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2022.6.13
激動の時代を経て今に伝わる名画たち。『光陰礼讃―モネからはじまる住友洋画コレクション』の見どころ
京都の泉屋博古館(せんおくはくこかん)の分館として、2002年に東京・六本木に開館した泉屋博古館東京(旧・泉屋博古館分館)。以来、住友家が蒐集した美術品を展示する施設として、館蔵の近代絵画や工芸品、また京都本館の住友コレクションの名品を紹介する展覧会を開いてきました。
目次
その泉屋博古館東京が2022年3月にリニューアルオープン。5月21日からはリニューアル記念の第2弾の展覧会として『光陰礼讃―モネからはじまる住友洋画コレクション』が行われています。住友家はどのようにフランスの印象派や古典派の絵画を集め、また日本の近代絵画に目を向けていったのでしょうか。見どころをご紹介します。
住友家の近代絵画コレクションを築いた2人の人物。住友春翠と鹿子木孟郎の関係とは
住友家が近代洋画をコレクションしたのは、明治30年に住友吉左衞門友純(すみともきちざえもんともいと)号:春翠(しゅんすい)が、欧米視察中のパリで印象派の画家、モネの油彩画を2点入手したことにはじまります。現在の住友グループの礎を築いた実業家の住友春翠は、芸術文化にも高い関心を示した人物として知られ、泉屋博古館のコレクションの多くも、春翠が明治中頃から大正時代にかけて集められたもので占められています。
ただしすべての洋画を春翠自らが収集したわけではありません。明治30年代に渡欧していた画家、鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう)に留学資金を支援する代わりとして、西洋絵画の収集を依頼します。するとパリでアカデミズムの巨匠、ジャン=ポール・ローランスの弟子だった鹿子木は、ローランスの名品を中心に、フランス外光派やイギリスのロイヤル・アカデミーの画家の作品を春翠の元へと届けるのです。いわば二人三脚での収集活動でした。
ジャン=ポール・ローランス『マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち』 1877年
ローランスの『マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち』は画家の代表作といって良い名品の1つ。フランス革命で武勇を誇った青年将軍マルソーの死を大きな画面へダイナミックに描いています。
この他、エルネスト=ジョセフ・ローランの『芍薬』も目を引くのではないでしょうか。サロンの画家だったローランは、同級生のスーラに啓発されて点描をはじめ、やや長い点描を用いた技法にて絵を制作しました。
フランス古典派絵画の写実表現を学ぶ。太平洋画会の画家たち
鹿子木がパリで修得したのは、サロンへ入選した『ノルマンディーの浜』に結実する19世紀フランス古典派絵画の写実表現でした。そして帰国後も関西美術院や太平洋画会、また文展などで活躍すると、展覧会出品作から春翠好みの洋画を仲介したり、春翠が支援した関西美術院の院長だった浅井忠の遺作を届けます。
左:渡辺與平『ネルの着物』 1910(明治43)年 右:渡辺ふみ子『離れ行く心』 1913(大正2)年
太平洋画会とは、明治34年に明治美術会を母体として発足した美術団体のことです。当初は鹿子木が移入したアカデミックな写実画の牙城として活動していました。そして今回の展示でも鹿子木や浅井とともに、太平洋画会や文展にて活躍した画家の作品を紹介。吉田博の妻で太平洋画会の会員だった吉田ふじをの『神の森』や、同じく太平洋画会研究所で学ぶも若くして亡くなった渡辺與平の『ネルの着物』などを見ることができます。
太平洋画会研究所に在籍し、慶應義塾普通部の図画教師だった仙波均平の『静物』は、東京ではほぼ初公開に近い珍しい作品です。今回の展示ではモネやルノワールといった西洋の有名画家も公開されていますが、こうした知られざる日本人画家の作品にも注目してみてください。
外光派の黒田清輝と白馬会。フランスへと渡った斎藤豊作の活動
左:藤島武二『幸ある朝』 1908(明治41)年 右:山下新太郎『読書の後』 1908(明治41)年
アカデミックな写実画を志向した太平洋画会に対し、ラファエル・コランに学んだ明るい外光表現を追求したのが、黒田清輝の結成した白馬会の画家でした。フランスから帰国後、東京美術学校で教鞭をとった黒田の元では、のちに同校教授となる藤島武二が学び、さらに和田英作や岡田三郎助らも黒田や藤島に習って白馬会の画家として活躍します。
東京美術学校を卒業後、パリに留学した斎藤豊作の『秋の色』も魅力あふれる作品といえるかもしれません。ここでは点描的なタッチによって木立と小川を描いていて、画面全体を明るい色彩が包み込んでいます。印象派に傾倒し、フランス人画家のカミーユ・サランソンと結婚した斎藤は、パリ郊外の古城へと移住すると「半農半画人」として絵を自由に描く生活を送り、第二次世界大戦期には一時抑留されるものの、1951年で没するまで同地にて暮らしました。
住友家と親しく交流した岸田劉生。そして20世紀フランス絵画へ
岸田劉生『二人麗子図(童女飾髪図)』 1922(大正11)年
住友春翠の子息のひとり、寛一が親しく交流した洋画家、岸田劉生の作品も見逃せません。劉生は愛娘の麗子をモデルにした麗子像を数多く描きましたが、『二人麗子図(童女飾髪図)』は寛一が劉生から直接見せられて選んだ作品として伝わっています。そこには赤と黄色の絞りの着物をまとった麗子が、正座して手鏡を覗き込む麗子の髪を整えるというシュールな光景が描かれていて、いわゆる劉生ならではの「デロリの美」を見ることができました。
また春翠のもうひとりの息子である友成も、1930年代から40年代前半にかけて洋画収集につとめた人物でした。この時期の日本では、ヨーロッパで学んだキュビスムやフォーヴィスムと呼ばれる新しい表現を盛んに移入した時代で、特に二科展や独立美術協会などは、フォーヴィスムに傾倒した画家たちが個性豊かな作品を描きました。ルオーやピカソ、シャガールといった20世紀のフランスの画家と、彼らから影響を受けた日本の画家の展示も見どころといえそうです。
洋館を彩る。住友春翠が熱心に西洋絵画を収集した理由とは?
