STUDY
2024.7.31
北斎と広重って何が凄い?美術館めぐりが楽しくなる浮世絵の知識を解説
江戸時代の美術といえば、「浮世絵」。素晴らしい浮世絵師は数多く誕生しましたが、中でも葛飾北斎と歌川広重は特に有名です。
江戸後期を代表する二大浮世絵師として、比較されやすい北斎と広重。全国の美術館で作品を見かける機会が多いので、この2人の画家を押さえておけば、美術館めぐりがもっと楽しくなるはず!
というわけで、北斎と広重が生んだ凄い作品について、ちょこっと紹介していきます。「うーん、浮世絵って似たような絵柄が多くて、見方がわからないんだよね…」という方も、一緒に作品を見ていきませんか?
浮世絵って何だっけ?
葛飾北斎《富嶽三十六景》「山下白雨」, Wikimedia Commons.
北斎と広重を紹介する前に、「浮世絵」についておさらいです。浮世絵は江戸時代に人気を博した風俗画のような絵で、庶民の生活や町の様子、人気の役者や名所の風景などを題材に描かれました。
一口に「浮世絵」といっても、木版画で作られた「浮世絵版画」と、画家が直筆で描いた「肉筆浮世絵」の2種類に分けられます。「浮世絵版画」は1つの絵を何枚も刷ることができ、安価で販売されたため、庶民でも買うことができました。今で言うポスターのような感覚ですね。
歌川広重《名所江戸百景》「深川洲崎十万坪」, Wikimedia Commons.
北斎と広重も浮世絵版画を中心に活躍した画家です。手頃な価格で販売される「版画」という形式だったからこそ、彼らの作品は多くの人々に広まり、親しまれるようになったのでは、と思います。
構図の引き出しが凄い!アイデアマンの葛飾北斎
葛飾北斎《富嶽三十六景》「神奈川沖浪裏」, Wikimedia Commons.
ここからは、北斎と広重の作品を見ていきましょう。まずは北斎ですが、《富嶽三十六景》の「神奈川沖浪裏」を思い浮かべる方が多いのでは。2024年から発行が始まった新しい千円札でもお馴染みです。
北斎の代表作といえば、やはり《富嶽三十六景》ですね。いろいろな角度から富士山を描いたシリーズで、36景と言いながら全部で46図あります。当初は36図でしたが、後から10図が追加されたためです。
葛飾北斎《富嶽三十六景》「凱風快晴」, Wikimedia Commons.
こちらは、通称「赤富士」と呼ばれる「凱風快晴」。このように、北斎はさまざまな見せ方で富士山という1つのモチーフを描き出しました。
その構図のバリエーションには驚くばかりです。「凱風快晴」のように富士山を大きく描いたかと思えば…
葛飾北斎《富嶽三十六景》「尾州不二見原」, Wikimedia Commons.
「尾州不二見原」は、どこに富士山があるのかパッと見ではわからない作品も。職人が製作している大きな桶の丸いフレームの内側に、遠くの富士山が小さく見えます。(これを見つけた瞬間、なんだか嬉しくなりませんか!?)
富士山そのものは小さいですが、中央に○を描く大胆な構図で、きちんと視線を誘導しています。また、仕事に集中する職人を主役にすることで、
"汗を拭おうと手を休めた職人が、ふと顔を上げると、遠くに富士山が見えた。「ああ、今日は良い日だな」と、誰に伝えるでもなく言葉がこぼれた"
みたいな、描かれてすらいないエモい物語を空想してしまいます。(私だけではないですよね…?)
葛飾北斎《富嶽三十六景》「東海道程ヶ谷」, Wikimedia Commons.
《富嶽三十六景》が発表されたとき、北斎は72歳でした。北斎が多彩な構図や見せ方で富士山を描き出せたのは、長い年月をかけて絵を習得していったからではないでしょうか。
北斎は6歳頃から好んで絵を描くようになり、19歳で勝川春章に入門したとされています。その後もさまざまな流派の絵を学び、自分の画風を確立していきました。
葛飾北斎《富嶽三十六景》「上総ノ海路」, Wikimedia Commons.
