STUDY
2022.5.26
西洋美術史を流れで学ぶ(第26回)~ダダイズム編~
「これから美術を学んでみたい」という方に向けて、西洋美術史をおしゃべり感覚で分かりやすくお伝えするこの企画。前回の第25回は20世紀前半のパリの美術についてお伝えしました。
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西洋美術史を流れで学ぶ(第25回)~20世紀のパリ編~
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今回も同じ時代「第一次世界大戦のまっただなかに起きたダダイズム」についてご紹介します。
ダダイズムは、もう芸術の枠を飛び越えた哲学的な考えです。またこの時代に起きた西洋美術史で最大級の発明・デュシャンの「泉」がもたらした新しい芸術観を見ていきましょう。
第一次世界大戦はそれまでの戦争と何が違ったのか
セルビアから脱出した難民。1914年のライプニッツにて Scan and postprocessing by Hubertl, Public domain, via Wikimedia Commons
西洋世界では領土の奪い合いはもちろん、宗教戦争も含めて、ずっと戦争を続けてきた歴史があります。最近ではロシアとウクライナの戦争が話題ですが、そもそもヨーロッパでは、11世紀から20世紀まで「常にどこかで何らかの戦争が起こっている」という状態でした。それによって芸術家は創作を断念せざるを得なかった、という悲しい歴史があるんですね。
ただし1914年から始まった「第一次世界大戦」の規模はそれまでの戦争を遥かに超えるものでした。とんでもない数の死者が出たんですね。死者数は戦闘員900万人以上、非戦闘員700万人以上です。少なくとも1,600万人以上の人が亡くなりました。日本人の人口のうち8人に1人が亡くなっている、と書くと凄惨さがわかると思います。
第一次世界大戦の被害が広がった背景は、参加国の多さはもちろん、第二次産業革命による「機器の進化」があります。銃火器、移動手段などが進化していたわけです。
世間の人々はみんな、戦争におびえるという感情のほかに、「この世界に嫌気がさしている」という感覚も持っていました。最近のコロナ禍の感覚に近いかもしれません。「コロナだるいわ。早く自由に遊びに行きたいのに」という感じですね。
そんな感覚に合わせて生まれたのが「ダダイズム」。おもしろいのは「世界各国で同時多発的に発生した」ということです。スイス・チューリッヒを皮切りにドイツ・ベルリン、フランス・パリ、アメリカ・ニューヨークなどで盛り上がりました。
ダダイズムとは
Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons
そんな各国のなかでも、最も早かったのがスイス・チューリッヒです。当時はヨーロッパ各国で戦争が起きていたんですが、スイスは1815年から永世中立国だった。だから戦禍を逃れるという意味でも、芸術家はヨーロッパ各国からスイスに来ていました。
そんなスイスのチューリッヒでは、トリスタン・ツァラ、ハンス・アルプ、リヒャルト・ヒュルゼンベックといった詩人・芸術家たちが「マジで戦争終わんねぇかなぁ~」なんて、話をしていたわけです。もうだるくてだるくて仕方なかったんですね。
で、彼らは「なぜ戦争が起きたのか」ということを議論するようになります。おそらく「暴力で解決するっつう思考が問題だろう」とか「領土を求めようとするビジネス主義がやべえだろ」とか話したんじゃないかと思うんです。
で、最終的に彼らは「人には理性があるから戦争が起きたんだ」と結論を出したんですね。それで「考えることをやめようやもう」って呼びかけるわけです。
ダダイズムの「理性を破壊する」の意味
この考えをもう少し分かりやすくするために、例を挙げてみましょう。例えば「夏の絵を描いてほしい」という依頼があったとします。すると「何がいいかなぁ」と考えて「ひまわりと青空」とか「木の幹にとまるセミ」とかを描きたくなるでしょう。
これがダダイズム的にはアウトなんです。つまり「夏を表すものは何だろうなぁ」と理性を通して考えることが「お前、理性通してるやん! それが戦争につながるからダメなのよ!」ってことなんですね。
