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2024.11.12
【前半】オルセー美術館の印象派10作品を解説!『草上の昼食』『睡蓮』など
2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』が開催されます。
フランスにあるオルセー美術館から所蔵作品がやってくる大規模な展覧会は、およそ10年ぶりです。とくに同美術館の印象派コレクションは世界でも類を見ないほど充実しているため、開催を心待ちにしている人も多いはず。
この記事では、展覧会の開催に先駆け、オルセー美術館にはどんな印象派作品が所蔵されているかを紹介。マネ、ルノワール、モネなどを中心に、とくに重要な10作品をわかりやすく解説します。
目次
なお、ここで紹介する作品が2025年の展覧会に来るわけではなく、あくまでオルセー美術館の所蔵作品紹介記事です。公式情報については、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』からご確認ください。
オルセー美術館所蔵の印象派作品、前半では以下の作品を紹介。
1.『草上の昼食』(1863年)―マネ
2.『フォリー・ベルジェールのバー』(1882年)―マネ
3.『バレエのレッスン』(1874年)―ドガ
4.『バレエ(別名:星)』(1876-1877年)―ドガ
5.『睡蓮』(1916-1919年)―モネ
続く後半では、次の5作品を紹介する予定です。
6. 『日傘の女』(1876年)―モネ
7. 『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876年)―ルノワール
8. 『都会のダンス』『田舎のダンス』(1883年)―ルノワール
9. 『水浴』(1918-1919年)―ルノワール
10. 『アルジャントゥイユの歩道橋』(1873年)―シスレー
オルセー美術館の印象派作品①:『草上の昼食』(1863年)―マネ
『草上の昼食』(1863年)―マネ,Edouard Manet - Luncheon on the Grass - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
マネの代表作の1つである『草上の昼食』(Le Déjeuner sur l'herbe)はオルセー美術館に所蔵されており、パリの公園でピクニックをして過ごす人々を描いた作品です。
男性2人と女性1人が草の上に座って歓談している奥で、1人の女性が腰をかがめています。ピクニックをしている女性は裸です。彼女の視線はじっとこちらを見ています。
マネは1863年のサロンで審査員に拒絶されますが、のちに落選者のために設立されたナポレオン3世のサロンでこの作品を出展しました。しかし結果的には笑い物にされ、スキャンダルにまで発展します。
「サロン」とは、当時のフランスで美術作品の価値を決めていた格式高い品評会です。審査員に選ばれた作品のみが展示を許されました。伝統的な芸術を重んじる風潮が強く、革新的な絵画表現に挑戦していた多くの印象派の芸術家は、サロンに出品しても落選する傾向にありました。
『草上の昼食』はパッと見て不自然な点が多く、とくに草の上で澄ました顔でくつろぐ裸の女性はあまりに目立っています。正装をまとっている男性たちとのコントラストは、強烈です。
いわゆる礼儀正しい正統派の芸術に慣れ親しんでいた当時のフランス芸術界にとっては、相当型破りな作品に映ったのでしょう。
しかし、実はマネは「正統」で「伝統的」 な芸術をまったく無視していたわけではありません。この作品は、ティツィアーノ(1488/1490-1576年)とラファエロ(1483-1520年)から着想を得たものでした。
ティツィアーノとラファエロは、いずれもルネッサンス期の偉大なイタリア人画家です。
ティツィアーノの『田園のコンサート』, 1509年, Le Concert champêtre, by Titian, from C2RMF retouchedFXD, Public domain, via Wikimedia Commons.
ラファエロの『パリの審判』, 1514-1516年?, Raffaello Sanzio - The Judgement of paris, Public domain, via Wikimedia Commons.
この2つの作品を観察すると、男性は着衣で女性は裸である特徴はティツィアーノから、3人の配置と構図はラファエロから引用しているとすぐわかりますね。
明確に古典的・伝統的な絵画を模しているにもかかわらず、マネの作品はあまりに奇抜で奇妙に見えます。それほど、現代的な服装をしている男性のなかに裸の女性が1人混ざっているというのは、性的で、非現実的な印象を与えました。
古典美術なら受け入れられる女性の裸も、現代的なコンテクストのなかに含まれると急な現実味を帯びる…そんな私たちの無意識的な認識を改めて提示してくれる作品です。
オルセー美術館の印象派作品②:『フォリー・ベルジェールのバー』(1882年)―マネ
『フォリー・ベルジェールのバー』(1882年)―マネ, Edouard Manet, A Bar at the Folies-Bergère, Public domain, via Wikimedia Commons.
