EVENT
2026.8.10
【取材レポート・京都国立近代美術館】『フォンタネージ—イタリアの光・心の風景』教科書の「お雇い外国人」に出会い直す
画家フォンタネージの絵画といえば、どんな作品を思い浮かべますか?
……おそらく、1点も思い浮かばない人が大半だと思います。私も「名前は知っているけど、作品までは…」という状態でした。
フォンタネージは明治期の日本で絵画を教えていた「お雇い外国人」で、日本の美術の発展には欠かせない存在です。そのため、「フォンタネージ」という名前は知られていますが、どんな絵を描いた画家かは知らない人が多いのではないでしょうか?
ですが、フォンタネージは日本で教師をしていただけでなく、画家として悩み、もがき、挑戦を続けた日々がありました。京都国立近代美術館で開催中の展覧会『フォンタネージ—イタリアの光・心の風景』では彼の人生の紆余曲折が語られ、「外国人の偉い先生」以外の人間らしい側面が浮かび上がってきます。
自分が生まれる前、母親にも子供時代や学生時代という「母親でなかった時期」があったと気づいて、目から鱗がぼろぼろ落ちたことはありませんか? 本展でもそんな衝撃を受けました。
お雇い外国人とは?教科書で出会う「フォンタネージ」
展示風景(左:アントニオ・フォンタネージ《田園風景を描いた四曲屏風》1879-82年頃 アカデミア・ファイン・アート、モナコ)
明治期のはじめ、日本では欧米的な近代化が急ピッチで進められました。美術の分野も例外ではなく、1876(明治9)年には日本初の官立(国営)の美術教育機関である工部美術学校が開校。本格的な美術教育のため、イタリアから画家や彫刻家などが教師として招かれました。
彼らは「お雇い外国人」と呼ばれ、そのうちのひとりが、イタリア出身の画家アントニオ・フォンタネージ(1818-1882)です。彼は油彩画やデッサンの技法などを指導し、浅井忠や小山正太郎など日本の洋画界を代表する画家を輩出しました。
日本の美術の教科書ではこのように解説されることが多く、私はフォンタネージに対して「日本の美術の発展に寄与した外国人の先生」というイメージを持っています。言い換えると、教師の顔以外にはまったくの無知で、画風すら知りませんでした。
そんな状態なのに知識不足を自覚していなかったのは、今となっては恥ずかしい限り…。本展はフォンタネージという1人の画家に光を当て、多くの教科書が語らない彼の紆余曲折ある人生を紐解いていきます。
山あり谷あり……展覧会で出会う「フォンタネージ」
展覧会を通して強く印象に残ったのが、フォンタネージがイタリア、スイス、フランス、イギリス…と次々に拠点を移していたこと。実は日本だけでなく、さまざまな国を股にかけて活動していたのです。さらに、行く先々で風景を描いただけでなく、その地の画家の制作に触れて自身の芸術の糧としてきました。
彼の作品は詩的な風景画という点では一貫していますが、人生の転機とともに画風も少しずつ変化しました。たとえば、画業の初期には絵になる美しさ、すなわち「ピクチャレスク」な景色を追求していましたが、1855年以降は詩情や物語性が顕著に表れます。
アントニオ・フォンタネージ《朝》1855-58年 トリノ市立近現代美術館 GAM –Galleria Civica d’Arte Moderna e Contemporanea, Torino. Courtesy Fondazione Torino Musei
きっかけのひとつとなったのが、バルビゾン派の画家トロワイヨンとの交流や、コローやドービニーらの作品の実見です。郷愁や哀愁を感じさせる風景画に取り組むようになり、展示室でもそうした作品が多く見られました。
展示風景(右:アントニオ・フォンタネージ《四月》1873年 トリノ市立近現代美術館)
1865年にはイギリス・ロンドンに渡り、ターナーやコンスタブルの絵画に触れて大きな影響を受けたそう。物体の輪郭が大気に溶けるような、霞がかった淡い光の表現を自作に取り入れ、フォンタネージの詩的で繊細な風景表現はより純化していきます。《四月》はその時期を代表する傑作です。
アントニオ・フォンタネージ《日本の寺の入り口》1878-80年 レッジョ・エミリア市立博物館 Musei Civici Reggio Emilia
そしていよいよ1876年。工部美術学校の画学教師に任命されたフォンタネージは日本に渡り、浅井忠や小山正太郎をはじめとする学生を指導しました。約2年間、指導のかたわら自身も絵を描き続け、本展では《日本の寺の入口》や《風景(不忍池)》など、日本の風景画も見ることができます。
アントニオ・フォンタネージ《雲》1880年 トリノ市立近現代美術館 GAM –Galleria Civica d’Arte Moderna e Contemporanea, Torino. Courtesy Fondazione Torino Musei
イタリア帰国後の1880年には、鑑賞者が中に入れそうなほどの大作《雲》を発表。長い期間をかけて構成を練り、何度もキャンバスに向かって修正を繰り返した意欲作でした。
本作では、ここまで見てきたような柔らかな光の表現よりも、絵具の盛り上げなどの大胆な筆致が印象に残りました。それまでに自身が積み上げてきたものを問い直すかのような、フォンタネージの模索や挑戦を感じる作品です。
アントニオ・フォンタネージ《雲》1880年 トリノ市立近現代美術館
本作はイタリア・トリノの全国美術展に出品されましたが、評価は真っ二つに分かれたそうです。「芸術的遺言」とも称される大作を完成させた最晩年の彼を待っていたのは、敵意ある批評…。その事実にこそ、フォンタネージの人間味を感じられるように思います。
洋画の発展を支えた偉人の知られざる人生
日本では「お雇い外国人」や「工部美術学校の教師」として語られることの多いフォンタネージ。展覧会を訪れるまで、私は「偉い人」という記号的なイメージだけで理解できたつもりになっていました。
しかし本展で出会ったのは、旅をしてさまざまな影響を受け、ときには挑戦作が厳しい批評にさらされるなど、芸術と向き合い続けた1人の画家です。教科書では数行しか登場しない人物にも、私たちと同じように山あり谷ありの人生がありました。当たり前のことではありますが、本展を鑑賞しなければ一生気づかなかったかもしれません…。
展覧会を見終えた今、「フォンタネージの作品といえば?」と聞かれたら、《雲》や《四月》などを挙げられます。そして作品とともに、彼の人生の物語そのものも思い浮かぶようになりました。
本展は、教科書では太字で書かれるキーワードと、血の通った1人の人間として出会い直せる展覧会です。一言では語り尽くせない、フォンタネージの人生に触れてみてはいかがでしょうか?
展覧会情報
◆日本イタリア国交樹立160周年記念・フォンタネージ来日150周年記念
フォンタネージ—イタリアの光・心の風景
会場:京都国立近代美術館
会期:2026年7月18日(土)~10月4日(日)
*会期中、一部展示替えあり
◎前期:7月18日~8月23日
◎後期:8月25日~10月4日
開館時間:午前10時~午後6時(金曜日は午後8時まで開館)
*入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし9月21日(月・祝)は開館)、9月24日(木)
展覧会ウェブサイト:日本イタリア国交樹立160周年記念・フォンタネージ来日150周年記念 フォンタネージ—イタリアの光・心の風景
巡回情報
◎三菱一号館美術館(2026年10月17日〜2027年1月24日)
◎名古屋市美術館(2027年2月6日~4月4日)
画像ギャラリー
あわせて読みたい
-