75歳を迎えてからも絵への意欲は止まらず、80歳、90歳、100歳と成長していける、百何十歳になればもっと…というようなことを書き残しています。北斎の凄いところは、何歳になっても向上心を燃やして絵に取り組んだことではないかと思います。
北斎の生涯については詳しい記事がありますので、こちらも併せてご覧ください!
関連記事:葛飾北斎:今日から私たちの財布に!新千円札採用記念、生涯と芸術を解説
世界を驚かせた偉業、歌川広重の「雨」に注目
歌川広重《東海道五十三次》「日本橋 朝之景」, Wikimedia Commons.
さて、次に紹介する浮世絵師は歌川広重です。もっとも有名な作品は《東海道五十三次》でしょうか。
東京と京都を結ぶ東海道の53の宿場を描いた作品で、全部で55図からなります。53次なのに55図…と富嶽三十六景なのに46図のデジャヴのようですが、53の宿場に加えて始点と終点を加えた55図です。
広重の作品で着目したいのが、天気や季節感の表現です。特に雨の描き方は、海外の画家にも影響を与えたほど大胆かつ斬新、それでいて見る人にダイレクトに伝わります。
歌川広重《名所江戸百景》「大はしあたけの夕立」, Wikimedia Commons.
《名所江戸百景》「大はしあたけの夕立」にも見られるとおり、広重は雨を直線で表現しました。現代では珍しくない描き方ですが、「雨を直線で描いた」のは、広重が世界で初めてと言われることも。
少し丁寧に紹介すると、雨を直線で描こうとした絵師は他にもいました。ただし、広重の表現が前の時代の作例に比べて完成されすぎているため、「広重が世界初」という印象になっているのかな、と捉えています。
また、広重以前の一般的な雨の描き方はというと、絵が全体的に暗いとか、見通しが悪くて遠くが見えにくいとか、絵の中の人が傘を差しているとか…。雨以外の要素を使って「雨が降っている」という情報を絵に込めていました。
ところが広重は「雨」というモチーフに正面から挑み、画面を切り裂くような直線で描き出しました。
歌川広重《東海道五十三次》「庄野 白雨」, Wikimedia Commons.
よく考えてみると、画面の全体に斜めの線を描くなんて、相当の勇気がいると思いませんか? 雨の向こうの人々や風景が見にくくなってしまいそうです。描き手からしても、「せっかく人と景色を描いたのに、斜線で見えなくなっちゃう…」と悲しくならないのでしょうか?
しかし「雨による視界の悪さ」が見る人の感覚と共鳴して、かえって叙情的な印象を与えているように思います。思い切った判断ができたことも、広重の凄さかもしれません。
歌川広重《東海道五十三次》「蒲原 夜之雪」, Wikimedia Commons.
何気ない風景でも、独自の手法で季節や天気を描き出し、情緒を揺さぶる作品に仕上げた広重。ここでは雨の表現を紹介しましたが、雪景色も見事ですし、時間帯の表現も得意でした。
(余談ですが、版画だから「雨を直線で描く」という発想が生まれたのかも、なんて考えたりもしています。絵筆で描くのと木版画では、得意な表現が変わってくるよな〜、なんて。)
もっと知りたくなる、浮世絵の二大絵師・北斎と広重
富士山をさまざまな構図で描いた北斎と、独自の描き方で風景画をアップデートした広重。浮世絵版画は決まったサイズがあり、どうしても似たように見えがちですが、じっくり比較すると違いが見えてくるのではないでしょうか?
もちろん、他にも語りたいことはたくさんあります! 他のモチーフの場合の構図とか、特徴的な青とか…。ですが、まずはこの記事を、北斎と広重の芸術に興味を持つきっかけにしていただけたら嬉しいです。それではまた次の記事でお会いしましょう!
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美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
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