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2024.11.21
【後半】オルセー美術館の印象派10作品を解説!『草上の昼食』『睡蓮』など
2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』が開催されます。
オルセー美術館の印象派コレクションが日本に来るのは実に10年ぶり。パリから名画が集まる今回の展覧会を、今から楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。
この記事では、展覧会の開催に先駆け、オルセー美術館の常設展にどんな印象派作品が所蔵されているかを紹介します。マネ、ルノワール、モネなどを重要な作品を中心に、選りすぐりの10作品をわかりやすく解説します。
目次
なお、ここで紹介する作品が2025年の展覧会に来るわけではなく、あくまでオルセー美術館の所蔵作品紹介記事です。公式情報については、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』からご確認ください。
オルセー美術館所蔵の印象派作品、前半では以下の作品を紹介しました。
1.『草上の昼食』(1863年)―マネ
2.『フォリー・ベルジェールのバー』(1882年)―マネ
3.『バレエのレッスン』(1874年)―ドガ
4.『バレエ(別名:星)』(1876-1877年)―ドガ
5.『睡蓮』(1916-1919年)―モネ
まだ前半をご覧になっていない方はこちらからどうぞ。
後半の本記事では、以下の5作品を紹介します。
6.『日傘の女』(1876年)―モネ
7.『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876年)―ルノワール
8.『都会のダンス』『田舎のダンス』(1883年)―ルノワール
9.『水浴』(1918-1919年)―ルノワール
10.『アルジャントゥイユの歩道橋』(1873年)―シスレー
オルセー美術館の印象派作品⑥:『日傘の女』(1876年)―モネ
モネ『日傘の女』, オルセー美術館, Femme à l'ombrelle tournée vers la droite - Claude Monnet - Musée d'Orsay RF 2620, Public domain, via Wikimedia Commons.
モネが残した作品のうち、『睡蓮』シリーズに次いで有名なのは『日傘の女』シリーズでしょう。
モネはオルセーに所蔵されているもの以外に、ワシントンDC国立美術館にある『日傘の女(モネ夫人と息子)』(1875年)を描きました。この作品はシリーズのなかでもとくに代表作の1つとして知られています。
モネ『日傘の女(モネ夫人と息子)』, ワシントンDC国立美術館, Claude Monet - Woman with a Parasol - Madame Monet and Her Son - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
『日傘の女』シリーズは、モネの感覚的で瞬間的な絵画表現が発揮されている好例の1つ。とくに注目したいのは、モネの典型的な筆遣いと簡潔化されたディテールです。
オルセー美術館の『日傘の女』では、女性は静かにたたずんでこちらを見ていますね。夕暮れでしょうか。やわらかく、温かい日差しが差し込んでいるのがわかります。
女性の顔ははっきりしていません。顔だけではなく、よく観察するとすべてのストロークはあいまいで、物体と物体の境界線はほとんどないようです。
不明瞭な輪郭によって、そよ風になびく草花と女性のスカーフに躍動感が与えられています。形状をあえてあいまいにすることで、感覚的な認識、とくに色彩による瞬間的な“印象”が際立っています。
印象派が目指した芸術は、まさにモネの『日傘の女』に見られるような新しい絵画表現でした。
・目に見えるほど荒い筆致
・戸外での制作
・時間的・空間的な光の変化の描写
・日常的なシーン
・動いている対象(ゆらめき)
『日傘の女』シリーズには印象派の代表的な要素が詰まっています。本作をじっくり観察すると、印象派の画家たちが表現しようとした「人間の知覚・体験に近い絵画描写」を感じられるはずです。
オルセー美術館の印象派作品⑦:『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876年)―ルノワール
ルノアール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』, Pierre-Auguste Renoir, Le Moulin de la Galette, Public domain, via Wikimedia Commons.
