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2025.3.28
ルノワール『ピアノに寄る少女たち』って?作品の魅力と注目ポイントを解説!
『ピアノに寄る少女たち』(フランス語: Jeunes filles au piano)は、フランスの画家ルノワールの代表作品の1つです。パッと見ただけでも、絵画全体を包む優しい雰囲気とカラフルな色彩が目に留まりますね。
目次
ルノワール 『ピアノに寄る少女たち』, オルセー美術館所蔵, Renoir - girls-at-the-piano-1892.jpg!PinterestLarge , Public domain, via Wikimedia Commons.
屋外制作作品にスポットライトが当たることが多い印象派ですが、『ピアノに寄る少女たち』のように、屋内でのワンシーンをテーマにした例が少ないわけではありません。
2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』が開催されます。『ピアノに寄る少女たち』も展示される予定です。*
この記事では、展覧会の開催に先駆け『ピアノに寄る少女たち』の魅力と注目ポイントを解説します!
*展覧会の正確な情報については、公式サイトをご参照ください。『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』
『ピアノに寄る少女たち』を描いたルノワールとは?
ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919年)は、フランスの印象派(そして後期はポスト印象派)を代表する芸術家の1人です。
画家を志し、パリで印象派グループの仲間と出会う
ルノワール, Renoir, Pierre-Auguste, by Dornac, BNF Gallica, Public domain, via Wikimedia Commons.
ルノワールはフランスの貧しい家庭に生まれ、13歳から陶磁器の絵付け職人としての訓練を受けたのち若いころから働き始めました。産業革命により絵付け職人の仕事を失ったルノワールは、画家を志し20歳で本格的に絵画の道に進む決意をします。
パリでアトリエに通い、画家としての技術を磨く中で、ルノワールはモネやシスレーなどの印象派の画家たちと交流を深めます。伝統的なアトリエの指導方針に縛られることなく、自由な色使いや新たな表現方法を追求する印象派に次第に共鳴していったのです。
印象派展への参加
ルノワール『桟敷席』, La Loge de P.-A. Renoir (Fondation Vuitton, Paris) (46499625955) , Public domain, via Wikimedia Commons.
1874年、ルノワールは「第1回印象派展」に参加し、印象派の理念に基づいた作品を発表します。この展覧会で発表された作品は『踊り子』や『桟敷席』、『パリジェンヌ(青衣の女)』などです。ルノワールは新しい絵画スタイルの一員として注目されました。
その後も1876年、1877年の第2回、第3回印象派展に参加し、印象派の画家たちと共に、光と色の変化を捉えた風景や人物の描写に取り組みました。
しかし、ルノワールは徐々に自分の表現スタイルを模索し、印象派の枠組みにとどまらない方向に進んでいきます。実際、晩年は印象派から次第に離れ、独自の作風を確立していきました。
印象派を離れ、独自の表現スタイルへ…
ルノワール『パリの審判』1908-1910年, Le Jugement de Pâris, par Pierre-Auguste Renoir, Public domain, via Wikimedia Commons.
印象派の特徴である、瞬間的な光の表現や変化する風景の描写に代わり、晩年のルノワールは人物に焦点を当てます。とくに、女性の肉体を豊かに表現することに力を入れました。
モネや他の印象派の画家が光の変化や瞬間的な情景を追求するのに対し、ルノワールは人物を鮮明に描き、輪郭線を明確に示すことが多くなります。そのため彼の後期の作品は、一般的に「ポスト印象派」に分類されます。
ルノワールの晩年の作品は、温かみのある色彩と穏やかな主題が特徴的で、彼が追い求めた「見る人が喜ぶ絵を描く」という理念が色濃く反映されていました。
ルノワールが印象派から離れた理由は、人間の肉体、とくに女性の身体に対する強い関心だと考えられています。印象派の輪郭線を曖昧にしたスタイルでは、その表現に限界を感じたのかもしれません。
『ピアノに寄る少女たち』はどんな絵?
