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2023.6.19
テープで貼られたバナナが1600万円!? カテランの「バナナ」は何がすごいのか
2019年12月に開催されたArt Basel Miamiという世界最高レベルのアートフェアで、なんと1600万円のバナナが購入に至りました(しかも売れたのはVIP先行プレビューの段階)。世界のアート業界が騒然となり、ニュースでも大きく取り上げられたため、今も印象に残っているという方も多いかもしれません。
今回はこのバナナの作品についていろいろと考えてみましょう。なぜ、こんな作品が1600万円もするのか? みなさん不思議ですよね。
作品概要
※参考記事
・That Banana on the Wall? At Art Basel Miami It’ll Cost You $120,000. - The New York Times
https://www.nytimes.com/2019/12/06/arts/design/banana-art-basel-miami.html
・Maurizio Cattelan Is Taping Bananas to a Wall at Art Basel Miami Beach and Selling Them for $120,000 Each
https://news.artnet.com/market/maurizio-cattelan-banana-art-basel-miami-beach-1722516
概要を簡単に説明します。世界5本指に入るような最高レベルのアートフェア、Art Basel Miamiは、アメリカ・フロリダ州のマイアミで開かれます。世界最高峰ArtBaselがオーガナイズするマイアミ版といったところです。2019年に開催された同イベントの中で、 Galerie Perrotin 所属のマウリツィオ・カテラン(Maurizio Cattelan)というアーティストが発表した『Comedian』という作品が世界中で話題になりました。
彼のこの作品は控えめに言っても、「普通のバナナをダクトテープ(アメリカでいうガムテープ)で壁に貼っただけ」なのです。
驚くべきことに、彼はこの作品を3部作っており、最初の2 つは$120,000(約1300万円)、3つ目は少しプレミアがついて$150,000(約1600万円)で売れました(※値段は当時の為替レート)
このアーティストは、以前にも金のトイレ『America』という作品を作っており、それは約6000万円ほでも購入されている、世界中ですでにかなり有名なアーティストです。
しかも最終日には別のパフォーマンスアーティストが、彼のこの作品(バナナ)を食べちゃったっていうことでさらなるニュースになっています。
※参考
A $120,000 Banana Is Peeled From an Art Exhibition and Eaten - The New York Times
https://www.nytimes.com/2019/12/07/arts/art-basel-banana-eaten.html
作者のカテランはインタビューでこう話しています。
“Wherever I was traveling I had this banana on the wall. I couldn’t figure out how to finish it. In the end, one day I woke up and I said ‘the banana is supposed to be a banana.”
「旅行するとき僕は常にこのバナナを(ホテルの)壁につけていたんだ。でもどうやってこの作品を完成させればいいか悩んでいたんだ。最終的に、ある日起きた時にこう言ったんだ「バナナはバナナじゃなきゃいけない」
彼はこの作品をただ適当に考えついたわけではなく、長い時間この作品と向き合っていました。ブロンズでバナナを作るべきか、合成樹脂で作ろうか、いろんなことを考えたそうです。結果的に本物のバナナを貼る“だけ”になってしまったのは、彼が長い時間かけてようやく出せた「正解」でした。
そして世界中の人が思うことでしょう。「なんでこんな作品がアートと呼ばれ、1600万円もの値段がつくのか?」
今回は私の見解も含め、以前の記事でも解説した「アートと芸術の違い」についてもう一度おさらいする題材として、いろいろ考えてみましょう。
この作品は何を含んでいたのか、彼が実際に意図していたことやインタビューでの回答などはあとでご紹介しますが、アートの知識がある人がこれを見るとどういう風に映るのかを少しご紹介します。
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この作品から連想できるもの
見る人によっては全く理解できないかもしれませんが、私はこの作品は近年の現代アートの中でもとても素晴らしい作品だと思います。なぜかといえば、彼のこの作品は「しっかりと美術史の長い一本の線の上に立っていることが一目見た瞬間に分かるから」です。私がここでいう美術的価値が多く含まれていた作品だと思います。わかりやすく説明すると、彼のこの作品の裏にいろんな過去の美術作品が見えるからです。
①アンチ・ウォーホル的
