STUDY
2025.3.17
『かいじゅうたちのいるところ』の絵の魅力とは?子どもがアートを感じられる絵本
「子どもがアートを感じられる絵本」を紹介する連載企画。今回は、20世紀の絵本の最高傑作と称される『かいじゅうたちのいるところ』を、アートの視点から解説します。
目次
モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳『かいじゅうたちのいるところ』冨山房 、1975年(画像提供:冨山房)
『かいじゅうたちのいるところ』は、少年マックスの心情を繊細なタッチで描写した作品です。「かいじゅうたちの国」という空想の世界を通して、マックスが不満や怒りの感情と向き合う様子を、ドラマチックに展開しました。
単なるファンタジックなストーリーではなく、子どもが懸命に葛藤を乗り越える姿を描いている点が最大の魅力です。
この記事では、『かいじゅうたちのいるところ』の絵に注目し、アートを感じられるポイントを詳しくご紹介します。また、作者のモーリス・センダックが、なぜ子どもの葛藤や恐ろしい怪物を描いたのかを考察し、作品のテーマをひも解きます。
世界中で愛される絵本を入り口に、ご家庭で気軽にアート教育を始める参考にしていただけたら幸いです。
絵本の特徴
モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳『かいじゅうたちのいるところ』冨山房 、1975年、p.8, 9(画像提供:冨山房)
『かいじゅうたちのいるところ』は、クロスハッチングというペンの技法を使った、細かい描写が特徴です。線を異なる方向に引いて交差させる技法で、陰影や立体感を表現しています。
作者のセンダックがクロスハッチングを用いた理由は、少年マックスの心情を繊細に描き出そうと試みたからです。
この絵本では、母親に叱られて怒りを募らせたマックスが、自ら作り上げた空想の世界に入り込むことで、感情に折り合いをつける様子が描かれています。
マックスの心の移り変わりを表すために、濃い線を重ねたり、細い線で柔らかい雰囲気を出したりと、線の強弱を使い分けている点が印象的です。
たとえば、彼が部屋に放り込まれるシーンでは、輪郭や影が濃い線で描かれており、彼の怒りや不安が全面に表れています。
それに対して、母親が恋しくなり想像の世界から戻って来る場面では、部屋の中が優しいタッチで描かれ、少年の安堵する気持ちを伝えています。
このように、センダックは線の強弱を使い分け、マックスの心情を巧みに表現しました。
アートを感じられるポイント
モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳『かいじゅうたちのいるところ』冨山房 、1975年、p.20, 21(画像提供:冨山房)
ここでは、作者センダックの表現に焦点を当て、『かいじゅうたちのいるところ』でアートを感じられるポイントを3つご紹介します。
アートを感じられるポイント①描き方のバリエーションの豊富さ
『かいじゅうたちのいるところ』でまず目に留まるのは細かい線描ですが、多彩な描き方も注目ポイントです。
たとえば、マックスが「かいじゅうたちの国」にたどり着いたシーンでは、写実的に描かれた波、色鮮やかな植物、淡く塗られた空など、異なる表現が取り入れられています。
表現の幅を広げることについて、センダックは次のように語っています。
「絵のスタイルは、目的を遂げるための手段になる。だからたくさんもっているほどいい。(中略)いろいろなスタイルを持っていれば、いろいろな本の世界に出たり入ったりできる。だから繊細なスタイルや、ごてごてしたスタイル、そぎ落としたスタイル、荒っぽいスタイルなど、いろいろもっておくことだ」(※)
