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2025.7.10
浮世絵でみる歌舞伎の世界。江戸の人々を熱狂させた役者絵の魅力とは?
大きな目をぎょろっと開き、空をにらみつける歌舞伎役者。これは、歌舞伎の「型」のひとつである「見得(みえ)を切る」ポーズを描いたものです。
このように、浮世絵文化が栄えた江戸時代、歌舞伎役者やさまざまな演目は、最も人気の高いテーマのひとつでした。
目次
東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の江戸兵衛』, Public domain, via Wikimedia Commons.
江戸時代の人々はなぜ、歌舞伎を描いた浮世絵を愛したのでしょうか。本記事では、浮世絵に描かれた「歌舞伎」についてわかりやすく解説します。
そもそも歌舞伎とは?その変容の歴史
歌舞伎とは、日本の演劇で、伝統芸能のひとつです。
「かぶく」とは「奇抜な身なりや行動をする」といった意味の「傾(かぶ)く」が語源となり、現在は「歌(=音楽)」「舞(=舞踊)」「伎(=演技)」という3つの要素が合わさった「総合演劇」として知られています。
著者不明『阿国歌舞伎図屏風』, Public domain, via Wikimedia Commons.
歌舞伎の歴史は古く、その始まりは1603(慶長3)年にまで遡ります。
島根県にある出雲大社の巫女である「阿国(おくに)」という女性が、京都で「かぶき踊り」を上演したことが始まりです。男装した阿国が音楽に合わせて踊る様子が大ヒットし、「阿国歌舞伎」と呼ばれるようになったのです。
京都国立博物館に所蔵されている『阿国歌舞伎図』の舞台中央には、北野天満宮(京都)の境内で踊る阿国の姿が描かれています。
やがて、阿国を真似た女性たちが踊る「女歌舞伎」、成人前の少年たちによる「若衆(わかしゅ)歌舞伎」が始まりました。しかし、どちらも風紀を乱すという理由から、江戸や上方(京都や大坂)で禁止されてしまったのです。
著者不明『寛政年間の森挽町森田座』, Public domain, via Wikimedia Commons.
さまざまな上演の形態を経て、現在と同じくすべての役を男性のみで演じる「野郎歌舞伎」が始まると、女方(女性役)、悪役、脇役など、多くの役が登場するようになります。
その中から、上方の大スターとなった「坂田藤十郎」や、女方を極めた「吉沢あやめ」、そして荒事(あらごと)と呼ばれる豪快な舞台で人気を博した「市川團十郎」など、数々の歌舞伎役者が誕生し、人々を熱狂させました。
歌舞伎が「浮世絵」に描かれるようになったのはなぜ?
歌川国貞(三代豊国)『今様見立て士農工商 商人』, Public domain, via Wikimedia Commons.
明和年間(1764-1772)には「多色摺り」と呼ばれる浮世絵の版画方法が開発されたことが、歌舞伎の浮世絵が大ヒットした理由のひとつです。
それまではシンプルな色使いでしか表現できなかった浮世絵から、より多くの色を用いて色を摺り重ねる技法が誕生しました。きらびやかな歌舞伎の世界と、多色摺りの技法がマッチし、歌舞伎の人気役者を描いた浮世絵は、まるでブロマイドのような役割を果たすようになっていったのです。
歌川国貞(三代目・歌川豊国)の『今様見立て士農工商 商人』には、店先に並ぶ浮世絵を買い求める女性たちが描かれています。絵の中心には、歌舞伎役者を描いた「役者絵」が並んでおり、歌舞伎は重要な娯楽のひとつだったことがわかります。
溪斉英泉『美艶仙女香』, Public domain, via Wikimedia Commons.