『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』は、印象派画家ルノワールの代表作の1つです。オルセー美術館でもっとも注目を集める作品の1つでもあり、アートに馴染みのない人でも一度は作品を目にしたことはあるのではないでしょうか。
タイトルにもなっている「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」はバルの名前で、パンケーキのことでもあります。当時、パリのモンマルトルの丘の頂上にあった「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」では、25フランの入場料にこのパンケーキ代が含まれていました。
ルノワールは実際にこのバーに出入りしており、ほかの芸術家や一般の客たちと交流を深めていました。「パリの社交界の一場面を描こう」という着想のもと、入念な準備のもと制作されたのが『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』です。
描かれた人々は、陽気で生きる喜びに満ちています。ヨーロッパのカラッとした春の午後の日差しが、木漏れ日となってバーの客たちを照らしています。
木漏れ日を通して表現される光は、ルノワールの「色」に対する強い思想の反映です。彼は、「白や黒は色ではない。影は黒ではない」と考えており、本作においても一つ一つの陰に異なる色味を使っています。
「印象派」という名前は「印象しか描かない(不完全な絵)」という批判から生まれた言葉ですが、ルノワールの哲学を知ると、「しかし、『印象』こそがすべてなのではないか?」と説得されてしまう気持ちです。
作品の正式名称は、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの踊り』。
ということは、本来主役として注目されるべきは、後ろで踊っているカップルたちですね。女性のドレスにおける筆のストロークは、彼らがくるくると動いていることを表現しています。
オルセー美術館の印象派作品⑧:『田舎のダンス』(1883年) ―ルノワール
ルノワール『田舎のダンス』, Pierre Auguste Renoir - Country Dance - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルセー美術館に展示されている印象派作品、そしてルノワール作品としてもっとも人気なものの1つが、ダンスシリーズです。
ルノワールは先ほどの『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの踊り』でもダンスをテーマにしていましたね。ダンスやパーティーの場面は、ルノワールが好んで描いた主題でした。
今回取り上げた『田舎のダンス』は、『都会のダンス』という対となる作品があります。オルセー美術館では、この2つの作品が並んで展示されています。
オルセー美術館で展示されるルノワールの『都会のダンス』『田舎のダンス』, Auguste Renoir - Danse à la ville & Danse à la campagne (52256439970), Public domain, via Wikimedia Commons.
ほぼ等身大のカップルが、手を取り合って踊っています。『田舎のダンス』と『都会のダンス』というタイトルを踏まえて両作品を見ると、2つの作品には明らかに異なる趣があるとわかるはずです。
『田舎のダンス』の女性は、鑑賞者の方をみて楽しそうに笑っています。野外パーティーでしょうか。陽気な雰囲気が、表情や体のダイナミックな動きから伝わってきます。
一方『都会のダンス』は、抑制された動きの中に優雅さが表現されているようです。落ち着いた雰囲気の舞踏室は、都会らしいクールさを演出します。色彩においても、『田舎のダンス』に比べると静かな色味が中心です。
ルノワール『都会のダンス』, Renoir dansealaville-orsay, Public domain, via Wikimedia Commons.
『田舎のダンス』の背景に注目してみましょう。奥にあるテーブルには、食べ終わった後の食器類が乱雑に並んでいます。急に音楽がかかったので、慌ててお皿を残して立ち上がったのでしょうか。
踊っているカップルの手前には、帽子が無造作に落ちています。あまりに激しく踊ったため、ほかの人の帽子が落ちたのかもしれません。いずれにしても、落ちたものを拾うこともなく踊り続ける様子は、粗雑であり愉快です。
技法の面では、1880年代のルノワールの作品には、より正確なデッサンを意識するようになった特徴があります。これは、ルノワールがイタリアを訪れた際にラファエロの作品を鑑賞したためです。
『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』と比べると、あいまいだった輪郭がシャープになっているとわかりますね。
長いキャリアのなかで作風が変化するのは当然のこと。オルセー美術館の印象派コレクションでは、「ダンス」をテーマにしたルノワールのさまざまな表現を楽しむことができます。
オルセー美術館の印象派作品⑨:『水浴』(1918-1919年)―ルノワール
ルノワール『水浴』, Pierre Auguste Renoir - The Bathers - Google Art Project, Public domain, via Wikimedia Commons.