2つ目に紹介するオルセー美術館所蔵のマネの作品は、『フォリー・ベルジェールのバー』です。作品名にもなっているフォリー・ベルジェール(Folies-Bergère)は、パリ初のミュージックホールでした。
産業革命以降に生まれた娯楽の大衆化の流れに乗り、当時のとある雑誌はこのバーを「混じりけのない喜びの雰囲気に満ちた場所」と表現したそうです。
しかし、表向きは酒と音楽を提供するお店でありがながら、実のところ娼婦たちが出入りする裏の顔も知られていました。実際、この絵から伝わる雰囲気は「混じりけのない喜び」とは、少し遠いような…
作品をよく見てみましょう。左上に、緑のブーツの足が見えますね。宙からぶら下がっているような表現は不安を掻き立てますが、これは道化師の足でしょう。上半身が見えない分、嫌な想像をしてしまうかもしれません。
鏡に映るバーの客たちは、サッと描かれているおかげで躍動感と喧騒を伝えています。一方、主人公であるバーテンダーの女性の表情は、なんともうつろであまり精気がないようです。まるでバーを包む歓楽の雰囲気から、彼女だけが取り残されているような…
いろんな憶測を生む作品ですが、この複雑さはマネ作品を鑑賞する際に注目したいポイントでもあります。一筋縄ではいかない、美しさの陰に隠れた「不気味さ」を味わってみてください。
オルセー美術館の印象派作品③:『バレエのレッスン』(1874年)―ドガ
『バレエのレッスン』(1874年)―ドガ, Edgar Degas - The Ballet Class - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルセー美術館に所蔵される印象派作品で3つ目に紹介するのは、ドガの『バレエのレッスン』です。ドガと言えばバレエ!彼は定期的にパリ・オペラ座に通いバレエを鑑賞していました。
ドガは観客としてだけではなく、オーケストラに所属する友人の紹介で舞台裏にも出入りしていたそうです。そのため、バレエをテーマにした作品のなかには、裏側を描いたものも多数存在します。
オルセー美術館にある『バレエのレッスン』もその1つです。「舞台上以外のバレリーナ」の姿は、ドガが1870年以降好んで描き続けた題材でした。
ドガの描くバレリーナは、ときに緊張から解き放たれたようなだらりとした体勢を取っています。これは、舞台上では決してみることのないバレリーナの一面でしょう。
人体の限界を超越したような美しく繊細なパフォーマンスを披露するバレリーナたちの、あえて自然で人間らしい姿を捉えた視点は興味深いですね。
ドガには題材のみならず、構図の設定においても革新的な点がありました。この『バレエのレッスン』は、消失点が高めに設定されており、床部分が広い面積を占めています。
バレリーナにとって大切な基礎となる床に重要性を与えることで、繊細かつ真剣な彼らのパフォーマンスの様子を表現しようとしたのかもしれません。
オルセー美術館の印象派作品④:『バレエ(別名:星)』(1876-1877年)―ドガ
『バレエ』(1876-1877年)―ドガ, Edgar Degas - Ballet (L'Étoile), Public domain, via Wikimedia Commons.
