STUDY
2026.4.13
フェルメールは借金王?美しい青の絵具を代償に没落した巨匠
《真珠の耳飾りの少女》をはじめ、目の覚めるような青が美しい絵画で人々を魅了するフェルメール。数々の名画を歴史に残した巨匠ですが、実は借金まみれだったことをご存知でしょうか?
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
借金の原因は、青の絵具があまりにも高価だったから、とする説があります。世界中のファンに愛好される「フェルメール・ブルー」は、自身や家族の生活を犠牲に成り立っていたのかも…?
さらに、フェルメールには子どもが11人いたとされています。大家族がいるのに、高価な絵具を買って生活は大丈夫だったのでしょうか? おそらく大丈夫ではないのですが、絵画を読み解いていくと、巨匠フェルメールの意外な姿が見えてきます。
金より高価!宝石「ラピスラズリ」を砕いた青の絵具
「色によって絵具の値段が違う」ことも、現代人にとっては不思議かもしれません。フェルメールの時代は画家が絵具を原料から調合しており、正確に言うと、異なっていたのは原料の価格です。
ラピスラズリ James Petts from London, England • CC BY-SA 2.0, Public domain, via Wikimedia Commons.
なかでも青は、自然のもので再現するのが難しい色。その原料のひとつとなったのが、「ラピスラズリ」という鉱石です。アフガニスタンから海を越えて運ばれた鉱石で、17世紀当時は金より高価な宝石でした。
これを砕いて作った「ウルトラマリン」と呼ばれる絵具ももちろん高価。聖母マリアの衣服など、特別な箇所に使うとっておきの絵具です。
イル・サッソフェッラート《祈る聖母》, Public domain, via Wikimedia Commons.
ところがフェルメールは、ウルトラマリンを惜しみなく使用。《真珠の耳飾りの少女》のターバンなど、神でも聖人でもない一般人の衣装や小物に、宝石でできた絵具を塗りまくりました。
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
同時代、フェルメールほど贅沢にウルトラマリンを使った画家は皆無と言って良いでしょう。似たような青色の原料となる天然鉱石アズライトが供給不足となり、ラピスラズリがさらに高騰した時代のことでした。
「青以外の部分」にも青を塗りまくるフェルメール
《真珠の耳飾りの少女》のターバンなど、青色の部分だけに使ったならまだ許せる(?)のですが…フェルメールはなんと、「青でない部分」にも高級絵具ウルトラマリンを塗りました。
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
たとえば、少女の黄色い上着に落ちる影。ここにも、ウルトラマリンが混ぜられています。影に青みを加えることで、冷たく静かな印象になるよう狙ったようです。
また、黄色の補色が青であることから、黄色を引き立てる効果もある様子。よく観察すると、肉眼でも影のなかに青い粒子を見つけられる、と言う人もいます。
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
ほかの作品でも、フェルメールは壁やタペストリー、家具などあちこちにウルトラマリンを多用しました。さらに、上から別の絵具を重ね塗りする前提で、下地に塗りまくった《デルフトの眺望》などの作例もあります。つまり、ウルトラマリンをまるで「捨て色」のように贅沢に使っていた、と。
ヨハネス・フェルメール《デルフトの眺望》, Public domain, via Wikimedia Commons.
こんな風に、静けさや透明感を高めるため、フェルメールは青色以外の部分にもウルトラマリンを使用しました。「宝石を散りばめたような美しさ」という比喩がありますが、フェルメールの絵画には文字通り宝石が散りばめられているのです。
子どもは11人!?絵具に散財した大家族の父
ヨハネス・フェルメール《青衣の女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
高価な絵具をふんだんに使えるフェルメールはお金持ちだったのか?
と気になりますが、一時はたしかに余裕があったようです。記録のある作品数から逆算すると、年に数点しか絵を描いていないのに、裕福な義母やパトロンのおかげで画家として暮らせていました。
しかし恵まれた状況はそう長くは続きません。戦争による不景気でオランダの絵画マーケットは失速。義母もそれほど裕福でなくなり、大パトロンも死去…。苦境に陥ったフェルメールには子どもが11人もいたとされ(数え方によってはもっと多くなる)、生活は苦しくなるばかりでした。
フェルメールの墓石 Ввласенко • CC BY-SA 3.0, Public domain, via Wikimedia Commons.
絵具どころかパン屋に借金を作るほど状況は悪化し、首が回らなくなったフェルメールは40代前半という若さで死去。死因は不明ですが、借金地獄のストレスもあったのではないかと言われています。負債を抱え込んだ妻も自己破産を免れませんでした。
芸術家の理想と現実のはざまで…
ヨハネス・フェルメール《地理学者》, Public domain, via Wikimedia Commons.
フェルメールは資料が少なく、人物像は謎に包まれています。絵画の静かな印象から、本人も慎ましい人だったのかな? と感じる一方、高価な絵具をドバドバ使った男ですから、とんでもなく尖ったイキリ野郎だったんじゃないか、という気も…。
一家の父としてはダメダメに思えるフェルメール。ですが、画家としては別格と言えます。ウルトラマリンという最強の武器がなくても、フェルメールは一流の画家として歴史に名を残したのではないでしょうか。
天然ウルトラマリン, Public domain, via Wikimedia Commons.
彼は時間という限られた資産を投じ、1枚1枚を丁寧に制作。ときにカメラ・オブスキュラを使って正確な空間の把握に努めたのも、完璧な1枚を目指したからでしょう。至高の絵画のために、フェルメールは決して妥協をしませんでした。
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》, Public domain, via Wikimedia Commons.
「莫大な借金を抱えた」というと聞こえは悪いですが、裏を返せば「大金を貸してくれる人がいた」ということ。それはフェルメールが画家として信頼されていた証だ、と見る向きもあるのです。
芸術に情熱を注ぎすぎ、返しきれない借金をこさえたフェルメール。その絵画は静かで柔らかな光に満ちていますが、生活を顧みない画家の狂気が眠っているのかもしれません。
参考文献
『フェルメール会議』青い日記帳 監修、双葉社 2018年
Girl with a Blog 17. Out of the blue|Mauritshuis
https://www.mauritshuis.nl/en/our-collection/restoration-and-research/closer-to-vermeer-and-the-girl/girl-with-a-blog/blue-pigment-girl-with-a-pearl-earring-vermeer
Johannes Vermeer Girl with a Pearl Earring|Mauritshuis
https://www.mauritshuis.nl/en/our-collection/artworks/670-girl-with-a-pearl-earring
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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
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