EVENT
2023.9.1
世界に3つしかない世界最高精度レプリカが紐解く、ツタンカーメン青春の謎
「何か見えるかね?」
「はい、すばらしいものが」
1922年に考古学者のハワード・カーターがツタンカーメン王の墓を見つけ、その壁に開けた穴から貴重な副葬品を目にした際、彼は一時言葉を失いました。彼の背後で様子を見守っていたスポンサーのカーナヴォン卿が「何か見えるかね?」と問いかけたとき、カーターは「はい、すばらしいものが」と答えた、という逸話が残っています。
2022年は、ハワード・カーターが1922年にツタンカーメンの王墓を明らかにしてからちょうど100年目でした。現在、ツタンカーメンのマスクや副葬品はエジプトから国外不出になっています。
本展は、世界にたった3セットしか存在しない超精密な複製「スーパーレプリカ」約130点と、最新デジタル技術を駆使して、世界で最も有名な王の一人であるツタンカーメンの謎に迫っていきます。展覧会「体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春」は、2023年11月20日まで所沢・角川武蔵野ミュージアム1階 グランドギャラリーで開催されています。
目次
監修されたエジプト考古学者の河江肖剰(かわえ・ゆきのり)氏は、「ツタンカーメンって聞いたことがある」「誰それ?」という方を、この展覧会のターゲットにしていると話しています。そんな古代エジプトの初心者でも分かりやすい展覧会を章ごとに解説をしていきます。
※展示品(写真含む)は全てスーパーレプリカです。
会場エントランスでは監修・河江肖剰氏の導入紹介動画が流れています ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
序章 ツタンカーメンの王:101年前の世紀の発見を体感
封印された壁に穴を開けて、その中を覗くことで、カーターらが目にした光景を再現。101年前のカーターやカーナヴォン卿の世紀の発見を追体験できます。
金箔で飾られた雌ライオンの儀式用寝台(右)と通称「番人の像」(左) ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
墓自体の大きさもほぼオリジナルと同じ大きさ、石棺が納められた「玄室」の壁画も、デジタル技術と手作業の組み合わせによって再現されています。古代の職人の技術や筆致だけでなく、壁画に付着した古代のカビの痕跡まで再現されており、その出来栄えは、まるで実際に王墓の中に入り込んだかのような精緻さです。
珪岩製の石棺の上には、赤色花崗岩のふたがあります。 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
このあと、第1〜4章までが展開されていますが、どの章から見ても楽しめる作りになっています。
圧巻の中央展示
広々とした部屋の中央にある、幅40メートル、高さ4.5メートルに及ぶ壮大なスクリーンに、エジプトの歴史や神話が映し出されます。映像は、原初の水「ヌン」から始まり、エジプトの神々の出現、神殿や王墓の構築、アクエンアテンの宗教改革、そしてツタンカーメンの一生まで、30分にわたって展開されます。
スクリーンの正面中央で輝くツタンカーメンの黄金のマスク ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
スクリーンの正面中央には、ツタンカーメンの黄金のマスクが輝き、その前には、入れ子構造だった3つの金箔の厨子(ずし)と呼ばれる直方体の箱と、2基の金箔、1基の純金製の人型棺が展示されています。(実際にはさらに大きい一番外側の第1厨子が存在しますが、レプリカは制作されていません。)
3つの金箔の厨子と。3つの人型棺を並べて展示 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
この圧巻な展示は、全てレプリカとはいえ、3300年前の古代エジプトへタイムトリップさせてくれます。映像と連動したリアルタイム音声ガイド(無料)がありますので、スマートフォンとイヤホンを忘れずに。
ツタンカーメンのミイラが納められていた純金製の人型棺 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
第1章 ツタンカーメンの青春 ツタンカーメン王の生涯
ツタンカーメンの王墓からは、5,000点以上の埋葬品が見つかっています。興味深いことに、これらは葬送儀礼に関わるものだけでなく、彼が日常的に使用していた道具や品々も多く含まれています。ここからツタンカーメンの生活、少年王としての足跡を垣間見ることができますね。
中央の玉座にはツタンカーメンとアンケセナーメンが描かれます ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
ツタンカーメンは、異端の王とも呼ばれるアクエンアテンの息子であり、父が亡くなった後、彼はわずか9歳で即位し、19歳で亡くなった少年王として知られています。母親は父親の姉妹であり、近親婚の可能性が高く、彼は生まれつき左足が内側に曲がった「内反足」でした。
ツタンカーメンの王墓からは、130本以上の杖が見つかっており、彼が杖を使って生活していたことがわかります。また、副葬品には、彼が座った状態で矢を射る様子や狩りの棒を投げる姿が描かれています。
埋葬されていた儀式用の戦車 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
ツタンカーメンは、同じアクエンアテンを父に持ち、異母姉であったアンケセナーメンと結婚しました。彼女は彼の唯一の妃であり、2人の娘を出産しましたが、どちらも死産でした。玉座の背中には、ツタンカーメンとアンケセナーメンの仲睦まじい姿もあり、幸福な夫婦として描かれています。
ツタンカーメンが戦争に参加したかどうかは不明ですが、彼の墓からは戦車や武器が見つかり、副葬品には戦闘の場面が描かれています。彼の最期はおそらく戦車の事故によるもので、彼を来世へと導くための模型の船が部屋の隅に配置されています。
第2章 古代エジプトの死生観とミイラ:ミイラはなぜ必要なのか?
