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2026.10.8

取材レポート【京都文化博物館】特別展『寛永 太平がはぐくむ美』400年前の「新しい美」に触れる

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ときは1626年9月。京都の二条城では、「ある御方」を迎えて最上級のもてなしをするため、贅沢な料理や座敷の飾りなどの準備が進められていました。

その「御方」とは、後水尾(ごみずのお)天皇です。当時の天皇が御所の外に出るのは、非常に珍しいことでした。にもかかわらず、後水尾天皇は徳川秀忠と家光の招きに応じ、5日間も二条城に滞在。まさに異例の行幸が実現しました。この一大イベントは、「寛永行幸」として語り継がれています。

重要文化財 遠侍二の間 《竹林群虎図》(部分)狩野甚之丞 寛永3年(1626)京都市(元離宮二条城事務所)【前期展示】

2026年は、寛永行幸から400年の節目を迎えるメモリアルイヤー。京都の各地で関連する催事が開かれるなか、京都文化博物館では寛永行幸四百年祭開催記念 特別展「寛永 太平がはぐくむ美」が開幕しました。会期は11月15日(日)までです。

江戸時代初期、朝廷と幕府のあいだには軋轢がありつつも、融和に向けてさまざまな施策が行われてきました。寛永行幸もそのひとつで、朝廷と幕府の融和と平和の到来を示す、象徴的な出来事とされています。

《参内図屏風》江戸時代 17世紀 京都文化博物館【通期展示】

というわけで、展覧会を訪れるまでの私は、「平和な時代になって、文化や芸術が開花したのだろうな」と思っていました。しかし、本展第3章の解説を読んだとき、その思い込みはひっくり返ります。

「幕府と朝廷の融和を印象付けることが大きな目的であった寛永行幸でしたが、その直後から後水尾天皇と幕府の対立はさらに顕著となりました。なかでも紫衣事件と直後の譲位は公武の亀裂を決定的にし、朝廷は政治権力の表舞台からは後退することとなったのです。」

「後水尾天皇と幕府の対立はさらに顕著」となった…!?

「公武の亀裂」が「決定的」に!?

展示風景

てっきり仲良くなったものと私が思い込んでいた両者の対立関係は、解消したわけではなかったよう。これはいったい、どういうことなんだろう…?

寛永行幸のあと、何があったのか。後水尾天皇はどうなったのか。こうした疑問を胸に展覧会を見ていくと、展覧会タイトルの「太平がはぐくむ美」の意味が、ひと味違って感じられます。

政治の表舞台から退いた後水尾天皇、しかし……

展示風景

寛永行幸の翌年に起きたのが、「紫衣事件」です。紫衣(しえ)とは徳の高い僧侶が身につけられる紫色の衣のこと。その着用を許す権限をめぐって、幕府と朝廷が対立しました。

こうした背景があり、1629年、後水尾天皇は譲位。とはいえ政治の世界から完全に姿を消したわけではなく、その後4代にわたって院政を行いました。

展示風景

さらに漢詩や和歌、書、立花、茶の湯など多様な文化活動にも積極的に取り組み、後水尾天皇自身も文化・芸術において大きな存在感を放ちました。政治の表舞台からは退いても、幕府とは異なる形で影響力を持ち続けた、と言えるでしょう。

そんな後水尾天皇などを中心に、京都では「寛永文化」が開花。では「寛永文化」って何なの? と気になってきますが、一言では表現しきれない、多様性に富んだ文化なんです。

数々の「新しい美」を生んだ寛永文化

《和歌六義屏風》近衞信尹 江戸時代 17世紀 京都・陽明文庫【前期展示】

では、その「寛永文化」とはどんな文化だったのでしょうか?

本展で紹介されるのは、絵画、書、詩歌、陶芸、刀剣、着物など、さまざまなジャンルの作品です。正直に言うと、私は「これが寛永文化だ!」と言えるような共通点を見つけられず…。

重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》本阿弥光悦 江戸時代 17世紀 京都・本法寺【前期展示】

むしろ印象に残ったのは、それぞれが好きな方向へ進んでいるような「多様さ」や「個性」です。そこで、当時活躍した人物を並べてみましょう。寛永文化の多様さが感じられると思います。

●本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)

書道や陶芸、漆芸、茶の湯など、さまざまな分野で活躍した総合芸術家。異素材の組み合わせや大胆なデザインに特徴がある「光悦蒔絵」を考案

●俵屋宗達(たわらや そうたつ)

《風神雷神図屏風》などで知られる絵師。斬新なデザイン感覚を持ち合わせ、のちに琳派の祖とされる

《色絵扇面文瓢香合》野々村仁清 江戸時代 17世紀 京都・北村美術館

●野々村仁清(ののむら にんせい)

江戸時代を代表する陶工。鮮やかな色絵を施した陶器を完成させたとされ、「京焼の祖」とも呼ばれる

●近衞信尹(このえ のぶただ)

「寛永の三筆」のひとりに数えられ、力強くダイナミックな書が特徴の「三藐院(さんみゃくいん)流(近衞流)」を創始

《池坊専好立花図巻》(部分)池坊専好 寛永8(1631) 京都・陽明文庫

●池坊専好(二代)(いけのぼう せんこう)

華道家元・池坊の第32世。自然の姿を凝縮して表現する「立花」という様式を完成させた

そう、寛永期には多岐にわたる分野で、「新しい美」が生まれたんです。しかもその多くは、いつしか「日本の伝統的な美」となり、現代まで受け継がれています。

展示風景

当時の京都では、後水尾天皇を中心に、公家や武家、町人といった身分を超えた交流があったそう。多様な関わりも人々の創造性の刺激となり、独創的な芸術が生まれるきっかけになったのではないか、と思えてきます。

「太平がはぐくむ美」とは、どんな美なのか?

展示風景

私は寛永行幸という歴史的なイベントだけに着目し、「朝廷と幕府の関係は良くなったんだな」と思い込んでいました。ですが、話はそう簡単ではなく、のちに両者の対立関係は深まることとなります。

そんな複雑な時代であっても、文化的な活動が大きく広がった京都。後水尾天皇を中心として身分を超えた交流があり、これまでになかった表現が次々に生まれていきました。

展示風景

その多様さを、目で見て実感できるのが本展。絵画や工芸品をはじめ、寛永期に生まれたさまざまな作品が一堂に集められています。

「太平がはぐくむ美」とは、どんな美しさなのか。今では「日本の伝統」とされる美が新たに誕生したそのときに、触れてみてはいかがでしょうか?

展覧会情報

◆寛永行幸四百年祭開催記念 特別展「寛永 太平がはぐくむ美」
会場:京都文化博物館 4・3階展示室
会期:2026年9月19日(土) 〜 11月15日(日)
【前期】9月19日(土)~10月18日(日)
【後期】10月20日(火)~11月15日(日)
※期間中、展示替え及び巻替えあり
開室時間:10:00〜18:00(金曜日は19:30まで) ※入場はそれぞれ閉室の30分前まで
休館日:月曜日(ただし10月12日は開館)、10月13日(火)
展覧会サイト:寛永行幸四百年祭開催記念 特別展「寛永 太平がはぐくむ美」


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明菜

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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。

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