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STUDY

2021.9.2

フェルメールの絵はなぜ人気があるのか?絵にしかけられたマジックを読み解く

手紙を書いたり、お気に入りの楽器をつま弾いてみる。または、親しい相手と談笑する。そんな日常生活の一場面や人物像を、穏やかな光と独特の静けさの中に描き出したフェルメールの作品は、日本でも人気があります。
前に立てば、しばし足を止め、見入らずにはいられない。これまでに来日した彼の作品を前に、そんな経験をされた方も少なくないでしょう。何故、彼の作品は、私たちをこんなにも惹き付けるのでしょうか。

今回は、代表作『牛乳を注ぐ女』を題材に、フェルメールが作品に仕掛けた「マジック」に迫ってみましょう。

①<牛乳を注ぐ女>の制作背景

牛乳を注ぐ女ヨハネス・フェルメール 『牛乳を注ぐ女』 1658~60年頃 アムステルダム国立美術館 Johannes Vermeer, Public domain, via Wikimedia Commons

フェルメールの作品を実際に前にした時、まず驚かされるのが、その大きさです。<牛乳を注ぐ女>は、縦横共に50cm足らず。<レースを編む女>や<赤い帽子の女>は、A4判にすっぽりと収まってしまうサイズで、面積も<牛乳を注ぐ女>の約4分の1です。

レースを編む女ヨハネス・フェルメール 『レースを編む女』 1669~70年 ルーヴル美術館 Johannes Vermeer, Public domain, via Wikimedia Commons

赤い帽子の女ヨハネス・フェルメール 『赤い帽子の女』 1665~6年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー Johannes Vermeer, Public domain, via Wikimedia Commons

なぜ、こんなに小さいのか。その答えは、当時のオランダの絵画をめぐる状況にありました。17世紀、オランダで力を持ち、絵の購買層となっていたのは裕福な市民たちでした。自分の家を飾るために、彼らは、風景や静物、日常生活など、身近で親しみやすいテーマを描いた小ぶりな絵を求めました。

フェルメールの<牛乳を注ぐ女>も、そんな需要に対して生まれた、生活の一場面を切り取った作品です。鍋に牛乳を注ぐ、化粧っけのない顔の女中。捲った袖からのぞく腕はたくましく、現実にいそうな、どっしりとした存在感があります。鍋のほかに、テーブルに並んでいるのは、いくつものパン。よく見ると、食べかけと思われるものもいくつかあります。

当時のオランダには、固くなったパンを粥につけて食べたり、牛乳に浸してパンプディングを作る習慣がありました。女中はまさにパンプディング作りの真っ最中なのです。オランダ人たちは、絵を見てすぐに、そのことに気づいたでしょう。その味についても、想像力を掻き立てられていたのではないでしょうか。

②フェルメール・マジックその1―――引き算の美学

<牛乳を注ぐ女>で注目したいポイントの一つは、道具立てです。やや狭いテーブルの上にはミルクを注ぐ鍋、パン籠など、パンプディング作りに必要なアイテムだけが並んでいます。

一方、壁を見てみましょう。ここには当初、大きな地図が掛けられていたことが、X線調査でわかっています。が、フェルメールは、それを塗りつぶし、釘と釘穴が残る剥き出しの白い壁にしてしまいました。

また、画面右下の土間の上にも、当初は洗濯物を入れた籠が置かれていましたが、フェルメールは、これも小ぶりな足温(暖房器具の一種)へと描きかえました。その存在は、白い壁とも相まって、寒い冬の朝を想起させてくれます。

牛乳を注ぐ女『牛乳を注ぐ女』(部分)

これらの変更がなされる前を想像してみてください。絵は、雑然としたものへと変わってしまうのではないでしょうか? また、逆にアイテムを何か一つ取り除いたり、位置をずらしたりするだけでも、雰囲気はかなり変わってしまうでしょう。

一見シンプルな画面も、画家が、絵全体のバランスを考えながら、試行錯誤の末に出した答えなのです。

③フェルメール・マジックその2―――光と色彩

「光の魔術師」という異名をとるフェルメール。その技量は、<牛乳を注ぐ女>でもいかんなく発揮されています。窓から差し込む光は、女中の額やテーブルの上の容器にも反射しながら、明るく室内を満たしています。特にパンの表面をよく見ると、白い光の粒が、まるでビーズのように散らばっています。

牛乳を注ぐ女『牛乳を注ぐ女』(部分)

このような白い絵の具の斑点による光の表現は、「ポワンティエ」と呼ばれる、フェルメール独自の技です。実際にはパンがこのように光ることはありえませんが、パンの乾いた硬い質感を強調すると共に、画面にアクセントを加えています。

また、フェルメールの代名詞としてもう一つ挙げられるのが、「フェルメール・ブルー」です。これは、鉱石のラピスラズリを原料とした色で、もともとは聖母マリアの衣などに使われる「高貴な色」でした。が、フェルメールは大胆にも、女中のスカートやテーブルクロスに用いています。

そして、女中の上着に使われているのは、青と補色関係にある黄色です。これら2色は互いを引き立て合い、さらに白い壁を背景にすることで、より鮮やかさや存在感を増しています。

このような色の使い方を絶賛したのがゴッホです。彼自身もまた、青と黄の組み合わせを用いて、<夜のカフェテラス>などいくつもの傑作を描いています。

夜のカフェテラスフィンセント・ファン・ゴッホ『夜のカフェテラス』 1888年 クレラー・ミュラー美術館 Vincent van Gogh, Public domain, via Wikimedia Commons

普段の生活の中で、部屋に飾られた絵にふと目を止め、しばし眺めてみる。そんな場面を想像してみてください。一体何が描かれているのか、小難しく考えたり、身構える必要はありません。ただ向き合い、色彩や形を楽しんだり、時には想像を膨らませてみる。そのような時間を持つことは、ささやかな息抜きになってくれるでしょう。

小ぶりな画面の中に、様々な工夫がこめられたフェルメールの絵は、当時の人々にとっても、ささやかな感動と安らぎをもたらしてくれる装置だったのではないでしょうか?

参考文献
・小池寿子監修『フェルメールへの招待』 朝日新聞出版 2012年
・小林頼子著『もっと知りたいフェルメール 生涯と作品 改訂版』(アートビギナーズ・コレクション) 東京美術 2017年
・千足伸行監修『フェルメール 作品と画家のとっておき知識』 河出書房新社 2018年

ヴェルデ

ヴェルデ

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アート・ライター。大学ではイタリア美術を専攻し、学部3年の時に、交換留学制度を利用し、ヴェネツィア大学へ1年間留学。作品を見る楽しみだけではなく、作者の内面や作品にこめられた物語を紐解き、「生きた物語」として蘇らせる記事を目標として、『Web版美術手帖』など複数のWebメディアに、コラム記事を執筆。

アート・ライター。大学ではイタリア美術を専攻し、学部3年の時に、交換留学制度を利用し、ヴェネツィア大学へ1年間留学。作品を見る楽しみだけではなく、作者の内面や作品にこめられた物語を紐解き、「生きた物語」として蘇らせる記事を目標として、『Web版美術手帖』など複数のWebメディアに、コラム記事を執筆。