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STUDY

2025.5.8

『しろくまちゃんのほっとけーき』の絵の魅力とは?子どもの日常生活に寄り添う絵本

「子どもがアートを感じられる絵本」を紹介する連載企画。今回は、ロングセラーの「こぐまちゃんえほん」シリーズから、『しろくまちゃんのほっとけーき』をピックアップし、アートの視点から解説します。

しろくまちゃんのホットケーキわかやまけん作『しろくまちゃんのほっとけーき』こぐま社、1972年(画像提供:こぐま社)

子どもたちの日々の生活に寄り添う「こぐまちゃんえほん」は、出版から50年以上が経った今でも絶大な人気を誇り、シリーズ累計発行部数は1,000万部を超えています。

シリーズの中でも特に人気があるのが、今回ご紹介する『しろくまちゃんのほっとけーき』。しろくまちゃんがホットケーキ作りに挑戦するというストーリーで、自分で料理をする魅力や喜びを丁寧に描いた名作です。

この記事では、『しろくまちゃんのほっとけーき』の絵に注目し、時代を超えて子どもたちに愛されている理由を探ります。また、鮮やかな色彩やシンプルなフォルムなど、作者のわかやまけんの表現から、アートを感じられるポイントを詳しくご紹介します。

「幼い子どもが最初に出会う絵本」

しろくまちゃんのホットケーキ2わかやまけん作『しろくまちゃんのほっとけーき』こぐま社、1972年、p.14, 15(画像提供:こぐま社)

「こぐまちゃんえほん」シリーズが誕生した1970年当時、日本では「赤ちゃん絵本」というジャンルがまだ確立していませんでした。

そんな中、「幼い子どもが最初に出会う絵本」を創りたいと構想を始めたのが、こぐま社の創業者であり編集者の佐藤英和です。佐藤の呼びかけのもと、グラフィックデザイナー出身のわかやまけん、児童文学者で歌人の森比左志、劇作家の和田義臣が集まり、4人で話し合いながら絵本の制作が進められました。

この時すでに、佐藤は「幼い子どもの最初のお友だち」であるくまのぬいぐるみを主人公にした絵本のアイデアが浮かんでいて、制作を依頼できるのはわかやましかいないと確信していたそうです。

わかやまは数多くの童画や絵本を制作するだけでなく、商業美術のグラフィックデザインを手がけた経験もありました。

鮮明な色彩とシンプルなフォルムで描かれた「こぐまちゃんえほん」シリーズは、絵本の表現とグラフィックデザインの両方を得意とする彼だからこそ、生み出せた作品だと言えるでしょう。

(※参考:世田谷美術館、北九州市美術館、ひろしま美術館、中日新聞社編『こぐまちゃんとしろくまちゃん 絵本作家・わかやまけんの世界』中日新聞社、2021年、p.49)

『しろくまちゃんのほっとけーき』でアートを感じられる3つのポイント

しろくまちゃんのホットケーキ1わかやまけん作『しろくまちゃんのほっとけーき』こぐま社、1972年、p.12, 13(画像提供:こぐま社)

ここでは、『しろくまちゃんのほっとけーき』の色彩やフォルム、キャラクターの描き方の3つに注目し、アートを感じられるポイントを詳しくご紹介します。

①美しい色を子どもたちに届ける工夫

鮮やかな色が印象的な『しろくまちゃんのほっとけーき』。実は、スミ(墨)、アイ(藍)、グレー、ミドリ、オレンジ、キイロという6色の特色で印刷して作られています。

わかやまは、「日本の風景には、原色はありません、みな中間色です」(※)と話し、日本らしい落ち着いた色を選んだそうです。

「子どもたちに濁っていない美しい色を届けたい」という思いから、リトグラフという版画の技法で制作することが決まりました。専用の特色インクを使ったり、1色ごとに版を描き分けて刷り重ねたりと、美しい色を表現するための工夫が凝らされています。

