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STUDY

2022.6.6

西洋美術史を流れで学ぶ(第27回)~シュルレアリスム編~

何かと難しく語られがちな西洋美術史をおしゃべり感覚で分かりやすく紹介するこの企画。前回は第一次世界大戦の勃発に合わせて起こった、理性を破壊する運動・ダダイズムについてお伝えしました。

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今回はそんなダダイズムの思想をベースに立ち上がった芸術運動・シュルレアリスムについて楽しくみていきましょう。前提しておくと、もはやダダイズムやシュルレアリスムは「美術用語」ではなく、臨床心理学っぽいというか……。どっちかというと「人間の生き方」に関わる分野です。「西洋美術史を知りたい」という方はもちろん「つい、毎日を頑張っていきちゃう方」や「自分のアイデンティティが分からない」と悩んでいる方も、ぜひ読んでみてください。

シュルレアリスムとは

西洋美術史を流れで学ぶ(第27回)~シュルレアリスム編~Unknown author , Public domain, via Wikimedia Commons

「よっしゃ、シュルレアリスムはじめまーす」と宣言したのは、もともとダダイストだった詩人、アンドレ・ブルトンです。彼はダダイズムの創始者である、トリスタン・ツァラとケンカして、決別したうえで、新たな芸術運動を立ち上げました。

シュルレアリスムという言葉はフランスの詩人、ギョーム・アポリネールが作った言葉です。日本語にすると「超現実主義」となります。日本だと特にお笑いの分野で「シュール」ってめっちゃいわれますよね。「みんながついていけないくらい変な状況」になったときに「シュールやなぁ、おい!」ということが多いと思います。

そのせいか日本では「超現実」を「現実を超越したもの」と誤解されがちです。しかしもともとの意味は「とんでもなく、めちゃめちゃ現実であること」です。「なにこれ超かわいいじゃーん」というときに使う「超」と同じ意味ですね。

シュルレアリスムの目的や意義について

じゃあ「超現実」とはどういうことなのか。ざっくりいうと「夢と現実が入り混じった状況を許容する」という考えが根底にあります。

例えば「偶然入った中華料理屋で厨房を覗いたら二足歩行の猫がコック帽被って一心不乱に鍋を振っていた」とか。完全にあり得ない状況なんですけど、それを「ふむふむ。旨そうなチャーハンだな」と“ 肯定する”という考え方ですね。

アンドレ・ブルトンは、この超現実的な考えこそが「高次元な考えだ」と思ったわけです。というのも1920年代に哲学分野でいう「ヘーゲルの弁証法」という考えがちょっとしたブームになりました。

西洋美術史を流れで学ぶ(第27回)~シュルレアリスム編~

ヘーゲルの弁証法とは「正」「反」「合」の3つで表せるモノの考え方です。自分と違う考えに出会ったときに、それを否定するんじゃなくて折衷案を取ることでより高次元な考えにたどり着く、というものになります。

例えばカップルで「お昼ごはん食べよう♡」となったとします。わんぱくな彼氏は「ハンバーグ食べたい!」と言い、細みの彼女は「太りたくないからもっとヘルシーなのがいい」と言った。そこでケンカになるんじゃなく「豆腐ハンバーグにしよう」とか「両方選べるガスト行こう」と考えることですね。これがヘーゲルの弁証法です。

アンドレ・ブルトンは「夢」と「現実」の両方が同居している状態を認めてあげることで、高次元な思考にたどり着こうとしたわけです。

彼は自著「シュルレアリスム宣言」のなかで、シュルレアリスムの目的について「真に自由な発想を得ること」と書いています。アートの表現として、何の縛りもなく自由な発想をするうえでシュルレアリスムの思考は最適なんですね。

シュルレアリスムの背景にあるフロイトの精神分析学

「夢」というのは、シュルレアリスム的にいうと「無意識」です。アンドレ・ブルトンはもともと第一次世界大戦のときに、研修医として精神的に病んだ兵士たちを治療する部門にいました。そこで「フロイトの精神分析学」と出会います。

