STUDY
2022.9.22
これで見分ける!キリスト教美術によく登場する聖人の特徴を簡単解説!
キリスト教美術を見ていると、登場人物が多すぎて誰が誰だかわからない…そんな気持ちになったことがある人も多いのではないでしょうか。
カトリックにおいては、美術は布教のための大切な要素であり、文字が読めない人々にも聖書の教えを伝えるため、美術を通して説教が行われてきました。
フラ・アンジェリコ『The Forerunners of Christ with Saints and Martyrs』, Public domain, via Wikimedia Commons
この記事ではキリスト教美術によく登場する聖人たちの特徴について、ローマの大学院で美術史を専攻する筆者が解説していきます。
キリスト教聖人を見分けるための『アトリビュート』
ジュリオ・ロマーノ、ジャンフランチェスコ・ペンニ『聖母戴冠』Fabrizio Garrisi, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
キリスト教美術の長い歴史の中では、聖人はなるべく同じような風貌で描かれるような努力がされてきました。
しかし現在のようにデザインを写真などで共有できるわけではないので、地域や時代が離れれば離れるほど風貌は変わっていってしまいます。
そこで、聖人1人1人のシンボルを決めておき、それを目印に誰が誰だか判別するという方法が用いられてきました。このシンボルを『アトリビュート』と言います。
アトリビュートの選び方は、聖人の生涯、職業、使命に関連するものが多く、殉教者の場合は死因がアトリビュートとなることもあります。
例えば、車に括りつけられて殉教した聖カタリナのアトリビュートは車輪となっており、少し切ないですが彼女はほとんどの芸術作品で車輪と一緒に登場します。
キリスト教美術の聖人:聖母マリア
ラファエロ・サンティ『牧場の聖母』, Public domain, via Wikimedia Commons
聖母マリアは、処女のままイエスキリストをこの世に生んだ女性として、西洋美術の中で最も人気の高い聖人の1人です。
純潔の象徴でもある『ユリの花』が彼女のアトリビュートであり、多くの絵画では聖母マリアの近くに白いユリが描かれています。
他にも、赤と青の衣装がアトリビュートとなっており、衣装の青の部分には高級顔料のラピスラズリの青が用いられていました。
つまり、赤と青の服をまとい幼子イエスを抱いている女性であれば聖母マリアである可能性が高く、もし周りにユリの花があればほぼ確実、というふうに作品を見ることができるのです。
キリスト教美術の聖人:聖ペテロ
マルコ・ゾッポ『Saint Peter』, Public domain, via Wikimedia Commons
聖ペテロは伝統的に白髪で短髪の男性として描かれ、重要な人物としてイエスキリストの近くに配置されているので比較的見分けやすい聖人です。
聖ペテロのアトリビュートは『鍵』と『逆さ十字』です。
これは、イエスキリストが聖ペテロに天国への鍵を託したという聖書の記述に由来しています。
聖ペテロは晩年ローマを訪れ、そこで迫害を受け殉教したと言われています。
『逆さ十字』が聖ペテロのアトリビュートになっているのは、聖ペテロが磔刑に処される際に「イエス様と同じ方法で処刑されるのは恐れ多い」という理由から、さかさまに張り付けられることを望んだためです。
聖ペテロがイエスから受け取った鍵は、彼の後継者であるとされているローマ教皇に現在でも継承されていると言われています。
そのため、聖ペテロと同様に2本の鍵がローマ教皇のシンボルとなっています。
キリスト教美術の聖人:聖パウロ
バルトロメオ・モンターニャ『Saint Paul』, Public domain, via Wikimedia Commons
聖パウロはもともとユダヤ人で、キリスト教徒の迫害に参加していました。
回心してキリスト教徒になってからは、「異邦人の使徒」として異民族への布教活動に力を注いだと言われています。
彼自身の残した聖書の記述から、聖パウロは伝統的に使徒のひとりに数えられるものの、実際にはイエスの死後に改宗したためもともとの十二使徒には含まれていません。
パウロは回心してから「ローマ人への手紙」「コリント人への手紙」など新約聖書の執筆にも貢献したため、彼のアトリビュートは『書物』です。
彼もまた聖ペテロと同じようにローマで殉教しましたが、剣で殺されたことから『剣』も彼のアトリビュートです。
つまり、本と剣を持っている人がいれば、それはパウロである可能性が高いということになります。
キリスト教美術の聖人:マグダラのマリア
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『懺悔する聖マグダラのマリア』(1565), Public domain, via Wikimedia Commons
マグダラのマリアはイエスに従ったとされる女性で、イエスの磔刑から埋葬、復活までを目撃していることから、重要な聖人と認識されています。
マグダラのマリアのアトリビュートは『香油壺』で、これは死後のイエスの身体に香油を塗るために彼の埋葬地を訪れたという聖書の記述に由来します。
彼女の出自に関しては議論が続いていますが、一般的には「罪深い女」と聖書内では形容され、イエスとの出会いにより改悛した女性として描かれています。
マグダラのマリアはイエスの磔刑のシーンで、十字架の足元に緑のドレスに赤いマントを着た状態で描かれることがあります。
アンドレア・プレヴィタリ『イエスの磔刑』16世紀, Public domain, via Wikimedia Commons
マグダラのマリアのその他の特徴として、髪の毛をまとめずに自由にさせている点が挙げられます。
これは当時の「娼婦」に対するイメージの一環で、聖母マリアや他の女性たちとは、髪の毛の雰囲気が異なることで見分けやすくなっています。
まとめ
キリスト教美術の中には、ワンシーンでたくさんの人が描かれることもあり、1人1人を識別するのは容易ではありません。
しかし、コツを掴めば人物の風貌、服装、アトリビュートなどの情報から「もしかしたらあの聖人かな?」と予測を立てられるようになります。
作品鑑賞の際は、ぜひ人物が手に持っているものなど細かい部分にも注目してみてくださいね。
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3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経て2021年秋よりイタリアの大学で美術史修士課程に進学予定。フリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経て2021年秋よりイタリアの大学で美術史修士課程に進学予定。フリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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