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2025.1.8
日本が誇るシルクロード画家・平山郁夫。代表作、作品の特徴・背景を解説(後編)
従来のルールに捉われない新しい仏教画を生み出し、シルクロードの情景を描いた日本画家・平山郁夫。前編では、画家・平山郁夫誕生までを追ってきました。
後編は、彼の代表作や、代表作が生まれた背景、文化財保護、平山郁夫が他の日本画家と異なる点などについてご紹介します。
目次
前半から読みたい方はこちらから。
求法への憧憬、そして思いはシルクロードへ
1959年に《仏教伝来》を描き、日本画家としての道を確立した平山郁夫は、画の題材にした中国・唐代の求法僧、玄奘三蔵(げんじょう・さんぞう)法師に憧憬を抱くようになります。願わくば、玄奘三蔵と同じようにシルクロードを訪ね、彼の修行の道と自分の歩む道を重ね合わせたい……。
《求法高僧東帰図》
1964年の《求法高僧東帰図》は、求法を終えて天竺から中国へ帰る僧たちを描いています。当時の旅は厳しく、道半ばで命を落とす僧たちにも思いを馳せたのかもしれません。
そして思いはシルクロードへ。単なる交易の道ではない、仏教そして日本文化の源流としてのシルクロード。平山のシルクロード観は終生変わりませんでした。
砂丘にどのような遺跡や文化遺産があるのか、この目で確かめたい。平和への祈りを込めて、後世に継承していかなくては……。思いは募っていきます。
その願いは7年後の1966年に叶います。東京藝術大学第1次中世オリエント遺跡学術調査団に参加が決まり、カッパドキアの洞窟修道院壁画の現状模写に従事することになったのです。
他の追従を許さない平山郁夫のフィールドワーク
願ってやまなかったシルクロードへ調査に行けることになって、さぞ胸を躍らせたことでしょう。
実は、海外調査や取材では日中、遺跡を巡って限られた時間内で精一杯スケッチをして、夜は昼間の疲れを癒すために窓から広がる景色や人々を描くことも多かったようです。どれだけ好きなんでしょう、と驚くばかりです。
原爆後遺症の影響もあったはず。日本より過酷な環境で、情熱を燃やし続け、弛まずに仕事を続ける……。情熱もそうですが、使命感がなければできない偉業だと思います。
《敦煌莫高窟 427窟 阿南尊者》
こちらの作品もフィールドワークの中で描いた作品のひとつ。1979年に敦煌莫高窟に取材に行った際の画です。
さて、願ってやまないフィールドワークですが、どのような活動をしたか少し見てみましょう。
・1966年 オリエント遺跡学術調査団に参加
・1967年 法隆寺金堂壁画再現事業に参加、第3号壁を担当
・1968年 アフガニスタン、中央アジアを取材
・1973年 東京藝術大学の教授に就任
アレキサンダー大王東征路の考古学的調査団(団長江上波夫)に参加、アフガニスタンからトルコまで陸路シルクロードの遺跡を取材
文化庁から高松塚古墳壁画の現状模写を委嘱される
法隆寺や、高松塚古墳のような重要な文化財プロジェクトに参画していますので、この時期、すでに日本において、シルクロードの遺跡や仏教芸術に造詣が深い画家として認知されていたと思われます。あるいは、平山がこの道のパイオニアとして地位を獲得していたのでしょう。
前編でもお話ししましたが、平山は150回以上、渡航して現地調査や取材をしていますので、このフィールドワークは晩年になっても続きます。
この現地調査や取材が平山郁夫を平山郁夫たらしめていると言え、彼の描く絵画に真実味と力強さを与えていることは確かでしょう。
シルクロードの代表作
それではシルクロードを題材にした代表的な作品をご紹介します。
仏教をテーマにした絵画では構図も独創的なことから、幻想的な作品が多かったのですが、シルクロードを題材にした作品では、膨大なスケッチをもとにしていることもあり写実的です。ですが、見たままに描いているわけではありません。肌で感じた感動を最大限、伝えるために計算され尽くした美しい構図を作っています。
《敦煌A》
1972年に日中国交正常化が行われ、中国に渡航ができるようになりました。平山郁夫は1979年に初めて敦煌莫高窟を訪れています。その後、幾度となく訪れ、多くの絵画を残した場所です。
本作品は、初期の頃のもの。彼方に望む大砂丘の山々、かつてオアシスだった名残を残す樹々、莫高窟の中心にそびえ立つ九層楼。大地はもとより、空まで黄砂色なのが平山郁夫の世界観を表現している気がします。
《絲綢の路 パミール高原を行く》