『The Velvet Underground & Nico』アルバムジャケット
バナナを見てまずなにを思い浮かべるかというと、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバム『The Velvet Underground & Nico』のジャケットでも有名なアンディ・ウォーホルのバナナの作品です。いろんなデザインになっているので、このバナナを見たことがある人も多いはず。これを想起させるということは、カテランの作品は多かれ少なかれウォーホルの作品コンセプトを、引用、オマージュしているのではないかと考えられます。
ウォーホルの作品は、さまざまな実験的思考が繰り返されましたが、最終的にはシルクスクリーンプリントを用いて、有名なもの、身近なものを大量に印刷するという技法で広く知られました。なかでもマリリン・モンローやキャンベル缶の作品がとても有名ですが、彼の作品はアメリカの大量消費社会、表面的な記号性を利用したものでした。
何度も何度も様々な色で印刷が可能なシルクスクリーンという技法を用いることで、作品をどんどん薄っぺらいものにしていき、表面的な部分だけを浮き彫りにするということです。美術作品は得てして、裏に潜む深い意味を追いがちですが、彼の作品は対照的に、とてもとても表面的な部分を切り取った作品でした。それがポップアートを牽引した大きな理由となります。カテランの作品は、このウォーホルのバナナと逆向きであったことが印象的でしたね。
つまりここで逆向きという意味が、ウォーホルの表面的な意味の作品に対して、非常に内面的だということを示唆しているように思えます.別の作品でいうと、私はオノ・ヨーコの『Apple(1966)』を思い浮かべました。
②オノ・ヨーコ
APPLE, 1966
— Yoko Ono (@yokoono) June 8, 2021
There is the excitement of the apple decomposing, and then the decision as to whether to replace it, or just thinking of the beauty of that apple after it's gone.
Y.O. 1970 pic.twitter.com/Xwh47cjLeR
日本では、オノ・ヨーコはジョン・レノンの妻としてしか知名度がないかもしれませんが、彼女は優れたインスタレーション系のアーティストでした。むしろアーティストとして優れていたのでジョン・レノンと知り合うきっかけになったくらいです。
彼女の作品群の中にInstructionArtというものがあります。『grapefruit』という本にまとめられている作品もありますが、彼女は観客にinstruct(指示)するインスタレーションの作品を多く作っていました。私は個人的にオノ・ヨーコのこの時代の作品が大好きです。
この林檎の作品は生の林檎を台の上に起き、展示期間中に腐り行きタネに還元される様子を観客に観察させるという作品でした。今回の作品と、生の果物を展示するということが共通している作品ですね。
そしてジョン・レノンもこのカテランのバナナで起きた事象と同じく、このりんごを齧って戻したようです。オノ・ヨーコの作品の一見難解であるInstructionArtの意図を読み取り、本人をも驚かせるアクションをするジョン・レノンでした。
③マルセル・デュシャン
Photo by Alfred Stieglitz, Public domain, via Wikimedia Commons
もう一つ忘れてはいけないのが、マルセル・デュシャン(1887 – 1968)が1917年に制作した『Fontaine(噴水/泉)』ですね。自分の手作業で作った造形物でないものを使う「レディメイド」とのちに呼ばれる作品形態を使い、アートとはなんなのか? ということを観客に問いかけた作品でした。
この作品はもちろん大批判を受け、展示会場から撤収されてしまいました。ですがこの作品がDADAからシュールレアリスムを代表する作品となり、今も世界中で評価されデュシャン以降、以前と線引きされるほどの作品として評価されています。
この便器を使った作品ということは、カテランの『America』の方が通ずる部分が多い作品ですが、今回のバナナの作品も同じように、そして結果的にも世界中の観客を「アートとはなんだろうか」という疑問の渦に投げ込みました。
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④モナ・リザ
Leonardo da Vinci, Public domain, via Wikimedia Commons
最後にもうひとつ。ギャラリーもインタビューで言及していますが、『モナ・リザ』もこの作品に関連しているというのです。世界で一番有名かもしれないこの絵画。パリのルーブル美術館の目玉作品として、今ではこうして来る人はモナ・リザの前でスマホやカメラを向け、「自撮り」をする人が後を絶ちません。今回のバナナの作品もまた大きな注目の的となりました。
こうして多くの人が、どんどんその話題性を辿って、その作品の中身を評価する以前に、表面的な部分だけを見て自撮りして、家にあるバナナや他の果物をテープで貼ってSNSを賑わせました。この表面的な部分が一人歩きして、さらにSNSという現代のパワーを借りて、それはシルクスクリーン以上の生産性と話題の大量消費性ができあがった作品は、ウォーホル以上、そしてアンチ・ウォーホルとも評価されています。