EVENT
2026.08.30
【三菱一号館美術館】「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」が10月開幕!Café 1894では北イタリアをテーマにした限定アフタヌーンティーも
イロハニアート編集部
-

EVENT
2026.07.28
【展覧会レポート】アルベール・マルケ展に、愛した水辺の風景が甦る【三重県立美術館/東京SOMPO美術館へも巡回!】
神谷小夜子
-

EVENT
2026.06.25
気鋭のアーティスト・杉田万智が描く現代の希望。新作個展「灯火」で触れる土地の記憶
イロハニアート編集部
-

EVENT
2026.05.14
巨大都市の迷宮へ。田島大介 個展「無限虚無」が京橋・Tokyo 8分で開催
イロハニアート編集部
-

EVENT
2024.11.26
【京都】生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―日本の木漆工芸を革新した巨匠の世界とは?
はろるど
このライターの書いた記事
-

EVENT
2026.09.10
【山梨県立美術館】特別展『印象派の先駆者 ウジェーヌ・ブーダン展 ―瞬間の美学、光の探求』モネの師の革新性に迫る展覧会
明菜
-

EVENT
2026.09.08
【細見美術館】特別展『良寛さん -その人と禅-』心温まる書の世界に浸ろう
明菜
-

EVENT
2026.09.07
【京都文化博物館】『寛永 太平がはぐくむ美』刀剣乱舞ONLINEコラボも必見!絢爛たる寛永文化と名刀が一堂に
明菜
-

EVENT
2026.08.28
読者プレゼント実施中!【泉屋博古館】『寛永行幸四百年記念 特別展 寛永行幸と花の都の文化びと』400年前の一大イベントから生まれた文化
明菜
-

EVENT
2026.08.27
【行ってきました!】『フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展』で見つけた「私だけの名画」
明菜
-

EVENT
2026.08.12
【取材レポート・京都市京セラ美術館】『浮世絵スーパークリエイター 歌川国芳展』「もっと見たい!」を生む工夫
明菜

美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
美術ブロガー/ライター。美術ブログ「アートの定理」をはじめ、各種メディアで美術館巡りの楽しさを発信している。西洋美術、日本美術、現代アート、建築や装飾など、多岐にわたるジャンルを紹介。人よりも猫やスズメなど動物に好かれる体質のため、可愛い動物の写真や動画もSNSで発信している。
明菜さんの記事一覧はこちら







