てられてから1200年以上経っているとは思えないほど、極めて良好な状態にて残されていることです。
同じ頃に作られた文化財の多くが土の中からの発掘品であるのに対し、正倉院宝物は校倉造の建物の中にて保存されてきました。
こうした宝物を今に伝えた最大の理由は、多くの先人たちが保存管理に勤しんだことです。8世紀の半ばより宝物が納められて以来、春や秋に行われた風通しや虫干しの際、何度か在庫調査を実施。鎌倉時代には3回、江戸時代にも4回、宝物の点検が行われたと伝えられています。
また北倉は成立当初から、中倉は平安時代の末期より、天皇の命によって封をするという勅封の制度にて管理されていたことも重要と言えます。誰であれ、天皇の許可を得ることなく、宝庫の扉を開けることはできなかったのです。
正倉院の名品5選:シルクロードの文化と日本の工芸が融合した傑作
参考資料『模造 螺鈿紫檀五弦琵琶』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
1.黄熟香(おうじゅくこう)
はっきりとした来歴こそ不明ながらも、ベトナムからラオスにかけての山岳部にて採取されたとも伝わる沈香(じんこう)。
雅名である「蘭奢待」(らんじゃたい)には「東」「大」「寺」の三文字が隠されています。天下の名香として名高く、足利義政や織田信長、明治天皇などが一部を削り取って香りを堪能したことで知られています。
2.白瑠璃碗(はくるりのわん)
ササン朝ペルシャで作られたとされる、アルカリ石灰ガラス製のカットグラス碗です。ごく薄い褐色に覆われ、80ヶ所もの円形の切子による装飾が、亀甲つなぎの文様として周囲を覆っています。この碗と極めてよく似た碗が、6世紀中頃の安閑天皇陵から出土しています。
3.平螺鈿背八角鏡(ひららでんはいちかくきょう)
鏡の背面に花鳥文を螺鈿にて表した豪華な鏡。花には伏せ彩色と呼ばれる技法で紅色に染めた琥珀、文様と文様の間には小さく砕いた白や水色のトルコ石がぎっちりと配されています。
光を反射してキラキラと美しく輝く鏡であることから、正倉院を代表する宝物の一つとして人気を集めています。
4.鳥毛立女屛風(とりげりつじょのびょうぶ)
樹木の下にて佇む、ふっくらとした趣の女性を描いた、古代の美人画とも呼べる六扇の屛風です。中国から西域にかけて広まった「樹下美人図」をモチーフとしています。
「鳥毛」の名の由来は、かつて女性の頭髪や着衣、樹木などにヤマドリの羽毛が貼られていたから。今でも第3扇の一部に鳥毛の痕跡を見られ、鳥毛は日本固有の山鳥と雉の羽毛であることが分かっています。
5.螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)
インドに起源を持ち、シルクロードから中国に入り、唐時代に完成したと言われる琵琶。紫檀で作られ、撥のあたる面や背面に、きらびやかな螺鈿にて琵琶を奏でる人物や宝相花文を表しています。
螺鈿は明治時代に入って一部復元修理されました。なお五弦琵琶は敦煌の壁画などに姿を確認できるものの、実物は正倉院のこの一点以外に存在しません。
正倉院展:毎年秋に訪れる「歴史の時間旅行」
参考資料『円形切子碗』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
正倉院の宝物を直接見ることができる数少ない機会が、奈良国立博物館で毎年開催される「正倉院展」です。正倉院の宝物は毎年秋に勅封が解かれ、宝物の点検が行われますが、その時期に合わせて宝物が一般に公開されます。
「正倉院展」では日頃、非公開の宝物が選び抜かれて展示されるため、全国各地から多くの人が訪れることでも知られています。これまでに1946年に第1回が奈良で行われて以来、東京で行われた3回をのぞいて、毎年奈良で開かれてきました。
2024年の「正倉院展」はすでに会期を終えましたが、来年もきっと素晴らしい宝物が公開されることでしょう。
おわりに:正倉院に見る日本とアジアのつながり
参考資料『正倉院裂』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
正倉院は、奈良時代の日本がアジアとどのように交流し、その文化をどのように受け入れ、独自に発展させたかを示す歴史の宝庫です。
納められた宝物は、単なる工芸品ではなく、異国の文化が日本で花開いた証でもあり、シルクロードを介した人々の交流の痕跡そのものです。
正倉院は、日本とアジア、そして遥か彼方の西アジアなどの文化が交錯した、まさに「歴史の交差点」と言えるでしょう。
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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