STUDY
2026.8.18
夏と聞いて何を思い浮かべる?若冲、ミュシャらが選んだ夏のモチーフたち
「夏」と聞いて思い浮かべるものは何でしょうか。アジサイに朝顔、海、夕暮れ…夏の風物詩にはそれぞれ異なる魅力があります。
実は絵の世界でも、さまざまな夏のモチーフが描かれてきました。花で季節の移ろいを表現した画家もいれば、海の雄大な姿や人々の暮らしの中に夏を見出した画家もいます。
今回は、若冲やミュシャら巨匠によって描かれた夏の姿をのぞいてみましょう。
目次
『四季-夏』(アルフォンス・ミュシャ), Public domain.
『夏の夕べ、イタリア風景』(ヴェルネ)
『夏の夕べ、イタリア風景』(ヴェルネ), Public domain.
絵の右側には大きな岩や木々がそびえ、その中央には穏やかに流れる川が広がります。その先にこじんまりと立っているのが石造りの橋です。さらに遠くには夕日を浴びて明るく輝く町並みが見え、手前の暗い岸辺との対比によって、夕暮れの光がいっそう印象的に感じられます。
描かれている町は実在する特定の場所ではなく、複数の景色を組み合わせて生み出した空想上の風景と考えられています。実際の景色と想像を織り交ぜた都市風景は、ヴェルネ作品ならではの特徴です。
『夏の夕べ、イタリア風景』の空は黄金色から淡い青色へとゆるやかに変化し、光が水面や大地をやさしく包み込んでいます。劇的な出来事が描かれているわけではありませんが、夏の一日が静かに終わる空気が伝わってきます。
実は本作には対作品があったとされ、そのタイトルは『朝、岩場の眺め』です。現在は所在不明となっているため見ることはできませんが、朝と夕方、それぞれ異なる時間帯の光を描き分けることで、一日の移ろいを表現しようとしたのかもしれません。
よくある穏やかな夏の夕暮れだけでなく、光が生み出す絵画全体の表情にも注目したい一枚です。
『紫陽花双鶏図』(伊藤若冲)
江戸時代を代表する絵師・伊藤若冲が1759年に制作した『紫陽花双鶏図』は、代表作「動植綵絵」全30作のうちの1作です。若冲は、緻密な観察にもとづく写実的な描写から大胆な水墨画まで幅広い表現を得意とした画家で、生きものたちの力強い生命感を鮮やかな色彩で描きました。
『紫陽花双鶏図』(伊藤若冲), Public domain.
画面いっぱいに咲き誇るアジサイの中には、若冲の代名詞ともいえる2羽のニワトリが堂々と描かれています。鮮やかな青いアジサイに囲まれながらも、雄鶏と雌鶏は花に負けない存在感です。
雄鶏は胸を張って勇ましく立ち、その姿は雌鶏へ向けた求愛行動とも考えられています。一方でそっと寄り添う雌鶏との組み合わせは、仲睦まじい夫婦のようにも見えます。
よく見ると、花はアジサイだけではありません。下側にはバラやツツジも添えられ、色彩豊かな草花がニワトリたちを包み込むように描かれています。
特に、アジサイの深い青と雄鶏の真っ赤なトサカの対比は目を引き、画面全体に華やかな夏の空気を感じさせます。細部まで描き込まれた植物や羽毛の表現からは、若冲が自然の美しさと生命力を大切に描いていたことが伝わります。
『朝顔図屏風』(鈴木其一)
『朝顔図屏風』左隻(鈴木其一), Public domain, via Wikimedia Commons
金箔で覆われた背景に、深い紺色の朝顔と青みを帯びた緑の葉が鮮やかに映え、シンプルながら強さが感じられます。作品には左隻・右隻を合わせて約150輪もの大きな五弁の朝顔と蕾、大小さまざまな葉がランダムに配置されています。
つるは自由自在に伸び、金色の空間を漂うように描かれているため、植物でありながら龍のような動きまで感じられます。白い花や蕾がアクセントとなり、金・青・緑・白のコントラストが、夏の生命力をいきいきと表現しているようです。
其一の一つのモチーフだけで絵を構成する手法は、尾形光琳の国宝『燕子花図屏風』とよく似ています。余計なものを描かず、朝顔そのものの美しさを際立たせる構図は、光琳の装飾性を受け継いでいます。
『燕子花図屏風』(尾形光琳), Public domain, via Wikimedia Commons.
夏を代表する花はさまざまですが、朝顔を思い浮かべる人も多いはず。親しみのある花を描いた作品だからこそ、色彩や構図の美しさに目を向けると、何気ない夏の風景が特別なものに感じられるでしょう。
『夏の日』(ベックリン)
『夏の日』(ベックリン), Public domain.
