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2024.7.3

葛飾北斎:今日から私たちの財布に!新千円札採用記念、生涯と芸術を解説

太宰治の「富嶽百景」は次のような書き出しで始まります。

「富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晃の富士も八十四度くらい(中略)
北斎にいたつては、その頂角、ほとんど三十度くらゐ、エッフェル鉄塔のやうな富士をさへ描いてゐる」

太宰は北斎の富士を鋭角過ぎるとからかっていますが、さすがに30度は言い過ぎなようです。しかし、それは、反対に言えば北斎の描く富士山がそれだけ太宰のこころの中に強烈なイメージを与えていたということでしょう。

「富嶽三十六景」や「北斎漫画」などで知られる葛飾北斎。世界で最も有名な日本人画家の一人であり、その名を知る人は多いでしょう。また、本日から発行される新紙幣の千円札にも「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」のデザインが採用されています。

今回は、新千円札採用を記念して葛飾北斎の生涯と代表作を、時代背景と共に紐解きながら、その魅力に迫っていきます。

葛飾北斎の生涯と画風の変遷:画狂人の軌跡

北斎は1760年(宝暦10年)、江戸は本所割下水(現在の東京都墨田区)に生まれました。幼名は「時太郎」、後に「鉄蔵」といったと言われています。

若き日の模索:勝川春朗として (1778年~1794年)

幼い頃から絵に興味があり、6歳で絵を描き始めたといわれています。19歳になると、当時人気を博していた浮世絵師・勝川春章に弟子入りし、本格的に絵師への道を歩み始めます。
師匠から「勝川春朗」の号を与えられた北斎は、役者絵や美人画、黄表紙(絵入りの書物)の挿絵など、様々なジャンルの作品を手がけました。

「四代目 岩井半四郎の歌舞伎」 (1779年)Public domain, via Wikimedia Commons.

師・春章の画風を受け継いだ役者絵。細部まで描き込まれた衣装や、生き生きとした表情が特徴。


「新板浮絵両国橋夕涼花火見物之図」(1781-89)頃Public domain, via Wikimedia Commons.

西洋の透視図法(遠近法の一種)を取り入れた「浮絵」と呼ばれる技法を用いて描かれている。


琳派との出会い:俵屋宗理時代 (1795年~1798年)

1794年、勝川派を離脱した北斎は、「宗理」と名乗り、琳派の画風を取り入れていきます。琳派は、装飾性とデザイン性を重視した華麗な画風で知られていました。

葛飾北斎の誕生と画号の変遷 (1798年~1849年)

「宗理」の号を手放した北斎は、その後も「北斎辰政」「葛飾北斎」「戴斗」「為一」「画狂老人卍」など、生涯で30回以上も画号を変えます。
この時期の北斎は、様々な画風や技法に挑戦し続けました。

「二美人図」(1801-1804年頃)Public domain, via Wikimedia Commons.

女性の仕草や表情を無駄のない曲線と落ち着いた色彩で表現した肉筆画。

「鶏竹図」(1804-1818年頃)Public domain, via Wikimedia Commons.

鶏の力強さを、写実性と北斎らしい大胆な構図で表現した肉筆画。

「北斎漫画」(1814年~)Public domain, via Wikimedia Commons.

北斎が後進の育成のために描いた絵手本。人物、動物、風景など、あらゆるものを描いた4000点を超える図版は、現代でも多くの人々に愛されています。

そして70代を迎えると、北斎は錦絵(多色刷りの版画)の代表作「富嶽三十六景」(1831年~)を世に送り出します。「富嶽三十六景」は、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」などを含み、大胆な構図と色彩で富士山の様々な表情を捉え、世界中に北斎の名を知らしめました。

「神奈川沖浪裏」Public domain, via Wikimedia Commons.

荒れ狂う波と、その中に小さく描かれた富士山。ダイナミックな構図と、波しぶきの一滴まで表現した写実的な描写は、多くの人を魅了します。


「凱風快晴」Public domain, via Wikimedia Commons.

