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2025.2.10
彫刻「ラオコーン」とは?ミケランジェロに与えた影響も
「ラオコーン像」をご存じだろうか。紀元前160~20年のどこかで作られたと考えられている古代ギリシャ・ローマ美術の最高傑作の一つだ。2200年前の作品としては、あまりにうますぎる。そしてあまりにダイナミックすぎる傑作である。
この記事では、「ラオコーン」とは何か? その神話的背景、彫刻としての価値、歴史的な発見と影響、さらには哲学的解釈に至るまで、詳しく解説していこう。
ギリシャ神話におけるラオコーンの悲しすぎる物語
ラオコーン像, Laocoön and his sons, also known as the Laocoön Group. Marble, copy after an Hellenistic original from ca. 200 BC. Found in the Baths of Trajan, 1506., Public domain, via Wikimedia Commons.
そもそも「ラオコーン」とは、ギリシャ神話に登場するトロイの神官のことだ。
ギリシャ神話には「トロイの木馬」という話がある。トロイ戦争の最中、ギリシャ軍がトロイの城壁を突破するために、巨大な木馬の内部に兵士を潜ませ、それを戦利品としてトロイの市内に運ばせることで、敵の油断をついて城内に侵入する、という孔明も真っ青の奇策のことだ。
実はラオコーンは「トロイの木馬」の策略に気づいた人物なのである。彼は「ギリシャ人を信用するな、贈り物にも気をつけよ」という言葉で警告するも、それは聞き入れられなかった。
この後はマジで超絶理不尽なのだが、ギリシャの神々は「警告したらギリシャ負けるだろーが!」とガチギレし、大蛇を派遣してラオコーンを絞め殺してしまう……という話だ。あまりにかわいそう。
悲しすぎて、その後美術だけでなく哲学などにもラオコーンの話が広がった。この物語の作品構成への影響については、後述しよう。
『ラオコーン像』とは?
そんな「正しいことをしたのに大蛇に絞め殺される」という理不尽なシーンを彫ったのが、このラオコーン像だ。
前160-20年のいつか、古代ローマ時代に制作された。作者はロドス島出身のアゲサンドロス、アテノドロス、ポリュドロスの三人といわれている。今はヴァチカン美術館所蔵であるが、ナポレオンが死去するまでは今のルーヴル美術館にあった。
ちなみに『ラオコーン像』が作られた当時の「ヘレニズム美術」については、以下の記事を参考にしていただきたい。
この作品は1506年にローマで出土した。当時はルネサンスの真っ最中である。
当然「は? なにこれ上手すぎるやろ」「なんだこのダイナミックな悲哀の表情は!」と、ルネサンス期の芸術家たちは衝撃を受けたわけだ。
この作品は大蛇に巻き付かれているラオコーンと、彼の二人の息子がモチーフになっているが、発見されたとき、すでにラオコーンと息子たちの手足は損壊していた。
個人的には、ちょっと欠損しているほうが、より悲哀が伝わるように思う。偶然とはいえ、絶命する様がより克明になっている気がするのだ。
『ラオコーン像』の特徴
「ラオコーン像」は、古代ギリシャ・ローマ美術の中でも特に「動きのある彫刻」である。まずはラオコーンと、彼の息子たちの「苦悶の表情」を見てほしい。
苦悶の表情を浮かべるラオコーン, 苦悶の表情を浮かべるラオコーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.
長男の顔, 長男の顔, Public domain, via Wikimedia Commons.
末息子の顔, 末息子の顔, Public domain, via Wikimedia Commons.
この表現力のすさまじさだ。眉間に深く刻まれたしわや、必死に抗う手足の動き、開かれた口から伝わる叫びは、まさに「苦悩」といった感じ。見れば見るほど苦しい。
ラオコーン像, Laocoön and his sons, also known as the Laocoön Group. Marble, copy after an Hellenistic original from ca. 200 BC. Found in the Baths of Trajan, 1506., Public domain, via Wikimedia Commons.
また全体を見ていただくとわかるが、とにかくこの人体の筋肉の動きも激しい。「必死に大蛇から逃れようともがく様」を、ありありと表現しているのが素晴らしい点だ。
基本的に、古代ギリシャの作品は「前から見ること」を前提として作られていたが、ラオコーン像は前後左右どこから見ても美しい。
『ラオコーン像』がミケランジェロに与えた影響
そんな「ラオコーン像」の発見は、ルネサンス芸術の発展に大きな影響を与えた。特にミケランジェロは、この彫刻の大ファンである。
彼の作品の特徴は「人体をひねる」ところにある。この手法は「セルペンティナータ」という。彼は筋肉オタクで、令和に生きてたら「ゴールドジムのゴールド会員まっしぐら」みたいな芸術家だが、思想としては「現実以上に美しい人体」を描くことを大切にしていた。
そのため、ラオコーン像の美しい躍動的な構図、筋肉の表現は、ミケランジェロにとって参考になるものだったのだ。
例えば以下の『瀕死の奴隷』はラオコーン像の影響を受けているといわれている。
ミケランジェロ作『瀕死の奴隷』, ミケランジェロ作『瀕死の奴隷』(1513年 - 1515年)。ルーブル美術館所蔵。, Public domain, via Wikimedia Commons.
『ラオコーン像』も「ミケランジェロが作ったのでは」みたいな論争が出たくらい、影響を受けているのだ。
ちなみに、ミケランジェロ的な表現は「マニエリスム」と呼ばれ、ルネサンス以後で隆盛する。
そう考えると『ラオコーン像』がいかに偉大な作品かがわかるだろう。
まとめ
「ラオコーン像」は、美術史において単なる古代彫刻ではない。「人間の苦悩」を考えさせる哲学的な作品でもある。
例えば、詩人・ゲーテ、哲学者・ニーチェは、この彫刻について「まさに人間の苦悩を示した作品だ!」と言及している。実はめちゃめちゃ深い作品だ。
とはいえ、「勇気を持って告発した・仕事を引き受けた人が貧乏くじを引く」というテーマは、令和のビジネスパーソンでもよく聞く話だ。
そう。今この瞬間にも日本中でラオコーンみたいな苦悶が生まれているわけである。大蛇の代わりにネクタイが身体中に巻き付いているわけで、息子ではなく部下が一緒に悲しんでるわけだ。
しかし勇気を持って告発したからこそ、ラオコーンは美術史だけでなく哲学の分野でも称えられるようになった。この作品は悲しいだけでない。勇気を持って戦うことのすばらしさを彫っている。だからがんばろう社会人! 正しい行動をしよう!
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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