STUDY
2021.10.28
西洋美術史を流れで学ぶ(第14回)~バロック美術編~
「美術に興味があるんだけど、なんか解説本とかムズすぎて理解できない……」
そうお困りの方に向けて、より西洋美術を知っていただくために“おしゃべりする”くらいのテンションで西洋美術史をフランクにみていくこの企画。第14回は17世紀の「バロック美術」です。
聖書の場面を忠実に描いていた時代が終わり、逆に「キリストより人間が大事だぜ」という現実主義かつ写実主義なルネサンスがやってきて終わりを迎えました。そこから巨匠・ミケランジェロが「現実よりも美しいものを作るべきよ」とマニエリスムをはじめ、特にフランスの画家たちの間でブームになり、だんだんとイタリアからフランスに中心地が移っていく……。というのが前回までのあらすじです。
・前回記事:西洋美術史を流れで学ぶ(第13回)~マニエリスム編~
https://irohani.art/study/5460/
ではバロック美術ではどのような表現が流行するのでしょうか。ヨーロッパ各地でめちゃめちゃ表現が多様化するこの時代をみていきましょう。
目次
キリスト教の「カトリック」と「プロテスタント」がバチバチに
ルネサンスの終わりの回でも紹介しましたが、1500年代半ばにマルチン・ルターさんという大学の教授的な人が「なんかちょっと最近のキリスト教会(カトリック)っておかしいと思う」と宗教改革を起こしました。当時のローマ教皇が借金を返すために「贖宥状(しょくゆうじょう)」というお守りみたいなものを大量に発行したんですね。それに「異議あり」といったわけです。
そこでカトリックから一部のプロテスタントが「ルターについていくわ」と離脱。これでカトリックは力を失ってしまい、ルネサンスの終焉につながります。バロック美術の時代には、この「カトリックvsプロテスタント」が大きく影響します。
プロテスタントのスタンスは「聖書に忠実に。偶像崇拝は禁止」
プロテスタントのスタンスは「偶像崇拝禁止」です。偶像とは「キリストを模した何か」ということ、あの「海割り」で有名なモーセさんが「『キリストはただ一人の存在だから、像とか絵とか作っちゃだめよ』と神が言ってましたよ」と「十戒」に記したのがきっかけで、できたルールです。
プロテスタント側としては「忠実にキリスト教を守っていかなきゃ」ということで、この偶像崇拝禁止を守っていました。
カトリックのスタンスは「偶像崇拝OK!ダイナミックな美術で信者を集めよう」
いっぽうのカトリックは信者独占状態からプロテスタントという競合が生まれたわけです。かつての規模まで復興したい、と絵画や彫刻を“広告”として使います。広告なので、できるだけ「魅力的に見せたい」。そのためカトリック教会は画家や彫刻家に「ダイナミックな表現をしてくれ」と依頼をするんですね。
テレビ通販みたいな感じですかね。「初めて飲んだ日から、朝起きたときの気持ちよさが全然違うんですよ! もう、この枕以外は使えないです!」みたいな。ちょっと過度にキリスト教の素晴らしさをアピールするんです。
バロック美術の特徴
そんなカトリックの発注で生まれた「超ダイナミックな様式」がバロック美術です。バロックとはもともとドイツ語で「歪んだ真珠」といいます。
「あるがまま」を描いていたルネサンスに比べ、バロック美術はとにかくドラマチック。静でなく「動」。コントラスト(明暗)もはっきり意識しています。そのため最初「ちょっと派手過ぎない?下品っていうか……」と受け入れられていなかったんですね。
第6回でご紹介した「ゴシック美術」の「ゴシック」も、もともとは侮蔑的な意味合いでした。やはり急激に文化が変わるときは多くの人が受け入れられないもんですね。もちろん今ではゴシックもバロックも、素晴らしい文化として受け入れられています。
ただし「多様化」の時代でもあった
ただしバロック美術の時代はルネサンスのように「みんな同じ表現を目指した」というわけではないです。この時代はイタリア、フランス、スペイン、オランダ(ネーデルラント)と各国で美術文化が育ちますが、それぞれに特色があります。
ルネサンスの表現を継承したり、風景画や風俗画が育ったりするんです。そのなかでも特にバロックといえば「カトリック教会に関するダイナミックな表現がメインだった」という認識だと分かりやすいでしょう。
バロック美術の代表的な画家たち
では最後にバロック時代の画家たちを紹介していきましょう。作品を観ながら、どのへんがすごかったのか、何が新しかったのかなどのポイントを紹介します。
イタリアの芸術家たち
キリスト教の本場・イタリアではもちろん、信者を増やすためのダイナミックな表現がメインです。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ
『自画像』Gian Lorenzo Bernini, Public domain, via Wikimedia Commons
イタリア・バロックを代表する彫刻家です。彼の作品のなかでも特に「聖テレサの法悦」はこの時代の傑作でしょう。
『聖テレサ(聖テレジア)の法悦』 Santa Maria della Vittoria, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons
「天使に黄金の槍で体を貫かれた」という聖テレサ(聖テレジアとも)。その場面を彫った作品です。なんというオーバーな演出。聖堂コルナーロ礼拝堂の装飾の一部なのですが、この建築物はベルニーニが設計から内装壁画、装飾まで全体をプロデュースしています。
中央の像の素晴らしさもさることながら、両隣に注目。観客席のような作りになっており、身を乗り出して“奇跡”を観る一般人がいます。これにより、礼拝堂を訪れた人々も感情移入をして、入信したくなるというわけですね。
ミケランジェロ・メリージ・カラヴァッジョ