古代エジプトでは、死は終わりではなく、地上の生活から来世への移行として見なされていました。エジプト人は「魂」の存在を信じ、来世での新たな生活を始めると信じられていたためです。
古代エジプトの葬儀には、死者のミイラ化や、来世での旅を支えるためのガイドブック「死者の書」などの葬送文書の朗唱、また、来世で困らないように、向こうで使用する副葬品も納められました。古代エジプト人の信仰では、冥界の神オシリスへの信仰が重要でした。
ツタンカーメンのミイラの包帯に数多く包まれていた装飾品の一部 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
死者は太陽神ラーと共に冥界のナイル川を舟で渡り、オシリスの館へ向かいます。ここで審判を受け、罪が許されれば来世で再生と復活が約束され、永遠の楽園で暮らすことができるとされていました。そのため、来世での再生と復活のために新たな肉体が必要であり、ミイラ作りの習慣が生まれたのです。
ツタンカーメンのミイラは、17層の亜麻布の包帯で包まれており、その間には140点を超える装飾品などが装着されています。黄金のマスクがミイラにかぶせられ、三重の棺の最も内側に位置する黄金の棺に収められていました。
これらの棺は珪岩から削り出された石棺に収められ、その上に4つの厨子が重ねて置かれており、彼の遺体が非常に厳重に保護されていたことが分かります。
第3章 古代の神聖な文字ヒエログリフ:約1400年間も未解読だった文字
分かりやすく図解された、ヒエログリフの文字の解説展示 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
古代エジプト語のヒエログリフは、音を表す「表音文字」、音と意味を同時に示す「表語文字」、そして単語のカテゴリーや意味を表す「決定符」という3つのカテゴリーに分類されます。これらのヒエログリフは、神殿や墓、石碑、彫像などに刻まれており、古代エジプトの象形文字として使用されていました。
ツタンカーメンと表されたヒエログリフ文字 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
記録として最後に残されているヒエログリフが紀元後324年で、それ以降、1822年に解読されるまで、約1400年間、未解読の文字でした。古代エジプト人が刻んだ言葉たちから、彼らの思想や世界観に思いを馳せることができます。
第4章 古代エジプトの信仰:ツタンカーメン父の行った宗教改革とは?
アテン神を信仰するアクエンアテンとその家族 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
古代エジプトの信仰体系は、「多神教」として知られ、多くの神々を崇拝していました。太陽や空、星、動物、昆虫など、自然界や動物の化身とされるさまざまな1500柱にも及ぶ神々が存在していたそうです。
ツタンカーメンの父アクエンアテンは、アメン・ラー信仰から太陽円盤の神であるアテンの崇拝を重視、つまり「多神教」から「一神教」への宗教改革を行います。しかし、これは大衆の支持を得ることはできませんでした。
多神教の八百万の神々 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
宗教改革が成功しなかった一因は、オシリス信仰の死者の再生と復活を否定したことであると考えられています。ツタンカーメンの治世では、古い信仰が復活し、オシリス信仰が再び描かれ、多神教の再興が明らかになりました。
同時開催「神秘のミステリー!文明の謎に迫る古代エジプトの教科書」展
4階エディットアンドアートギャラリーで、現在、同時開催されている「神秘のミステリー!文明の謎に迫る古代エジプトの教科書」展が開催されています。本展は、古代エジプトの知識に迫るためにエジプト考古学者・河江肖剰氏が監修した書籍『神秘のミステリー!文明の謎に迫る 古代エジプトの教科書』を基にしています。
展示内容は、古代エジプトの王、死生観、ピラミッド建設、当時の生活など、古代エジプトに関する謎について様々な角度から紹介されています。
1階グランドギャラリーの展覧会では、ツタンカーメンを中心に、4階エディットアンドアートギャラリーでは、古代エジプトの謎を包括的にそれぞれ説明していますので、併せて見ると、より理解が深まります。ミュージアムの目玉である本棚劇場も楽しめるので、こちらもおすすめです。
さいごに
巨大スクリーン前に展示される人型棺 ©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム
この展示会は、古代エジプトの思想や信仰、そしてツタンカーメンの生涯を振り返る博物館的要素と、華麗な副葬品のレプリカを楽しむ美術館的要素が組み合わさっています。
特に注目すべきは、世界にわずか3セットしか存在しない世界最高精度のスーパーレプリカのうちの1セットを、ガラスケースなしで至近距離から鑑賞できること。古代エジプト人の息吹を身近に感じられる展示となっています。
