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2024.6.10
『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』国立西洋美術館
羊や子牛などの動物の皮を薄く加工した紙に、人の手でテキストを筆写して作られた写本。それは印刷技術のなかった中世ヨーロッパにおいて、人々の信仰を支え、知の伝達を担う主要な媒体でした。また膨大な労力や時間をかけて制作された写本の中には、華やかな彩飾が施され、一級の美術作品へと昇華している例も少なくありません。
目次
カマルドリ会士シモーネ彩飾 《典礼用詩編集零葉》イタリア、フィレンツェ 1380年頃 内藤コレクション(長沼基金) 国立西洋美術館蔵
その写本の役割や装飾の特徴を紹介する『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』が、6月11日より国立西洋美術館にて開催されます。2015年度に、筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏より一括寄贈され、国内の美術館では最大級の写本コレクション「内藤コレクション」の魅力とは?見どころを紹介します。
贅を尽くして制作された華やかな作例も!聖書、詩編集、聖務日課のための写本まで。
《聖書零葉》イングランド 1225〜35年頃 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
中世ヨーロッパにおける最も重要なテキストだった聖書にも多くの写本が存在します。内藤コレクションにおける聖書写本の中心であるのは、13世紀のイングランドやフランスで制作された作例です。
そのうち《聖書零葉》とは、「創世記」冒頭を示す大きな物語イニシャルが目を引く、内藤コレクションを代表する一点。またオックスフォードやパリにて作られ、黎明期の大学教育の現場で使用された写本由来の例も見られます。
《詩編集零葉》フランス北部(?) 1270年代〜80年代 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
旧約聖書の一書を構成し、神の栄光を讃える150編の詩からなる「詩編」は、古来キリスト教徒の祈りの重要な要素でした。 この「詩編」のテキストに、聖歌や祈祷文、教会暦(キリストの生涯を一年の周期にあてはめて編成した暦)に基づく暦などを収録した祈祷書を詩編集と呼びます。
《詩編集零葉》南ネーデルラント、おそらくヘント 1250〜60年頃 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
13世紀後半の南ネーデルラントやフランス北部、14世紀末から15世紀初頭のイングランドに由来する零葉など、内藤コレクションの詩編集も見どころとなります。
フランチェスコ・ダ・コディゴーロ写字、ジョルジョ・ダレ マーニャ彩飾《『レオネッロ・デステの聖務日課書』零葉》 イタリア、フェラーラ 1441〜48年 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
日々8回の定刻にて行われ、修道院や教会の典礼の基本をなす聖務日課。その祈りで唱えられた全テキストを収録した書物が聖務日課書です。このうち集団で参照するために大きな聖務日課聖歌集や典礼用詩編集における、大型イニシャルなど華やかな装飾も魅力と言えるでしょう。
有名画家が挿絵や余白の装飾を手がける。「中世のベストセラー」と称される時祷書の魅力。
パヴィアのサン・サルヴァトーレ聖堂のミサ聖歌集の画家彩飾 《ミサ聖歌集零葉》イタリア、パヴィア 1480〜85年頃 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
キリストの十字架上での犠牲と復活を再現し、記念する礼拝のミサは、修道院や教会における中心的な典礼でした。このミサのために編まれたミサ典礼書には、司祭と補佐役が唱え、また歌うテキストや、 聖歌隊の歌う聖歌が収められています。
ミサで歌われる聖歌を楽譜とともに収録したミサ聖歌集は、聖務日課聖歌集などと同じく、集団で参照するために大型のものが多く、大きなイニシャルや華やかな余白装飾を含む作例も見られます。
リュソンの画家彩飾《時祷書零葉》フランス、パリ 1405〜10年頃 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
中世において最も多くの写本が制作されたのは、一般の信徒たちが毎日定められた時間に礼拝を行うために用いた時祷書でした。そして内藤コレクションにおいても、最も数が多いのが時祷書、もしくはこれに準じる祈祷書の零葉です。