ぱっとこの作品を見たとき、「これは写真?」と一瞬、勘違いしてしまいました……。足元の山の質感が立体的かつ写実的で、古くなって日焼けした写真と言われたら信じてしまいそうです(汗)。
それはさておき、絲綢(しちゅう)の路とはシルクロードのことです。中国からウズベキスタンやアフガニスタン、パキスタンへと国境を越えていくあたりは4千メートル級の山々が連なっていますが、実際に平山はここを歩いたようです。
この作品を描いたのは、薬師寺の《大唐西域壁画》を描き終えた後で、大きな仕事を終えた達成感と、次の大きな目標に向かう決意を込めたそうです。
《シルクロードを行くキャラバンー西・月ー》《シルクロードを行くキャラバンー東・太陽ー》
この作品は、「ザ・平山郁夫」と感じさせる二部作。晩年の平山は、シルクロードの砂漠を往来するラクダのキャラバンを描く「大シルクロード・シリーズ」を次々に発表します。《シルクロードを行くキャラバンー西・月ー》《シルクロードを行くキャラバンー東・太陽ー》もその中のひとつ。
このシリーズの作品は、「平山ブルー」と言われる群青色と、オレンジ色を基調にして対になる二部作で構成されています。対称となっているのは、「朝と夜」「東と西」「月と太陽」です。
それにしても、砂にキャラバンのラクダが写し出されて、砂がまるで静かな湖水のようですね。静謐で平和な印象を受けます。
平山自身も語っていますが、世の中が平和なときしか商人たちが隊列を組んで遠征することはできません。つまり、シルクロードを渡るキャラバンを描くことは、平和への祈りが込められているということなのです。
母国・日本の情景を描いた平山郁夫の作品
砂漠に取材や調査に赴くようになった頃から、平山郁夫は日本の風景を描くようになります。西洋と異なり、自然と調和するような日本の文化や建造物を画に残したいと思うようになります。また、砂漠から帰国すると、日本の瑞々しい緑を描きたくなったそうです。
《流水間断無(奥入瀬渓流)》
1959年、平山郁夫が原爆後遺症に悩まされ生きる希望を失いかけたとき、大学生たちを写生旅行に引率して、青森県の八甲田山と奥入瀬川を訪れました。そこで見た光景と5月の爽やかな風が、平山に生きる希望を与え、東京に戻ってきて東京オリンピックの記事を見つけるというエピソードに繋がっていきます。
この作品の奥入瀬渓流は、平山にとって「生きる喜び」を与えてくれた特別な場所です。必ず戻ってくると心に決めていたそうで、35年の月日を経て1994年にこの地を訪れ、奥入瀬渓流を描きました。
《因島大橋》
郷里・尾道の風景も水彩画でたくさん描いています。優しい色使い、透明感のある色彩、空間に奥行きを感じる抜群の構図、どこか懐かしく、でも今を描いていて、「日本って素敵な国だな」と思わせてくれる作品群ばかりです。
この《因島大橋》は、同じ構図で日中、たそがれ時、夜の三作品があります。こちらは夜。朧月のような月が静かに優しく照り、幻想的で抒情的ですね。ほかの二作品も抒情的です。日中の作品は生命力あふれ、たそがれ時は画全体が淡い赤紫に染まり美しく。見ていると心穏やかな気持ちになります。
《平成の洛中洛外(右隻)》《平成の洛中洛外(左隻)》
洛中洛外図(らくちゅうらくがいず)は、京都の市街(洛中)と郊外(洛外)の景観や風俗を描いた屏風絵です。2点が国宝、5点が重要文化財に指定され、戦国時代にあたる16世紀初頭から江戸時代にかけて制作されました。
その平成版が《平成の洛中洛外(右隻)》《平成の洛中洛外(左隻)》です。日本文化を育んだ京都に敬意を込め、自らが生きた時代の京都を描き残そうとしました。
文化活動、文化財赤十字構想
平山郁夫は精力的に作品制作を続けると同時に、文化活動や社会貢献にも積極的に参画しています。東京藝術大学学長、ユネスコ親善大使、日中友好協会全国本部会長、芸術研究振興財団と文化財保護振興財団の各理事長など、国際文化交流にかかわる要職をつとめます。
また、戦争や様々な理由で破壊されたり、風化していく古代遺跡や仏教遺産を目の当たりにし、これらの文化財が破壊の危機にさらされている現実に強く心を痛めました。そこで、戦争や自然災害から貴重な文化財を保護し、人類の共有財産として後世に伝えていくための国際的な活動を目指し「文化財赤十字構想」を提唱しました。
そして、カンボジア・アンコールワット遺跡、中国・敦煌遺跡、南京城壁、海外の主要な美術館が所蔵する日本古美術修復援助など、私財を投じ、資金募集の展覧会を開催するなど、中核となって活動を推進していきました。
こうした活動の結果、国内外で功績が認められ、数々の章を受章しています。
・1991年 フランス芸術文化勲章のコマンドゥール章 受章
・1993年 文化功労者として顕彰
