EVENT
2022.12.13
現場の化学反応で作品を紡ぎ出す「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」
映像作品や映像インスタレーションなどを主な技法としているオランダの現代アーティスト、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ。
彼女の代表作品から新作までの6点の映像作品を展示する個展「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」が東京都現代美術館にて開催中。
目次
内覧会当日にご本人の口から語っていただいた作品解説や制作プロセスを踏まえ、広い会場内の様子などもご紹介したいと思います。
ウェンデリン・ファン・オルデンボルフって、どんな人?
ウェンデリン・ファン・オルデンボルフはオランダを代表する現代アーティスト。
映像作品や映像インスタレーションを対話構築のきっかけとして、約20年以上にわたり実践的な表現をつづけています。
その作品の特徴は、文化的・政治的なさまざまな社会問題を取り上げるとともに、異なるバックグラウンドや専門分野を持つキャストやクルーが参加し、テーマについて対話する過程で発露する主観性や視座、関係性を捉えることで、鑑賞者の思考との交差を促すというものです。
彼女の映像作品はシナリオを設定せず撮影が行われます。そのことにより、他者との共同作業を通じて人々の関係を形成すると同時に、それによって形作られるものとして試行を重ねることで豊かな多声性をもたらしています。
近年では、2017年ヴェネチア・ビエンナーレのオランダ館代表を務め、2016年あいちトリエンナーレなど多数の国際展に参加しており、過去を見つめ今日を紡ぎながら未来を見出そうと努めるような丁寧な表現作品から今後の活動が期待されています。
舞台セットのインスタレーションのような展示会場
国内初めての個展である「柔らかな舞台」では、彼女の代表作品から新作までの6点の映像作品を展示。
会場は、舞台セットのようなインスタレーションになっており、会場入口でヘッドフォンを受け取り各作品を巡るようになっています。
広い会場内とはいえ作品同士が隣接しており、音声が重なって鑑賞の妨げになってしまうので、座席にあるイヤホンジャックをさして、ゆっくりと鑑賞することをオススメします。
また、映像作品のほかにも映像表現がプリントされた作品や、制作における参考書籍や台本のようなものも展示されているので、作品への理解を深めるためにご覧になってみてください。
会期中には、ギャラリートークや読書会などの面白いプログラムも実施予定です。展覧会公式サイトでプログラムが順次公開されるのをあわせてチェックしてみてくださいね。
6つの映像作品について
会場では、植民地主義、ナショナリズム、家父長制、フェミニズム、ジェンダーなどの文化的・政治的な社会問題に対するウェンデリン・ファン・オルデンボルフのさまざまなアプローチを示す映像作品がご覧になれます。
植民地をテーマにしている作品
ファン・オルデンボルフの映像作品では、歴史的文脈を持つ建築や場所で撮影が行われ、DJ、看護師、政治学者、ラッパー、アーティスト、ジャーナリストなど、さまざまな背景を持つ人が参加します。
そのことにより異なるバックグラウンドや専門分野を持っている人々の声は、ファン・オルデンボルフの作品において豊かな多声性をもたらす重要な要素となっています。
一つ目は17世紀のオランダ領ブラジルで総督を務めたヨハン・マウリッツの旧居でもあるマウリッツハイス美術館にて撮影された、マウリッツの知られざる統治をめぐって、マウリッツの手紙などを読み上げながら議論する《マウリッツ・スクリプト》(2006年)。
二つ目はオランダ領東インド(現在のインドネシア)に向けたラジオ放送に使われた放送局跡地にて撮影がおこなわれた、オランダによる植民地政策にラジオがもたらした影響についての対話と、インドネシア独立運動家スワルディ・スルヤニングラットが書いた手記「私がオランダ人であったなら」を読み上げる声とが交わる《偽りなき響き》(2008年)。
芸術実践やその歴史を取り入れている作品
ファン・オルデンボルフの映像制作では、音楽、映画、詩、建築、絵画といった芸術実践やその歴史も要素として多く取り上げられます。