※引用元:エリック・カール絵本美術館ほか著『ARTIST to artist 未来の芸術家たちへ 23人の絵本作家からの手紙』東京美術、2017年、p.44
彼は、ニューヨーク・アート・スチューデント・リーグでグラフィックアートを学んだり、美術史上で有名な画家の絵から技法を吸収したりと、様々な描き方を身につけるために大変な努力を重ねました。
『かいじゅうたちのいるところ』では、センダックが体得した多彩なスタイルが、余すところなく発揮されていると言えます。
お子さんと一緒に「ここはどんな描き方をしているかな?」と注目すると、色々な表現を発見できるでしょう。
アートを感じられるポイント②絵や余白のサイズの変化
『かいじゅうたちのいるところ』のページをめくると、絵や余白のサイズが自在に変わっていくことに気がつきます。
冒頭でマックスがいたずらをするシーンは、他の場面に比べて絵が小さく、余白が多く取られています。しかし、彼が空想の世界に没入すると次第に余白が狭くなり、「かいじゅうたちの国」に到着したシーンでは、絵が見開きいっぱいに広がります。
さらに、クライマックスの「かいじゅうおどり」のシーンに差し掛かると、ページ全体に絵が展開します。余白もテキストもないページが3見開きも続くので、気づけばマックスのファンタジーに読者も浸っているのです。
このように、センダックは、読者を空想の世界に引き込むために、細部の演出まで工夫しました。『かいじゅうたちのいるところ』の読み聞かせをすると、お子さんがファンタジーに入り込み、夢中になれるでしょう。
アートを感じられるポイント③子どもの感覚を呼び起こす表現
子どもの頃のセンダックは病気がちで、ひたすら読書したり絵を描いたりしていたそうです
中学生になると、窓際に腰かけて、近所の子どもたちが遊ぶ様子を何時間もスケッチしていました。
センダックは、「そのときのノートが、大人になって作品を作るときのもとになっている。このノートなしで作った本や描いた絵は、ひとつもない」と語っています。(※)
また、彼は記憶力が抜群で、ある瞬間の音や映像、感覚などをよく覚えているそうです。
「幸いなことに、わたしのなかには、いまだに子ども時代の自分が生きている」(※)とセンダックは言います。
※引用元:エリック・カール絵本美術館ほか著『ARTIST to artist 未来の芸術家たちへ 23人の絵本作家からの手紙』東京美術、2017年、p.44
彼の研ぎ澄まされた感覚は、『かいじゅうたちのいるところ』でも存分に発揮されました。
マックスが階段を飛び降りるシーンやかいじゅうたちと踊るシーンは、一瞬の動きを捉え、生き生きと描かれています。
さらに、キャラクターの豊かな表情を眺めていると、彼らがどんな感情を抱いているのか、読者の想像力が掻き立てられます。
センダックが描くキャラクターの躍動感や表情は、彼の幼少期の感覚が反映されているからこそ、子どもたちの共感を生んでいると言えるでしょう。
葛藤を乗り越えるファンタジー
モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳『かいじゅうたちのいるところ』冨山房 、1975年、p.30, 31(画像提供:冨山房)
自らの体験を呼び起こし、少年マックスの心情を丁寧に描き出したセンダック。世界中から高い評価を得ているのは、優れた表現力はもちろんのこと、もうひとつ大きな理由があります。
それは、従来の子どものイメージに疑問を投げかけ、彼らの本質に迫ろうとするオリジナリティです。
葛藤を抱えるマックスや恐ろしい「かいじゅう」を描くことで、センダックは子どもにとってのファンタジーを丹念に描き出しました。
ファンタジーと聞くと、夢で溢れた世界を想像しますが、彼はなぜ困難に直面するシーンや得体の知れない怪物を描いたのでしょうか?