ルノワールの作品でもう1つ紹介したいのが『水浴』です。『水浴』はルノワールの晩年の研究がよく投影された作品で、1919年に亡くなった彼にとっては絵画的遺言ともいえます。
オルセーの『水浴』では絵画の中に2つのグループがあり、手前に横たわる女性が2人、奥に水浴をする女性が3人います。モデルの1人は、アンドレ・エスリングで、ルノワールの息子ジャン・ルノワールの最初の妻です。
ルノワールは晩年の苦しい闘病生活のなかで、もともとお気に入りのテーマの1つであった「屋外の裸婦」の制作に回帰することで絵画制作の喜びを取り戻しました。
「水浴」をテーマにした作品はいくつか描かれています。いずれもイタリア・ルネッサンスの芸術家ティツアーノや、バロックの巨匠ルーベンスの裸婦像が意識されていました。
ルノワールはとくに晩年、現代社会への言及を一切排除するようになり、対照的に、変わらずそこにあり続ける自然を讃美しました。
描かれた女性たちはリラックスしており、のびのびとくつろいでいますね。彼女たちの肌は赤みがかっており、まるで背景の木々や花々と一体になっているようです。
しかし、この過剰に表現された女性の身体は、「脚や腕が巨大で、肉体はだらけ、肌のピンクは誇張されている」と批判の対象となってしまいます。
先ほど紹介した、ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』(1876年)や『都会のダンス』『田舎のダンス』(1883年)と比較すると、『水浴』(1918-1919年)は全体的な画風に大きな違いがあるとわかりますね。
印象派画家の作品がたくさん所蔵されているからこそ、オルセー美術館では画家の生涯の芸術的発展を比較しながら鑑賞することも可能です。
オルセー美術館の印象派作品⑩:『アルジャントゥイユの歩道橋』(1872年)―シスレー
シスレー『アルジャントゥイユの歩道橋』, Sisley-Footbridge at Argenteuil , Public domain, via Wikimedia Commons.
オルセー美術館の印象派コレクションで最後に紹介するのは、アルフレッド・シスレーの『アルジャントゥイユの歩道橋』です。
マネやルノワールといった印象派の巨匠に比べると日本では知名度の低いシスレーですが、初めから終わりまでずっと「印象派画法」を貫きとおした画家として有名です。
シスレーは、都市の風景を好んで描きました。900点ほど残した油絵のうち大半が、パリ周辺の風景を題材にしたものです。都市風景型の構想は、印象派画家の典型的な主題でもあります。
『アルジャントゥイユの歩道橋』においてシスレーは、橋を渡る人の日常を描きました。歩道橋の手前部分は、橋の木製構造がわかるくらい明確な描写で、遠方にいくほど輪郭があいまいになっています。
印象派によく見られる柔らかくおおらかな筆致は、光や雰囲気の表現を重視した結果です。実体や形よりも、雰囲気や色味を表現することで場面を正確に描写する、そんな印象派の哲学が込められています。
橋を渡る人々の服装は19世紀のものです。日常生活のワンシーンの、飾り気のない様子が見られます。ある人は散歩するようにのんびり橋を渡り、ある人は立ち止まって話し込んでいるようです。
空は曇っていますが、切れ間からは青空が少し覗いています。その証拠に、歩道橋の下の水面には青みがかった反射が見えるでしょう。川は素早い絵具の繰り返しで表現されており、流動的な特性を見事に伝えています。
都市の風景画という主題、大胆な筆致による光の表現など、複数の点においてシスレーの『アルジャントゥイユの歩道橋』は印象派の特徴を理解しやすい作品です。
印象派の発展を感じられるオルセー美術館のコレクション
オルセー美術館の印象派コレクション10選を前半と後半に分けて紹介しました。印象派は絵画の歴史において大きな影響を与えたものの、多くの画家は自身の表現に迷い、悩みながらスタイルを確立していきました。
印象派作品の豊かなコレクションを保有するオルセー美術館では、同じ芸術家の作品を年代ごとに比較したり、芸術家ごとの特徴を分析したりすることができます。
この記事が印象派絵画をより深く理解する手助けになれば幸いです。以上、オルセー美術館の印象派10作品紹介【後半】でした。
前半をまだ読んでいない方は、こちらもどうぞ。
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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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