また、人気の歌舞伎役者は、庶民にとってのファッションリーダー的存在でもありました。
浮世絵に描かれた美しい女方の髪型やファッションは、次々に女性たちの心を掴み、さまざまなファッションアイテムが流行しました。
美人画で知られる浮世絵師・溪斉英泉(けいさい・えいせん)の 『美艶仙女香』というシリーズは、当時の化粧品である「白粉(おしろい)」の広告的な役割を担っていました。「仙女」とは、寛政年間(1789-1801)に活躍した人気役者・三代目瀬川菊之丞の俳名(俳句を詠むに用いられた名前)からとったものだと言われています。
このエピソードからも、歌舞伎役者が当時のファッション界に及ぼした影響の強さがうかがえます。
江戸のアイドル。歌舞伎役者を描いた「役者絵」が人気に
人気役者への憧れから、歌舞伎を題材にした浮世絵の需要はますます高まっていきました。
なかでも多くの民の心を掴んだのが、人気役者を描いた「役者絵」です。一体どのような「役者絵」が描かれたのでしょうか。
役者絵①東洲斎写楽:人々を驚かせた大胆なデフォルメ
東洲斎写楽『三代目市川高麗蔵の志賀大七』, Public domain, via Wikimedia Commons.
彗星のごとくデビューし、突然消えてしまった謎の浮世絵師・東洲斎写楽。わずか10ヶ月のあいだに145点もの作品を発表した写楽は、歌舞伎役者の似顔絵を多く残しました。
写楽の似顔絵は独自のスタイルを持っています。役者の顔をクローズアップした「大首絵」という手法を頻繁に使いながらも、役者の個性を極端に強調して描かれています。
これは、当時人気のあった、役者を実際よりも美化して描く手法からは大きくかけ離れていました。
東洲斎写楽『三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ』, Public domain, via Wikimedia Commons.
こちらも、東洲斎写楽による人気役者の大首絵です。この浮世絵のモデルとなった、三代目瀬川菊之丞は当時44歳でした。写楽は初老にさしかかった役者の雰囲気をその絵に浮かび上がらせています。
さらに、背景には光沢のある黒雲母(くろきら)という鉱物が使用されています。これが画面全体を引き締め、役者の顔のインパクトを強調しているのです。
当時は実際よりも美化された役者絵が好まれたため、役者の特徴を誇張した写楽の絵は、いまいち受けず売れ行きがよくなかったといいます。
しかし、後年写楽の描いた浮世絵は、その高い芸術性が評価され、今もなお国内外の多くの人々の心を掴んでいます。
役者絵②歌川国貞(三代目豊国):理想化された、美しく勇ましい役者たち
歌川豊国『滝夜叉姫 尾上菊次郎』, Public domain, via Wikimedia Commons.
写楽とは対照的に、その美しさで多くの人々の心を掴んだのが、歌川国貞(三代目豊国)による役者絵でした。
『滝夜叉姫 尾上菊次郎』は、歌川国貞(当時は既に豊国を襲名していた)が77歳の時に発表した絵です。
滝夜叉姫は武将・平将門の娘であり、あやしげな妖術を使うとされた女性です。二代目尾上菊次郎が演じた滝夜叉姫の妖艶な表情には、何度も見返したくなる魅力があります。
また、先述の写楽の描いた役者絵と見比べてみると、役者の持つ人間味よりも、美しさの方が重視されていることがわかります。
歌川国貞『東海道五十三次之内 宮景清』, Public domain, via Wikimedia Commons.
一方、こちらは豊国の名を襲名する前に、八代目市川團十郎の姿を描いた役者絵です。團十郎の顔には、歌舞伎役者特有の「隈取(くまどり)」というメイクが施されており、全体的に力のみなぎる迫力ある一枚となっています。
名場面を豪華抜粋。演目を描いた「揃い物」シリーズ
役者絵の他にも、歌舞伎をテーマにしたさまざまな浮世絵が後世に残されています。代表的なのは、歌舞伎の名場面を描いた『揃い物』と呼ばれるシリーズです。
揃い物①政争に巻き込まれた兄弟の悲劇を描いた『菅原伝授手習鑑』
歌川国貞(三代目豊国)『「踊形容外題づくし」菅原伝授手習鑑第三段目の口 車引きのだん』, Public domain, via Wikimedia Commons.
