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2021.9.30
日本における人物画の広がりとは?根津美術館で開催中の『はじめての古美術鑑賞 人をえがく』レポート
古い時代の書画や彫刻、調度品などを表す古美術。教科書の図版などで見たことがあるかもしれませんが、なかなか日々の暮らしの中で実物を見る機会はないもの。そもそも「どうやって見れば良いのだろう…」と思う方も多いかもしれません。
そうした古美術の見どころ分かりやすく紹介しているのが、東京・南青山の根津美術館で行われている『はじめての古美術鑑賞 人をえがく』です。同館では過去に4回ほど『はじめての古美術鑑賞』シリーズを開催。今回は第5弾として絵画の重要なテーマである人物画に注目しています。
目次
弘法大師に藤原鎌足?日本で最初に描かれた聖なる人たちとは?
重要文化財『弘法大師像』 日本・鎌倉時代 13〜14世紀 大師会蔵
今でこそ当たり前に描かれている人物画ですが、古代日本では実在の人物を描くのはタブーとされてきました。しかし信仰の対象になった人々は例外的に描かれ、平安時代末期になるとこの流れに変化がおこりはじめます。
最初に描かれたのが、祖師や祭神、それに歌仙といった人物です。『藤原鎌足像』は「乙巳の変」、いわゆる「大化の改新」で有名な鎌足を描いた作品で、華麗な御簾や帳で荘厳されていることから、神格化されていることが分かります。日本では皇族や貴族、武家などが死後に神格化され、鎌足も奈良県の談山神社に祭神として祀られました。
和歌に秀でた人々を意味する歌仙では、「古今和歌集」の序文に記された6人の歌仙のうち、特に「歌聖」と称えられた柿本人麻呂が多く描かれました。この『柿本人麻呂像』は、和歌を献じて人麻呂を祀る「人丸影供(ひとまるえいぐ)」という儀式のために制作されたもの。片膝をついて筆を持つのは定番の姿ですが、口を大きく開けているのは珍しいとされています。何かを暗唱しているように見えますが、真相はどうなのでしょうか。
あくまでも顔の風貌を描く!高貴な人の「似絵」(にせえ)の魅力。
冷泉為恭『伝 藤原光能像模本』 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵
中世以降、人物画に対する忌避感が薄まると、次第に生存する高貴な人々も描かれるようになります。そして天皇や公家、武家といった肖像が多く制作され、肖像画は絵画の重要な地位を占めました。
その中でも面白いのが、像主の容貌を写実的に描いた「似絵」です。ここではあくまでも対象の特徴をとらえることに重点が置かれるため、先ほどの『藤原鎌足像』のように理想化されることはありませんでした。
住吉如慶『承安五節絵模本』 日本・江戸時代 17世紀 個人蔵
住吉如慶の『承安五節絵模本』を見ていきましょう。これは承安元年(1171)年に宮中で行われた五節舞の行事を描いた絵巻で、原本は失われ、江戸時代の模本のみが伝わっています。描かれる公卿たちは皆、椅子に座っていますが、手前の背を向けた公卿もわざわざこちらを振り向いています。しかも丸い顔や細長い顔、また髭を生やしていたりするなど、1人として同じ風貌はいません。「あくまでも顔を描きたい」そうした作者の熱意すら伝わるようです。
稚拙なのにかわいらしく楽しい。名もなき絵師の描いた「素朴絵」とは?
