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2025.2.19

『すてきな三にんぐみ』の絵の魅力とは?子どもがアートを感じられる絵本

「子どもがアートを感じられる絵本」を紹介する連載企画。今回は、世界各国で親しまれるロングセラー『すてきな三にんぐみ』を、アートの視点から解説します。

トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』絵本の表紙トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』偕成社、1969年(画像提供:偕成社)

『すてきな三にんぐみ』は、3人の泥棒が少女と出会い、悪事よりも素敵な行いに目覚めるというストーリーです。

黒や青が印象的な作品で、一見すると怖ろしいイメージを持つかもしれません。しかし、トミー・アンゲラーが描く泥棒たちはどこかユーモラスで、多くの子どもたちを夢中にさせてきました。日本でも、50年以上にわたり読み継がれてきた作品です。

この記事では、『すてきな三にんぐみ』の絵の魅力を解説し、アートを感じられるポイントを詳しくご紹介します。

また、アンゲラーが泥棒という嫌われ者を描いた理由や、独創的な表現が生まれた背景についてもお伝えします。ご家庭で気軽に始めるアート教育の入り口として、ぜひ参考にしてみてください。

絵本の特徴

トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』の絵本の4P目トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』偕成社、1969年、p.8,9(画像提供:偕成社)

『すてきな三にんぐみ』は、色の数を最小限に抑えたシンプルな表現が特徴です。上の画像の見開きでは、黒、青、黄、白の4色だけを使い、闇と光の対比を強調しています。

さらに、複数の素材を組み合わせるコラージュという技法を取り入れ、青い背景の上に満月を貼り付けています。このように、作者のアンゲラーは、色の対比を効果的に用いて夜の風景を表現しました。

また、絵本のストーリーにも特徴があります。ストーリーを絵本の形で語る書物を「物語絵本」(※)と呼びますが、アンゲラーはデビュー当時からこうした作品を制作し続けてきました。

※今田由香『トミ・ウンゲラーと絵本 その人生と作品』玉川大学出版部、2018年、p.4

引用元:玉川大学出版部公式サイト

アンゲラーの絵本には、『すてきな三にんぐみ』のように、周囲から嫌われる主人公がたびたび登場します。

なぜ嫌われ者が主役なのかというと、社会に先入観が存在することを子どもたちに伝えようと試みたからです。また、社会に潜む問題をほのめかしながらも、様々な向き合い方があるとアンゲラーは示しました。

『すてきな三にんぐみ』に登場する泥棒たちは、人々から怖れられ、対話をする相手とは見なされません。

しかし、孤児のティファニーが泥棒たちと心を通わせたことで、彼らは子どもたちが楽しく暮らせる場所を作ろうと思いつきます。アンゲラーは、嫌われ者である泥棒を孤児を救う存在として描き、読者の常識を転換させたと言えます。

アートを感じられるポイント

トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』の絵本の8,9P目トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』偕成社、1969年、p.8,9(画像提供:偕成社)

ここでは、『すてきな三にんぐみ』で使われている色彩の効果や作者アンゲラーの表現に注目し、アートを感じられるポイントを3つご紹介します。

暗い色と明るい色の対比

アンゲラーは、絵本作家としてデビューした当時から、黒を効果的に使用していました。『へびのクリクター』(文化出版局、1974年)など初期の作品は、黒とパステルカラーで描かれています。色の濃淡でキャラクターや物を描き分けながら、衣服などに黒がアクセントとして使われています。

アンゲラーの代表作『すてきな三にんぐみ』では、暗い色と明るい色の対比がより鮮明です。

上の画像の見開きは、絵本のテーマカラーである黒と青をベースに、泥棒の「おおまさかり」や逃げ惑う人々が鮮やかな色で描写されています。絵本の舞台となる夜の街を印象に残しながらも、読者が自然と明るい色に注目するよう構成されていると言えます。

グラフィックデザインの視点

アンゲラーは、20代からグラフィックデザイナーとしても活躍しました。『すてきな三にんぐみ』の表紙は目を奪われるようなインパクトがありますが、広告ポスターなどを手がけた経験が、人々の目を引く表現につながったと言えるでしょう。

また、広告ポスターのキャッチコピーでも、彼は優れた才能を発揮します。「予期せぬことを期待せよ(Expect the Unexpected)」といった、簡潔ながらも深い意味を感じさせる表現に、世間の注目が集まりました。

グラフィックデザイナーとして培われた経験を絵本に活かすことで、子どもたちの心をつかむ作品が生まれたのでしょう。

物語を伝える絵

ストーリーを絵で語る「物語絵本」の制作を続けてきたアンゲラー。彼は、物語に込めた思いを絵で伝えるために、様々な表現を模索しました。

『すてきな三にんぐみ』で特徴的なのは、泥棒たちが孤児のティファニーと出会って以降、背景の色が変化する点です。

泥棒たちが人々を襲撃する場面では、テーマカラーの黒と青が使われていますが、ティファニーを隠れ家へ案内するシーンの後は、白や緑など明るい色で描かれています。つまり、背景色を変えることで、ストーリーの節目を読者に伝えているのです。