西洋美術史を流れで学ぶ(第27回)~シュルレアリスム編~historicair (original)Ju gatsu mikka (derivative work), CC0, via Wikimedia Commons

フロイトの精神分析をざっくりご紹介します。前提として「人間には意識できている領域より、無意識領域のほうが圧倒的に広い」という考えがあります。そして意識したくないこと(辛い経験とか嫌いな人)を無意識下に追いやってしまう。その結果、人の行動はだいたい無意識領域の影響で左右されるというものです。

つまり「カウンセリングで意識できていることだけを解決してもダメだよー。無意識下のことを意識させることで悩みから解放されるんだよー!」って言ったんですね。

例えば社内でのいじめで鬱になった方に対して「いじめって辛いよね……分かるようんうん」とだけ傾聴するのではいけない。もしかしたらその方には「小学生のときの辛い思い出」とか「親から受けたトラウマ的な言葉」があるかもしれない。そんな無意識に追いやった出来事を意識の表面に出すことで、根本的解決につながるというわけです。

アンドレ・ブルトンは「人の本質は無意識下にある」ということを知るんですね。「夢」はそんな無意識が反映される映像なんです。それゆえシュルレアリスムでは「夢」という言葉がキーワードになっています。

シュルレアリストたちの技法

では、シュルレアリストたちはどうやって作品を作っていたのでしょうか。

自動筆記(オートマティズム)

例えば創始者のアンドレ・ブルトンは詩を書く際に「自動筆記(オートマティズム)」という手法を使いました。何か文章を書く際に、シンプルに高速で書きまくる、というものです。人は文章を書くときに「テーマ」「ロジック」「文法」などを考えます。すると自然に「意識する」という工程が生まれるんですね。ブルトンは意識する間もないほど高速で言葉を出し続けたわけです。すると当然文法的にはめちゃめちゃになるんですが、おもしろいことに「無意識下にある言葉」が出てくるんですね。

ちょっとやってみると「越前ガニが浮いている間だけ、私は氣志團になれる。しびれを切らしてやってきた溶接士が、しゃもじを振り回しながら噴水を飲み干した」みたいな感じです。私の無意識には氣志團とか越前ガニがいるんですね(謎)。これは誰でもできるので、ぜひやってみてください。友だちと会話形式でもできます。相手の返答とか無視して、とにかく高速で会話のラリーを続けるだけです。

デペイズマン

デペイズマンは「同居するはずのない2つ以上のものを一緒の画面に配置すること」です。例えばルネ・マグリットの「光の帝国」という作品では一部が夜なのに、一部が昼になっています。またマン・レイは「贈り物」という作品でアイロンの表面に釘を付けました。

デカルコマニー

デカルコマニーは和訳すると「転写」です。紙と紙の間に絵の具を挟んで、閉じて開くだけです。そこには何の意志も入っておらず、開いたときに絵の具がどんな付き方をしているのかは「完全に偶然」になっています。シュルレアリスムはこうした「偶然によって発想の限界を超越すること」もよく実験していました。

フロッタージュ

フロッタージュは小学生のときにやった人も多いと思います。なにか石とか木材とかでこぼこした固体のうえに紙を置き、さささ~っと鉛筆でこする技法です。すると、作者が意図していない形で絵が浮かび上がるわけです。これもデカルコマニーと同様に、完全に偶然に身を任せる技法ですね。

その他の技法

このほか煙で絵を描く「フュマージュ」や新聞などの文字を適当に切り刻んでまったく新しい形に組み直す「カットアップ」、何の指示もなしに1つの作品を複数人でつくる「優美な屍骸」といった手法があります。

ちなみにシュルレアリストたちのなかでもぶっちぎりで知名度が高いサルバドール・ダリは「キャンパスの前で食器を持って眠る」ということをしていました。意識がなくなったら、自然と持っていた食器を落とす。その音で目覚めて、さっきまでまどろみのなかで見ていた光景を思い出しながら、絵を描いていたんですね。だから、もうはちゃめちゃです。

