STUDY
2021.10.8
西洋美術史を流れで学ぶ(第11回) ~北方ルネサンス編~
「アートのことをもっと知りたいけれど、なんだか敷居が高くてよくわかんない……」
そんな方に向けて西洋美術史をフランクにお伝えするこの連載、第8回からはみんな大好きルネサンス美術についてご紹介しています。
・関連記事:西洋美術史を流れで学ぶ(第10回) ~盛期ルネサンス編②~
https://irohani.art/study/5118/
第11回はイタリア以外のルネサンス美術「北方ルネサンス」についてご紹介しましょう。
目次
ルネサンスのサブカル!イタリア以外で起こった北方ルネサンスとは
日本で「サブカルチャー」というと、アニメやマンガ、文学、バンド、アイドル、演劇、映画、ひいてはアウトサイダー、都市伝説、廃墟、みうらじゅん、といったいわゆるまんだらけ、ヴィレッジ・ヴァンガードに乱雑に積み重なったナニカを思いつく方が多いのではないでしょうか。
ただ本来のサブカルは1960年代のヒッピー文化からスタートしたもので「決して大衆化はしないけど限られたコミュニティでワイワイやろうぜ」みたいな文化です。決してメジャーにはなれない、でも一部のコミュニティでは盛り上がる、それがサブカルチャーなのです。
Derek Redmond and Paul Campbell, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
……さて「こいつ何の話してんだ」と戻るボタンを押しかけた方、すみません。つまり北方ルネサンスとは大きい目で見るとサブカルなんじゃないか、ということを伝えたかったんです(懺悔)。私たちにとって「ルネサンス」といえば、教科書にあったイタリア・ローマで起きた運動ですが、実は少し遅れて西ヨーロッパ諸国でも発生したんですね。
それを通称・北方ルネサンスといって、現代の私たちにとっては、イタリアのルネサンスに比べたらマイナーです。立派なサブカルチャーと捉えたほうがわかりやすいと思います。
ほぼ同時期の「モナ・リザ」とか「最後の晩餐」みたいな名画と比べると、ちょっと奇妙で、ちょっと怖くて幻想的……そんな「サブカルチック」な作品が多いのが特徴です。個人的には北方ルネサンス美術が好きな人は変態……いやものずk……もとい個性強めな方が多い気がします。
ルネサンス美術が北方まで広がった背景
イタリア・ローマでは1300年代初頭にはすでにルネサンス美術が開花していましたが、周りのヨーロッパ諸国にそれが広まったのは1400年代です。今のSNS時代では想像できないくらい乗り遅れました。
そもそも繊維業やら金融業が盛り上がって「市民(商人)」がパワーアップした結果、君主の統治を受けずに自分らで組織(ギルド)を作ってお金儲けをし始めたのがイタリア・ルネサンスの背景にありました。その結果、国とか教会だけでなく商人も絵を求め始めるんですね。
ただ北方諸国では君主とその家臣が中心となり国を仕切る「封建制」が強かったんです。それでなかなか市民が台頭できなかったんですね。ただそんな北方諸国、特にネーデルラント(今のオランダとベルギー)では毛織物などで賞に荷が盛り上がり、イタリアと同じような形でルネサンス美術が盛り上がります。
またフランスが宮殿の建設にダ・ヴィンチを雇用するなど、イタリアの芸術家が周りに進出し始めたこともあって、北方ルネサンスは広がりを見せるわけです。
異常なほど繊細な写実主義・初期フランドル派
北方ルネサンスのなかでも、特にネーデルラントで活躍した画家群を「初期フランドル派」といいます。代表的なのが以下の画家たちです。
● ロベルト・カンピン
● ヤン・ファン・エイク
● ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
● ハンス・メムリンク
● ヒエロニムス・ボス
● ピーテル・ブリューゲル
ネーデルラントの画家たちは創始者のロベルト・カンピンをはじめ、見たままの光景をリアルに描く「写実主義」をメインに描きました。また宗教画を書く際も「聖書の一場面だが舞台は現実世界」という、めちゃめちゃ斬新なテーマで描きました。
青森のリンゴ農家でアダムとイヴが禁断の紅玉喰うみたいな……、ちょっと麦わら帽子の農家さん見切れてる、みたいな感じですからね。めちゃ新しいです。
そして何より初期フランドル派の作品は、技術が進歩した今みてもすんごい緻密です。米粒にお経書くくらい精密に写真みたいな絵を描いています。では重要な画家たちを例に挙げつつざっくりと紹介していきましょう。
北方ルネサンス美術の創始者!ロベルト・カンピン
北方ルネサンスを始めたのは、通称「フレマールの画家」と呼ばれる画家です。これはロベルト・カンピンと同一人物だと“いわれて”います。彼は先述したように日常生活を舞台にして宗教画を描きました。
例えばマリアのところに天使(ガブリエル)がきて「はいあなたイエスを妊娠しましたよ。お産がんばってね~」と告げる『受胎告知』。かのダ・ヴィンチは1472年にこんな感じで描きました。
『受胎告知』 Leonardo da Vinci, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
“聖書っぽい”ですよね。「神の庭園」みたいなところでお告げがされてます。この絵に関しては前回の記事で紹介していますので、ここではあえてツッコみません。