19世紀スイスを代表する象徴主義の画家、アルノルト・ベックリンによる『夏の日』は、穏やかな夏のひとときを描いた作品です。どこか懐かしさを感じる、のどかな風景が広がっています。
遠くには家々も描かれ、何気ない夏の一日が平和な空気とともに表現されています。明るい色彩とやわらかい光が、爽やかな空気まで想像させてくれるのが特徴です。
ベックリンの作品といえば、幻想的かつ不穏な雰囲気の『死の島』のような作品を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。ベックリンを熱心に支持していたアドルフ・ヒトラーが所有していたことでも知られています。
『死の島』(ベックリン), Public domain.
そんな『死の島』とは対照的に『夏の日』には穏やかで明るい時間が流れています。夏という季節が持つ、幸福感あふれる一枚です。
『四季-夏』(ミュシャ)
アルフォンス・ミュシャといえば、新しい芸術を意味する国際美術運動「アール・ヌーヴォー」を代表する画家です。型にはまらない芸術性でポスターや装飾パネルなどの作品を手がけました。
『四季-夏』(ミュシャ), Public domain.
1896年に制作された連作『四季』は、その代表作の一つです。それぞれの季節を一人の女性に重ねて表現しており、自然と人物が美しく調和しています。
『夏』で描かれているのは女性が池のほとりに腰を下ろし、素足を水に浸して涼を楽しむ姿です。もの憂げな表情とゆったりとしたポーズには、夏特有のけだるさや情熱的な空気が漂っています。
『四季』にはどの作品にも女性と植物が描かれていますが、細かな違いにも注目です。例えば髪の色は『春』では明るい金色、『夏』では落ち着いた褐色に描き分けられ、それぞれの季節を象徴する花々が髪飾りとして添えられています。
『四季-春』(ミュシャ), Public domain.
また『夏』には、ミュシャの故郷・チェコを象徴する花であるヒナゲシも描かれており、季節感だけでなく自身の母国への思いもさりげなく込められています。
ヒナゲシの花, Public domain.
夏を描く作品というと、海や青空など風景を思い浮かべることが多いかもしれません。しかしミュシャは、一人の女性のしぐさや表情を通して、夏という季節が持つ美しさや空気感を表現しました。
『三井好 都のにしき 土用干』(水野年方)
水野年方による『三井好 都のにしき 土用干』は夏ならではの風習を描いた作品です。明治時代に活躍した浮世絵師・水野年方は、斬新な構図と高い描写力で人気を集めた月岡芳年の門下生としても知られています。
『三井好 都のにしき 土用干』(水野年方), Public domain.
タイトルにもある「土用干し」とは、夏の土用の時期に衣類や書物を陰干しし、風を通して虫やカビを防ぐ昔ながらの年中行事です。「虫干し」とも呼ばれ、かつては多くの家庭で行われていました。
本作は三井呉服店(現在の三越)の広告を兼ねて制作された美人画です。虫干しをする女性たちが身につけている着物はもちろん、室内に吊るされた色とりどりの着物も見どころ。全体が淡くやさしい色彩でまとめられており、静かな風が通り抜けるような心地よさが感じられます。
また、足元に目を向けると、和紙で遊ぶ一匹の猫も描かれています。忙しく働く女性たちとは対照的な無邪気な姿が、作品の可愛らしいアクセントになっています。
現代ではあまり見かけなくなった土用干しの風景ですが、本作を通して見てみると、明治時代の夏の暮らしが感じられるのではないでしょうか。
『海潮四題・夏』(横山大観)
『海潮四題・夏』(横山大観), Public domain.
近代日本画を代表する画家・横山大観といえば、数多くの富士山を描いたことでも有名ですが、『海潮四題・夏』では夏の海が主役です。重々しくうねる波が岩場へと打ち寄せ、砕け散る一瞬が描かれています。
月明かりに照らされた海面は静けさと迫力をあわせ持ち、きらめく夏らしい海とは異なるものです。空には一羽の黒い鳥が飛び、その小さな姿が海の広大なスケールをより印象的に感じさせます。
本作で用いられているのは、大観が追求した「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれる技法。輪郭線をはっきり描くのではなく、色の濃淡やぼかしを巧みに重ねることで、波のうねりを表現しています。
海が秘める力強さと静寂が特徴の本作。同じ夏でも視点が変わるだけで、違った絵が生まれることを教えてくれる一枚です。
【まとめ】名画を通して、お気に入りの「夏」を見つけよう
「夏」を描いた作品といっても花や海、夕暮れ、暮らしの風景など、画家によって選ぶモチーフはさまざまです。見比べてみると、それぞれが思い描く夏の魅力が見えてきます。
今年の夏は名画を通して、自分だけのお気に入りの「夏」を探してみてはいかがでしょうか。
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アートの美しさや面白さを身近な視点で伝えます。お気に入りの絵画はミレーの『オフィーリア』。フリーランスのライターとして幅広いジャンルで執筆経験あり。趣味は観劇と洋画/海外ドラマ鑑賞。ヴァイオリンを習っています。
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