それにしても住友春翠はどうして鹿子木らに依頼して、西洋絵画を熱心に収集したのでしょうか。理由として挙げられるのが、明治36年に神戸の西に位置する須磨の地に建てられた「須磨別邸」と呼ばれる邸宅です。
「人々の新しい経験の器となる建築」を作り出すことを目指した春翠は、建築家の野口孫市に依頼し、英国コロニアルスタイルを基礎とした洋館を建設すると、収集した西洋絵画を各部屋の用途や性格に応じて飾ったのです。そして内外の要人から画家、さらに近隣の住人や子どもたちを招待して、コレクションを見せました。そこには春翠の「西洋上流社会の生活様式による社交の場と子女教育の場」という思想もこめられています。
この須磨別邸の模型がとても精巧に作られています。そして内観や外観の写真もパネルで展示。また別邸の海を望む南側の居間に飾られ、今回初公開となる川久保正名の『海岸燈台之図』は大変な力作です。元は銚子の犬吠埼灯台の遠望をモチーフとした『千歳の礎』と呼ばれる作品として伝わってきましたが、それこそ須磨の海にもふさわしい海景画として選ばれたのかもしれません。
海に面した広い敷地に建つ別邸は、細部にアール・ヌーヴォーの応用や曲線を多用した彫刻が施され、模型を見るからしても大変に優雅ですが、残念ながら第二次世界大戦の末期、昭和20年の6月の空襲によって美術品とともに全焼してしまいます。つまり今回の絵画は、当時の展示替えなどによって空襲の難を逃れ、今に残されてきた作品でもあるのです。
リニューアルしてますます魅力的になった泉屋博古館東京へ行こう!
『光陰礼讃 ―モネからはじまる住友洋画コレクション』第3展示室
最後にリニューアルされた泉屋博古館についてもご紹介しましょう。リニューアルに際しては既存の展示室の改装だけでなく2つの展示室を増設。そしてイベントや講演会を行うための講堂やオリジナルグッズを扱うミュージアムショップも新たに設けられました。
「HARIO CAFE」外観。美術館のエントランスホールからも行き来することが可能です。
またコーヒー器具メーカーの「HARIO」による直営のカフェもオープン。HARIOの器具でいれたスペシャリティーコーヒーや紅茶が提供されるほか、フードメニューも用意され、軽食も楽しめます。
六本木一丁目の高層ビルに囲まれた空間ながらも、緑を望むカフェは居心地も良く、ついつい長居してしまうこと請け合いです。店内ではコーヒー器具のほか、HARIO Lampwork Factoryのガラスアクセサリーなども手にとって購入することができます。
最寄駅は東京メトロ南北線の六本木一丁目駅。北改札正面の泉ガーデン1F出口から屋外エスカレーターで一番上まで進み、泉はしを過ぎたすぐ左手にあります。エスカレーターや階段には展覧会のバナーや案内表示がいくつも掲示されているので迷う心配もありません。
小さくともきらりと光り、リニューアルによってますます魅力的となった泉屋博古館東京。19世紀の印象派と古典派から20世紀のフランス絵画、さらに日本の近代絵画までを紹介する『光陰礼讃―モネからはじまる住友洋画コレクション』。日本でも極めて早い段階から絵画を集めた稀代のコレクターによる粒揃いの作品ばかりです。お見逃しなきようにおすすめします。
『リニューアルオープン記念展Ⅱ 光陰礼讃―モネからはじまる住友洋画コレクション』 泉屋博古館東京
開催期間:2022年5月21日(土)~2022年7月31日(日)
所在地:東京都港区六本木1丁目5番地1号
アクセス:東京メトロ南北線六本木一丁目駅下車、北改札正面泉ガーデン1F出口より屋外エスカレーターで徒歩3分
開館時間:11:00~18:00
※金曜日は19時まで開館
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日。(祝日の場合は翌平日休館)
料金:一般1000円、大学・高校生600円、中学生以下無料
https://sen-oku.or.jp/tokyo/
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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