『ピアノに寄る少女たち』は、ルノワールが印象派を離れ、独自のスタイルを確立しようとしている時期に描かれた作品です。
ルノワールの芸術的転換期に描かれた『ピアノに寄る少女たち』
ルノワール 『ピアノに寄る少女たち』, オルセー美術館所蔵, Renoir - girls-at-the-piano-1892.jpg!PinterestLarge , Public domain, via Wikimedia Commons.
「見る人が喜ぶ絵を描く」というルノワールの芸術観は『ピアノに寄る少女たち』に非常によく表されている、と感じている人は、きっと私だけではないはず。
『ピアノに寄る少女たち』が描かれた1892年頃、ルノワールはとくに女性の肉体表現に力を入れ、温かみのある色彩と輪郭をはっきり描くスタイルで作品を制作するようになります。
1890年代初頭は、ルノワールにとって芸術的・個人的な変化の時期でした。関節炎に悩まされつつも、彼の作品はより人間的で感情的な表現に向かっていきました。
『ピアノに寄る少女たち』に描かれている2人の少女
『ピアノに寄る少女たち』は、2人の若いパリのブルジョワ階級の少女がピアノを弾きながらおしゃべりしている様子を描いた作品です。
印象派の女性画家ベルト・モリゾの自由で即興的な作風を、ルノワールはこの作品のなかで反映したと言われています。モリゾは家庭内のさまざまな活動に従事する女性たちを描くことに専念した画家です。
家庭内の日常的な細部に焦点を当て、ルノワールは、2人の少女が音楽の練習に夢中になっている様子を巧みに捉えています。
同じ構図でほかに3点の完成版がある『ピアノに寄る少女たち』
ルノワール 『ピアノに寄る少女たち』, ニューヨーク メトロポリタン美術館所蔵, Two Young Girls at the Piano MET rl1975.1.201.R, Public domain, via Wikimedia Commons.
『ピアノに寄る少女たち』には、同じ構図の完成版が3点知られています(1点はニューヨークのメトロポリタン美術館に、残りの2点は個人蔵)。油彩スケッチ(パリ、オランジュリー美術館)、そして同サイズのパステル画もあります。
このモチーフの繰り返しは、ルノワールが以前から関心を持っていた主題(=ピアノを弾く少女)を粘り強く扱っていることを示しています。ルノワールは常に自分の作品に満足することなく、不満を抱きながらもじっくりと見直すことに注力していました。
ルノワールのこのような制作態度は、友人であるモネが同時期に取り組んでいた「シリーズ作品」の影響があるのかもしれません。モネは『石臼』(1891年)や『ルーアンの大聖堂』(1892年)など、同じモチーフを繰り返し描くことで、時間帯や光の変化を表現しようとしていました。
室内でピアノを弾く少女たちのワンシーンは、ルノワールにとって特別な主題だったと考えられます。とくに晩年、鑑賞者を喜ばせる作品を作ろうとしていた彼にとって、楽しそうにピアノに向かう少女たちの姿は、豊かで幸せなモチーフだったのでしょう。
『ピアノに寄る少女たち』の魅力と3つの注目ポイント
『ピアノに寄る少女たち』を鑑賞する際に注目したいポイントは、以下の3点です。
① ピアノを弾く少女の髪と手に注目
ルノワール 『ピアノに寄る少女たち』, オルセー美術館所蔵, Renoir - girls-at-the-piano-1892.jpg!PinterestLarge , Public domain, via Wikimedia Commons.
