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2023.8.29
【ブルネレスキ】ルネッサンス建築家の人生、作品の特徴と見どころ紹介
ブルネレスキは、14世紀後半から15世紀前半にかけてフィレンツェで活躍した建築家、彫刻家です。ドナテッロやマサッチョとともにフィレンツェ・ルネッサンスの3人の父に数えられます。
ブルネレスキが発明した「透視図法」は、近代建築を大きく飛躍させました。フィレンツェのドームの設計など功績の多いブルネレスキの人生、作品の特徴や見どころについて詳しく紹介します。
フィレンツェ・ルネッサンスの父 ブルネレスキの人生
マサッチョ『ブルネレスキの肖像』, Public domain, via Wikimedia Commons
フィリッポ・ブルネレスキ(1377-1446年)は公証人の父のもとにフィレンツェで生まれました。幼いころから芸術家気質があったブルネレスキは、15歳のときに弟子入りし、20代前半には金細工職人・ブロンズ彫刻家として活動していたようです。
1400年末頃、フィレンツェ洗礼堂の新しいブロンズ扉の制作のために、担当する芸術家を決めるコンテストが開催されました。ブルネレスキはこのコンテストに招集され、同じく若手芸術家であるギベルティを含む計7人の参加者で競いました。
コンテストの課題は、四葉型の枠に旧約聖書の主題『イサクの犠牲』を制作すること。評価ではギベルティとブルネレスキの作品が最後まで競り、最終的にはギベルティが洗礼堂のブロンズ扉の制作権を得ました。
『イサクの犠牲』,右:ブルネレスキ,左:ギベルティ, Public domain, via Wikimedia Commons
記録によるとブルネレスキはこの負けを大いに悔しがったそうです。1416年頃までは彫刻を制作したものの、徐々に彫刻から離れ、建築と光学に力を入れるようになりました。
ブルネレスキは1402年から1404年にかけて、年下の友人であるドナテッロを連れてローマを訪れています。古典復興の機運が高まる15世紀初頭において、古代ギリシャ・ローマ美術を知ることは非常に重要でした。
古代ローマ時代の遺跡の発掘を通じて、ブルネレスキは過去の偉大な建築工学を学びます。建築要素の最小化や空間の均一化など、彼の建築の重要ないくつかの要素は古代ローマ建築を基礎としていることは、言うまでもありません。
フィレンツェに帰ったブルネレスキは、市内の多くの重要な建築を任されました。なかでも彼の人生で最高の仕事は、フィレンツェ大聖堂のドームの建築でしょう。
サンタ・マリア・デル・フィオーレは、1296年に建設されたフィレンツェのシンボルにあたる大聖堂です。最初の建築家の死後工事は50年間中断されましたが、1330年にはジョットにより鐘楼が追加されました。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ(フィレンツェ大聖堂), Public domain, via Wikimedia Commons
大聖堂のドームの原案は直径42m、高さ80mと巨大なものであり、古代以降に例を見ない挑戦でした。1418年に大聖堂のドーム建設を任せる芸術家を選出するためのコンテストが開催され、ブルネレスキはライバルのギベルティとともに参加します。結果的にブルネレスキはこのコンテストで優勝し、ドーム建築に取りかかりました。
1420年以降のブルネレスキの人生は、ほとんどこのドームに捧げられたと言っても過言ではありません。ドームの建設は簡単ではなく、建築構造を作るモルタルが固まるためには数日を要したため、ドームは自身の重さを支えられない点が課題でした。
ブルネレスキは、緻密な計算と天才的なひらめきでドームを形成する現実的な手法を見出します。なお、設計図や図面は残されていないため、ブルネレスキはどのように解決策にたどり着いたのかを正確に知ることはできません。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ(フィレンツェ大聖堂), Public domain, via Wikimedia Commons
しかしおそらくブルネレスキは、ローマで目にしたパンテオン(巨大なドームのある紀元後1世紀の建築)や古代の建築家ヴィトルヴィウスが記した『建築学(De architectura)』から知見を得たのだろうと言われます。
フィレンツェの初期ルネッサンスの父の1人であるブルネレスキは、偉大な過去の工学を学ぶことで、長い間不可能と考えられてきた複雑な建築構造の実現を可能にしたのです。
ブルネレスキの作品の特徴は「透視図法」
ブルネレスキの透視図法, Public domain, via Wikimedia Commons
ブルネレスキの芸術を語るうえで避けては通れないのが、「透視図法」です。「透視図法」とは、同じ物体でも見る角度や距離によって各パーツの線が変化することに注目した遠近法の考え方を指します。
ブルネレスキは、なぜ条件によって物質の持つ線の長さや角度が変化するのかを体系的に研究した芸術家でした。フィレンツェの洗礼堂における彼の透視図法のデッサンは有名です。
ブルネレスキが体系化した「透視図法」は、とくに3次元にあるものを2次元の媒体に表現する際に有効でした。つまり、透視図法を用いることで、現実に見えている建築物を絵画で表現する際に、より現実に近い表現が可能でした。
透視図法はブルネレスキが自分の建築設計や彫刻制作の際に役立てただけでなく、同世代や後世の画家に多大な影響を与えました。マサッチョが1425-1427年に制作した『三位一体』は、ブルネレスキの遠近法の基礎を投影しています。
マサッチョ『三位一体』, Public domain, via Wikimedia Commons
初期ルネッサンスの絵画作品においては、背景に建築物(とくに古代風のもの)を含める構成が流行しました。透視図法を用いて緻密に計算された建築物は絵画全体に豊かな奥行きと写実的な空間表現をもたらし、ルネッサンスを定義する重要な要素の1つといえます。
ブルネレスキの作品の見どころは「古代の復興」
ブルネレスキ,パッツィ礼拝堂設計図, Public domain, via Wikimedia Commons
ブルネレスキは古代ローマの偉大な建築をローマ旅行で学んだことから、多くの建築に古代的な要素を取り入れました。
たとえば、中世ヨーロッパではあまり採用されることがなかった中心点を持つ図面の設計や、古代ギリシャの伝統的な柱頭様式などが挙げられます。中世を通じて、「古代ローマ」の概念的な偉大さは認識されていたものの、具体的な技術面の理解はブルネレスキの時代まで重要視されることはありませんでした。
ルネッサンスの古代復興は、絵画が彫刻に代表される芸術に焦点が当たることが多いですが、建築においても同様の運動が起こっていたのです。ブルネレスキの建築作品を見ると、古代ローマの建築様式から着想を得ていることがよくわかります。
ブルネレスキ建築を見る際は、初期ルネッサンスの古代への強いあこがれを感じてみてくださいね。以上、ブルネレスキの人生、作品の特徴、見どころについてでした!
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イタリア・ローマ在住美術ライター。2024年にローマ第二大学で美術史の修士を取得し、2026年からは2つめの修士・文化遺産法学に挑戦。専攻は中世キリスト教美術。イタリアの前はスペインに住んでいました。趣味は旅行で、訪れた国は45カ国以上。世界中の行く先々で美術館や宗教建築を巡っています。
イタリア・ローマ在住美術ライター。2024年にローマ第二大学で美術史の修士を取得し、2026年からは2つめの修士・文化遺産法学に挑戦。専攻は中世キリスト教美術。イタリアの前はスペインに住んでいました。趣味は旅行で、訪れた国は45カ国以上。世界中の行く先々で美術館や宗教建築を巡っています。
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