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2023.6.7
平安時代400年で絵画作品はどう変わった?日本美術史を流れで学ぶ(第7回)~平安時代の美術編その3~
小難しい教科書ではいまいち理解できない日本美術の歴史をお喋りするような感覚でお伝えする連載企画。前回の第6回では「仏像」を取り上げて、平安時代の美術作品がどう変わったのかをお伝えしました。
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平安時代って超長いんですよね。400年も続くんです。当然、美術作品もいろんな変遷を遂げていきます。前回は仏像でしたが、今回は「絵画作品はどう変わったのか」についてご紹介。前期と後期で作品例を挙げながら見ていこうと思います。
目次
平安時代前期(唐代絵画)から後期(大和文化の成立)へ
前回の記事で平安初期には中国的な規範が取り入れられ、後半から日本の文化があらわれてくることを紹介しました。前半はアジアにおいて唐がめっちゃ強国だった。それで日本も遣唐使を派遣してめっちゃ前向きに吸収するんですが、だんだん唐が弱体化したのと真似し終わった感もあって、むしろ日本独自の文化を発見していく流れに変わっていくんですね。
平安時代前期には前回の記事でもご紹介した「曼荼羅」がよく描かれるようになります。前回の記事では真言宗の空海が持ってきた密教由来のものを紹介しました。これが「根本曼荼羅」というものです。
巨勢公忠(こせの きんただ)や飛鳥部常則(あすかべ の つねのり)といった国内の絵師は、こうした根本曼荼羅を独自に吸収して描くようになるんですね。こうした国内の曼荼羅は根本曼荼羅と比べて、立体感が薄くのっぺりしています。また描線も柔らかい。こうした表現が日本文化の醸成につながっていきます。
もちろんベースには唐の表現様式があるんです。そのうえで「立体感を減らす」「一点にフォーカスするのではなく、広い視点を持たせる」などの特徴を持たせる表現にアップデートしていったんですね。その結果、ダイナミックでなく素朴で穏やかな形になっていきます。これが大和文化、ひいては日本文化の特徴として育っていくんです。
平安時代後期のやまと絵の特徴
そんなこんなで成立していくのが、よくある「やまと絵」といわれる日本文化独自の表現です。ちなみにやまと絵が盛り上がるにつれて、それまでの唐代絵画は「唐絵」といわれ、明確に差別化されていきました。
この違いは分かりにくいのは平安時代の絵画あるあるです。唐絵は唐の故事を基礎にしたもの、やまと絵は国内の貴族たちを描いたもの、という分かりやすい背景の違いはあるものの表現技法としての違いは微妙です。
そこで試しに自然を描いた「山水表現」でやまと絵と唐絵を見比べてみましょう。
こちらが正倉院に伝わる「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんそうのびわ)」に描かれた唐絵の『騎象奏楽図(きぞうそうがくず)』です。琵琶に描かれているので画面は小さいんですが、見事に奥ゆきを描いていてダイナミックで超かっこいいですよね。
では比較してやまと絵ではどうなのか。国宝の『神護寺山水屏風』をみてみましょう。
Public domain, via Wikimedia Commons
同じく、遠くに山々を臨む構図なのですが、立体感は薄れ、人物や建物によって遠近感を演出するというよりは、大きな自然物の中にちょこっと登場している。画面全体で物語を描いているようなさりげない感じが出ています。
絵巻物ブームの到来
平安時代後期には絵巻物がめっちゃ盛り上がるのも特徴。これまでの一枚絵ではなく、紙・絹をつなげたものに絵を描くことでストーリーを見せるものです。日本由来と思われることもありますが、これも実は中国で先に生まれた様式となっています。
例えば有名どころでいうと「四大絵巻」と称されるのが『源氏物語絵巻』『伴大納言絵巻』『信貴山縁起』『鳥獣人物戯画』ですね。『伴大納言絵巻』は866年に起きた応天門の変をめぐる大納言・伴善男の陰謀と失脚までの物語を描いています。
Tokiwa Mitsunaga, Public domain, via Wikimedia Commons
そもそも絵巻物が流行る前から唐絵もやまと絵も何らかのテーマを持っていたんです。ある種の「ドラマ」を一枚の絵で見せる、というのが主流だったわけです。
現代人の我々のイメージに合わせるならば「101回目のプロポーズ」というタイトルで「武田鉄矢がトラックの前に飛び出すシーン」を画面に描くみたいな……。でもそれ以外の場面が描かれないと想像で補うしかないですよね。そこがおもしろいんですけど、あんまりキャッチーではない。
その点、絵巻物はかなりストーリーを補填しやすい形だったんだと思います。なんとなくストーリーの流れがわかりますし、実は説明文が別で付いているケースも多くあります。
コミカライズの原点ともいえる?