シュルレアリスト協会と決別したサルバドール・ダリ

西洋美術史を流れで学ぶ(第27回)~シュルレアリスム編~Roger Higgins, World Telegram staff photographer, Public domain, via Wikimedia Commons

「シュルレアリスムといえば、サルバドール・ダリ!」と連想する方も多いと思うんですが、実は彼は数年でシュルレアリスト協会から離れて、拠点のフランスを去り、アメリカに渡っています。で、アメリカで大成功して巨万の富を築くわけです。

決別した原因は「ブルトンと政治観で意見が食い違ったから」といわれています。ただそれ以上にシュルレアリストたちとダリとは、いくつも違いがありました。まずダリは中退したものの「ちゃんと王立の美大で絵を学んでいる点」です。一方でシュルレアリスムの画家たちは、本格的にデッサンなどを勉強していない人が多い。そもそも「自分の本質とだけ向き合い、他者の目を気にしない芸術」なので、技術を身に着ける必要がないんですね。

だからダリの絵は他のシュルレアリストたちに比べて、圧倒的に上手いです。

また「他者の目を気にしない」=「商業主義を完全に取り払う」ということです。アンドレ・ブルトンは「シュルレアリスム宣言」のなかで「私たちは決して仕事をしない」と書いています。言葉だけ取ると、もう完全に「超ニート宣言」なんですけど、いやいやそんな“ こどおじ”ではないですよ。

この背景には「自分の無意識とだけ向き合う」という姿勢があります。仮に発注主がいたとして「仕事をすること=そいつのオーダーに従って作品を制作すること=自分の無意識と向き合うことから離れてしまうこと」なんです。だから仕事をすることでシュルレアリストではなくなってしまうんですね。

ただダリはアメリカにわたってから、いろんなオーダーを受けまくります。インテリアや洋服、舞台装飾などのデザインをしまくり、テレビ番組に引っ張りだこ。もう大スターになっちゃうんですね。日本でもダリ主演でテレビCMができたりしています。この背景には姉さん女房・ガラがいました。彼女はダリのマネジャーとして、彼の仕事を完全に管理していたそうです。

こんな感じでダリとそのほかのシュルレアリストたちとは大きな違いがあったんですね。ただしブルトンはダリ追放後も、シュルレアリスト作品展にダリの絵を展示しています。というのも、やっぱダリの作品があると展示会の盛り上がりが全然違うんですね。正直なブルトン、ほんとかわいい。

シュルレアリスムの「許す」思考

シュルレアリスムの作品群は、とにかく奇妙奇天烈です。でもそれは決して「よっしゃ、表現が出尽くしたし、奇をてらっちゃいますか!」と思ったわけではない。芸術は自由だという着想のもと、人間の「無意識にこそ、本質がある」と考えた結果、生まれた作品になっています。

そして個人的にビビビっときたのは「夢と現実の入り混じった光景をすべて許す」という部分です。自分と違う考えと出会ったときに「いやあなたそれ間違ってるよ」と否定してしまいそうになる方もいると思います。

なぜ否定してしまうのか。その裏には「無意識下に追いやった過去の出来事がある」というのがシュルレアリスム的な考え方です。これはいわゆる「呪い」ですね。その呪いを意識の表面に出したうえで、自分と反対の考えを含めてすべて「許す」。

これは仏教の「禅」に近い考えなんですよね。シュルレアリスムと禅は並べて、紹介されることもあります。あぁ、なんて素晴らしきシュルレアリスムの世界……。

しかしその一方で、1900年代前半の世界情勢は第一次世界大戦から第二次世界大戦へと移ろっていました。「どうしても相手を許せない運動」も起きていたんですね。むしろ「戦争」へのカウンターカルチャーとしてダダイズムやシュルレアリスムが育ったという側面もあります。

次回はそんな戦争のなかでも悪名高いアドルフ・ヒトラーのまわりで起きたアートシーンの変遷についてご紹介しましょう。

ジュウ・ショ

ジュウ・ショ

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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。