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2026.9.11

取材レポート【太田記念美術館】絵師になるつもりはなかった?鳥居言人――美人画と歌舞伎絵、二つの顔

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繊細な髪の毛、しなやかな指先、少し視線を落とした女性。静かでモダンな美人画の隣には、歌舞伎役者が画面いっぱいに躍動する大迫力の作品が並んでいる。

鳥居言人「江戸桜」(部分)旧下田コレクション

鳥居言人「雪の夕」(部分)旧下田コレクション

「これ、本当に同じ人が描いたの?」

太田記念美術館で開催されている「没後50年記念 鳥居言人 歌舞伎絵と新版画」(2026年9月1日(火)~9月27日(日))を見ていると、そんな驚きを覚えるかもしれない。

鳥居言人は、新版画の美人画で知られる一方、江戸時代から300年以上にわたり歌舞伎絵を担ってきた「鳥居派」の八代目を継いだ絵師でもある。

今回のギャラリートークでは、学芸員の渡邉さんと、言人の孫にあたる鳥居蕗子さんが、作品を見ながらその生涯を紹介した。蕗子さんの言葉を借りれば、会場には言人の「職人として、そしてアーティストとしての両方の矜持」が表れている。

鳥居言人「首尾の松/隅田川夕涼み/両国橋」旧下田コレクション

本当は絵師になりたくなかった?

鳥居言人は1900年、鳥居派七代目・鳥居清忠の長男として生まれた。

鳥居派は17世紀末頃から、歌舞伎劇場の入口を飾る絵看板や、上演する演目を知らせる番付などを手掛けてきた絵師の一派。いわば、何代にもわたって歌舞伎の「宣伝美術」を担ってきた家系だ。

会場のようす

そんな家に生まれたのだから、当然のように絵師を目指した――と思いたくなる。

ところが、そうではなかった。

言人は若い頃、伝統的な鳥居派の家業に反発心を抱いていたことが、太田記念美術館の解説でも紹介されている。さらに今回のギャラリートークで、蕗子さんが父親から聞いた話として明かしたところでは、本人はもともと歴史の道に進みたかったという。

しかし母親から「お願いだから絵を継いでほしい」と泣いて頼まれ、絵の道へ進むことになったそうだ。

蕗子さんも、

「仕方なく始めたのに、これかって思って」

と、その才能にあらためて驚いたという。

鳥居言人「参候連理の橘」(部分)旧下田コレクション

実際、その才能はかなり早い時期から現れている。

1900年11月生まれの言人は、1914年にはすでに『演芸画報』で挿絵などを発表している。満年齢ならまだ13歳、数え年で14歳ほど。10代前半ですでに雑誌の仕事をしていたことになる。

本人は後年、鏑木清方に学んでから本格的に絵を始めたように語っていたというが、かなり早熟な絵師だったことは間違いない。

美人画で開花した才能。モデルは妻・愛子

言人は大和絵や有職故実を学んだのち、鏑木清方に師事して美人画を学ぶ。

太田記念美術館によると、20、21歳頃に清方の門に入ったと考えられている。清方の流れをくむ言人の美人画は高い評価を受け、やがてその代表的な仕事の一つとなった。

鳥居言人、左から「みどりの雨」「雪」旧下田コレクション

今回展示されている作品を眺めていると、女性を真横や斜め後ろから捉えた構図が多いことに気づく。

蕗子さんによると、祖父は「斜め後ろ45度くらい」から女性を見るのが好きだったのではないかという。女性の髪の美しさを表現するうえで、この角度に何らかのこだわりがあったのではないか――。家族ならではの面白い見方だ。

