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2024.12.4
ゴッホは印象派ではない?「ポスト印象派」と芸術家解説
ゴッホの作品といえば何を思い浮かべますか?
ひまわりシリーズや自画像、風景画など、さまざまな作品があります。ゴッホは日本で展覧会を開催されることも多く、作品を好きな方も多いのではないでしょうか。
ゴッホはしばしば「印象派」の画家と勘違いされることがあります。しかし、厳密にはゴッホは「ポスト印象派」です。
この記事では、ゴッホを主軸に「印象派」と「ポスト印象派」の違いについて紹介します。ポスト印象派の作品も解説しますので、ぜひ最後まで読んでみてください。
目次
ゴッホ『ひまわり』, 1889年, Vincent van Gogh - Sunflowers - VGM F458, Public domain, via Wikimedia Commons.
ゴッホはどんな人物?
ゴッホ『自画像』, 1887-1888年, Self portrait as a painter - Vincent van Gogh, Public domain, via Wikimedia Commons.
アートに少しでも興味がある人なら(…いや、興味があまりない人でも!)、一度はゴッホの名前を聞いたことがあるでしょう。
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890年)はオランダ南部出身の芸術家です。幼い頃から自由な性格で、学校では問題児扱いでした。
数年間商会の店員として働いていたゴッホは、1880年から美術の勉強を本格的に始めました。パリで生活を始めたゴッホは、スーラやシニャックなど新印象派の芸術家の影響を受け、明るい色彩を取り入れるようになります。
印象派の芸術家がそうであったように、冬以外ゴッホは屋外で作品を制作していました。ゴッホが残した作品は自然や風景をテーマにしたものも多く、豪快な筆致のなかに宿る不思議で強いメッセージは、見る人を圧倒します。
幼少の頃から気性が荒い性質があったゴッホですが、ゴーギャンとの共同生活で自分の耳を切り落とした逸話は非常に有名です。ゴーギャンと芸術の方向性を巡って口論になったゴッホは耳を切り、それを道端の女性に手渡しました。
ゴッホは印象派ではない?
ゴッホ『種蒔く人』, 1889年, The Sower - Vincent Van Gogh, Public domain, via Wikimedia Commons.
芸術様式の分類として、ゴッホは印象派には該当しません。ゴッホは「ポスト印象派」です。
印象派とは、19世紀後半にフランスで始まった芸術活動です。発端はフォンテーヌブローの森に集まった芸術家たちが、屋外で風景画の制作を始めたことでした。
それまでの時代、芸術家は風景画を描く場合であっても室内で制作活動をおこなうことが一般的でした。古典主義やロマン主義では、現実的な表現よりも、理想化された美しい構成・表現が重視されていたことが背景にあります。
しかし、モネやルノワールなどの芸術家が「実際に目の前にある風景を見ながら描こう」と活動をはじめ、1つの大きな潮流を生むことになりました。
モネ『印象―日の出』, 1872年, Claude Monet, Impression, soleil levant, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派の画家にとっての「リアリティ」とは、今、この瞬間に目の前にある景色です。光のゆらめき、動き、風…すべての「印象」を絵画作品に詰め込むことが、なによりも重要でした。そのため、屋外で題材を観察しながら作業することは非常に重要だったのですね。
代表的な印象派の画家は、次のとおりです。
• モネ
• マネ
• ルノワール
• ドガ
• シスレー
• ピサロ
ゴッホもこれらの印象派画家と同じように、屋外での作品制作を好み、大胆な筆致を用いていました。それでは、なぜゴッホは印象派に分類されないのでしょうか?
「ポスト印象派」とは?
ゴッホ『水仙』, 1889年, Vincent van Gogh - Irises (1889), Public domain, via Wikimedia Commons.
ゴッホは、「ポスト印象派」に該当します。「ポスト印象派」とは具体的にどんな芸術を指すのでしょうか?
結論からいうと、「デフォルメされた芸術」です。描かれる対象は、究極にデフォルメされているため、「普遍的なもの」に昇華されています。印象派とポスト印象派の違いは、目の前にある対象をどのように表現するかにあります。
ゴッホはその一瞬間を捉えるのではなく、永久的に続くような象徴性を重視したのです。
印象派とポスト印象派の違い
印象派が目指したのは、「この一瞬間の対象」を描くことです。瞬間をとらえることを大切にしている印象派は、次の瞬間には全く同じものは見られないことを前提に作品を制作していました。
一方でポスト印象派は、この瞬間しか見られない対象を描くのではなく、永久的に変わらない対象を描こうとしました。そのために「対象の究極のデフォルメ」が用いられたのです。
つまりこの点に関して、印象派とポスト印象派全く正反対のことを目指していました。ポスト印象派の画家は印象派の美学の影響を受けていることは間違いありませんが、「瞬間的な表現」と「永久的な表現」という目的地の違いがあるためです。
ポスト印象派の「デフォルメ表現」
ゴッホ『星月夜』, 1889年, Van Gogh - Starry Night - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
では、究極のデフォルメとはどういうことでしょうか。
ポスト印象派のデフォルメ表現とはつまり、眼に見えない世界や内面世界を、物体の特徴を強調することで表現しようとした試みです。
ゴッホはゴーギャンやルドンと同じように、内面性を視覚表現に昇華する芸術を目指していました。なぜなら、ポスト印象派の芸術家にとっては、見えない魂の領域に本質があるためです。
本質は状況に左右されず、変わりません。花の本質、月の本質、人の本質…ゴッホは、対象物の内面的な要素を絵に表したため、瞬間的な描写を大切にした印象派とは全く反対の方向に進んでいきました。
ゴッホ『アルルの部屋』, 1889年(?), La Chambre à Arles, by Vincent van Gogh, from C2RMF, Public domain, via Wikimedia Commons.
