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2026.9.17
国宝《瓢鮎図》──ひょうたんで、なまずを捕まえろ! 画僧・如拙が描いた「答え」とは?
川べりに、みすぼらしい身なりの男が立っています。ひげは伸び放題で、腰は曲がり、両手で一つのひょうたんを構えています。視線の先には、水の中を泳ぐ大きななまず。どうやら、このひょうたんでなまずを捕まえるつもりのようです。
如拙《瓢鮎図》(部分)。応永22年(1415)頃、紙本墨画、京都・退蔵院蔵(国宝)。, Public domain, via Wikimedia Commons.
口の狭いつるつるの容れ物で、ぬるぬるした魚を押さえる。できるはずがありません。冗談のような光景ですが、この絵は国宝です。《瓢鮎図》と書いて「ひょうねんず」と読みます。
「鮎」の字は日本ではアユを指しますが、中国ではなまずのことです。京都・妙心寺の塔頭、退蔵院に伝わり、日本の水墨画の歴史を語るとき必ず名前の挙がる一枚とされています。
なぜ、なまずを狙う男の絵が国宝なのでしょうか。
将軍が出した課題
《瓢鮎図》が描かれたのは今から600年ほど前、応永22年(1415)以前と考えられています。注文したのは、室町幕府4代将軍・足利義持でした。禅に深く傾倒していた義持は、「ひょうたんでなまずを押さえ捕ることができるか」という問いを立て、相国寺の画僧・如拙にその絵を描くよう命じたのです。
《足利義持像》。京都・神護寺蔵。, Public domain, via Wikimedia Commons.
この絵はもともと掛軸ではなく、義持のすぐそばに置かれた小さな衝立でした。表面に絵、裏面に文字が記され、のちに一幅の掛軸へ仕立て直されました。
現在はその文字が画面の上半分を埋めています。義持は絵を描かせるだけでなく、同じ問いを京都五山の高僧たちにも投げかけました。そこに並んでいるのは、31人の禅僧が書き連ねた「答え」です。当代を代表する高僧たちが顔をそろえ、ひょうたんとなまずについて大真面目に論じ合っているのです。
如拙《瓢鮎図》全幅。画面の上半分には、31人の禅僧が寄せた漢詩が並ぶ。, Public domain, via Wikimedia Commons.
ふざけているとしか思えない答え
では、高僧たちは何と答えたのでしょうか。序文を書いた大岳周崇は、まず問いの矛盾を指摘します。
空を飛ぶ鳥は仕掛けで捕らえ、水に泳ぐ魚は網で捕らえるのが漁の常法である。中がうつろで丸いひょうたんを使って、鱗もなくぬめりだらけのなまずを、深い泥水の中で押さえられるはずがあろうか──。
そう述べたうえで、周崇はこう続けました。さらに良い方法を求めるなら、ひょうたんに重ねて油を塗るがよい。ただでさえ滑る道具に、わざわざ油を足せと言うのです。
これらに続く僧たちの答えも負けていません。「押さえられたら吸い物にしよう」「飯がなければ砂でも炊こうか」と応じた僧がいたそうです。ひょうたんがなまずを押さえているように見えて、実際はなまずの方がひょうたんを押さえているのだ、と切り返した僧もいました。
太白真玄という僧は「竹はつるつる滑る。どうしてなまずが登れようか」と書いています。中国には「なまずが竹を登る」という、物事が思うように進まないことを意味することわざがあり、義持の主張はこの「ことわざ」を踏まえたものだという説があります。そのため如拙が岸辺に竹を描き込んだのも、ことわざへの目配せだという読みもできるのです。
このように答えらしい答えは一つも見当たりません。
一国の頂点に立つ将軍の問いに対して当代最高の知識人たちが、はぐらかしと言葉遊びで応じている。そうとしか見えないのです。
答えの出ない問いを、そばに置く
一般的には、これは禅の「公案」を絵にした作品と説明されます。禅では「言葉や理屈だけで悟りに至ることはできない」と考えます。そこで修行に用いられるのが、禅僧の問答や逸話をもとにした公案です。
たとえば後世には、こんな公案も生まれました。両手で打てば音の鳴る拍手の、片手だけの音とは何か。理屈で導くことはできませんが、答えを出すことよりも解けない問いを抱え込んで、考え抜くこと自体が修行になるのです。
まさに義持が投げかけた問いも、公案の一つでした。答えを求められた31人も、禅の問答を重ねてきた僧たちです。そう考えると、あのはぐらかしも違って見えてきます。高僧たちは答えを避けたのではなく、理屈では解けない問いに対して、理屈から外れることで応じたのです。
公案に文字で答えた僧たちですが、「如拙の絵自体にも答えが仕込まれているのでは」という別の読みもあります。よく見ると、絵の中で硬い直線で描かれているのは男だけです。
ひょうたんも、なまずも、川の流れも、岸辺の竹も、周囲はすべて滑らかな曲線で描かれています。つるつるした世界の中で、押さえようとする男だけが、場違いなほど角張って見えます。
如拙《瓢鮎図》(部分)。曲線で描かれた世界の中で、男だけが角張って見える。, Public domain, via Wikimedia Commons.
如拙もまた禅の僧でした。僧たちが言葉で応じた問いに、絵師は筆で応じたのかもしれません。その描き方自体が「押さえられるはずがない」という無言の答えになっているわけです。
では、この問答を仕掛けた義持は、なぜ衝立を近くに置いたのでしょうか。本当のところは分かっていません。ただ公案は答えを出して終わるのではなく、折に触れて向き合い続ける問いです。だからこそ義持は手元に置き、繰り返し眺めたのかもしれません。答えの出ない「なまず」は、いつまでも将軍の側にいました。
なまずの絵から始まった水墨画
この絵を描いた如拙は、日本における水墨画の開拓者の一人に数えられています。如拙に学んだとされるのが周文で、幕府の御用絵師として活躍しました。その周文の画風を受け継いだのが、若き日の雪舟です。雪舟はやがて海を渡って明で学び、日本の水墨画を作り替えていきました。
雪舟《秋冬山水図》のうち冬景。紙本墨画、東京国立博物館蔵(国宝)。, Public domain, via Wikimedia Commons.
日本の水墨画の系譜をさかのぼると、その出発点の一つとして、ひょうたんでなまずを狙う男の絵がありました。そして描かれてから600年が経過しましたが、この問いに答えを出せた者はまだ現れていません。
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大学院で哲学(環境倫理学)を学んだあと、高校の社会科教員に。子どもの誕生をきっかけに、ライターへ転身。西洋哲学史の書籍『世界と人間を深く理解するための哲学の教科書』(ナツメ社)の執筆も担当した。立場や考え方の違いを越えて、芸術には人と人をつなぐ力があると信じている。週末は海外サッカー(プレミアリーグ)に夢中。
大学院で哲学(環境倫理学)を学んだあと、高校の社会科教員に。子どもの誕生をきっかけに、ライターへ転身。西洋哲学史の書籍『世界と人間を深く理解するための哲学の教科書』(ナツメ社)の執筆も担当した。立場や考え方の違いを越えて、芸術には人と人をつなぐ力があると信じている。週末は海外サッカー(プレミアリーグ)に夢中。
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