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2026.9.21
取材レポート!【東京都現代美術館】『多田美波―光、凛と ゆれる』。鏡面の彫刻から光造形まで、没後初の回顧展にてその仕事を辿る
戦後日本の抽象彫刻家・造形作家として活躍した多田美波(1924〜2014年)の名を聞いて、その作品がすぐに思い浮かぶ方は意外と少ないかもしれません。しかし多田は美術館だけでなく、公園や劇場、ホテルなど都市のさまざまな場所に作品を残し、暮らしや日常の風景を形作ってきました。
目次
東京都現代美術館で開催中の『多田美波―光、凛と ゆれる』では、彫刻や作家本人が「光造形」と呼んだ照明の作品を含む約70点に加え、建築造形のパーツ、スケッチといった資料を展観し、多田の約70年にわたる創作の軌跡を紹介しています。実際の会場の様子に沿って、展示の内容をお伝えします。
変電所から炭鉱へ―絵画から彫刻へと向かった原点
左から《変電所》(1958年、東京国立近代美術館蔵)、《変電所L》(1957年)、《[題不詳]》(制作年不詳)
台湾・高雄に生まれた多田美波は、4歳の頃、父の転任先である朝鮮・京城(現在の韓国・ソウル)へ移った後、1941年に女子美術専門学校(現・女子美術大学)で油彩画を学び、卒業後は京城へ戻って終戦を迎えます。そして日本へ引き揚げると、1960年代後半まで公募展を中心に作品を発表しました。
1950年代、多田は変電所をテーマとした絵画を多く描きます。建物を写実的に表したものがあれば、四方に伸びる電線を捉えたものなど、その表現は様々でした。やがて鉄柱といった構造体は抽象化され、幾何学的な画面へと再構築していきます。
《炭鉱》の実物大写真。※実物は現在、夕張市石炭博物館に所蔵されています。
初めて彫刻、つまりレリーフを手がけたのは1957年のことです。東京の炭労会館のためのコンペティションで制作した《炭鉱》と題したもので、建築空間と一体になった作品として依頼されました。車輪やトロッコなどのモチーフが印象的なこの作品では、下絵をレリーフに展開するにあたり、多田自身が工場へと通って、技術者らと対話を重ねながら、溶接までも行ったとされています。
変電所の絵画で見せていた構造体への関心が、炭鉱のレリーフという立体的な造形へと発展していったようにも見え、この時期の変化がとても興味深く感じられました。
映り込み、歪み、ゆらぎ。動きとともに変わる彫刻の魅力
左から《虚》(1960年)、《発祥》(1960年)、《作品 61-a》(1961年)
1960年頃、アクリルや布といった、それまでとは異なる素材を取り入れた多田は、独学で立体造形に取り組み、新たな表現を模索していきます。同時期にはブロンズの制作にも着手し、《発祥》で二科展特選を受賞しました。
さらに多田が着目したのは、より可塑性の高いアルミニウムでした。「指紋をつけたくない。手の痕跡を拭いたい。」という思いから、ただそのまま用いるのではなく、ハンマーで叩いて「皺」を作るなど、意外な表情を引き出そうと試みます。
このアルミニウムでの経験を経て、本格的に取り組んだのがアクリルでした。1960~70年代には、アルミニウムを真空蒸着することで鏡面効果をもたらしたアクリル作品を数多く制作しています。
《Phase-Space 6943》 1969年 神奈川県立近代美術館蔵
3つの大きなお椀が並んだような《Phase-Space 6943》も、鏡面効果を持たせたアクリルを用いた作品のひとつです。作品の前に立つとすぐに分かるのは、鑑賞者や周囲の風景が映り込むこと。ただその映り込みは一定ではなく、鑑賞者の動きに応じて歪んだり、伸び縮みするなどして、絶えず表情を変えていきます。
一見無機質な表面に、光の反射や透過、屈折、揺らぎといった有機的な要素を取り込み、周囲の環境や鑑賞者の動きと呼応して表情を変えていく。それこそが、多田の造形の大きな特徴であり、魅力と言えるのではないでしょうか。
ともかく、作品の前に立たなければこの動きは分かりません。ぜひ会場でその場に立ち、少し歩いたり、角度を変えたりしながら、映り込みが刻一刻と変化していく様子を自分の目で確かめてみてください。
建築の仕事から見えてくる、多田美波の色彩感覚
『多田美波―光、凛と ゆれる』展示風景、2026年、東京都現代美術館