「赤富士」の名で親しまれる、北斎を代表する一枚。赤く染まった富士山と、朝霧の清々しい風景とのコントラストが美しい作品です。

「富嶽三十六景」シリーズでは、当時輸入されたばかりの「ベロ藍」と呼ばれる鮮やかな青色の顔料が使われています。この鮮烈な青色は「北斎ブルー」と呼ばれ、北斎の作品を象徴する色となりました。


晩年の傑作:富士越龍図 (1849年)

晩年を迎えても北斎の創作意欲は衰えることなく、90歳でこの世を去る直前まで筆をとり続けました。

「富士越龍図」Public domain, via Wikimedia Commons.

晩年の傑作とされる肉筆画。白く輝く富士山の上空を、黒雲を伴って昇っていく龍の姿は、力強く、観る者に畏敬の念を抱かせます。


葛飾北斎の魅力:革新性と普遍性

北斎は生涯を通じて、3万点以上の膨大な数の作品を生み出しました。
その魅力は、以下の3点に集約できます。

大胆な構図と透視図法: 西洋画法を取り入れた透視図法や、画面を切り取る大胆な構図は、従来の日本画にはなかった斬新なものでした。

精緻な描写力: 風景や人物、動植物など、あらゆるものを細部まで観察し、写実的に描写する技術は、北斎の作品に強い説得力と生命力を与えています。

ユーモアと遊び心: ユーモラスな人物描写や、奇抜な構図など、北斎の作品には遊び心が満ちています。

北斎は、これらの要素を巧みに組み合わせることで、他の誰にも真似できない独自の世界観を作り上げました。

葛飾北斎が世界に与えた影響

北斎の作品は、生前から国内外で高い評価を得ていました。特に「富嶽三十六景」をはじめとする彼の作品はヨーロッパに渡り、モネ、ゴッホ、ドガなど、多くの印象派の画家たちに影響を与えました。

フィンセント・ファン・ゴッホ『花魁』Public domain, via Wikimedia Commons.

ゴッホも北斎を始めとする日本の浮世絵画家の影響を色濃く受けています。


ジャポニズムの隆盛と北斎

19世紀後半、ヨーロッパでは「ジャポニズム」と呼ばれる日本ブームが起こりました。浮世絵はその中心的な存在となり、特に北斎の作品は、その斬新な構図や色彩で、ヨーロッパの人々を熱狂させました。

現代における再評価

北斎の作品は、現代もなお、世界中で愛され続けています。
アメリカのLIFE誌が1999年に「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」として掲載した企画には、日本人で唯一北斎が選出されています。

すみだ北斎美術館:北斎の世界に触れる

北斎の生まれ故郷である東京都墨田区には、「すみだ北斎美術館」があります。
2016年に開館したこの美術館では、北斎の作品や生涯、そして彼が愛した江戸の文化について、詳しく知ることができます。

すみだ北斎美術館の見どころ

北斎の代表作を高精細複製画や映像で紹介する常設展示室や、企画展示室では国内外の美術館から集められた北斎の作品や関連資料を展示する特別展を定期的に開催しています。

2024年6月18日(火)〜8月25日(日)まで『特別展「北斎 グレートウェーブ・インパクト ―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―」』 が開催されています。

関連記事:北斎 グレートウェーブ・インパクト!あの傑作が新千円札に採用

すみだ北斎美術館のアクセス

都営大江戸線「両国駅」A3出口より徒歩5分
JR総武線「両国駅」東口より徒歩9分

まとめ:時代を超えて愛される葛飾北斎

葛飾北斎は、生涯を通じて変化を恐れず、常に新しい表現を追求し続けた画家でした。
その革新的な画風と、普遍的なテーマは、時代を超えて人々の心を捉え、世界中の美術に大きな影響を与え続けています。
すみだ北斎美術館を訪れ、北斎の作品を間近で鑑賞することで、その魅力をより深く感じ取ることができるでしょう。


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東京在住ライターで専門分野は文芸批評、アート、テクノロジーなど。007シリーズとセロニアス・モンクを愛する38歳。読書とハイキングが趣味。

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