『幸若舞曲つきしま絵巻』 日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵
写実的な「似絵」とは異なり、下手かわいいとでも呼べるのが、近年注目される「素朴絵」です。中世の絵巻物には、正系の絵師の手によらない、おおらかな画風のものも多く描かれました。
『幸若舞曲つきしま絵巻』(部分) 日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵
『幸若舞曲つきしま絵巻』は、平清盛の兵庫築港をめぐる伝説を題材にした舞の本を、絵巻物にした作品です。人々の動きやポーズはユーモラスで、まるで遠足をしているように見えてしまいますが、実は人柱にするために捕らえた人々を連行し、投獄する悲惨な光景を描いたもの。左上の格子は牢獄です。恐ろしい場面であるのに愛おしく、稚拙な描写がむしろ楽しい。これぞ「素朴絵」の醍醐味ではないでしょうか。
町の人々たちもモチーフに。当世風の風俗を描いた美人画に酔いしれる。
重要美術品『風俗図』 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
近世に入ると、世の中に生きるさまざまな人々を描いた人物画が登場し、絵画に描かれる対象は広がっていきます。また祭礼や儀礼などの特別な場だけでなく、日常的な姿も描かれました。
重要美術品『風俗図』(部分) 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
豪華な衣装を着た遊女やかぶき者、若衆を描いた『風俗図』は、近世初期風俗画の名品として知られる作品です。それぞれの画面に人物のみが登場していて、人々の日常の一瞬を切り取るように描いています。
円山応挙『楚蓮香図』 日本・江戸時代 寛政6年(1794) 個人蔵
美人図の名手、円山応挙の『楚蓮香図』も魅力的ではないでしょうか。中国唐時代の美女として知られ、香に誘われて蝶が飛んできたとされる楚蓮香を描いていて、腰をひねったポーズや髪の細かい生え際なども自然に表現しています。当時から応挙の美人図は人気があり、同じ画題の作例が複数知られてきました。
椿椿山『大橋淡雅像』 日本・江戸時代 19世紀 栃木県立博物館蔵
一見地味な椿椿山の『大橋淡雅像』もじっくり鑑賞しておきたい作品です。書画収集家で豪商だった大橋の肖像画ですが、老いを感じさせるしわやシミまでを描き込んでいて、まさに真に迫っています。「そこまで描かなくても…」と思ってしまいますが、まるで親戚のおじいさんのような親しみやすさが感じられました。
西洋画の技法も導入。近代以降の人物表現を追いかける。
左:堂本印象『手鞠』 日本・昭和時代 昭和12年(1937)頃 根津美術館蔵 右:上村松園『初秋の夕』 日本・明治〜大正時代 20世紀 根津美術館蔵
ラストを飾るのは明治時代以降の日本画です。近代に入ると江戸時代の既存の絵師集団は影響力を失いましたが、一部の絵師は新たな表現を模索すると、その後に設立された美術学校から巣立った画家たちが人物画を革新しました。
ここでは上村松園の『初秋の夕』や堂本印象の『手鞠』といった優美な美人画をはじめ、64年ぶりに都内の美術館にて公開された橋本雅邦の『臨済一喝』などが展示されています。
橋本雅邦『臨済一喝』 日本・明治時代 明治30年(1897) 個人蔵
『臨済一喝』は臨済宗の開祖、臨済義玄が問答の際に一喝する場面を描いていますが、大きな声がダイレクトに伝わるような作品ではないでしょうか。大変な迫力に思わずのけ反ってしまいそうになりました。
肥前『色絵講堂人物文皿』 日本・江戸時代 18世紀 根津美術館蔵 山本正之氏寄贈
「どういった人々が日本で描かれてきたのか」をテーマに、古くは鎌倉から室町、そして江戸を経て近代の人物画の変遷を追いかける『はじめての古美術鑑賞 人をえがく』。これから日本美術に親しみたいと思われる方にぴったりの展覧会としておすすめします!
根津美術館の展示室4では、『古代中国の青銅器』を常設展示。このほか、展示室5の『陶片から学ぶ―朝鮮陶磁編』、展示室6の『残茶-秋惜しむ』でも貴重な古美術品を堪能することができます。
根津美術館のエントランスのアプローチ。実業家、根津嘉一郎の蒐集した古美術品を保存、展示するため、昭和16年に南青山に開館した美術館。平成21年に現在の新本館が竣工しました。隈研吾建築都市設計事務所による建物も見どころです。
茶室が点在する根津美術館の庭園。東京都心とは思えないほど深い緑に覆われています。春には弘仁亭前の池にて燕子花が咲き誇り、秋には紅葉も楽しめます。
『はじめての古美術鑑賞 人をえがく』 根津美術館
開催期間:2021年9月11日(土)~10月17日(日)
所在地:東京都港区南青山6-5-1
アクセス:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道」駅A5出口より徒歩8分
開館時間:10:00~17:00 ※入館は16:30まで
休館日:月曜日。※ただし10月11日(月)は開館
料金:一般1300円、学生1000円、中学生以下無料
※オンラインでの日時指定予約制
https://www.nezu-muse.or.jp
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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