この絵より約50年前にロベルト・カンピンが描いたのが、こちらです。
『メロードの祭壇画』(受胎告知)Workshop of Robert Campin, Public domain, via Wikimedia Commons
どうですか、この「実家感」。マリアがまるで「夏休み中に帰省してる大学生の娘」です。ガブリエルが「ほら!だらだらしない!あなたイエスを身ごもったんですよ!」と言ってるように見えてきますね。
要するに「このくらいリアルなほうが感情移入しやすい」という考えで日常風景のなかに聖書のシーンを描くようになったんです。
「油彩」を発明したヤン・ファン・エイク
『ターバンの男の肖像』 Jan van Eyck, Public domain, via Wikimedia Commons
さて、そんなロベルト・カンピンの20個下、今でも画法として引き継がれている「油彩」を発明したのがヤン・ファン・エイクです。それまで「テンペラ」といって卵の黄身で顔料を定着させていたのを、彼は油を使いました。これによって塗り直し、ぼかしなどの技法が可能になったんですね。それで彼は顔料を何層にも重ねて絵を描くことで、周りにはできないくらい精密な色彩感覚の調整ができました。
そんな作品はとにかく超現実主義で、部屋の細かいところまで事細かに再現されています。また技術力が当時の他の画家に比べてもえぐいくらい高く、とにかく細かいです。有名な『アルノルフィーニ夫妻像』で紹介しましょう。
『アルノルフィーニ夫妻像』 Jan van Eyck, Public domain, via Wikimedia Commons
これ、縦82cm×横60cmと決して超巨大なわけじゃないんです。なかでも後ろの凸面鏡をアップにしてみます。
実際のこの凸面鏡は直径5cmです。500円玉が2.65cmなのでその倍くらい。この狭いなかに夫妻の後ろ姿と部屋の全景、自分自身が描いてあります。またフレームについた円形の飾りにはキリストの受難のシーンが描かれているんですが、もうこれ1円玉くらいのサイズですよ。いや~、これぞ天才! という素晴らしすぎる技術力です。
何でこの“宇宙人”が生まれた?ヒエロニムス・ボスの幻想世界
Attributed to Jacques Le Boucq, Public domain, via Wikimedia Commons
また北方ルネサンスで外せないのが「ヒエロニムス・ボス」です。私は個人的に彼のことを宇宙人かタイムリーパーだと思っています。なぜか、その理由を紹介するためにまずは彼の作品を見てみましょう。
『快楽の園』 Hieronymus Bosch, Public domain, via Wikimedia Commons
この『快楽の園』はボスの代表作です。いたるところにウルトラ怪獣みたいな化け物がおり、魚が地上を歩き、鳥が池で泳いでいます。人は全員全裸でもれなく意味不明な行動をしており、もう見れば見るほどわけが分からん奇妙奇天烈な幻想絵画です。
個人的にはこの右下の「人の尻に楽譜を書いて討論してる人とピグモンのパチモン」みたいなのがギャグマンガみたいで好きです。この楽譜、実は解読され音源になっています。タイトルは「お尻の歌」。
なおこの作品は画像を見れば分かる通り、左中右の3つに分かれています。左右は扉になっているんですね。あの、びっくりドンキーのメニューみたいな感じです。この扉絵を閉めると……
『世界の創造』 Hieronymus Bosch, Public domain, via Wikimedia Commons
『世界の創造』という作品が現れます。これはおそらく天地創造3日目の地球を描いたものと思われています。
ヒエロニムス・ボスという画家の面白いのは「何に影響を受けたのか」「なんでこんな奇妙な絵を描いたのか」の説明がつかないところです。まず彼に関する文献はあまり残っていません。どこで誰に絵を学んだのか、すらよく分かっていない。
旧約聖書をモチーフにしていることはなんとなく知られていますが、それでも当時は写実主義の時代です。この「想像力マックス」みたいな絵はなかったんですね。ただスペイン国王をはじめ、実は君主たちからかなり人気の画家だったんですね。
ボスの絵が本格的に評価されるのは約400年後のシュルレアリスム全盛期です。あまりに時代を先取りしていたんですね。もうこれタイムリーパーだと思います。
『聖アントニウスの誘惑』(左扉部分)Hieronymus Bosch, Public domain, via Wikimedia Commons
さて、この他にもドイツの超絶ナルシスト・デューラーや、「写実主義だから」とキリストをボロボロに描いて怒られたファン・デル・ウェイデン、などの画家がいますが、止まらなくなるのでこのあたりにしておきましょう。
次回はいよいよルネサンスの終焉をご紹介。「一方そのころ北方では何が起きていたか」までについて楽しくみていこうと思います!
▼西洋美術史を流れで学ぶ(12回) ~ルネサンスの終わり編~
https://irohani.art/study/5386/
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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