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2025.1.27
印象派は常に屋外で絵を描いた?光の重要性と伝統的画法への反発など理由解説
印象派といえば、のどかな田園風景や穏やかな都市部のきらきらとゆらめく光景をテーマにした作品を思い浮かべる人も多いでしょう。印象派の名前のもとになった「印象」は、一瞬間の光を捉えることを重視した芸術傾向を示唆しています。
カンバスと画材を外に持ち出し、光の移ろいを実際に見つめながら絵を描くスタイル(エンプラン・エール)は、印象派画家たちの哲学を反映した方法でした。
目次
ピエール=オーギュスト・ルノワール 『ボートの乗客たちの昼食会』, Pierre-Auguste Renoir - Luncheon of the Boating Party - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
しかし、印象派画家はいつも屋外で絵を描いていたわけではありません。
2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で、印象派の室内をテーマにした作品を展示する『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』が開催されます。
展覧会の開催に先駆け、この記事「屋外で絵を描くこと」が印象派画家にとってどんな意味があったのか、大きく分けて3つの理由から解説します。光を重視した傾向、それまでの伝統的な絵画制作方法への反発など、さまざまな角度で印象派を紐解いてみましょう。
常に印象派が屋外で絵を描いたわけではない
印象派の多くが屋外での制作活動を好んでいたのは事実です。しかし、すべての印象派画家が屋外で絵を描き、すべての作品が屋外で制作されたわけではありません。
印象派を定義づける特徴の1つである「屋外制作」ですが、もちろん室内をテーマにした作品も多く残されています。
オーギュスト・ルノワール『ワルゲモンの子供たちの午後』, Auguste Renoir - L'après-midi des enfants à Wargemont - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派の一番の目的は、今、この瞬間の情景を正確に絵画に落とし込むことでした。屋外であれ室内であれ、印象派の核は、対象のふとした瞬間を永遠にカンバスに残すという哲学です。
では、なぜ多くの印象派画家が屋外での絵画制作を重視したのでしょうか?それには、大きく分けて3つの理由があります。
①うつろう光の重要性
②対象物の流動的・即興性
③伝統的画法への反発
印象派が屋外で絵を描いた理由①:うつろう光の重要性
印象派が屋外で絵を描く理由を知るためには、彼らの「光」の考え方を正しく理解する必要があるでしょう。印象派の画家たちにとって、光は芸術的な視点の中心でした。
「理想化された非現実」より、「いま目の前にある現実」
モネ『日傘の女』, Claude Monet - Woman with a Parasol - Madame Monet and Her Son - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
伝統的サロンの理想化された芸術傾向とは反対に、印象派が目指したのは「実際に目に映る光の表現」です。バロック芸術でよく用いられたようなドラマチックな光源設定や、セオリー重視の陰影表現は、印象派にとってはあまりに「非現実」でした。
印象派芸術家の中には、「光」の性質をより的確に表現するために、同じテーマの、異なる時間帯を描く人もいました。例えば、クロード・モネの『干し草の山』(1890年代)や『睡蓮』シリーズ(1914-1926年)はその好例です。
クロード・モネ『夏の終わりの干草の山』, Claude Monet - Haystacks, end of Summer - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
クロード・モネ『干草の山―雪効果』, Claude Monet - Haystacks- Snow Effect - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
同じ角度から同じ対象を描いても、時間帯や季節が変われば作品の印象は大きく変わります。その事実に強い興味を示した印象派画家たちは、なるべく正確な光の表現を目指すために、屋外に足を運んで作業していたのですね。
白と黒は色ではない?
ピエール=オーギュスト・ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』, Pierre-Auguste Renoir, Le Moulin de la Galette, Public domain, via Wikimedia Commons.
異なる条件下でさまざまな表情を見せる光を表現するためには、伝統的なパレットは不十分でした。印象派が用いた色彩は固定的ではなく、幅広いことで知られます。
ルノワールは、「自然界にあるのは色だけだ。白と黒は色ではない」と残しました。
現在私たちが白や黒と認識している色は、常に光の反射を受けて他の色味を含んでいるため、純粋な白や黒は自然界にはありえないという考え方です。例えば、影は単にグレーや黒ではなく、青や紫の冷たい色で表現され、周囲の光の色を反映することがありました。
印象派画家たちにとって色は、固定的ではなく光によって変化するもの。的確な色彩をカンバスに載せるためには、当然、実物を目で見て、正しく認識する必要がありますね。印象派の色に対する敏感さは、そのまま、自然光への敏感さの表明でもあるのです。
印象派が屋外で絵を描いた理由②:対象物の流動的・即興性
モネ『睡蓮』, Water-Lily Pond MFA Boston 61.959 Catalog No 1630, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派は、対象物の即興性に関心を寄せていました。即興性とは、その場でしか見られない瞬間的な動きを指します。この考えは、同じ光は二度と見られないことに通じており、この瞬間を逃せばもう描けないかもしれない儚い一瞬を印象派は追い続けました。
印象派画家にとって常に動き続ける光は、対象を変化させるものです。光そのものが流動的な性質を持つ以上、世界は常に動的であり続けます。
つまり印象派にとって「即興性」とは、世界が生きていることの表明です。例えば、ある風景が特定の時間帯の光の中でどのように見えるかをその場で描き、光の移り変わりを捉えることで、その瞬間の「生きている感じ」が伝わります。
自然だけではなく、人間を描く場合でも同じです。ドガの『バレエのリハーサル』(1874年)では、光が舞台やダンサーの動きにどのように影響を与えるかを描写しています。
では、変化し続ける光と対象の即興性は、どのように表現されたのか。それは、印象派の最大の特徴の1つでもある「素早い筆致」です。
モネ『睡蓮』の一部, Detail of "The Water-Lily Pond" by Claude Monet 02 , Public domain, via Wikimedia Commons.