ゴッホは、「自分の眼の前にあるものを正確に写し取ろうとするよりも、僕は自分自身を強く表現するために色彩をもっと自由に使う。」と述べています。
実際、ゴッホの作品には緑や赤などビビッドな色彩が使われている特徴がありますね。これは、悲しみや恐れ、喜びなどの感情を表現することができると彼が信じていたためです。
ポスト印象派は、芸術・絵画表現を通じて、ものごとの本質を追求しました。印象派が描いた目の前にある瞬間的な景色とは対象的に、明日も明後日も10年後も変わらずに同じメッセージが伝わるような表現を目指したのです。
「ポスト印象派」にはどんな画家がいる?
ポスト印象派には、次の画家が分類されます。
• ゴッホ
• セザンヌ
• ゴーギャン
ゴッホ以外の芸術家の作品の特徴は、次のとおりです。
セザンヌ
セザンヌ『りんごと水仙の鉢のある静物画』, 1890年頃, Still Life with Apples and a Pot of Primroses, by Paul CézanneFXD, Public domain, via Wikimedia Commons.
ポスト印象派の芸術家のなかでも、「対象をデフォルメする」という点においてもっともわかりやすいのはセザンヌかもしれません。
セザンヌはモネやルノワールなどの印象派芸術家と交流があり、第1回と第3回の印象派展にも出展していました。実際、初期のセザンヌ作品は印象派に分類されます。しかし、徐々に印象派とは異なる方向性に進むようになります。
印象派の芸術は光の印象を大切にするため、対象の輪郭があいまいになり、形がわからない課題がありました。ルノワールなど他の印象派芸術家が輪郭を再度描くことでこの問題に対処したのに対し、セザンヌは立体感を強調することで形を表現しました。
セザンヌ『キッチンテーブル』, Cezanne der-kuechentisch, Public domain, via Wikimedia Commons.
つまり、セザンヌは対象物の立体性に焦点を当て、存在感をあたえようとしたのです。セザンヌ作品はしばしば「緊張感のある歪み」と表現され、遠近法を無視した配置や複数の視点を含む構造が特徴です。
セザンヌは「感覚の実現」をテーマに絵画を作成していました。対象を知覚する際、人は視覚情報以外にもさまざまな感覚を用います。眼と頭脳の両者が協力しあって得られる感覚を、絵画に昇華することがセザンヌの芸術でした。
ゴーギャン
ゴーギャン『黄色いキリスト』, 1889年, Gauguin Il Cristo giallo, Public domain, via Wikimedia Commons.
ゴーギャンはポスト印象派の芸術家で、ゴッホと共同生活を送ったことでも有名です。ゴーギャンは、セザンヌ作品の影響を受けてポスト印象派の道に進んでいきました。
彼は、印象派を含む伝統的な西洋絵画が「写実」に固執していることに反発していました。印象派は「写実」と遠いと思われることもありますが、ある意味では、目の前の場面のもっとも正確な光の写実を目指した芸術と言えます。
ゴーギャンが目指した芸術は、象徴的な深みのある芸術でした。見たものをただそのまま描くのではなく、題材や表現がなにを象徴しているかに焦点を当てようとしたのです。
当時流行していたジャポニズム(日本の芸術から影響を受けた芸術)にとどまらず、ゴーギャンはアジアやアフリカの芸術を愛しました。ゴーギャンにとっては、アジアやアフリカの芸術は象徴性と活力に満ちて見えたためです。
ゴーギャン『Parau api』, 1892年, Parau api, by Paul Gauguin, Public domain, via Wikimedia Commons.
ゴッホやセザンヌがそうであったように、ゴーギャンの作品も遠近法をあえて無視して構成されました。また、ビビッドで力強い色彩にフォーカスする点も似ています。
まとめ:「ポスト印象派」は印象派とは似て非なる芸術
ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャンなどの芸術家は一時期印象派的な作品を制作していた時期もあるため、広い意味では印象派のくくりに入ることもなくはありません。
しかし芸術観を紐解いてみると、最終的には全く異なるゴールを目指していたことがわかりますね。
ゴッホやゴーギャンなどポスト印象派の作品を鑑賞する際は、印象派との違いに目を向けてみると面白い発見があるかもしれません。
以上、ゴッホなどポスト印象派の芸術家解説でした!
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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