『カラヴァッジョの肖像画』(1621年頃、オッタヴィオ・レオーニ画)Ottavio Leoni, Public domain, via Wikimedia Commons
バロック期で最も影響力を持った人物です。彼の登場以来「カラヴァッジョに影響を受けてない画家なんていない」とまでいわれます。そんなカラヴァッジョの作品は、これ以上ないほどはっきりと明暗をつけるスタイルで有名です。この技法は「テネブリズム」と名付けられました。
『聖マタイの召命』Caravaggio, Public domain, via Wikimedia Commons
このテネブリズムは、作品をドラマチックに仕立て、思わず観ている側も没入してしまいます。つまりカトリックの狙いにぴったり当てはまったわけです。
また服装にも注目。これは聖書の一場面で、向かってイチバン右の頭に光輪を載せているのがキリストです。ただしそれ以外はめっちゃ普段着なんですね。つまり観ている側としては「実際に自分の眼の前にキリストが現れた」という想像をしてしまうわけです。
『ロレートの聖母』Michelangelo Merisi da Caravaggio, Public domain, via Wikimedia Commons
この「ロレートの聖母」ではマリアの頭には光輪がありますが、服装は一般人です。当時の鑑賞者は「マ、マリア様が眼の前にっ!」と拝む農民の姿に自分を重ねていました。
こうした表現は「マリア様を侮辱してるのか!」と否定的な意見もあったようです。しかしその表現力、技術力の高さにやられて、当時の画家はみんなカラヴァッジョの真似をしており、そのフォロワーたちは「カラヴァッジェスキ」と呼ばれていました。
スペインの芸術家たち
はじめに押さえておきたいのは、イタリアと違い、スペインやフランス、イギリスは絶対王政だったので、教会だけでなく貴族(王家)からの発注があったということです。特に当時植民地が広がり、力を付け始めていたスペインでは今でも有名な画家が次々に育ちます。まさに黄金期だったわけです。
ムリーリョ
ムリーリョの絵はひと言で言うと「親しみやすい宗教画」です。彼が絵を描いていた当時に流行していたのが感染症の「ペスト」。「いつ死んでもおかしくない」という状況のなか、優しく可愛らしいマリアさまを描きました。
『無原罪の御宿り』Bartolomé Esteban Murillo, Public domain, via Wikimedia Commons
圧倒的にかわいいです。ジャパニーズアニメくらいの可愛らしさ。また周りの天使も癒し
効果がすごいんです。彼はこうした他の画家とはまたちょっとアプローチでキリスト教の素晴らしさを訴えていました。
ちなみにこの「無原罪の御宿り」の複製画は、2020年にスペイン名物・テキトー修復師によってかわいそうなくらい劣化してしまいました。
ディエゴ・ベラスケス
『自画像』After Diego Velázquez, Public domain, via Wikimedia Commons
スペイン・バロック最高の画家ともいわれ、のちに印象派の巨匠・マネが「画家の中の画家」と言ったほどの人です。もともとはカラヴァッジョの影響をガッツリ受けていました。しかし、のちにスペインの宮廷から依頼を受けはじめるとともに、貴族の絵(特に子ども)を多く描くようになりました。ベラスケスが描く子どもはホントにかわいいんです。
『ラス・メニーナス(女官たち)』Diego Velázquez, Public domain, via Wikimedia Commons
ちなみにこの中央のブロンドの少女はマルガリータ王女。ベラスケスは他にも彼女の肖像を多く描いており、2~10歳まで同じようなタッチで成長を確かめることができるのが楽しむポイントの1つです。
同じく王族からの依頼を受けていたフランドル地方のルーベンス
ちなみにこの時期に、王族から寵愛を受けていた画家として有名なのが「ピーテル・パウル・ルーベンス」です。あの『フランダースの犬』のラストシーンで有名な画家ですね。彼はフランドル(ベルギー)の画家ですが、ベラスケスとすごく仲が良かったことでも知られています。二人の作風の対比のためにここで紹介します。
ルーベンスは「まさにバロック!」というほど、とにかくダイナミックで激しい絵を描く人でした。例えばフランス国王と結婚するために、イタリアからきたフランス・マルセイユにきたマリーさんを描いた一枚がこちら。
『マルセイユ上陸』Peter Paul Rubens, Public domain, via Wikimedia Commons
ベラスケスのように「見たままを描く」のではなく、想像力を駆使して演出しています。
『パエトンの墜落』Peter Paul Rubens, Public domain, via Wikimedia Commons
こちらは宗教画ですが、やはりダイナミックさを意識しているのは共通で「とんでもなく動的」です。とにかく動きが激しい。まさにバロック様式の代表者ですね。
次回は「バロック時代のその他の名画編」
今回はバロック時代のダイナミックな絵について紹介しました。「見たままを描く」というルネサンスの真逆と言ってもいい、激しい動きが特徴のこの時代。観ている側としては「すごさ」が分かりやすいのが楽しみやすい部分ですね。まだ「美術の何にハマればいいか分からない」という方におすすめです。
たださっき書いた通り、バロック時代は多様性の時代でもあります。こうした表現だけじゃ終わらない。新しいモチーフ、様式が生まれていきます。そこまで書くと、めちゃめちゃ長くなってしまうので、次回にお伝えしましょう。
▼西洋美術史を流れで学ぶ(15回) ~オランダ・バロック美術編~
https://irohani.art/study/5696/
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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