王侯貴族や高位聖職者の注文で制作された時祷書の写本の中には、有名画家が挿絵や余白の装飾を手がけた豪華な作例も見られます。また時祷書への高い需要に応えるため、15世紀末から16世紀には写本制作に印刷技術も取り入れられました。本展では時祷書の印刷本の零葉も4点紹介されます。
内藤コレクションの大多数と、国内の大学図書館の所蔵品を加えた約150点の作例を公開。
《詩編集零葉》南ネーデルラント、ブリュッヘ 1260年頃(?) 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
教会暦に従って決まる、キリスト教における日々の礼拝の内容。 詩編集や聖務日課書、ミサ典礼書、時祷書などの巻頭には、暦が所収されているのが一般的でした。それらには各月に典型的な農作業あるいはレジャーの情景、月ごとの星座図といった挿絵もしばしば添えられています。こうした暦のページの挿絵は親しみやすいものが多く、写本ファンからも人気を博しています。
《グラティアヌス『グラティアヌス教会法令集』(ブレーシャのバルトロマエウスの「標準注釈」を伴う)零葉》フランス南西部、トゥールーズ(?) 1320年頃 内藤コレクション(長沼基金) 国立西洋美術館蔵
教会法令集とは、カトリック教会が組織運営や信徒たちの信仰、生活に関して定めた法文を所収した書物のこと。本展ではその註解書を5点紹介し、学問的情熱が伝わってくるようなびっしりと書き込まれた細かな文字を目にすることができます。
中世フランスで市参事会員や領主が、慣習法の遵守を「福音書にかけて」宣誓する儀式の際に用いた「宣誓の書」も見どころのひとつです。出品作の表面には黒ずみが残っていますが、それは開いたページ上に手を置いて宣誓が行われことに由来するものと推測されます。
非宗教的な内容を持つ、世俗写本も見ておきたい作例と言えるでしょう。大きな挿絵が特色のブルネット・ラティーニ(13世紀フィレンツェの人文主義者)の著作『宝典』の写本零葉や、16世紀ドイツのトーナメント書に由来する例、さらに同じく16世紀のスペインで発行された貴族身分証明書などが展示されます。
内藤裕史氏の一括寄贈後も、2020年にかけて内藤氏の友人である長沼昭夫氏からも支援を受けて新たに26点を所蔵品に加えた国立西洋美術館。同館では2019〜20年度に3期にわたり開催した小企画展にて、内藤コレクションを紹介してきました。しかしコロナ禍のさなかでもあったため、小規模なものに留まりました。
聖王ルイ伝の画家(マイエ?)彩飾《『セント・オールバンズ聖書』零葉》フランス、パリ 1325〜50年 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
そこで今回は内藤コレクションの作品の大多数と、国内の大学図書館の所蔵品も若干数加えた約150点の作例を公開。同館で初の大規模な写本展が実現しました。
ジョヴァンニ・ディ・アントニオ・ダ・ボローニャ彩飾 《典礼用詩編集零葉》イタリア、ボローニャ 1425〜50年 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵
「中世の小宇宙」とも称され、目を見開けば見開くほど、文字と絵が一体となった装飾芸術の美が浮かび上がる写本の世界を、国立西洋美術館の展覧会にて味わってください。
展覧会情報
『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』 国立西洋美術館
開催期間:2024年6月11日(火)〜8月25日(日)
所在地:東京都台東区上野公園7番7号
アクセス:JR線上野駅公園口より徒歩1分。京成電鉄京成上野駅より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅より徒歩8分。
開館時間:9:30~17:30(金・土曜日は9:30~20:00)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、7月16日(火)(ただし、7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、8月13日(火) は開館)
入館料:一般1,700円、大学生1,300円、高校生1,000円、中学生以下無料
公式サイト: 『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』
画像ギャラリー
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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