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EVENT

2023.12.7

伝統織物産業と現代アートが織りなす国内唯一の布の芸術祭。『FUJI TEXTILE WEEK 2023』が富士吉田市にて開催中!

山梨県東南部の富士山麓に広がり、富士五湖への玄関口としても知られる富士吉田市。富士登山の起点である北口本宮冨士浅間神社や、富士急ハイランドなどの多くの観光資源を有し、近年は忠霊塔といった富士山の絶景スポットなど、外国人観光客にも大変な人気を集めています。

ジャファ・ラム《あなたの山を探して》(会場:旧山叶)と富士山

その富士吉田は江戸時代から織られていた幻の織物「甲斐絹(かいき)」をはじめ、実に1000年以上にもさかのぼる織物の産地としての歴史を歩んできました。そして現在、同市ではテキスタイルと芸術が融合する国内唯一の布の芸術祭『FUJI TEXTILE WEEK 2023』が開催中です。

アート展のテーマは「Back To Thread / 糸への回帰」。旧文化服装学院の津野青嵐とユ・ソラの作品とは?

旧文化服装学院。1956年に新宿文化服装学院連鎖校で唯一公立学院として開校。1970年代にスーパーマーケット「富士ストア」として使用していたこの建物に移転し、1980年代まで開校していました。

まず「Back To Thread / 糸への回帰」をテーマに掲げるアート展では、織物にゆかりのある工場跡地や空き家を中心に、世界6の地域と国内から参加した11組のアーティストが作品を公開しています。

津野青嵐《ねんねんさいさい》 会場:旧文化服装学院

1980年代まで開校していた旧文化服装学院では、津野青嵐とユ・ソラが作品を展示中。津野の牡丹の花をモチーフにした《ねんねんさいさい》とは、臥床生活にあるという祖母が長年集めてきた布と3Dペンで作られた衣服で、津野と祖母の家族愛を体現しつつ、自宅介護の中で見え隠れする生死の輪郭を示しています。

ユ・ソラ《日々》 会場:旧文化服装学院

一方で白い布と黒い糸を使った作品を手がけるユ・ソラは、《日々》において誰でも見たことがあるような生活の雑貨や家具を模した作品を配置し、家の中の日常を表現しました。

ユ・ソラ《日々》 会場:旧文化服装学院

純白に包まれた室内空間には、テーブルや椅子が並び、ティーカップや書籍、またAmazonの箱などが置かれ、いずれも黒い糸によって刺繍が施されています。

ユ・ソラ《日々》 会場:旧文化服装学院

手で刺繍を施したという富士吉田の店のレシートも、ユ・ソラの同地での記憶を伝える重要な
作品といえるかもしれません。リアルでありながら、すべてが白いからか、夢の中の世界にいるような気持ちにもさせられました。

かつての糸屋や古い蔵も会場に!清川あさみと沖潤子のサイトスペシフィックな展示が面白い。

旧糸屋。戦前は本町通りで呉服店を、また戦後は現在地で毛糸商を営んでいました。(中の展示はパシフィカ コレクティブスの《Small Factory》)

古い蔵やかつての糸屋といった富士吉田の歴史を伝える建物での展示も、『FUJI TEXTILE WEEK 2023』の見どころのひとつです。

清川あさみ《わたしたちのおはなし》 会場:KURA HOUSE

1950年代に建てられたKURA HOUSEは、2階建と3階建の蔵に挟まれた形で住居が建てられたユニークな建物です。ここで展示を行っているのが、90年代より雑誌の読者モデルとして注目を集め、2000年代には文化服装学院にて服飾を学びながら、「ファッションと自己表現の可能性」をテーマに創作活動する清川あさみです。

清川あさみ《わたしたちのおはなし》 会場:KURA HOUSE

蔵の2階にて公開しているのが、数点の本をベースにした刺繍の作品です。その多くがイーゼルに置かれていますが、3階には富士吉田市の小室浅間神社の祭神・木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の神話からとられた作品もあります。いずれも本のテキストと色鮮やかな刺繍が新たなイメージを切り開いていました。

清川あさみ《わたしたちのおはなし》 会場:KURA HOUSE

3階に上がると木花開耶姫命の作品の先に「Serendipity」シリーズが展示され、絵画の重厚なマチエールと刺繍とが複雑に重なり合いながら、夜明けをテーマとしたという神話的な世界が広がる様子を見ることができます。