絵巻物ブームが起きていたのは現代日本のマンガ文化にも通ずるところがあるんじゃないか、とも考えられますよね。例えば先ほどの『伴大納言絵巻』の内容の一部は『宇治拾遺物語』巻第十にも文章として描かれています。
また『源氏物語絵巻』はもちろん、紫式部のベストセラー『源氏物語』を絵巻にしたものです。本を読んで頭のなかで構築したストーリーを絵で見せるという手法は最近のコミカライズに近い感覚もあると思います。
ここ20年くらいでコンテンツは一気にマルチメディア化しましたし、それがヒット作の教科書になりました。ライトノベル原作の作品がマンガになり、アニメになり、実写映画になり、舞台になり、音声コンテンツになり、声優によるコンサートが開かれる。
平安時代には小説『源氏物語』が絵巻物になっているのは、正にマルチメディア化の先取りで、すごくおもしろいです。日本人のオタクカルチャーにも通ずる部分があるのかなぁなんて思ったりします。
マンガの源流・信貴山縁起絵巻、鳥獣人物戯画
四代絵巻のうち2つ紹介したのでせっかくだから残り2つのおもしろいところも紹介しちゃいましょう。まず『信貴山縁起絵巻』ですが、実はむちゃくちゃファンタジーです。
いろんな奇跡を起こす「命蓮」という修行僧が主人公の3巻のお話になっています。1巻では命蓮が空に飛ばした鉄鉢が、山麓の長者の倉を持ち上げ信貴山上まで運んでしまう。という衝撃的なシーンで始まったりします。
Chōgosonshi-ji, Public domain, via Wikimedia Commons
この絵が冒頭の「鉢に乗って空を飛んでいく倉」を描いたものなんですが、躍動感があって笑えるんですよね。簡素な線で少しオーバーに描く感じが、割と現代のマンガに近いという話は有名です。確かに他の作品と比べると、線のタッチも人物描写も軽々としていて楽しいです。
その点、日本最古のマンガとも呼ばれるのが『鳥獣人物戯画』です。作者は鳥羽僧正(とばそうじょう)といわれています。そこそこ偉い方なのに変な絵巻ばっかり描くんですよこの人……。「放屁合戦」とか。興味がある方は調べてみてください。
Toba Sōjō, Public domain, via Wikimedia Commons
鳥獣人物戯画は見ていてかわいくてユーモラスですよね。それまでの技法とはまったく違う。完全に笑わせにきている。この画風は当時「鳴呼絵(おこえ)」といわれていました。
「おこ」とは「バカらしい」という意味です。バカらしい絵という見られ方だったんですよね。ちなみに鳴呼絵は「戯画」となり「漫画」に変わっていきます。手塚治虫以降は「マンガ」という呼ばれ方になっていく。このあたりのお話は江戸時代、明治時代でしましょう。
先ほどの山水表現で紹介した柔らかいタッチ、平面な絵は雅な文化として日本に根付きましたが、この絵巻物の文化も外せないでしょう。キャッチーなコンテンツが大好きな現代の日本文化の萌芽といっていいと思います。
いろんなキーワードが盛りだくさんの平安美術
さて、2回にわたって平安時代の日本文化を紹介しました。長い長い平安時代は本当にいろんなキーワードがありますよね。唐、密教、曼荼羅、国風文化の仏像、やまと絵、絵巻物と、さまざまな魅力がある時代です。
さて、次回は鎌倉時代に突入します。知っての通り、貴族から武士に移り変わっていく時代です。そのなかで美術はどんな役割を果たすようになるのか。今後も楽しく見ていきながら、現代の日本文化とのつながりを発見していきたいと思います。
参考文献
『増補新装 カラー版日本美術史』辻 惟雄 監修
『日本美術史 JAPANESE ART HISTORY』(美術出版ライブラリー)(美術出版ライブラリー 歴史編)山下裕二 高岸輝 監修
『日本美術史ハンドブック』辻惟雄 泉武夫 編
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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