『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』は、平安時代に生きた実在の人物・菅原道真(すがわらのみちざね)の生涯をベースにした物語です。
松王丸・梅王丸・桜丸という3つ子の兄弟が、それぞれ別の主人に仕えたために政争に巻き込まれ、兄弟でありながら敵同士になってしまうという悲劇を描いています。
元々は人形浄瑠璃として上演された演目でしたが、やがて歌舞伎の世界でも取り上げられ、人気を博しました。
歌川国貞(三代目豊国)の描いた『「踊形容外題づくし」菅原伝授手習鑑第三段目の口 車引きのだん』では、松王丸が仕える藤原時平(上部)と三つ子の兄弟(下部)の姿が描かれています。
着物には、それぞれの名前を表す松、梅、桜の模様が描き込まれ、3人のなかでも血気盛んな梅王丸の顔には「隈取り」が施されています。
揃い物②江戸っ子憧れの「助六」が主役『助六由縁江戸桜』
歌川国貞(三代目豊国)『助六由縁江戸桜』, Public domain, via Wikimedia Commons.
『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどさくら)』は、万屋助六(よろずやすけろく)という実在の人物をモデルにした演目です。
実際の助六は、大坂で揚巻(あげまき)という花魁と心中したと言われていますが、歌舞伎では助六の正体が鎌倉時代の武士・曽我五郎だったという大胆なアレンジが加えられています。
本演目は現在でも、歌舞伎の名門である市川家の「お家芸」として継承され続けている名作です。
歌川国貞目(三代豊国)『助六由縁江戸桜』の中央には、紫の鉢巻きを巻き、緋色の裏地がついた黒い羽織、黄色の足袋という粋な格好をした助六の姿が描かれています。この出で立ちは江戸っ子の憧れの姿でした。
「天保の改革」で苦難を迎えた歌舞伎と浮世絵
椿椿山『水野忠邦像』, Public domain, via Wikimedia Commons.
歌舞伎も浮世絵も、江戸時代の庶民にとってはなくてはならない娯楽でしたが、老中・水野忠邦によって行われた「天保の改革」によって、大きな苦難に直面しました。
当時、国内では大飢饉(天保の大飢饉)が発生し、数十万人にも及ぶ餓死者が出たほか、幕府の財政難が深刻化したことから、「天保の改革」が行われたのです。
改革の内容のひとつに「風紀の取り締まり」があり、庶民はさまざまな贅沢を禁じられました。歌舞伎の鑑賞も例外ではなく、演目が規制されたり、歌舞伎役者が江戸を追放されるなどの出来事が起こります。
そして、役者絵の出版禁止や、色の数を制限するなど、浮世絵業界にとっても厳しい時期が続きました。
しかし、厳しい規制下においても、浮世絵師たちはさまざまな工夫を凝らして浮世絵を発表しました。
歌川国芳の『荷宝蔵壁(にたからくらかべ)のむだ書』は、役者の落書きを浮世絵にした奇抜な作品です。天保の改革下では、役者絵の販売は禁止されていましたが、この作品は「落書き」の名目で描かれており、厳しい規制の目をかいくぐるための工夫が見られます。
終わりに
歌舞伎と浮世絵は、時に幕府からの弾圧を受けながらも、江戸の庶民たちに多くの喜びや楽しみを与えてきました。
今日でも、日本の代表的な文化として挙げられるふたつですが、浮世絵に描かれた歌舞伎について知ることで、それぞれの魅力や面白さをより楽しめるかもしれません。
参考図書:
『江戸時代の文化 京都・大坂で開いた元禄文化』深光富士男 著(河出書房新社)
『イチから知りたい 日本のすごい伝統文化 絵で見て楽しい!はじめての浮世絵』藤澤茜、藤沢紫 著(すばる舎)
『世界にほこる日本の伝統文化 はじめての浮世絵2 人気絵師の名作を見よう!知ろう!』深光富士男 著(河出書房新社)
『世界にほこる日本の伝統文化 はじめての浮世絵3 いろんな浮世絵を楽しもう!』深光富士男 著(河出書房新社)
『歌舞伎江戸百景 浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』藤澤茜 著(小学館)
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糸崎 舞
元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。
元舞台俳優。現役時代、さまざまな演劇作品に出演した経験を通じて、世界中の歴史や文化、芸能への深い理解を培いました。俳優としての経験を活かし、アートの中に息づく文化や歴史を解説します。 好きなアーティストは葛飾北斎とアルフォンス・ミュシャです。
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