一つ目は、1930年代初期にソビエト連邦で活動し、戦後オランダで活躍したドイツ人建築家ロッテ・スタム=ベーゼと、ロッテルダムの差別的な住宅政策に異を唱えた南米・ガイアナ出身活動家のヘルミナ・ハウスヴァウトの軌跡を取り上げた《ふたつの石》(2019年)。
スタム=ベーゼが計画に携わったハルキウ・トラクター工場(KhTZ)の集合住宅地とロッテルダムで撮影されたこの作品では、それぞれの地で現在活動する建築家や住民らが、二人の理想とそれらの間の不協和音について語っています。
二つ目は、複数の叙情的表現と声が結びつきを成し、個人の記憶と政治的省察を行き来する、改装中のアーネム博物館で2019年に撮影した《ヒア》(hier=オランダ語で「ここ」の意味)(2021年)。
オランダで音楽活動や文筆活動を行う若い女性たちが、異種混交性、トランスナショナル、ディアスポラといったテーマに繊細に触れながら、植民地時代の歴史の余韻が根強い現代において、アイデンティティや文化の刷新が政治的に利用される傾向について語っています。
フェミニズムやジェンダーの問題を扱っている作品
ファン・オルデンボルフは作品においてフェミニズムやジェンダーの問題もさまざまな角度から扱っています。
一つ目は、ポーランドの映画産業に関わる女性たちと制作した《オブサダ》(obsada=ポーランド語で「キャスト」の意味)(2021年)。
20世紀の前衛芸術においても見落とされ、芸術分野で存在している家父長的な特権が、今尚解消されないジェンダー不平等の問題と、これからの変化に対する希望について、芸術分野で活動する女性たちが共に撮影を進めながら率直な言葉を交わしています。
二つ目は、本展を機に日本国内の東京と横浜で撮影された新作《彼女たちの》(2022年)。
1920年代から1940年代にかけて活躍した女性の文筆家である林芙美子(1903〜1951)と宮本百合子(1899〜1951)を取り上げ、ふたりの著書にある生き方や理想の追求をキャストが読み解いていきます。
女性の社会的地位、性愛、情愛、戦争、政治といった問題に切り込んだ文書を取りあげ、異なる世代の現代を生きる人々による朗読や対話から、それらが今日の社会のどのような側面を映し出しているかを探ります。
新作《彼女たちの》においては、本展覧会にむけて、かねてより興味があった日本のフェミニズムについてリサーチしはじめ、徐々に林芙美子と宮本百合子にフォーカスし、9月26日と10月3日の2日間で撮影、その後約3週間で編集作業をおこない、約3ヶ月という短期間の日本滞在中に作品を完成させたそうです。
最後に
ウェンデリン・ファン・オルデンボルフの作品からは、現在の社会に蔓延るさまざまな問題を抱えて生きる、私たち“そのものの姿”を感じました。
「未来を見るためには過去を見なければならない、だからこそ若い人たちと一緒に作品制作するのです」という彼女の言葉が、その意味を捉えていると思います。
植民地主義、ナショナリズム、家父長制、フェミニズム、ジェンダーなど以外にも、これからも文化的・政治的な社会問題は生まれてくるでしょう…私たちが言葉にはできない葛藤を抱えた時こそ、彼女の作品が時に救いとなり、背中を押してくる、未来を生きるための指標となってくれる気がします。
展覧会情報
「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」
会期:2022年11月12日(土)〜2023年2月19日(日)
会場:東京都現代美術館
時間:10:00〜18:00 (最終入場時間 17:30)
休館日:月曜日(1月2日、1月9日は開館)、12月28日~1月1日、1月10日
URL:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Wendelien_van_Oldenborgh/
画像ギャラリー
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アート・カルチャーの架け橋になりたい。やれることならなんでもやるフリーランス。日々の暮らしを豊かにしてくれるアート・カルチャー系記事の執筆業以外に、作詞家、仲介・紹介業、対話型鑑賞会のナビゲーター、アート・映像ディレクターとして活動中。
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