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2023.8.17
スペイン黄金期の画家エル・グレコの人生とは?作品の特徴・見どころ
エル・グレコは後期スペインルネッサンスを支えた画家の1人です。エル・グレコの作品は劇的で表現主義的な特徴があり、当時の芸術界では当惑の目にさらされることもありました。
エル・グレコ『ロウソクに火を灯す少年』, Public domain, via Wikimedia Commons
エル・グレコの作品はその斬新さから、後世の多くの芸術家に影響を与えたと言われます。この記事では、ローマの大学院で美術史を専攻する筆者が、エル・グレコの人生や作品の特徴・見どころをわかりやすく解説します。
名前の由来は「ギリシャ人」?エル・グレコの人生
エル・グレコ『羊飼いの礼拝』, Public domain, via Wikimedia Commons
エル・グレコ(1541-1614)は、イタリアとスペインで活動した芸術家です。名前の「グレコ」は、イタリア語で「ギリシャ人」を意味します。ちなみに「エル」はスペイン語の男性名詞の冠詞にあたり、イタリアとスペインの両要素が含まれた名前です。
その名の通り出身はギリシャで、当時ヴェネツィア領だったクレタ島(現ギリシャ)で生まれました。26歳のときに、当時ティツィアーノやティントレットが活躍していたヴェネツィアに渡ります。おそらくエル・グレコの作品に見られる長細い人物像はティントレットの、豊かで感覚的な色彩表現はティツィアーノの影響と考えられます。
エル・グレコがヴェネツィア派から学んだものは人物表現や色彩だけではありません。全体的な構図のなかに光を含め、生き生きとした活力がある情景表現は、おそらくヴェネツィア滞在の間に身に着けたものでしょう。
エル・グレコは1577年にスペインへ移ります。とくにスペインの宗教的中心地であったトレドでは、修道院兼宮殿の装飾のために画家を必要としており、エル・グレコに白羽の矢が立ちました。そこで複数の作品群を受注したことで、エル・グレコはスペインにおける名声を高めます。
その後もトレドに長く留まったエル・グレコは、1586年に『オルガス伯爵の埋葬』の依頼を受けます。この作品は4.8m×3.6mの巨大な作品で、非常に寓意的な特徴があります。とくに天井世界と地上世界の描き分けは見事で、エル・グレコの代表作の1つとなりました。
エル・グレコ『オルガス伯爵の埋葬』, Public domain, via Wikimedia Commons
トレドにアパートメントを3つ所有し、しばしば音楽家を家に呼んで宴を催すなど、エル・グレコの生活は優美なものでした。アパートメントはアトリエを兼ねていたため、彼はそこで絵を描いたり勉強したりしながら余生を過ごしました。
エル・グレコの作品の特徴は「直感的な色彩」
エル・グレコ『受胎告知』, Public domain, via Wikimedia Commons
エル・グレコ作品の最大の特徴は、劇的な表現です。作品の多くには表現主義的な側面があり、想像力と直感を重視していることがわかります。ルネッサンスにもっとも重視された写実的な比率の概念は、エル・グレコ作品では(おそらく意図的に)無視されています。
エル・グレコは「色彩はイメージに優先する」という価値観のもち、色彩に大きな比重を置いていました。これはヴェネツィア派に近いものがあり、20代にヴェネツィアで身に着けた感性かもしれません。
この哲学の根底にあるのは「芸術は優美であるべき」とする考え方です。エル・グレコ自身によれば、もっとも重要でもっともコントロールが難しい「色彩」に到達できた場合にのみ、芸術は優美になりえました。
色彩を重視するエル・グレコの感性は、ときに敵を作ることもありました。とくに対抗宗教改革期におけるカトリック芸術では、絵画表現よりもモチーフや内容を重視する風潮があったためです。
エル・グレコ『オルガス伯爵の埋葬』,上部, Public domain, via Wikimedia Commons
独特に引き延ばされたエル・グレコの人体表現はマニエリスムに分類されることもあります。マニエリスム的な反自然主義と流動的でダイナミックな色彩は、エル・グレコの作品の劇的で直感的な雰囲気を構築しています。
エル・グレコの作品の見どころは「引き延ばされた人物表現」
エル・グレコ『受胎告知』, Public domain, via Wikimedia Commons
エル・グレコの作品でぜひ注目してほしいポイントは、ほっそりとした人物と構図です。エル・グレコが残した作品、とくに祭壇画のように縦長の作品においては、背が高く不気味なほど長細い人物が多く描かれています。
人物以外の構図でも垂直に引き延ばされた表現を好み、エル・グレコ特有の色彩表現と相まった幻想的な雰囲気が特徴です。自由で大胆な筆致も加わり、下から上に吸い上げられるような力強さを感じるでしょう。
また彼の筆致も、見どころの1つです。成熟期以降の彼の作品では、劇的な臨場感を生み出すために独特な筆致が採用されました。一見したところ雑に歪んでいるにさえ見えるエル・グレコの筆致は、理想の絵画表現を追求するなかで到達した努力の賜物に他なりません。
エル・グレコの作品に絵画とは思えないような臨場感があるのは、「色彩」「細長い構図」「躍動的な筆致」の3つが組み合わさった結果です。作品鑑賞の際は、この3点に注目してみてくださいね。
以上、エル・グレコの人生、作品の特徴と見どころ紹介でした。

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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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