ここでは、「恐怖」と「ファンタジー」という2つのキーワードから、センダックが表現した子どもの世界をひも解きます。
子どもたちに必要な「恐怖」
センダックは、子どもたちが遊ぶ様子を観察するうちに、恐怖は彼らにとって必要なものだと考えるようになりました。
ある日、彼が家の前の通りを眺めていると、そこにいた少年が怪物に変身するごっこ遊びを始め、少女たちを追いかけ回したそうです。
彼らが叫びながら走る様子は狂気に駆られたようだったと言います。しかし、遊び終わると、子どもたちは穏やかな表情を浮かべて帰って行ったのです。
センダックは、同じようなゲームを楽しむ子どもたちを何度も見てきたと話します。そして、恐怖に取り憑かれたような遊びについて、次のように語りました。
「(前略)子どもであることの恐ろしい現実と戦うために、想像力で呼び出さなくてはならないゲームです。その現実とは、彼らが恐怖、怒り、憎しみ、欲求不満などの感情に常に脅かされているということにほかなりません」(※)
※引用元:モーリス・センダック著、 脇明子、島多代訳『センダックの絵本論』岩波書店、1990年、p.160
『かいじゅうたちのいるところ』でも、マックスが「かいじゅうたち」に脅かされたり、追いかけられたりするシーンがあります。
センダックがスリリングな場面を描いたのは、子どもたちが現実と向き合うために必要なプロセスだからだと言えるでしょう。
心の成長を支えるファンタジー
『かいじゅうたちのいるところ』で印象深いのは、マックスが「かいじゅうたち」を手なづけて彼らの「おうさま」になるシーンです。
「かいじゅうたち」が恐怖や怒りを表す存在だと仮定すると、マックスは負の感情をコントロールしたという見方ができます。
センダックは、子どもたちが想像の世界を通して、自らの感情に向き合っていると考えました。また、彼らが常に恐怖や不安を抱えていることに着目し、次のように語りました。
「子どもたちがごく幼いうちからすでに自分を引き裂く感情とはお馴染みであるということ、恐怖と不安は彼らの日常生活の本質的な一部であるということ、彼らは常に全力を尽くして欲求不満と戦っているのだということです」(※)
※引用元:モーリス・センダック著、 脇明子、島多代訳『センダックの絵本論』岩波書店、1990年、p.160
『かいじゅうたちのいるところ』では、母親への不満を募らせたマックスが、ファンタジーを楽しむことで、自らの感情と向き合う心の余裕を取り戻す過程が描かれています。
このように、センダックは、子どもたちがコントロールしがたい感情に向き合う様子を丁寧に観察し、『かいじゅうたちのいるところ』の世界を作り上げました。
スリリングな場面や困難に遭遇するシーンを描きながらも、子どもたちがファンタジーを楽しみ壁を乗り越えられるよう、背中を押してくれる作品です。
まとめ
この記事では、『かいじゅうたちのいるところ』をアートの視点から考察し、子どもの心情に寄り添う表現に注目しました。
また、作者のセンダックが子どもたちの本質を捉え、彼らが葛藤を乗り越えようとする姿を描いたことも紹介しました。
この作品の対象年齢である3〜5歳のお子さんは、心身ともに成長する時期を迎え、自身の感情に向き合う機会が増えるでしょう。
読み聞かせを通して、「マックスはどう感じたのかな?」と気持ちを一緒に考えると、お子さんが感情の変化を受け入れ、自分なりに整理するきっかけになります。
さらに、ページごとに線の強弱や色彩の違いを見つけることで、キャラクターの心の動きをより深く感じ取ることができます。
『かいじゅうたちのいるところ』は、登場人物の感情を想像したり、細やかな表現を味わったりと、何度でも楽しめる絵本です。お子さんと一緒にファンタジーの世界を楽しみながら、アートに触れてみてくださいね。
《参考文献》
・絵本学会機関誌編集委員会『絵本BOOKEND 2019 通巻16号』絵本学会、2019年
・エリック・カール絵本美術館ほか著『ARTIST to artist 未来の芸術家たちへ 23人の絵本作家からの手紙』東京美術、2017年
・モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳『かいじゅうたちのいるところ』冨山房 、2011年(初版:1975年)
・モーリス・センダック著、 脇明子、島多代訳『センダックの絵本論』岩波書店、1990年
・吉田新一『連続講座〈絵本の愉しみ〉 1 アメリカの絵本―黄金期を築いた作家たち―』朝倉書店、2016年
子どもがアートを感じられる絵本シリーズ

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アートと文化のライター。アーティストのサポートや、行政の文化事業に関わった経験を活かし、インタビューや展覧会レポートを執筆しています。難しく考えがちなアートを解きほぐし、「アートって面白い」と感じていただける記事を作成します。
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