印刷の工程には大変な苦労がありました。1色ずつ刷るには、使用する色の数だけ版を作るため、同じ絵を何枚も描く必要があります。さらに、色を重ねて印刷する場合、完成した作品を頭の中でイメージしながら制作していました。

現代では、パソコンのソフトを使って画面上で試すことも可能ですが、イメージ通りに刷り上がるかはわかやまの想像力に委ねられていたのです。

根気のいる作業を粘り強く積み重ねて、「こぐまちゃんえほん」シリーズ独自の色彩が生まれました。
(※参考:前掲書、p.21)

②「原点」を追求したフォルム

「こぐまちゃんえほん」シリーズは、古さを感じさせない魅力がありますが、その理由のひとつに、フォルムのシンプルさを追求したことが挙げられます。

彼は、過去のインタビューで次のように話しています。

「流行の服を着せると、時が経つと古臭くなりますからね。だから”原点”でいこうと決めて、思いついたのが、布に頭の部分だけ穴を開けたポンチョ。」
「衣服もそうですが、絵本をつくるときに原点を大切にしたことが、”こぐまちゃん”がずっと残ってきた秘訣でしょうか」
(引用元:『月刊クーヨン』2000年7月号、クレヨンハウス ※引用箇所は前掲書p.22で確認)

洋服のデザインに限らず、キャラクターのフォルムにも、わかやまが言う「原点」を見出すことができます。丸い頭に四角い体で描かれたこぐまちゃんとしろくまちゃんは、こけしをイメージして作られているそうです。日本の文化に根付いた形が、読者に自然と親しみやすさを感じさせるのでしょう。

また、無駄を削ぎ落とすだけでなく、耳を左右アシンメトリーにしたり、手足は丸みを帯びた形にしたりと、手作りのぬいぐるみらしさの表現にも、わかやまのこだわりが表れています。

現在のキャラクターデザインに至るまで、彼は何百ものくまを描き、試行錯誤を重ねました。原点を突き詰めたからこそ、研ぎ澄まされたシンプルな形が生まれたのですね。

③絵だけでも読み取れるストーリー

「こぐまちゃんえほん」シリーズが幼い子どもたちに親しまれているのは、絵を見ただけでもストーリーが分かることが理由のひとつだと言えるでしょう。

わかやまは、乳幼児期の子どもが絵本を開く時、文字ではなく「絵」から物語を読み取ろうとすることに着目し、「キャラクターが何をしているのか」を絵で伝えることに注力しました。

たとえば、『しろくまちゃんのほっとけーき』の冷蔵庫から卵を取り出すシーンでは、床に割れた卵が落ちていて、しろくまちゃんが片方の手で頭を触る様子が描かれています。「卵を取ろうとしたら、うっかり落として割ってしまった」という状況が、絵だけで見事に描写されています。

もちろん、絵と言葉を両方味わえる作品ですが、乳幼児期のお子さんがひとりで楽しめる絵本でもあるのです。

さらに、絵でストーリーを伝える「こぐまちゃんえほん」は、その制作プロセスにも特徴があります。
わかやまをはじめ、シリーズの構想段階から関わった4人は、「絵でお話を考える」という方法でアイデアを練ったそうです。ちゃぶ台の上に、わかやまのラフスケッチをかるたの札のように並べ、入れ替えたり新たな絵を加えたりしながら、絵本の構成を考えました。

「幼い子どもが最初に出会う絵本」を創るために、絵本制作のスタート地点から、読者が楽しめるよう徹底していた様子がうかがえます。

「こぐまちゃんえほん」は子どもたちの日常生活に寄り添う絵本

『しろくまちゃんのほっとけーき』をはじめとした「こぐまちゃんえほん」シリーズは、子どもたちにとって理解しやすいだけでなく、彼らの日常生活を丁寧に描いた絵本でもあります。しかし、乳幼児の日常を生き生きと伝える作品が完成するまでには、様々な試行錯誤がありました。