オルセー美術館の所蔵される代表的な印象派作品4つ目は、ドガの『バレエ』、別名『星(L'Étoile)』です。この作品の主役であるバレリーナは照明に照らされ、きらびやかな衣装を身にまとい、舞台上で舞っています。
あまりに有名な本作を、単なる「美しいバレリーナの絵画」と認識されている方も多いかもしれません。しかしこれは実は、バレリーナの舞台裏を追い続けたドガだからこそ描けた、痛烈な批判を込めた作品なのです。
彼女の姿勢は、実に優雅です。片足でバランスをとり、首を後ろにそりながら両腕を美しく広げています。彼女はまさに「スター(星)」になる存在なのでしょう。
しかし、作品を丁寧に観察すると、華やかな舞台の左側に不穏な影があると気づきます。スーツをまとっている男性の顔は、背景の陰に隠れて見えません。この男性は、スポットライトを浴びて舞っているバレリーナの後援者です。
1800年代のバレリーナは、後援者となる男性の支援を必要としていた現実があります。おそらくこの舞台が終われば、バレリーナは娼婦として彼のもとに帰ることになるのでしょう。
華やかに繊細に描かれたバレリーナとは対照的に、背景は非常に荒く、まるで目をつむって適当に線を引いたかのような印象です。この筆致の精度の違いは、夢のような舞台上と暗く陰惨な舞台裏のコントラストなのでしょうか…
オルセー美術館の印象派作品⑤:『睡蓮』(1916-1919年)―モネ
『睡蓮』(1916-1919年)―モネ, Claude Monet - Blue Water Lilies - Google Art Project , Public domain, via Wikimedia Commons.
5つ目に紹介するオルセー美術館所蔵の印象派作品は、モネの『睡蓮』です。モネは亡くなる前の数年間、ジヴェルニーにある自宅の庭の睡蓮を描き続けたことで知られます。
実際、睡蓮をテーマにした『睡蓮』という名前の作品は数多く存在し、構図や色味が似ているものも多いため見分けるのが困難なほどです。
晩年のモネは、「私は不可能なことに立ち戻った。水の底で揺れる雑草。絵画と園芸以外には、私は何の役にも立たない。私の最大の傑作は私の庭だ」*と言いました。
*参照:Blue Water Lilies - Claude Monet — Google Arts & Culture
オルセー美術館にあるこの『睡蓮』では、モネは水平線やその他の背景をすべて排除し、ただ池の一部にだけフォーカスしています。
クローズアップして描かれた小さな範囲に収まっているのは、水苔や花ですが、水面との境目は明らかではありません。細部が不明瞭なため、対象が揺らめいているような、流動的な印象を受けます。
モネがとくに晩年の睡蓮シリーズのなかで提示したような抽象的な表現は、荒い筆致によって生み出されています。
モネの「未完成の境界線」による作画は、鑑賞する人が歩み寄り、努力することでのみ、対象の形を認識できるような仕組みです。
実際、「これは睡蓮を描いた作品です」と言われて、遠くから鑑賞すればすぐに認識できるものの、近づきすぎるとただの絵具の塊にしか見えないでしょう。
モネ、そして印象派全体の大きな特徴の1つであるぽってりとした絵具の筆致は、あいまいでありながらどこからゆらゆらと動いているような躍動感を感じさせます。
筆者が「印象派作品は、肉眼で鑑賞すべき!」と思う理由は、ずばりこの「絵の具感」。これは、どうしても画面越しでは伝わらないのです。日本でもモネの展覧会はかなり多い。印象派ファンの方はもちろん、これから美術ファンになりたい方は、ぜひこの記事を参考に美術館での体験をより深いものにしていただきたい。
知るほど面白い!オルセー美術館所蔵の印象派コレクション
オルセー美術館所蔵の印象派作品10選、前半では以下の作品を紹介しました。
1.『草上の昼食』(1863年)―マネ
2.『フォリー・ベルジェールのバー』(1882年)―マネ
3.『バレエのレッスン』(1874年)―ドガ
4.『バレエ(別名:星)』(1876-1877年)―ドガ
5.『睡蓮』(1916-1919年)―モネ
美しい作品の裏にはさまざまなストーリーが隠されており、背景を知ると作品の面白さが一層深まりますよね。
後半では、次の5作品を紹介する予定です。
6. 『日傘の女』(1876年)―モネ
7. 『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876年)―ルノワール
8. 『都会のダンス』『田舎のダンス』(1883年)―ルノワール
9. 『水浴』(1918-1919年)―ルノワール
10. 『アルジャントゥイユの歩道橋』(1873年)―シスレー
後半もお楽しみに!
以上、オルセー美術館所蔵の印象派作品10選紹介【前編】でした!
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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