鳥居言人「夏妓」株式会社劇雅堂蔵

そして、言人の美人画を語るうえで欠かせない人物が、妻の愛子さん。

ギャラリートークでは、作品の中には愛子さんをモデルにした女性が多く、特徴的な鼻の形などから「これは愛子さん」と分かる作品もあると紹介された。

さらに面白いのが、結婚にまつわる家族のエピソードだ。

蕗子さんによれば、言人は非常に「新しいもの好き」。愛子さんは当時、婦人雑誌のモデルをしていたモダンな女性だったという。

鳥居言人「髪梳き」株式会社劇雅堂蔵

モダンな女性を妻にし、その人をモデルにモダンな美人画を描く。

言人の作品が今見てもどこか新鮮に感じられる理由の一端が、ここにあるのかもしれない。

乗り気ではなかったはずの歌舞伎絵が、圧倒的にうまい

1929(昭和4)年、父・七代目清忠の隠居を受け、言人は鳥居派八代目を継いだと考えられている。

家業との間に葛藤を抱えていた言人だが、歌舞伎絵でも早くから驚くほどの力量を見せる。

鳥居言人「弁天小僧菊之助」(貼交屏風の一部)旧下田コレクション

その代表的な作品の一つが、大画面いっぱいに歌舞伎十八番の名場面を描いた《志ばらく》。

実はこの作品には、今回の展覧会へとつながるドラマがあった。

ギャラリートークで蕗子さんが語ったところによると、作品はかつて新潟の料亭に保管されていたが、その料亭の廃業後、所在が分からなくなってしまったという。

その後、福田画廊の福田雄司さんが作品を見つけ、十数年間にわたって保管していたことが判明。そこから今回の展覧会開催へと話が進んでいった。

福田さんが蔵の中で作品を目にした時に抱いたのが、

「いったい、この絵師は誰なんだ」

という驚きだったという。

鳥居言人「志ばらく」旧下田コレクション

その言葉は、今回制作された作品集の帯にも使われた。

大画面の《志ばらく》を実際に目の前にすると、その衝撃にも納得する。

「足の指」にも注目。伝統の中に潜む遊び心

言人の歌舞伎絵は、単に鳥居派の伝統をなぞったものではない。

渡邉さんによると、伝統的な様式を守りながらも、人物に少し丸みを持たせたり、柔らかさや愛嬌を加えたりと、「言人らしさ」が表れているという。

その遊び心がよく分かるのが《矢の根》。

鳥居言人「矢の根」旧下田コレクション

巨大な砥石で矢を研ぐ人物を描いた作品だが、ぜひ見てほしいのが「足の指」だ。

砥石が動かないように、足の指でしっかり押さえている。

蕗子さんによれば、七代目や、言人の娘で鳥居派九代目となった清光も同じ題材を描いているが、このように砥石を足で押さえている表現は見当たらないという。

「こんな大きな砥石で研いだら動くよな。だったら足で押さえるんじゃないか」

言人はそんなことを考えて描き加えたのではないか――というのは、あくまで蕗子さんの楽しい推測だ。

鳥居言人「参候連理の橘」(部分)旧下田コレクション

さらに、

「おじいちゃんは、ちょいちょい小ネタを入れて、ちょっとクスッと笑うようなものを仕込むのが好きだったみたい」

とも話す。

そして「祖父は手フェチ、足フェチだったんじゃないか」とも。美人画を見ても、確かに言人の描く手は非常に美しい。歌舞伎絵から新版画まで、「手と足」を意識して見るのも面白い鑑賞法だ。

新版画22点が一堂に。代表作《朝寝髪》も

地下の展示室には、言人が手掛けた新版画の美人画がずらりと並ぶ。

鳥居言人「雨」(右試摺)株式会社劇雅堂蔵

今回の展覧会では、言人の新版画の美人画全22点を一堂に展示。本摺りだけでなく、色味の異なる版や、制作途中の試し摺りまで見ることができる。

女性のふとした仕草や、髪、着物、そして指先まで。少ない線でありながら、身体の立体感まで感じさせる描写には、言人自身の画力だけでなく、彫師や摺師の高度な技術も見て取れる。

中でも有名なのが《朝寝髪》。

鳥居言人「朝寝髪」株式会社劇雅堂蔵

髪を乱した女性を描いた作品だが、100部限定で計画され、70部ほど刷られたところで当局によって制作が止められ、残った作品などが没収されたと伝えられている。

太田記念美術館も「当時の検閲によって警視庁に没収されたとされる作品」と紹介している。

ただし、なぜこの作品が問題とされたのかは、はっきりしていない。

ギャラリートークでは、画面に描かれた櫛などが性的なニュアンスを暗示したのではないかという説も紹介されたが、あくまで推測の域を出ない。

今の目で見ると、むしろ爽やかで静かな印象すら受ける《朝寝髪》。そうした作品が当時、検閲の対象になったことからも、昭和初期の社会と美人画を取り巻く空気が垣間見えてくる。

鳥居言人「長襦袢」(右試摺)株式会社劇雅堂蔵

「職人」と「アーティスト」、二つの矜持

美人画を見ると、極めて繊細でモダン。

歌舞伎絵を見ると、豪快で力強い。

さらに動物を描けば可愛らしく、わずかな線で描いた手からは骨格まで感じられる。

鳥居言人「猫」株式会社劇雅堂蔵

学芸員の渡邉さんが、展覧会を準備しながら「才能がほとばしる」「ものすごく画力のある絵師」とあらためて感じたというのも、会場を巡るとよく分かる。

現在、鳥居家には、この先鳥居派を継いでいく人はいないという。

だからこそ孫の鳥居蕗子さんは、自分の役割を「素晴らしい才能を持った先祖たちの作品を、次の未来につないでいくこと」だと語る。

いま新版画は海外でも注目され、言人の作品についても世界各地の美術館から展覧会への貸し出し依頼が来ているという。

鳥居言人「鳥辺山心中」(貼交屏風の一部)旧下田コレクション

鳥居言人を見ることは、単に一人の知られざる画家を知ることではない。

江戸時代から続いてきた歌舞伎絵の伝統と、近代に花開いた新版画。その二つが昭和という時代にどう交わり、どう受け継がれていったのかを見ることでもある。

もともとは家業に反発し、別の道を志していた青年が、結果的には伝統を背負いながら、自分にしか描けない美人画と歌舞伎絵を残した。

その「ダイナミック」と「エレガント」の振れ幅こそ、鳥居言人という絵師の最大の魅力なのかもしれない。

開催概要

◆没後50年記念 鳥居言人 歌舞伎絵と新版画
【開催期間】
2026年9月1日(火)~9月27日(日)
【所在地】
太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1-10-10
【アクセス】
JR山手線:原宿駅表参道口より徒歩5分
東京メトロ千代田線・副都心線:明治神宮前駅5番出口より徒歩3分
【開館時間】
10:30~17:30
※最終入館17:00
【入館料】
一般:1,200円
大高生:800円
中学生(15歳)以下:無料
美術館公式サイト:https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/toriikotondo/


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つくだゆき

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東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。

東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。

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