沖潤子《anthology》 会場:旧糸屋

3組のアーティストが作品を展示する旧糸屋で特におすすめしたいのが、ラグのような布に刺繍を施す作品で知られる沖潤子です。

沖潤子《anthology》 会場:旧糸屋

かつて茶室だった空間に展示されているのが、刺繍と糸巻きによる《anthology》です。刺繍の施された古い布が吊られるとともに、全国から募集をかけて集めた7000個もの糸巻きが床を埋めています。沖はテキスタイルという枠でなく、境界線のない表現として見てほしいと語りますが、古い和の空間を借景にした見事なインスタレーションではないでしょうか。

ネリー・アガシから池田杏莉、それにジャファ・ラムまで。織機工場跡地の旧山叶で見る壮大なインスタレーション。

右の建物が旧山叶(やまかの)。1973年頃建設の建物内暖房用ボイラーの煙突が今も残っています。

アート展にて最も展示作品が多いのが、かつての織機工場の跡地で、長年にわたって富士吉田の織物産業を支えながらも、2023年3月に廃業した旧山叶(やまかの)です。

この地上約9メートル、幅約20メートルの広いスペースでは、ネリー・アガシ。他、敷地内では池田杏莉、スタジオ ゲオメトル、顧剣亨、ジャファ・ラムの5組のアーティストがさまざまな作品を公開しています。

ネリー・アガシ《mountain wishes come true》 会場:旧山叶

シカゴを拠点に活動するネリー・アガシは、壁から垂らした巨大な織物の生地を富士山に見立てた《mountain wishes come true》を公開。同作品はビルのファサードのデザインを布に落とし込み「柔らかな建築」をかたちづくるインスタレーションです。

ネリー・アガシ《mountain wishes come true》 会場:旧山叶

場所の記憶や歴史の断片を炙り出そうとするネリー・アガシは、これらの作品を地元の繊維研究機関である山梨県産業技術センターとの対話から生み出しました。

顧剣亨《Map Sampling_Fujiyoshida》 会場:旧山叶

京都生まれで上海育ちの顧剣亨は、複数のデジタル写真を手作業で一つひとつのピクセルごとに編み込む「デジタルウィービング」という独自の手法で、複数のイメージが重ね合う写真作品を表現していました。

顧剣亨《Map Sampling_Fujiyoshida》 会場:旧山叶

そこに使われたモチーフとは富士吉田市の様々な時代の地図です。2枚の透け感のある生地にプリントすることで、新たな立体感と浮遊感のあるイメージを浮かび上がらせることに成功しました。階段をあがり、中2階から見下ろすと、富士吉田を空から鳥瞰しているような気持ちにさせられるかもしれません。

池田杏莉《それぞれのかたりて / 在り続けることへ》 会場:旧山叶

使い古された古着や家具といった物や人々の皮膚の型を収集し、その物に関する記憶について掘り起こしながら彫刻やインスタレーションを手がける池田杏莉の《それぞれのかたりて / 在り続けることへ》も見逃せません。

池田は旧山叶で実際に使われていた家具やユニフォーム、さらに富士吉田市のリサーチで出会った人たちの古着などの表面を繭のようにして覆っています。

池田杏莉《それぞれのかたりて / 在り続けることへ》 会場:旧山叶

その素材は富士吉田のテキスタイル産業を支えてきた人たちの手足をシリコンで型取りして作られたもの。さらに床には落ち葉のような皮膚たちが散乱していて、パリパリと音を立てながら踏み歩いていると、かつての工場跡を行き来していた職人や従業員の残像を見る思いがしました。

ジャファ・ラム《あなたの山を探して》 会場:旧山叶

そして屋上へと上がれば、ジャファ・ラムの《あなたの山を探して》の白い布が富士山をバックにしながら風になびいています。この布は富士吉田の機屋さんから収集した、傷などの都合によって一般には流通しないB反と呼ばれる布で出来ています。

香港を拠点に活動するジャファ・ラムは、富士吉田では観光客の多くが富士山の写真撮影ばかりをしている光景を目にすると、あえて雲を連想させるような布で富士山を隠そうと考え、今回の作品を制作しました。

ジャファ・ラム《あなたの山を探して》 会場:旧山叶

思わず背後の富士山に気を取られてしまいがちですが、特殊なアングルにて富士山を切り取る光景を目にすることで、「もっと織物や、作り手の女性たちに目を向けてほしい」とするジャファ・ラムのメッセージを受け止めることができるのではないでしょうか。

