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2025.1.10
鳥獣戯画(鳥獣人物戯画)の作者は誰? 平安時代に描かれた”日本初の漫画”を解説
漫画とは日本の重要なカルチャーだ。脚本と絵の両方が展開される、いわば総合芸術ともいえるコンテンツである。
さて、皆さんは日本で初めて描かれた漫画をご存知だろうか。実は、それがかの有名な「鳥獣人物戯画(以下、鳥獣戯画)」である。
今回はそんな日本の漫画文化の先駆けとなった「鳥獣戯画(鳥獣人物戯画)」について、そのミステリアスな世界を語っていこう。いったい、誰があの擬人化されたウサギやカエルを描いたのか。
鳥獣戯画が作り上げた「漫画」というジャンル
鳥獣人物戯画, Public domain, via Wikimedia Commons.
「漫画」と聞くと、吹き出しがあってコマ割りがあって、トーンが貼ってあって……というイメージがある。しかし実は漫画の定義はもっと広い。
「漫」は「そぞろ」とも読み「全然きっちりしてない〜ゆるゆる〜」みたいな意味がある。「画」はまんま絵のことだ。つまり漫画の基本は「ゆるっとしたユーモラスに描かれた絵」となる。
そう。ストーリーのあるなしに関係なく、そもそもは「遊びがある絵」みたいなのが漫画だ。
この前提があったうえで「鳥獣戯画は日本で初めて描かれた漫画」が成立するわけだ。では「なんでおもしろい絵を描こう」なんて思ったのか「いったい誰が描いたのか」などに迫っていこう。
鳥獣戯画は作者不詳
甲巻より、水浴する動物たち, Public domain, via Wikimedia Commons.
全長44mの絵巻「鳥獣戯画」が描かれたのは12〜13世紀くらいだ。平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての時期である。鳥獣戯画のおもしろいのは1,000年経っても、まだいろんな謎が残されているところにある。
奈良時代〜平安時代のころは今でいうキュレーションサイトのような読み物が全盛期だった。「日本の文化をいったん整理しよう」とまとめるブームがあり、風土記や民俗記などが流行っていたわけだ。
文学だけじゃなくて絵画もやっぱり当時の生活ぶりや言い伝えを描いたものが多かった。
じゃあなぜ急にウサギやカエルが出てきて、人間そっくりに動いているのか。それがまだあんまり分かっていない。たしかに鳥獣戯画は人間の生活を描いているものではある。しかし。どうして鳥獣化したのかは謎である。
その背景が分からないのは「作者が確定していない」という理由がある。作者がわかれば、まだ人物史からメッセージ性・交友関係が判別しそうなものだが、いかんせん誰が描いたか分からないので、いよいよ迷宮に入っているわけだ。
一説では当時の戯画のプロ・鳥羽僧正覚猷ではないかといわれるが、その証拠はない。「どうやら複数人で描いているのでは?」という説も濃厚である。1つの作品を複数で作る、ハリウッド式の作り方だ。
しかし、なぜ急に風刺的な絵を描いたんだろうか…。なんか考えれば考えるほど、急に世にも奇妙な感じがしてくる。
「鳥獣戯画」作者の有力人物・鳥羽僧正覚猷とは
鳥羽僧正覚猷?『化け物づくし わいら』, Public domain, via Wikimedia Commons.
作者不詳なのだが、先述したように最も疑われているのは「鳥羽僧正覚猷」だ。彼が疑われているのは、彼は当時から珍しく、風刺のきいた「戯画」をよく描いていたからである。なので、この人が「漫画の始祖」といわれることもある。
ほかには『放屁合戦』や『賜物(男性器)比べ』なんかが覚猷さんの作品だ。「大僧正なのに、代表作がまさかの下ネタ」という、ちょっと面白すぎる人である。
ちなみに、当時の説話文学『宇治拾遺物語』に覚猷さんが登場するが、かなりの奇人だ。
「“えさい、かさい、とりふすま!”と謎の奇声を発しながら浴槽に飛び込むのが入浴時の癖」という、べらぼうにヤバい人として描かれている。そして、甥っ子によって浴槽に碁盤を隠されてしまい、飛び込んだ拍子に尾てい骨を強打して気絶してしまうという過激派のドリフみたいな話まで書かれているのだ。
主に彼が描いていた「戯画」は「嗚呼絵(おこえ)」とも呼ばれていた。これは、今の「漫画」と似たような意味の言葉。「嗚呼(おこ)」は「烏滸(おこ)」の当て字で、「烏滸」とは今でいう「馬鹿」を意味する。
実は平安時代、鎌倉時代には一部の人たちの間で、こうした「嗚呼絵」や「烏滸話」という「クスッと笑える作品」が流行っていた。
世間的に戯画がちょっとしたブームになっており、『鳥獣人物戯画』が複数の人間によって描かれた可能性があるということは、つまり平安時代には「コミケの同人誌サークルとファン」みたいなコミュニティーがあったんじゃないか、とも考えられる。
鳥獣戯画のおもしろい構成
「鳥獣人物戯画」ライオン, Public domain, via Wikimedia Commons.
作者については解説したが、ここからは鳥獣戯画の見どころを簡単に紹介したい。
鳥獣戯画の正式名称は「鳥獣人物戯画」だ。その名の通り、ウサギやカエルが戯れているだけじゃなく、ちゃんと人物も描かれている。「甲・乙・丙・丁」の4つのテーマで構成されているのだが、これがおもしろい。甲乙丙丁の内容は以下の通り。
甲では動物がまるで人間のように描かれている。私たちがよく知ってるウサギやカエルの絵は甲に収録。乙ではあんまり日ごろ見ない「虎」とか「ライオン」とか「鷹」とか最終的にはモンスターハンターでお馴染み「麒麟」などが描かれた。
後半の丙からがおもしろい。甲でやっていた動物の動きを当時の人に置き換えて描いている。丁はもっと位の高い宮廷の歴史、また流鏑馬などの様子を描いた。
甲と丙はそのへんの動物と人で、乙と丁は格の高い動物と人で描かれている。
そして、おもしろいのは、甲乙と丙丁の間には100年のブランクがあることだ。甲乙は平安時代に、丙丁は鎌倉時代に書かれていて、しかも筆致を見るとまったく違う絵師が描いている。
意思を持ってこの構造にしたというより、鎌倉時代に甲乙を発見した人が「なんやこのかわいい絵は!」と後から書き足したのかもしれない。さまざまな考察がされているが、意外と事実はそんな単純なものな気がしている。
まとめ
鳥獣戯画は日本初の漫画ともいえる作品であり、風刺的でユーモラスな描写が特徴だ。その作者は不明ですが、鳥羽僧正覚猷が関与した可能性や複数人による制作の説がある。
しかし描かれてから数百年が経っても、人を魅力し続ける作品である。今でもグッズが次々にリリースされている。そんなロングセラーの絵を描ける人が何人いるだろうか。そう考えると、作者について気になってくるが、正体は不明だ。
しかしそんなミステリアスさも、間違いなく鳥獣戯画の魅力の一つだといえるだろう。
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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