・1996年 フランスのシラク大統領より、レジオン・ド・ヌール勲章 受章
・1998年 文化勲章 受章
・2002年 中国政府より、文化交流貢献賞 受賞
・2004年 韓国政府より、修交勲章興仁章 受章
平山郁夫を失った日、世界から哀悼の意が続々と届く
2009年12月2日、平山郁夫は脳梗塞で帰らぬ人となりました。その年、何枚も画を発表し、10月頃まで画の仕事をしていたようです。
日本画の巨匠、東洋の文化財保護の推進者の急逝を悼む声が世界各国から寄せられました。アフガニスタン国立博物館館長、カンボジア首相府報道官、韓国の韓日文化交流会議の前委員長など。いかに平山郁夫が、文化財保護に力を注いでいたか、関係国から評価されていたかが伺えます。
平和を祈り、人々の生きた証を後世に残そうとした平山郁夫
前編・後編に渡り、平山郁夫をご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?平山郁夫の軌跡を辿ると、「道」という言葉が脳裏をよぎります。玄奘・三蔵法師を敬愛し、彼の仏を求める生き方に自らの生き方をなぞらえ、それを貫き通したような気がします。
普段は温厚なのに画のことになると厳しかった、と語る人もいたようで、まさに求道者のようだなと思います。
実は、平山先生とは一度だけお目にかかったことがあります。ずっと前のことですが、仕事関係で鎌倉のご自宅に伺い、アトリエの整理をお手伝いさせていただいたという……。
アトリエの中は、スケッチやら水彩画やらがあったり、様々な文献や資料、画材などがたくさんありました(遠い記憶ですが)。
ひらりと落ちているスケッチをどちらに移動するか平山先生に確認すると、お優しい声で「これは〜」と画の説明をしてくださったことを記憶しています。美術の教科書に出てくる尊敬する日本画家が、目の前にいらっしゃるという緊張感がありました。大切な思い出です。
ぜひ、みなさんも平山郁夫先生の作品に会いに行ってください!優しくて、力強くて、静かな愛を感じるのではないでしょうか。
平山郁夫作品に出会える美術館
お出かけの際は、事前に美術館情報をお確かめになってください。
平山郁夫美術館
〒722-2413 広島県尾道市瀬戸田町沢200-2
TEL:0845-27-3800
開館時間:9:00~17:00 (入館は16:30まで)
※ティーラウンジ(喫茶オアシス)、ミュージアムショップ共通
休館日:原則無休
※展示替えなどのため、臨時に一部展示室がご覧いただけないことがあります。
平山郁夫シルクロード美術館
〒408-0031 山梨県北杜市長坂町小荒間2000-6
TEL:0551-32-0225
開館時間:10:00 〜 17:00 ( 入館16:30まで )
休館日:展示替え期間、冬季(年末〜3月中旬)
※詳しい日程はお問い合わせください。(2016年3月より、火曜定休が無くなりました)
佐川美術館
(2024年11月1日まで臨時閉館。11月2日からオープン)
〒524-0102 滋賀県守山市水保町北川2891
Tel:077-585-7800
開館時間:9:30~17:00 (最終入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝日に当たる場合はその翌日)・年末年始
※展示替え等のため臨時休館する場合があります。
佐久市近代美術館
〒385-0011 長野県佐久市猿久保35番地5
電話:0267-67-1055
開館時間:9:30~17:00
休館日:毎週月曜日(休日の場合は開館)
※展示替え期間(不定期)・年末年始期間(12月29日〜1月3日)ほか臨時休館することがあります。
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建築出身のコピーライター、エディター。アートをそのまま楽しむのも好きだが、作品誕生の背景(社会的背景、作者の人生や思想、作品の意図…)の探究に楽しさを感じるタイプ。イロハニアートでは、アートの魅力を多角的にお届けできるよう、楽しみながら奮闘中。その他、企業理念策定、ブランディングブックなども手がける。
建築出身のコピーライター、エディター。アートをそのまま楽しむのも好きだが、作品誕生の背景(社会的背景、作者の人生や思想、作品の意図…)の探究に楽しさを感じるタイプ。イロハニアートでは、アートの魅力を多角的にお届けできるよう、楽しみながら奮闘中。その他、企業理念策定、ブランディングブックなども手がける。
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