皇居・新宮殿の光造形や、約7,600個ものガラスブロックから作られた帝国ホテル東京に設置された光壁《黎明》、さらに紫雲をイメージしたリーガロイヤル ホテル大阪 ヴィニェット コレクションの光造形《瑞雲》など、建築空間における仕事も手がけた多田。会場ではそうした一連の仕事も、写真や解説パネルなどで丹念に紹介しています。
このなかで特に注目したいのが、それぞれの仕事に用いられたサンプルの展示です。例えば緞帳《瑞光》のための染色アルマイトサンプルとは、聖徳大学講堂(千葉県松戸市)の緞帳のために作られたもの。多田は緞帳に一般的なベルベット生地ではなく、短冊状のカラーアルミ板を用いましたが、そのサンプル自体が大変に美しいのです。
光造形《瑞雲》のためのネオジウムガラスパーツも、透明感のある色彩がまるで貴石のように輝いて見えます。多田の彫刻は無彩色のイメージが強いかもしれませんが、建築の仕事を通して豊かな色彩感覚を持っていたことが見てとれました。
アトリウムと屋外に広がる彫刻から、まばゆい光造形へ
約20メートル近い天井高を誇るアトリウムと、それに隣接する屋外展示エリアにも目を向けてみましょう。ここではステンレスや陶板など、多彩な素材による彫刻作品が公開されています。アトリウムの頭上には、まるで大きな鳥が舞うかのような《翔》が吊るされ、広い空間を効果的に生かした展示が繰り広げられています。
屋外展示エリアに置かれた《スペース》も、その開放的なロケーションを味方につけた作品です。まるで空に向かって立ち上がるような姿は巨大な指輪をも彷彿とさせますが、見る角度によって形が変容するようでもあります。またステンレス面には周囲の景色や空の色が映り込んでいますが、天候によってもまた違った表情を見せてくれるのかもしれません。
光造形《瑞雲》 1973/2026年 リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクション設置作品の再制作
さらにアトリウム奥の展示室では、光造形を再制作した作品が待っています。光造形とは多田による造語で、主に天井から吊り下がる、あるいは建築と不可分のかたちで設置される造作のうち、内部に光源を含む作品を指します。
ほの暗く落とされた室内に足を踏み入れると、奥には約3,000個のクリスタルガラスパーツで再構成された《瑞雲》が、紫雲を思わせる淡い光をまとって浮かび上がり、思わず足を止めてしまうほどの美しさです。暗がりのなかで揺らめく無数の光に、誰もが心を奪われることでしょう。
「光は人の心を慰めるものでありたい」
『多田美波―光、凛と ゆれる』展示風景、2026年、東京都現代美術館
多田は自らの制作に関して以下の言葉を残しています。
「結局お手本にするのは全部自然の光ですね。やっぱり光がなければ人間は生きていかれないものだと思いますし、光はいろいろな意味で、本当に人の心を慰めるものでありたいと思うのです。」※出典:「星の光 街の光」村山定男との対談より『明日の友』1990年7月
会場を出る頃には、多田美波という名前とともに、ホテルのロビーや公共施設で見かけた記憶のある「あの光景」が、ふと頭に浮かんでくるかもしれません。知らないうちに出会っていたかもしれない光の造形と、あらためて向き合ってみてください。
展覧会情報
◆『多田美波―光、凛と ゆれる』
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 B2F
開催期間:2026年8月29日(土)~12月6日(日)
所在地:東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
※11月の毎金曜日は20:00まで開館
休館日:月曜日(9月21日、10月12日、11月23日は開館)、9月24日、10月13日、11月24日
観覧料:一般1,600 円、大学生・専門学校生・65歳以上1,100 円、中高生640円、小学生以下無料。
※10月10日(土)~12日(月・祝)は中高生・専門学校生・大学生は無料です。(チケットカウンターで学生証を提示)
展覧会サイト:多田美波―光、凛と ゆれる
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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