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STUDY

2024.8.9

抽象絵画の父 カンディンスキー|音楽のように“色彩”を奏でた画家の人生と作品

「絵画は音楽のようなもの」
そう語ったのは、20世紀を代表する画家の一人、ワシリー・カンディンスキー。誰も見たことのない、新しい絵画を創り出した彼の作品は、現代まで多くの人を魅了し続けています。

Wassily kandinskyPublic domain, via Wikimedia Commons.

「抽象画って正直、よく分からない…」そう思ったことはありませんか?
抽象画は、具象画のように具体的なモチーフを描くのではなく、線や形、色彩といった絵画要素のみで表現した作品。一見すると「何が描かれているの?」と戸惑ってしまうかもしれません。
しかし、カンディンスキーは言いました。絵画は、音楽と同じように、私たちの心に直接響き、感動を与えることができると。

本記事では、そんなカンディンスキーの人生と作品を通して、彼が追い求めた“色彩の音楽”の世界へとご案内します。

【モスクワからミュンヘンへ】 カンディンスキー、画家への道を歩み始める

裕福な家庭で育まれた才能と、30歳で訪れた転機

1866年、カンディンスキーはロシアのモスクワで裕福な商人の家庭に生まれました。幼い頃から音楽や美術に触れ、豊かな感性を育みます。

モスクワ大学では法律と経済学を学び、将来を期待されるエリートコースを歩んでいたカンディンスキー。しかし、30歳を迎えた頃に彼に転機が訪れます。
彼が画家を志すきっかけとなったのは、モスクワで開催されたフランス印象派の展覧会で目にした、クロード・モネの作品『積み藁』でした。

モネの『積み藁』Public domain, via Wikimedia Commons.

光の印象を捉えた革新的な表現との出会い

当時、ロシアでは写実的な絵画が主流だったため、光と色彩の移ろいを捉えたモネの作品は、カンディンスキーに衝撃を与えました。

「絵画は、対象をそのまま描くだけのものではない。光や色彩、筆触によって、画家の感情や内面世界を表現することができる」
モネとの出会いによって、カンディンスキーの中で眠っていた芸術への情熱に火が付いたのです。そして、画家になるという夢を叶えるため、彼は安定した将来を捨て、芸術の中心地であるドイツのミュンヘンへと旅立ちます。

【新しい芸術の波】 カンディンスキー、抽象絵画という境地へ

色彩と感情を結びつける表現の模索

ミュンヘンで本格的に絵画を学び始めたカンディンスキーは、当時台頭していた印象派や後期印象派、フォービスムなどの新しい芸術運動から大きな影響を受けます。

印象派や後期印象派については下記の記事もぜひご覧ください。
関連記事:
西洋美術史を流れで学ぶ(第21回)~印象派編~
西洋美術史を流れで学ぶ(第22回)~新印象派・後期印象派編~

これらの作品から、色彩が持つ表現力や感情に訴えかける力に強く惹かれた彼は、自身の作品にも積極的に取り入れていくように。

『ムルナウの家』(1909年) Public domain, via Wikimedia Commons.

カンディンスキーの初期の作品には、例えば『ムルナウの家』(1909年) があります。この作品はまだ具象画の要素を残していますが、家や木々、風景などは簡略化され、色彩も現実の世界をそのまま描写したものではありません。彼独自の色彩感覚と、感情を表現しようとする試みが見て取れます。

音楽のように自由に構成された絵画

カンディンスキーは、「共感覚」と呼ばれる、ある感覚を別の感覚で感じる能力を持っていたと言われています。彼の場合、音を聴くと色を感じ、色を見ると音を感じていたそうです。

彼が抽象絵画へと進む上で、この共感覚が大きく影響したと考えられています。

「色彩は鍵盤のように、形はハンマーのように、魂はピアノの弦のように、そして芸術家はそれらを奏でる手である」
カンディンスキーにとって、絵画とは音楽と同じように、目に見える世界を超え、直接的に人の心に訴えかける力を持っているものでした。

表現主義の旗手「青騎士」時代

1911年、カンディンスキーはフランツ・マルクらと共に、芸術家グループ「青騎士」を結成します。「青騎士」は、当時の保守的な美術界に反旗を翻し、内面的な表現を重視した表現主義を代表するグループとして知られています。

『インプロヴィゼーション 28』(1912年)Public domain, via Wikimedia Commons.

この時期のカンディンスキーの作品は、鮮やかな色彩と大胆な筆致で、彼の内面から湧き上がる感情や精神性を表現しています。『インプロヴィゼーション 28』に見られるような画面を縦横無尽に駆ける線は、まるで音楽のリズムを視覚化したかのよう。私たちは、カンディンスキーの心の内側で鳴り響く音楽を、色彩と形態を通して体感することができます。

抽象絵画の誕生

そしてついに、1910年頃、カンディンスキーは抽象絵画の先駆けとなる作品群を制作するようになります。それは、具象的なモチーフを一切排除し、色彩と形態だけで構成された、まさに“音楽のような絵画”でした。

『コンポジションVII』(1913年)Public domain, via Wikimedia Commons.

