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STUDY

2021.8.30

西洋美術史を流れで学ぶ(第7回) ~プロト・ルネサンス美術編~

「アートにハマってみたいけど、難しそうで手を出しにくい……」
「美術館にはたまに行くけど、楽しみ方がいまいち分かんない」

そんな方々に向けて、難しく語られがちな西洋美術史をフランクに楽しく見ていくこの連載。第7回は「ルネサンスまでもう100年!」という準備期間「プロト・ルネサンス美術」です。

・関連記事:西洋美術史を流れで学ぶ(第6回) ~ロマネスク・ゴシック美術編~
https://irohani.art/study/4792/

時代的には前回のロマネスク・ゴシック美術と一部かぶっている部分もありますが、ここでは建築ではなく絵画にフォーカスして紹介しましょう。

プロト・ルネサンスとは

プロト・ルネサンスの舞台は13世紀~14世紀のイタリアのフィレンツェやシエナ。繊維業や金融業で栄えた地域であり、他の地域とは違って美術がめちゃ盛り上がりました。

ルネサンスとは「再生」とか「復興」を意味するフランス語です。ローマはゴシック美術の回で説明した通りゲルマン人の侵入などがあり、元の文化を失いかけたことがありました。また商業が盛んだったフィレンツェやシエナでの「新しい経済圏の誕生」も控えていました。

そのためかつてのローマの成功例に学ぶ(再生する)という意味で「ルネサンス」と呼んだわけです。

プロト・ルネサンスとは、ルネサンスに移行する直前の準備期間を指します。


芸術家たちのキリスト像に影響を与えた聖フランチェスコ

プロト・ルネサンス期の絵画作品の多くは聖書の名シーンを描いた宗教画です。10世紀あたりからちらほら画家の名前が出てきますが、この13世紀のプロト・ルネサンス期になると、以下のようにがっつり著名画家が出てきます。人が出てくると西洋絵画が楽しくなってきますよね。

・ジュンタ・ピサーノ
・ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ
・シモーネ・マルディーニ
・チマブーエ
・ジョット・ディ・ボンドーネ

これらの有名画家が一同に集まって作ったのがサン・フランチェスコ大聖堂です。

サン・フランチェスコ大聖堂Berthold Werner, Public domain, via Wikimedia Commons

サン・フランチェスコ大聖堂は聖フランチェスコの遺骨を収めるために建設されました。この「聖フランチェスコ」という修道士の存在が超大事です。

彼はとんでもなくありがたい人で、財産をすべて放棄し、ハンセン病患者の世話をしつつ戦うことを否定しながら常に奉仕の精神を貫きました。そんな彼のもとには数万人単位の追随者がおり、イタリアいちの修道士となったわけです。

彼はもちろん芸術家ではありませんが、彼の教えは画家たちの絵をみるみる変えていきました。「キリストの磔刑像」の変遷を見ると、一目瞭然です。キリストが磔刑に処される名シーンを描いたものですね。

プロト・ルネサンス前の磔刑像(1100年代末ごろ)

まずは1100年代末、プロト・ルネサンス前の磔刑像がこんな感じです。

プロト・ルネサンス前の磔刑像Unknown authorUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

この絵は個人的に大好きなんです。「あ、そう。打っちゃうのね? 釘、打っちゃうのね? ふーん、いやぜんぜん効いてませんけど?」みたいな無敵感がたまらない。もうなんかこの瞬間から「のちに復活する感」が出まくっていますよね。
キリストはもともと「『神』として崇拝しよう」と考えられていたので、人間ぽさがなかったんです。だから処刑されるときも苦痛なんて感じないんです。

ジュンタ・ピサーノの磔刑像(1250年ごろ)

この後に聖フランチェスコが登場します。彼は「キリストだって私たちと同じ人間の肉体を持っているし、弱さもある。それを分かったうえで崇拝しよう」と説いたんです。その後、1250年ごろに「最初の国民画家」といわれるジュンタ・ピサーノが描いた磔刑像がこちら。

ジュンタ・ピサーノの磔刑像Georges Jansoone, Public domain, via Wikimedia Commons

ジュンタ・ピサーノの磔刑像2Giunta Pisano, Public domain, via Wikimedia Commons

顔は苦痛でゆがみ、人体としての精密さが増しているのが分かりますよね。まだ膝に力が入ってて”ジョジョ立ち ”っぽくなっていたり、シックスパックがちょっと柴犬のお尻みたいになっていたりと、人体構造としては不自然ですが、たった5~60年でここまで写実的になりました。

ちなみに体のラインが曲がっているのは「形式美」をまだ重んじていたからです。ちょっとかっこつけちゃったんですね。

ジョット・ディ・ボンドーネの磔刑像(1315年ごろ)

さて、それからさらに約5~60年「ルネサンスの父」ことジョット・ディ・ボンドーネにより磔刑像はさらにアップデートされます。

ジョット・ディ・ボンドーネの磔刑像Giotto di Bondone, Public domain, via Wikimedia Commons

体の力が抜けている感じが伝わりますよね。膝が自然に折れ、手指から方にかけてのラインも自然です。まったく”盛って”いないですよね。

プロト・ルネサンス美術では、だんだんと「形式的な美」から「リアルな人間の姿(写実主義)」に移り変わっていく時代なんです。


プロト・ルネサンス美術で輝きを放ったジョット・ディ・ボンドーネという天才

写実主義(リアリズム)とは簡単にいうと「目に見えるものをめっちゃリアルに作品に落とし込むこと」です。プロト・ルネサンス期には写実主義を落とし込むために以下の3つのことが重んじられました。

・人体を正確に描くこと
・遠近感も含めて空間を正確に描くこと
・人の感情までを描くこと

この3つを体現して見せたのが先述したジョット・ディ・ボンドーネです。この時代の
スーパースターであり「彼なくしてルネサンス美術はなかった」と個人的には思います。

聖フランチェスコの死Giotto di Bondone, Public domain, via Wikimedia Commons

例えば上の「聖フランチェスコの死」では追随者たちがとんでもなく悲しい表情をしているのが分かると思います。こうした「感情をリアルに描く絵画」はジョットからスタートしました。

オニサンティの聖母

またこちらの「オニサンティの聖母」では、現実に忠実に再現しているので、服のひだなどは過剰でなく自然です。また椅子までの階段にご注目。まだ不完全ながら遠近感を出そうとしていますよね。彼は「奥行き」を表現し始めたんですね。

このようなジョットの”革命的な手法”はこの後も続くことになります。彼のフォロワーは「ジョッテスキ」と呼ばれ(アムラーみたいな感じです)、最終的には100年後のマザッチョによって完成に至るんですね。


今回はルネサンス直前の「プロト・ルネサンス」についてお伝えしました。次回はいよいよ巨匠が勢ぞろいする「ルネサンス期」に突入します。そもそもなぜルネサンスは大事なのか、何が起きたのかをフランクにご紹介していきましょう。

ジュウ・ショ

ジュウ・ショ

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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。