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2024.11.8
西洋アートに描かれる「雲」には意味がある?表現の発展・歴史も解説
絵画作品を鑑賞するとき、描かれた雲に目が留まったことはありませんか?
芸術作品に描かれる雲はときに、色彩や光など絵画全体の印象を左右する重要な存在になります。
また、背景を表現するためだけではなく、時代や地域によって異なる象徴的な役割を果たすことがありました。
この記事では、絵画作品を中心に、西洋アートに登場する雲の象徴性や時代ごとの発展・歴史について、わかりやすく解説します!
目次
西洋アートの雲は「神性」を象徴することがある
西洋アートにおける雲の表現は、必ずしも象徴性を含むわけではありません。
しかし、とくに西洋中世における宗教画においては、雲に「神性」が込められていることがあります。より正確には、雲は天上世界とのつながりを意味する傾向がありました。
西暦526-530年に制作されたローマのサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂の後陣(※1)モザイクの例を見てみましょう。
サンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂の後陣モザイク, 6世紀, ローマ, Church of Cosmas and Damian, apse mosaic in the Roman Forum , Public domain, via Wikimedia Commons.
中央に立っているイエス(頭の後ろに丸い印がある人物)の身体の両端、そして頭上には、カラフルな雲のようなものが浮かんでいますね。
私たちが日常的に目にする雲とは大きく異なり、もしかしたら「雲」と「光」の中間のような表現に該当するのかもしれません。
サンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂の後陣モザイクの構図は初期中世のローマで非常に人気があったもので、おそらくイエスが地上に再来するシーンだと考えられています。
つまり、天から降りてくる存在のイエスの周りに、雲のような光のようなものが浮かんでいるということですね。
※1 後陣とは、教会のなかで最も重要な主祭壇の後ろにある、通常半円形をした天井と壁の接続部分を指します。教会を建設する際にもっとも凝った装飾が施される部分であり、初期中世には伝統的にモザイク手法で作品が描かれました。
6世紀以降、ローマでは似たような構図で多くの後陣モザイクが制作され、そのほとんどにカラフルな雲が描かれました。
もう少しあとの時代、9世紀に同じローマで制作されたサンタ・プラセーデ聖堂のモザイクにも、同様に横長のカラフルな模様が描かれています。
サンタ・プラセーデ聖堂の後陣モザイク, 9世紀, ローマ, Santa Prassede - mosaici dell'arco absidale 001, Public domain, via Wikimedia Commons.
このシーンでは、雲は天上の生き物である天使や福音書記者のシンボル(羽根の生えたライオンと羽の生えた人間)の下に描かれています。
これらのことからわかることは、本来天上界にいるべき存在が地上に降りてきたシーンなどに、雲が象徴的に用いられる傾向があるということです。
雲は空に浮かんでいるもので、触れることができません。
私たちは、小学校の理科の授業で「雲は水蒸気である」と習ってきたにも関わらず、空に浮く雲という不思議な存在に心を打たれることがあります。
昔の人にとっては、その印象はより顕著だったのでしょう。天上(にあるはず)の世界と地上の世界をつなぐものとして、「雲」が芸術に活用されたのも、納得ができますね。
モザイク画についてより詳しく知りたい方は、こちらの記事をどうぞ。
西洋アートにおける雲の表現の発展
中世に代表されるように、宗教画が唯一の芸術の題材であった時代には、雲が聖なる存在を囲むように描かれていました。
しかし、西洋アートにおける雲の役割は、「神性の象徴」だけではもちろんありません。
ここでは時代ごとに発展していった雲の表現を紹介します。
ルネッサンス期の雲の研究―レオナルド・ダ・ヴィンチ
レオナルド・ダ・ヴィンチの協力者, 大きな雲のある風景, 1510-1520年, Workshop of Leonardo da Vinci - RCIN 912393, A landscape with a large cloud c.1510-20, Public domain, via Wikimedia Commons.