ここでは、作者のわかやまと絵本に携わったメンバーによる制作プロセスを紹介するとともに、多くの読者に愛される理由を考察します。

幼い子どもたちからの学び

乳幼児を対象にした絵本を作るためには、はじめにキャラクターの設定やストーリーの大枠を決める必要がありました。

幼い子ども向けの絵本なので、主人公のくまのぬいぐるみは2歳、ストーリーは2〜3歳の日常生活にフォーカスすることになりました。

わかやまの長男と長女がちょうど同じ年頃だったため、育児日誌をもとに、4人は子どもの生活を学んでいったそうです。さらに、幼児の遊びや生活を詳しく知るために、4人で保育園に一日入園したというエピソードまで残っています。

『しろくまちゃんのほっとけーき』も、わかやまの熱心な観察が絵のアイデアにつながりました。

たとえば、ホットケーキが出来上がるまでの工程を、11個のフライパンを並べて表現したページは、彼の子どもの友達5、6人が遊びに来た時に思い浮かんだと言います。妻がホットケーキをふるまおうと調理を始めたところ、皆がフライパンを覗き、ごくりと唾を飲み込んでいたそうです。

小さな出来事をつぶさに観察し、アイデアを見つけようとするわかやまの真摯な姿勢が感じられるエピソードです。

このように、絵本の制作に関わる4人は、子どもたちから丁寧に学び続け、彼らの日常を生き生きと描き出す作品を全15冊も出版しました。

感情移入できる余白

「こぐまちゃんえほん」のシンプルな表現は、分かりやすいだけではなく、自分を投影する余白があると捉えられます。

こぐまちゃんやしろくまちゃんは、目をつむったり、涙を流したりすることもありますが、ほとんどのページでニュートラルな表情として描かれています。

しかし、キャラクターの身振りやシーンの細やかな描写から、様々な感情を受け取れます。
たとえば、『しろくまちゃんのほっとけーき』の、しろくまちゃんがお母さんと並んでホットケーキを運ぶシーン。

しろくまちゃんは、左足を大きく前に出して歩いているように見えます。その様子から、「ホットケーキが完成して嬉しいのかな」「早くこぐまちゃんと一緒に食べたいのかも」など、キャラクターの感情を自由に思い浮かべることができます。

心の動きを伝えるために、キャラクターの身振りや状況を細やかに表現することで、読者が「この子はどんな気持ちかな?」と想像できる余白が生まれていると言えます。

読者の感じ方や考え方を尊重する余白があるからこそ、子どもたちが絵本の世界に入り込み、キャラクターと一緒に様々な体験ができるのでしょう。

まとめ

この記事では、『しろくまちゃんのほっとけーき』の色彩やフォルムにフォーカスし、アートの視点から作品を解説しました。

「日本の子どもたちがはじめて出会う絵本」として創作された「こぐまちゃんえほん」シリーズは、乳幼児が理解しやすいだけでなく、子どもたちの日常生活に寄り添った作品だと分かりました。

また、絵を見るだけでストーリーを読み取れるため、お子さんが自ら興味を持って親しめる作品です。

親子で読み聞かせをする時に、色彩やキャラクターのしぐさに注目し、お子さんに好きな色を尋ねたり、「しろくまちゃんはどんな気持ちかな?」と一緒に考えたりすることで、絵本をより深く味わえるでしょう。

『しろくまちゃんのほっとけーき』や「こぐまちゃんえほん」シリーズを通して、日々の暮らしの小さな発見と、そこから生まれた絵本の表現を、親子で一緒に楽しんでみてくださいね。

《参考文献》
・わかやまけん作『しろくまちゃんのほっとけーき』こぐま社、2024年(初版:1972年)
・世田谷美術館、北九州市美術館、ひろしま美術館、中日新聞社編『こぐまちゃんとしろくまちゃん 絵本作家・わかやまけんの世界』中日新聞社、2021年

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浜田夏実

浜田夏実

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アートと文化のライター。アーティストのサポートや、行政の文化事業に関わった経験を活かし、インタビューや展覧会レポートを執筆しています。難しく考えがちなアートを解きほぐし、「アートって面白い」と感じていただける記事を作成します。

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