丁寧に色を重ねて絵の具を安定させる伝統的な画法とは大きく異なり、印象派は絵の具をたっぷりと分厚く塗っていますね。絵の具を通して感じられる筆の走りが、まるで物体が動いているかのように錯覚させます。
ルノワールは、特に人々の動きを描く際に、素早い筆使いを使用しました。彼の作品では、人物が動く瞬間に反応するような光のきらめきや、物体の形が瞬間的に変化する様子が巧みに表されています。
もちろんドガの例のように、室内においても生き生きとした即興性を表現することは可能です。しかし、屋外に出て、光がもたらす変化や天候や動きが光に与える影響を捉えることで、その瞬間にしか存在しない視覚的な印象を描くことが印象派の革新でした。
印象派が屋外で絵を描いた理由③:伝統的画法への反発
ルノワール 『グラン・ブールヴァール』, Pierre-Auguste Renoir, French - The Grands Boulevards - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派は現在でこそ美術史の一節を担う重要な芸術様式と認められていますが、芸術家が実際に活動していた時代には「受け入れられないもの」として強く非難されていた歴史があります。
印象派が一般的に受け入れられづらかったのは、伝統的なフランスの芸術サロンが根強い古典主義を維持していたことが一因でしょう。ラファエロ的なデッサンに基づいた、優等生的で格式高い芸術を重んじる当時の美術評論家たちは、対象物の輪郭が認識できないほどにぼやけた印象派の表現を拒絶しました。
伝統的なアカデミック様式の芸術で活躍したカバネルの作品を観れば、統制された格式高い美術がどのようなものかわかりやすいはずです。
アレクサンドル・カバネル 『ヴィーナスの誕生』, Alexandre Cabanel - The Birth of Venus - Google Art Project 2, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派以前は室内での絵画制作が一般的だった?
丁寧なデッサンによる対象物の研究と、バランスのとれた構図が重視されていた当時の芸術界。彼らには繊細な作業と集中力が不可欠だったため、安定した環境の室内で制作することが一般的でした。
これは、印象派が活動していた19世紀に限ったことではありません。伝統的に西洋美術の芸術家は、どんなテーマであっても室内で制作していました。風景の絵を描く場合でも、室内で作業していたそうです。
もちろん屋外での絵画制作は印象派だけの専売特許というわけではなく、歴史上、屋外での制作をしていた例はいくつもあります。例えば、16-17世紀に風景画ジャンルを確立したフランドルや北方の画家たちは、屋外で風景を見ながら作業することがありました。
ポール・ブリル 『ローマ遺跡のある風景』1580年頃, Paul Bril - Landscape with Roman Ruins - WGA03189, Public domain, via Wikimedia Commons.
とはいえ、大半の芸術家は室内の落ち着いた環境で制作することを「当たり前」と考えていたため、屋外に出て絵画を制作する印象派画家たちの姿は、プロではなく趣味で絵を描く連中と認識されたのかもしれませんね。
フランス伝統のサロンと印象派の確執
ベルト・モリゾ『マネとその娘』1883年, Eugene Manet and His Daughter in the Garden 1883 Berthe Morisot, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派にとっては、屋外での絵画制作は厳格なアカデミック技法に対する反発の表明でもありました。伝統的なサロンが印象派を拒絶したように、印象派もまた少なからずサロンへの拒絶反応を示していたのです。
現実世界にあるものではなく、理想化された表現に傾倒するサロンとは異なり、印象派は目の前にあるものを重視します。そしてそれは、被写体の徹底的な観察=屋外での制作として表れました。
サロンは、当時の芸術家が世に出るための唯一の手段だったと言っても過言ではありません。サロンのスタンダードから外れることは、芸術家にとって食い扶持の放棄に近いこと。実際にほとんどの印象派画家はサロンに出展しても落選し続け、その結果自分たちで企画・運営する「印象派展」の開催につながりました。
ただし、サロンと印象派の関係を一概にくくることはできません。「印象派」はあくまでもざっくりとした芸術傾向のカテゴリ(そして友人関係)であり、芸術一人ひとりに異なる志向があったためです。例えば、印象派にくくられることが多いマネは、サロン選出を目指して出展しつづけたことで知られます。
例外はあるものの、一般的な見解として印象派が伝統主義からの離脱を目指していたことは間違いないでしょう。彼らの大半は、サロンで人気を博していた理想化された絵画スタイルよりも、実際に見たものをありのままに表現することが真の芸術だと考えていました。
まとめ:室内制作でも印象派の哲学は維持されている
ここまで印象派と屋外制作(エンプラン・エール)について紹介してきました。しかし大切なのは、印象派は「即興的な光の変化を描写する」という目的のために屋外制作を好んだだけで、室内制作でも同様の哲学は維持されていたと理解することです。
2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で開催される『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』では、そんな印象派の「室内」をテーマにした作品を鑑賞できます。
今から展覧会が楽しみですね。以上、印象派と屋外制作についてでした!
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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