彼は、この新しい絵画を「コンポジション」と名付けます。それはまるで、音楽における「作曲」のように、色彩と形態を自由に組み合わせ、調和させることで、新たな世界を創造しようとする試みだったのです。

カンディンスキーの抽象画:色彩と形のシンフォニー

カンディンスキーの抽象絵画は、単なる抽象的な模様ではありません。そこには、色彩と形態が織りなす、緻密に計算された構成が存在します。
例えば、《コンポジションVII》では、渦巻くような線や形、鮮烈な色彩が画面全体を埋め尽くし、まるで宇宙空間のような広がりを感じさせます。
カンディンスキーは、色彩や形の一つひとつに意味を持たせ、それらを組み合わせて画面に緊張感と調和を生み出そうとしたのです。

【時代に翻弄されながらも】 カンディンスキー、不屈の創作活動を続ける

ミュンヘンで抽象絵画を生み出したカンディンスキーでしたが、彼の人生は決して平坦なものではありませんでした。
第一次世界大戦の勃発、ロシア革命の混乱、ナチスによる弾圧など、幾度となく苦難を経験します。

バウハウスでの活動と「退廃芸術」の烙印

第一次世界大戦後、ロシア革命を機にカンディンスキーはロシアに戻りますが、ロシアで前衛芸術に対する優先度が下がるに伴い再度ドイツへ。
ドイツの美術学校「バウハウス」に招かれ、再びドイツで活動を始めます。バウハウスでは、パウル・クレーら、当時のアバンギャルドな芸術家たちと交流し、後進の育成にも力を注ぎました。

バウハウスについては下記の記事もご覧ください。
関連記事:
西洋美術史を流れで学ぶ(第28回)~バウハウスとヒトラーによる弾圧編~

『コンポジションⅧ』(1923年)Public domain, via Wikimedia Commons.

しかし、ナチスが台頭すると、カンディンスキーの作品は「退廃芸術」とレッテルを貼られ、美術館から撤去されてしまいます。

パリでの亡命生活と最晩年の作品

1933年、カンディンスキーはナチスから逃れるため、フランスのパリへと亡命します。パリでは、それまでの作風とは異なる、生物的な形態を取り入れた作品も制作するようになります。

『青い空』(1940年)Public domain, via Wikimedia Commons.

晩年の作品には、戦争や亡命生活の中でもなお、カンディンスキーが芸術への情熱を失わなかったことが表現されているような活き活きとしたエネルギーが見て感じ取れます。

『青い空』では、有機的で生物学的な形態が多く見られます。これらの形態は、アメーバや微生物を思わせるものであり、空中に浮かぶ奇妙な生物のように描かれています。これにより、作品全体に生命感と動きが与えられています。

【カンディンスキーの作品をもっと楽しむ】 抽象画鑑賞のポイント

多くのひとが「抽象画は難しい」と言います。 確かに、具体的なモチーフがないため、解釈の幅が広く、鑑賞の仕方が難しいと感じるかもしれません。
しかし、カンディンスキー自身も、「絵画は音楽のように、感じるものだ」という趣旨の言葉を残しています。
難しく考えず、まずは作品から感じるままに色彩や形を味わってみましょう。

カンディンスキーの作品を楽しむための3つのポイント

・色彩の響きを感じてみる: カンディンスキーは、色彩に特別な力があると考え、音楽のように感情を表現しました。暖色系の色は喜びや興奮、寒色系の色は悲しみや静寂など、色彩からどんな感情や雰囲気が伝わってくるのか、感覚を研ぎ澄ましてみましょう。

・形の動きを追ってみる: カンディンスキーの作品では、円や三角形、直線など、様々な形が使われています。これらの形は、単なる模様ではなく、それぞれに動きやリズムを持っています。形の動きを目で追っていくことで、作品に込められたエネルギーや躍動感を感じ取ることができるでしょう。

・自分なりの物語を想像してみる: 抽象画には、正解はありません。作品から自由にイメージを膨らませ、自分だけの物語を作ってみましょう。

カンディンスキーの絵画を鑑賞できる美術館

日本国内でも、カンディンスキーの作品を所蔵している美術館がいくつかあります。
ここでは一部の美術館を紹介します。

アーティゾン美術館(東京都中央区京橋1丁目7−2)
https://www.artizon.museum/
国立西洋美術館(東京都台東区上野公園7−7)
https://www.nmwa.go.jp/jp/
ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原 小塚山1285)
https://www.polamuseum.or.jp/
横浜美術館(神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目4−1)
https://yokohama.art.museum/
山形美術館(山形県山形市大手町1−63)
http://www.yamagata-art-museum.or.jp/
広島県立美術館(広島県広島市中区上幟町2−22)
https://www.hpam.jp/

※情報は変更となる場合がございます。最新の情報は各美術館の公式サイトでご確認ください。

これらの美術館では、カンディンスキーの代表作だけでなく、時代毎の画風の変化や、彼が影響を受けた他の芸術家の作品なども見ることができます。

ぜひ美術館に足を運び、カンディンスキーの絵画が奏でる“色彩の音楽”を、あなた自身の目で、心で、感じ取ってみてください。

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東京在住ライターで専門分野は文芸批評、アート、テクノロジーなど。007シリーズとセロニアス・モンクを愛する38歳。読書とハイキングが趣味。

東京在住ライターで専門分野は文芸批評、アート、テクノロジーなど。007シリーズとセロニアス・モンクを愛する38歳。読書とハイキングが趣味。

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