チケット情報としては、角川武蔵野ミュージアムの目玉である本棚劇場も見られ、1階と4階の両展覧会を同時に入場でき、別々に購入するより割安になる「KCM 1DAY パスポート」の販売もあります。狙い目は15時以降入場可能の「KCM イブニングパスポート」を購入、かつ、21時まで開館している金・土曜日に訪れるのをおすすめします。
本展の会期は11月までと比較的長く設定されているので、興味を持たれた方はぜひ足を運んでみてください。
展示会情報
体感型古代エジプト展ツタンカーメンの青春
会場:角川武蔵野ミュージアム1階 グランドギャラリー
開催期間:2023年7月1日(土)〜11月20日(月)
料金:一般(大学生以上):2,400円/中高生:1,800円/小学生:1,000円/未就学児:無料
神秘のミステリー!文明の謎に迫る 古代エジプトの教科書
会場:角川武蔵野ミュージアム4階 エディットアンドアートギャラリー
開催期間:2023年7月23日(日)〜11月20日(月)
料金:一般(大学生以上):1,400円/中高生:1,200円/小学生:1,000円/未就学児:無料
公式サイト:体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春
【両方の展覧会が見られる割安なチケット】
KCM 1DAY パスポート(本棚劇場含む)全時間可能
月~金曜日の金額
料金:一般(大学生以上):3,000円/中高生:2,400円/小学生:1,600円/未就学児:無料
土・日曜日の金額
料金:一般(大学生以上):3,400円/中高生:2,700円/小学生:1,800円/未就学児:無料
KCM イブニングパスポート(本棚劇場含む)15時以降入場可能
料金:一般(大学生以上):2,700円/中高生:2,100円/小学生:1,400円/未就学児:無料
所在地:埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3
アクセス:JR武蔵野線 東所沢 徒歩約10分
開館時間:日~木曜日 10:00~18:00/金・土曜日 10:00~21:00
(最終入館は閉館の30分前)
休館日:第1・3・5火曜日
画像ギャラリー
あわせて読みたい
-
EVENT
2025.01.19
【六本木】東京で実物大ピラミッドが出現?!「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」開催直近!続報
イロハニアート編集部
-
EVENT
2025.01.19
古都奈良の絵画史を巡る旅!特別展「大和の美」で古代から現代までの美の系譜に触れる
イロハニアート編集部
-
EVENT
2025.01.18
自然をモチーフに命と誠実に向き合う、むらいさきの個展「Spring has come」が南青山イロハニアートスタジオにて開催!
イロハニアート編集部
-
EVENT
2025.01.17
日本のアートシーン最前線を体感! 47名のアーティストが魅せる「WAVE 2025」、代官山LURFギャラリーで開催決定
イロハニアート編集部
-
EVENT
2025.01.16
【はぴだんぶい】結成5周年記念ピクニックカフェが東名阪で開催決定!限定メニュー&グッズ情報満載!
イロハニアート編集部
-
EVENT
2025.01.12
【東京・二子玉川】大人がこどもに変身!?「もっと!こどもの視展」で体験する12の不思議な世界 2025年2月開催
イロハニアート編集部
このライターの書いた記事
-
STUDY
2024.12.30
【スラヴ叙事詩】ミュシャが描いたスラヴ民族の希望と独立の物語
つくだゆき
-
EVENT
2024.12.09
すみだ北斎美術館『読み解こう!北斎も描いた江戸のカレンダー』江戸の粋な暦の世界―隠された「大小」を解読する江戸の楽しみ
つくだゆき
-
EVENT
2024.11.13
【世田谷文学館】漫画家・森薫と入江亜季展|アナログの手描きにこだわる二人の漫画家展
つくだゆき
-
STUDY
2024.10.28
フェルメールブルーと広重ブルー?理想の青への長い道のり
つくだゆき
-
EVENT
2024.09.28
【蕗谷虹児展】少女たちを魅了したモダンガールと詩情あふれる美の世界
つくだゆき
-
STUDY
2024.09.19
【葛飾北斎】娘・葛飾応為は父の代筆者だった?『吉原格子先之図』も解説
つくだゆき
東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
東京美術館巡りというSNSアカウントの中の人をやっております。サラリーマンのかたわら、お休みの日には、美術館巡りにいそしんでおります。もともとミーハーなので、国内外の古典的なオールドマスターが好きでしたが、去年あたりから現代アートもたしなむようになり、今が割と雑食色が強いです。
つくだゆきさんの記事一覧はこちら