ゆえにダダイズムの作品は、もうめちゃくちゃになります。ただ前提として「めちゃくちゃな作品を作ろう」っていう思考ではない。むしろ逆で「何も考えずに作品を作ろう」と思ったんですね。
「ダダ」という言葉は詩人のトリスタン・ツァラが命名しましたが、彼は名前を決めるときにフランス語の辞書を適当にめくった。そこにあったのが「dada(訳:木馬)」という単語だった。だからダダに決定したそうです。つまり、まったく理性を通してないんですね。
デュシャンの「泉」の価値とは
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)Unknown authorUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons
さらにいうと「それまでに作られた美術作品」なんて、すべて理性を通して作られたものであり、ダダイスト的には全部が駄作なんですね。だからダダイストの活動は「芸術を見つめ直す」ということにもつながります。
ダダイスト(ダダイズムの実験をするアーティスト)のなかでも、デュシャンは特に「アートとは何なのか」について、むちゃくちゃ没頭して考えた人です。「アートとは」については、いまだに定義が難しいのが事実です。当時も明文化はされていませんでしたが、なんとなく以下の要件は決まっていました。
● アーティストの思想や哲学は反映されたもの
● 自身の手で作ったもの
● 見たときに魅力を感じるもの(美しいもの、高尚なもの)
この定義は今でもなんとなく皆さんがうなずけるんじゃないかな、と思います。しかしデュシャンは「それって本当に正しいの?」と疑問を投げかけるわけです。そこで彼が作った作品が「泉」でした。
マルセル・デュシャン『泉』, Public domain, via Wikimedia Commons
彼は市販の男性用小便器をひっくり返して、台座に載せて「R.MUTT(リチャード・マット)」とサインをしたんですね。先ほどの3つの定義をいっぺんに覆したわけです。それで、自身が委員を務める「ニューヨーク・アンデパンダン展」に出品します。もちろん「ひいき目」を避けるために自分が作ったことは隠していました。
アンデパンダン展は前回の記事でもお伝えしたように「賞はないけど誰でも出品可能で、無審査で何でも展示するよ!」というテーマの展覧会です。しかし「泉」は「ちょっとさすがにこれは……」と、展示されませんでした。当時の芸術観では展示されないのも、うなずけます。自分で作った物じゃないし、汚くて不快だし、何の思想性もない。究極、これを展示してしまったら、もう「渋谷のハロウィンでパリピが吐いた吐しゃ物」でも展示OKとなってしまうわけです。
ただデュシャンは「この便器すらも吐しゃ物だろ」と言い放ったんですね。これで「アート」という言葉は根底から覆りました。これはダダイズムの「理性をぶっ壊す」という概念にも共通するテーマだったんですね。
「泉」は2004年にイギリスでおこなわれた「500人の芸術専門家に聞いた『もっとも影響力のあるアート作品ランキング』で1位を獲得しています。まさに現代アートの出発点といってもいい作品です。
理性を破壊すると「自由」が見えてくる
「理性を破壊する」という行為によって「芸術の自由度」が高まったのもダダイズムの大きな功績です。人は理性がある限り「したくないこと」「できないこと」が生まれます。
先ほどの例でいうと「夏」というテーマにおいて、絶対に浮かばないことを思いつくんですね。「セミ」とか「スイカ」とか、ちょっとひねって「冬景色」は思いつくかもしれません。しかしダダイズム的には、例えば「鹿の剥製」を出して「はい、これ夏ね」って言ってもOKなんです。この発想は一度、理性をなくさないと見えてきません。
このあとダダイズムはダダイストの1人、アンドレ・ブルトンによって「シュルレアリスム」という芸術運動に引き継がれることになります。次回はそんなシュルレアリスムのお話しを紹介しましょう。
▼次回記事はこちら!西洋美術史を流れで学ぶ(第27回)~シュルレアリスム編~
https://irohani.art/study/7784/
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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