また、背景の青から連想するイメージが、物語の前半と後半で異なるのも面白いポイントです。泥棒たちの悪事を描いた前半では暗い夜のイメージですが、泥棒たちが孤児たちを救う後半では青空のようにも見えます。

このように、アンゲラーは、色彩が人々にどんなイメージを与えるかに着目し、『すてきな三にんぐみ』のストーリーを巧みに表現したと言えます。

想像力や価値観に触れる作品

『すてきな三にんぐみ』は暗い夜が舞台で、しかも泥棒が主役として登場するなど、絵本としては稀に見るモチーフが描かれています。

ここでは、作者アンゲラーの思想に触れながら、なぜ夜を題材としたのか、なぜ泥棒を主人公にしたのかについて解説します。

影と暗闇についての本

アンゲラーは、幼い頃、恐怖とスリルを味わえる暗闇に魅了されていたそうです。暗闇では物の姿を明確に捉えられないため、想像力を働かせる必要があります。闇の中で空想することは子どもにとって大切な経験だと、アンゲラーは考えていました。

また、『すてきな三にんぐみ』について、彼は次のように語っています。

「わたしは光よりも闇のほうが空想的だと思いますし、まさにわたしが幼いころに感じた、恐怖を反映した影と暗闇についての本なのです」(※)

※今田由香『トミ・ウンゲラーと絵本 その人生と作品』玉川大学出版部、2018年、p.170

引用元:玉川大学出版部公式サイト

この絵本には、泥棒や建物が影のように描かれているシーンが多く見られます。そして、黒い衣装に身を包んだ泥棒たちは、闇に溶け込むように描かれています。

影や闇を意識した表現は、子どもたちの想像力を刺激する工夫から生まれたと言えるでしょう。

人間を主役にした初めての物語絵本

『すてきな三にんぐみ』は、アンゲラーが初めて人間を主人公として描いた物語絵本です。この作品を境に、アンゲラーの物語絵本の主役は、動物から人間へと移り変わります。

なぜ泥棒が主人公の絵本を制作したのか、その背景を見ていきましょう。

彼は、アメリカでの暮らしを通して、社会をさらに注意深く捉えるようになりました。『すてきな三にんぐみ』の前作である『コウモリのルーファスくん』(BL出版、2011年)では、主人公が「普通の姿とは違う」という理由で人間に傷つけられる場面が描かれました。

「異端者を排除する人間社会」というストーリーは、『コウモリのルーファスくん』以降の作品にもたびたび登場します。『すてきな三にんぐみ』でも、街の人々を恐怖に陥れる泥棒という、社会の異端者が主役を担っていますね。

アンゲラーは、人々から嫌われるキャラクターを描くと同時に、彼らの意識を変える存在として子どもを登場させました。この絵本では、泥棒たちが少女ティファニーと出会い、孤児たちが暮らせる場所を作ろうと思い立つ様子が描かれています。

社会を深く観察するとともに、子どもが大人に変化を与えるストーリーを表現するために、泥棒が主役の絵本を制作したことがうかがえます。

まとめ

この記事では、『すてきな三にんぐみ』をアートの視点から紹介し、色彩やストーリーに着目して解説しました。

絵本としては類まれなモチーフが描かれている作品ですが、その背景には作者アンゲラーの社会に対する鋭いまなざしがありました。

また、嫌われ者を主人公にして社会に潜む問題をほのめかしながらも、子どもが大人の意識を変化させるなど、多様な考え方を示している絵本です。

作者の思いや作品のオリジナリティに触れた後で絵本を読み返すと、新たな発見があるでしょう。

お子さんが様々な価値観を知り、自由な発想を養うきっかけとなる『すてきな三にんぐみ』。
ぜひ、お子さんと一緒に「この色を見てどんな気持ちになる?」「このシーンはどんな風に感じる?」と話しながら、楽しんでみてくださいね。

参考文献

今田由香『トミ・ウンゲラーと絵本 その人生と作品』玉川大学出版部、2018年

引用元:玉川大学出版部公式サイト

トミー・アンゲラー作、今江祥智訳『すてきな三にんぐみ』偕成社、1969年

引用元:偕成社公式サイト

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浜田夏実

浜田夏実

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アートと文化のライター。アーティストのサポートや、行政の文化事業に関わった経験を活かし、インタビューや展覧会レポートを執筆しています。難しく考えがちなアートを解きほぐし、「アートって面白い」と感じていただける記事を作成します。

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