『ピアノに寄る少女たち』のとくに美しい部分は、天使のような少女の顔を縁取るブロンドの流れるような髪、そして鍵盤を撫でるように置かれた少女の右手です。
少女のブロンドの髪は黄土色や茶色の一般的な色彩のなかに、赤や緑が含まれています。これは、パレット上で絵の具を混ぜてから塗る代わりに観る人に直感的に混色を認識させる、「筆致分割」という技法です。
「筆致分割」は、印象派を特徴づける技法の1つとして知られます。ルノワールは印象派から離れつつあったとはいえ、もともと大切にしていた即興性や光の表現を完全に手放したわけではありませんでした。
一方で、鍵盤に置かれた少女の指先は非常に繊細で、柔らかく優しい質感までもが伝わってくるようです。穏やかながらはっきりした輪郭線は、女性の身体の表現にフォーカスしたルノワールの後期の芸術的特徴を反映しています。
② 柔らかく穏やか、しかし明確な輪郭線
1890年代に入ると、ルノワールは人物や物体をより明確に描くようになり、輪郭線を強調する傾向が強まりました。
それまでは印象派の特徴として輪郭線がぼやけていることがありましたが、ルノワールはそのスタイルを超越し、人物をはっきりと描くことに注力したのです。
とくにルノワールは、女性の肌や衣服、背景の要素を明確に描写し、立体感や存在感を強調しました。はっきりした輪郭のおかげで、この頃のルノワール作品にはより物質的な実体感が生まれ、人物の存在感が際立っています。
『ピアノに寄る少女たち』においても、ルノワール後期の新しい「線」への取り組みが見て取れますね。1876年に描かれたルノワールの代表作『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』のぼんやりとした輪郭と比べると、違いは一目瞭然です。
『ピアノに寄る少女たち』が描かれた時期には、ルノワールは手や顔の輪郭をはっきりと描くことで、感情や生命力を伝えることを重視していました。
輪郭をはっきり描いていても、『ピアノに寄る少女たち』には無機質で冷たい印象は一切ありません。これは、ルノワールが直線的な要素よりも滑らかで曲線的な線が多く用いたためです。曲線は柔らかさや優雅さを表現し、作品に特有の温かみと親しみやすさを与えました。
③ 印象派と古典主義の融合?
『ピアノに寄る少女たち』においてルノワールは、18世紀のフランス絵画、とりわけフラゴナールが得意とした古典的なテーマに近い作品を描こうとしました。
ジョアン・オノレ・フラゴナール『ブランコ』, Joean Honoré Fragonard (Studio of) - The Swing, Public domain, via Wikimedia Commons.
ジャン=オノレ・フラゴナール(1732-1806年)
フラゴナールは、18世紀のロココ様式を代表する画家であり、優雅で遊び心のある風景や人物を描いたことで知られています。フラゴナールの作品は、理想化された女性像や、豊かな色彩、軽やかな筆致が特徴的で、貴族的な生活を象徴するテーマが多く描かれています。
貴族的で理想主義的なフラゴナールの要素を取り入れたルノワールは、優雅な少女たちが住む理想的な世界を描くことを目指します。しかし、単なる模倣にとどまらなかったのがルノワールのすごいところ。
ルノワールも女性を美しく優雅に表現しますが、フラゴナールよりも一歩進んで、人物に感情や個性を加えたのです。(一方フラゴナールの女性像は、夢のようで無邪気な印象です。)
『ピアノに寄る少女たち』には、貴族的な気品溢れる豪華な雰囲気というよりは、むしろ静かなブルジョワの家庭の温かさや日常性が垣間見えます。
ルノワールは少女たちが静かにピアノの前で過ごしている姿を通し、温かさや親密さが表現しました。印象派時代の彼のスタイルとは異なる部分もありますが、親しみやすい作風は生涯を通して彼の特徴であり続けました。
まとめ:『ピアノに寄る少女たち』はルノワールの芸術的過渡期の作品
『ピアノに寄る少女たち』は、ルノワールが印象派を離れ、独自のスタイルを模索した作品です。2人の少女がピアノを弾くシーンを描き、温かみのある色彩としっかりした輪郭線で人物の感情や存在感を表現しています。
2025年10月25日から2026年2月15日まで国立西洋美術館で、『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』が開催されます。『ピアノに寄る少女たち』も展示される予定ですので、興味がある方はぜひ美術館を訪れてみてくださいね。
以上、ルノワールの『ピアノに寄る少女たち』の魅力と注目ポイントの解説でした!

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イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
イタリア・ローマの大学の美術史修士課程に在籍中。3年半勤めた日系メーカーを退職後、2019年から2年半のスペイン生活を経てフリーライター、日英・日西翻訳として活動するかたわら、スペイン語話者を対象に日本語を教えています。趣味は読書、一人旅、美術館・教会巡り、料理。
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