デザイン展と生地展でたどりたい、富士吉田のテキスタイルの歴史と未来への展開。

デザイン展会場のFUJIHIMURO。歓楽街「西裏」に氷を提供するために開業していた富士製氷。所有者のご好意によって譲り受け、デザインコンペにより東京理科大学坂牛研究室の手でアートギャラリーとして生まれ変わりました。

こうしたアート展と並び、『FUJI TEXTILE WEEK 2023』で見ておきたいのは、デザイン展「甲斐(かい)絹(き)をよむ」(会場:FUJIHIMURO)と生地展「MEET WEAVERS SHOW 2023」(会場:旧田辺工場)です。

デザイン展より「甲斐絹を見る」展示風景 会場:FUJIHIMURO

まずデザイン展「甲斐(かい)絹(き)をよむ」では、江戸時代にさかのぼる甲斐絹の魅力を4つの切り口にて再発見する展示を行っています。

デザイン展より「写真家が歴史を読む」展示風景 会場:FUJIHIMURO

細く撚りの少ない絹糸を用い、平織りを基に「型染め」や「絞り染め」など高度な染織技術を組み合わせ、極薄ながらも複数の絵柄が層を成すように織り上げられた甲斐絹は、明治時代に独特の光沢美や奥行きのある絵柄で表現された物語性のある裏地で人気を博します。

それは夏目漱石や谷崎潤一郎らの作品にも美や粋の象徴として登場し、広く民衆に知れ渡っていたものの、昭和10年代後半になると太平洋戦争の勃発などを契機に生産は減少傾向に転じ、戦後も回復することなく幕を閉じます。よって現代において甲斐絹を織る技術はロストテクノロジーとなってしまいました。

デザイン展より「研究者が絵柄を解く」展示風景 会場:FUJIHIMURO

そして会場では地域に残された貴重な生地などを展示し、研究者の五十嵐哲也、詩人の水沢なお、そして写真家の川谷光平を迎えて、それぞれの視点から甲斐絹を読み解いています。

生地展 展示風景 会場:旧田辺工場

また生地展「MEET WEAVERS SHOW 2023」では、甲斐絹にルーツにもつ山梨の織物を今も生み出す職人たちのクリエイティブな仕事を紹介。山梨県産の織物を紹介するほか、高級アパレル専門の縫製職人も常駐し、パターンや縫製に関する相談会のほか、予約制で工場の見学ツアーも実施しています。※金・土・日のみ開催。

富士山を望むレトロな街並みも魅力。街歩きをしながらアートを楽しもう。

富士吉田の街並みと富士山。

今年で3回目を迎えた『FUJI TEXTILE WEEK 2023』は、アート展、デザイン展、生地展の会場とも富士吉田市の下吉田本町通り周辺地域に集中し、歩いても半日ほどで回れるコンパクトな芸術祭です。

西裏の路地。こうした狭い路地の先にいくつかの飲食店が軒を連ねています。

また1950年頃は関東屈指の繁華街として栄え、織物産業の衰退とともに寂しい空き店舗街となった西裏(にしうら)では、近年、若い世代を中心に個性豊かな飲食店が開業し、昭和の時代の気配が色濃く残る老舗と共存するなど、新たな文化も生み出されています。

下吉田の旧絹屋町。昭和の時代織物産業で栄えていた下吉田地区の中でも、多くの問屋が連ねていた地区です。その名残を一部に見ることができます。

折に触れて建物の合間などからすがたを現す富士山に目をやりつつ、細い裏路地やレトロな商店街をのんびり散歩しながら、展示を見て回るのも楽しみ方のひとつです。

テキスタイルという表現をベースに、アートの新たな可能性を目指した、富士吉田だけのオリジナルな布の芸術祭『FUJI TEXTILE WEEK 2023』へぜひお出かけください。

展覧会情報

『FUJI TEXTILE WEEK 2023』(フジテキスタイルウィーク2023) 山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域
開催期間:2023年11月23日(木・祝)〜12月17日(日)
所在地:山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域
アクセス:富士急行線下吉田駅降車徒歩5分、もしくは月江寺駅降車徒歩5分。
開館時間:10:00~16:00
 ※各会場への入場は15:30まで
休み:月曜日(12月4日、12月11日)
料金:一般1200円。
 ※富士吉田市民、高校生以下及び18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方及び付添者1名は無料。
 ※「アート展」、「デザイン展」、「FUJI SKY ROOF」に入場可能。
 ※一部、無料で参加、観覧できるイベントや会場あり。
『FUJI TEXTILE WEEK 2023』(フジテキスタイルウィーク2023)

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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。

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