イタリア・ルネッサンスを代表する芸術家であり、科学者としても多大な功績を残したレオナルド・ダ・ヴィンチは、雲に関する研究記録を残しています。
彼は、層になって重なる雲それぞれの特徴や、発生条件などを研究していたようです。
ダ・ヴィンチが残したメモのなかには、「雲の中の影は、地平線に近づくほど明るくなる」との記述も。
見出し冒頭で紹介した巨大な雲のあるデッサンは、ダ・ヴィンチの工房が描いた壁画によく似ており、彼の雲の研究成果が表れています。
雲に限らず、ルネッサンスに芽生えた遠近法や写実主義への取り組みは、自然への徹底的な観察のうえに成り立っていました。
しかし、筆跡やスタイルの違いから見るに、おそらくダ・ヴィンチ本人の作品ではありません。彼の協力者が残したデッサンだと考えられています。
先ほど紹介した中世初期の雲の表現に比べると、より立体的で、雲の本質に近づいた表現になっていますね。
ロマン主義アートとドラマチックな雲―ウィリアム・ターナー
ウィリアム・ターナー,『ドルトまたはドルドレヒト - ロッテルダム発ドルトの荷船』, 1818年, Joseph Mallord William Turner - Dort or Dordrecht- The Dort Packet-Boat from Rotterdam Becalmed - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
アートと雲の関係性を考察するために、避けては通れないのがロマン主義の時代です。19世紀初頭から、多くの芸術家たちが雲のイメージにより強い関心を寄せ始めました。
それは、雲の象徴的な意味合いに関してというよりは、「雲」という事物に対して芸術表現、とくに絵画表現がどこまで近づけるかという挑戦だったのかもしれません。
とくにイギリス人ロマン主義画家ウィリアム・ターナー(1775-1851年)は、雲に魅了され、雲の表現を追求した画家の1人です。
ターナーが残した作品の多くは、船や風景を題材にしています。そこにはいつも雲の存在があり、作品全体の雰囲気に大きな影響を与えています。
たとえば、穏やかで空気全体を包み込むような雲。朝陽や夕陽に照らされて、さまざまな色味が宿っていますね。
グレーや白といった単調な雲の表現を脱し、ターナーはより自由な色彩表現を用いました。
実際、ターナー作品の幻想的な印象は、「非現実とは言えないけれど、現実とは信じられないほど豊かな雲の色彩」に支えられているようにも感じます。こんな風に優しい色に染まった空を、みなさんも見たことがあるでしょう。
一方、雲は脅威を表現する際にも用いられました。
ウィリアム・ターナー,『嵐の中のオランダ船』, 1801年, Joseph Mallord William Turner - Dutch Boats in a Gale - WGA23163, Public domain, via Wikimedia Commons.
先ほどの穏やかな雰囲気とは大きく異なり、まるでこれから船を飲み込んでしまうかのような暗雲が作品の広い範囲を覆っています。嵐の前触れでしょうか。カンバス全体が薄暗い印象です。
ターナーの例のように、ロマン主義の画家はよりドラマチックな場面を構成するために、雲の力を借りることがありました。
全体のドラマや物語性を重視するロマン主義においては、光量や色彩をコントロールするために「雲」が果たす役割が大きかったのかもしれません。
印象派アートの概念化された雲―ゴッホ
ファン・ゴッホ,『オーヴェールでの雨雲 』, 1890年, Plain at Auvers with rain clouds - Vincent Van Gogh (unframed), Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派作品における雲の表現も、大変興味深く、じっくり考えたいテーマです。たとえばゴッホは作中にさまざまな雲を描き、それらは作品ごとに大きく異なる印象を与えています。
いわゆる「ふわふわした雲」ではなく、力強く、まるで自らの意思を持っているかのような雲。近づいてみると、ぽってりと塗られた絵具の渦であるとわかります。
ファン・ゴッホ,『オーヴェールでの雨雲 』拡大, 1890年, Vincent van Gogh Ebene bei Auvers 1890 Detail Neue Pinakothek-4, Public domain, via Wikimedia Commons.
たくさんの湿気を含んだ重たい雨雲が、遠くから近づいてくるようです。雨が降る前、雲は実体を感じさせるほどずっしりと見えますよね。
そんな感覚的な「雲」の印象が、力強い筆致と色のグラデーションによって表現されています。
ファン・ゴッホ,『渦巻く空の下の風景』, 1889年, Landscape under Turbulent Skies by van Gogh, April 1889, Public domain, via Wikimedia Commons.
こちらの作品の雲は、同様に雨雲のようですが、印象が少し異なります。先ほどの作品よりも雲はより近く、太陽や空を覆い、今にも雨が降り出しそうです。
雲が光を遮断しているためか、作品が全体的にやや暗く、湿度を感じさせます。
画家にとって雲の表現は単なる背景の一部ではなく、光源や光量を大きく左右するものであり、作品の印象を決める可能性がある要素だとよくわかります。
まとめ:雲に注目すると「画家の視点」が見えてくる
アートと雲の関係性について、直接的に議論する機会は多くはありません。しかし、時代とともに変化していった雲の表現には、確実に画家の思想や狙いが反映されています。
西洋絵画を鑑賞する際は、ぜひ背景にある「雲」にも注目してみてくださいね。以上、西洋アートと雲についてでした!
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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