そしてもう一つ私が面白いなと思ったのは、カテランはこの作品にエディションをつけたことだと思います。この作品は3つ複製されており、シリアルナンバーがあるということです。彼は、このどこでも手に入るバナナにどこでも手に入るテープを貼るだけで2秒で作れるこの作品を、インスタレーションでありながら、ちゃんと立体作品として扱い、エディションをつけたのです。
保存ができないバナナなのにも関わらず一つの物体として捉えているあたりが、大量に複製したシルクスクリーン印刷ではなく、そしてコンセプチュアル(表面的の逆という意味で)でウォーホルとは真逆だという点に注目したいです。彼の作品のバナナの向きが逆なのは、こういうところから来ているのかも知れません。
彼の作品は、この選ばれたバナナが主役だったわけでも、テープが主役だったわけでもありません。下にも続きますがこのバナナは、別のアーティストに食べられてしまったあと、ギャラリーは別のバナナをすぐ壁に貼り直しました。つまり彼の作品は「バナナとテープ」といった表面的な部分が主役なのではなく、これまで上にあげたような、ウォーホル的(またはアンチウォーホル的)、デュシャン的な作品の目に見えないコンセプトの部分で成り立っている作品でした。こういった作品群は「コンセプチュアル・アート」とカテゴライズされます。
※筆者オススメの参考文献
『コンセプチュアル・アート』 (岩波 世界の美術)
著:トニー ゴドフリー
https://www.iwanami.co.jp/book/b258670.html
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作品の価値はどこにあるのか
ですので彼の作品のバナナを誰かが食べても、それは表面的な部分だけを食べただけなので、作品の本質はそこに残っているわけで、なにも問題がなかったということです。もちろん、今後この作品が世界中の美術館で展示される未来、普通のバナナが使用されて、展示期間中傷んできたら交換されていきます。
そしてこのバナナを実際に食べちゃったこのパフォーマンスアーティストも、評価に値すると思います。彼はこのバナナの作品をリスペクトし、この作品を食べることで、カテランが意図していた作品の価値をさらに高めることになりました(ギャラリストがその後めちゃめちゃ怒った映像もありましたが、結果的にお咎めなしだったようです)。
なぜなら「バナナは、バナナだから」。このあとこのバナナはすぐ別のバナナに置き換えられます。この作品がコンセプトの上で成り立っているよい証拠で、実際どのバナナで、どのテープでなければならないということよりも、大切なことがあるということがわかる作品ですね。
さらに2023年4月には韓国の美大生が、ギャラリーで展示されていたこの作品を、批判的にそしてリスペクトを持ってしてバナナを食べるという行動が話題になりました。同じようにネットではこの作品が再ブレイクして、「こんなのアートでもなんでもない」なんていう論争がまた生まれています。「お腹が減っていたから」という理由を説明していたようですが、のちにパフォーマンスだったと意見を変えて美術館側に説明をしていたそうです。
「こんなの誰にだって作れる」と思う人も多いでしょう。そう思った人にはこう言い返すことができます。
誰だって作れるかも知れないけれど
でも誰も今までやらなかった。
美術は学問の一つでさらに現代アートのカテゴリの中では、その学問性と、新規性が大きな価値となります。「新しい研究発表」と言い換えてみるとその意味はわかりやすいかなと思います。美術の歴史は数千年、数万年まで遡り、この中で数え切れないほどの数の作品が誕生してきました。それをまとめたものが、「美術史」です。
何が新しいアートなのか? ここが現代アートの世界では非常に比重が重いわけですが、その答えは「今までに誰もしなかったこと」。当然ですがつまり、このことこそが「新しい」といえるはずです。そういう意味で美術史学的な、学術的/学問的な価値を保有しているかどうかという点が価値を図る大きな点になり、バナナをダクトテープで貼り付けた『Comedian』という作品は、上で説明したように非常に美術史学的な観点で大きな価値を保有していたと言えるでしょう。
余談ですが、インスタレーションの作品は、「指示書」と呼ばれる、展示するにあたって細かな指示がある書類と作品の証明書を購入の際にもらったり、美術館に一緒に寄贈されます。この作品はバナナはこれくらいのサイズでこれくらいの熟れ具合。地面からどれくらい上で、バナナの角度は何度傾ける、テープの長さは何センチで、何度。バナナのどこにどう貼るのかなど、細かな指示書があるようです。バナナも2、3日おきに変えられるようです。
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Contemporary Artist / 現代美術家。 Diploma(MA) at Burg Giebichenstein University of Arts Halle(2019、ドイツ)現在は日本とドイツを中心に世界中で活動を行う。
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