LIFE
2026.10.21
原田マハ『常設展示室』の絵画を解説!未来を切り開く力になる名画たち
人気作家・原田マハさんの短編集『常設展示室』をご存じですか?登場人物たちが未来を切り開くきっかけになるのは、ピカソやフェルメールなどの絵画です。この記事では、作中の名画を分かりやすく解説します。小説の世界をもっと深く味わいたい方も、アートに触れてみたい方も、ぜひ一緒に作品の魅力を掘り下げていきましょう。
目次
絵画と人生が交差する極上の短編集『常設展示室』
原田マハさんの『常設展示室―Permanent Collection―』は、ニューヨークやフィレンツェ、東京などの美術館を舞台に、人生の岐路に立つ人々が実在する名画と出会い、前を向いて再び歩き出す姿を描いています。アートへの深い愛情と造詣が発揮されている極上のアート短編集です。
タイトルにある「常設展示室(常設展)」とは、美術館や博物館で、自館のコレクションなどをいつでも見られる場所です。国内外の作品が特定のテーマで集められ、期間限定で展示される「特別展(企画展)」とは異なります。普段は目立ちにくい常設展にフォーカスを当て、美術館を訪れる人々と交錯させた本作は、アート好きにとっても新鮮な1冊だと思います。
そんな物語を豊かに彩っているのは、どのような絵画なのでしょうか?ピカソ、フェルメール、ラファエロ、ゴッホ、マティス、東山魁夷の名画についてご紹介します。
パブロ・ピカソ《盲人の食事》
パブロ・ピカソは作風が頻繁に変化した画家で、なかでも1900年〜1904年ごろは「青の時代」と呼ばれています。19歳で親友の自殺を経験し、その憂いを表現するため、プロシア青という人工染料を使って、社会的弱者をテーマにした作品を発表しました。
《盲人の食事》には、食卓に座る盲目の男性が描かれています。左手にパンを持ち、右手でワインの瓶に手を伸ばしている様子です。パンとワインというモチーフは、キリストの肉体と血液を想起させる聖餐の儀式を、現代的に再解釈したものだと考えられています。
友人の詩人、マックス・ジャコブに宛てた手紙で、ピカソは「そばには、彼を見つめている犬がいる。まだ完成してはいないが、この作品にはかなり満足している」と記しました。今わたしたちの目には見えませんが、制作の初期段階において犬が描かれていたそうです。さらに近年の調査によって、表面の絵の下には女性のヌードが隠されていたことも判明しています。
先行きが見えず、手探りで進むしかない孤独な夜。静寂の中で食事を取ろうとする姿は、「未来は分からない。それでも日々を手繰り寄せて生きていこう」という勇気を与えてくれるのではないでしょうか?メトロポリタン美術館の公式サイトからぜひ作品を鑑賞してみてくださいね。
ヨハネス・フェルメール《デルフトの眺望》
ヨハネス・フェルメール《デルフトの眺望》(1660年〜1661年ごろ)/マウリッツハイス美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
《デルフトの眺望》は室内画を多く描いたフェルメールが遺した、数少ない風景画です。長年過ごしたデルフトを描くにあたり、その生涯に関わる建築物を一望できるように、建物の位置やサイズが調整されました。19世紀に再評価を受けるきっかけとなった作品でもあります。
フェルメールは岸の南側からデルフトを描きました。早朝の空には厚い雲がかかり、手前の水門や船にはやわらかな影が落ちる一方、奥にそびえる教会の尖塔や赤褐色の屋根には日光が注いでいます。水面に点綴法(ポワンティエ)を使うことで、繊細な光の反射を粒のように表現しました。
フランスの作家、マルセル・プルーストが絶賛し、代表作『失われた時を求めて』の重要な場面で登場させたことでも有名です。生まれ故郷の変わらぬ美しさを、光のコントラストで永遠のものにした《デルフトの眺望》。先の見えない日々に立ち止まったとき、穏やかな陽光のように、心を研ぎ澄ませて再び歩き出すための安らぎを与えてくれると思います。
ラファエロ・サンツィオ《大公の聖母》
ラファエロ・サンツィオ《大公の聖母》(1505年〜1506年ごろ)/パラティーナ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
《大公の聖母》はルネサンスの巨匠、ラファエロ・サンツィオによって制作された、聖母子画を代表する作品です。トスカーナ大公フェルディナンド3世が深く愛し、自らの寝室に飾るだけでなく、亡命先にも運んだことから、《聖母子》という本来の名前よりも《大公の聖母》として知られています。
漆黒の背景に浮かび上がるのは、赤と青の衣服を身につけた聖母マリアと、その腕にしっかりと抱かれる幼いイエスです。師匠だった画家ペルジーノの様式に則りながら、レオナルド・ダ・ヴィンチから学んだスフマート(ぼかし技法)とキアロスクーロ(明暗法)を取り入れることで、立体感と愛情深さ、将来の受難を描きました。
近年の調査で、もともと描かれていた室内風景が後から黒く塗り直されたことが判明しています。シンプルな暗闇だからこそ、気高い愛や真摯な佇まいが際立つようです。不安や迷いに包まれたとき、静かに寄り添い、慈愛に満ちた光で足元を照らしてくれるのではないでしょうか?
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ《ばら》
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ《ばら》(1889年)/国立西洋美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
《ばら》は、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホがサン=レミの精神療養院を退院する直前に描かれました。医者から行動と制作の範囲を限定されていたため、病院の庭の隅を描いたようです。書簡には「ここに来て以来、荒れた庭――大きな松の木立があって、その下には様々な植物や雑草が手入れされぬままに伸びている――だけで作品のモチーフは充分で、まだ外に出ていない」と書き残しています。
画面全体を覆う草むらの中に、可憐な花々が咲きこぼれています。絵具を厚く盛り上げた、うねるようなタッチは、自然の力強さをそのままカンヴァスに飾り付けたかのようです。雑然としているのに穏やかで、「本当の美しさは完璧でないからこそ生まれるのかもしれない」と思わされます。
度重なる精神病の発作と闘いながら、ゴッホは自然を描くことで情熱を取り戻そうとしました。彼にとって咲き誇る草花は、暗闇の中で信じた再生の象徴だったのかもしれません。自分ではどうにもできないことがあっても何とか生きようとする姿が、困難に立ち向かおうとする人に力を分けてくれるはずです。
アンリ・マティス《豪奢Ⅱ》
アンリ・マティス《豪奢Ⅱ》(1907年)/コペンハーゲン国立美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
アンリ・マティスはフォービズム(野獣派)を牽引し、「色彩の魔術師」として評価されました。1900年前後からポール・セザンヌやヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、ポール・ゴーギャンなどに学ぶ中で、身体の表現を模索します。《豪奢Ⅱ》は、ギリシア神話や聖書に由来する水浴図をテーマに、単純化された風景の中で複数の裸婦を構成した作品です。
青空と海、緑の丘を背景に、水浴びを終えた3人の裸婦たちが描かれています。中央で堂々と立つ女性の足元には身をかがめて足を拭く人物、そして右側には花束を手に駆け寄る女性が配置されました。輪郭線は大胆ですが、シンプルに削ぎ落とされた構図で、平塗りされた原色がリズムと調和を生み出しています。
《豪奢Ⅱ》を眺めていると、現実の煩わしさやプレッシャーから解き放たれたような気持ちになります。慌ただしい毎日に心が疲れたとき、無駄を削ぎ落として本質を見つめるように導き、自分らしく伸びやかに生きるための息継ぎを思い出させてくれることでしょう。
東山魁夷《道》
東山魁夷は昭和を代表する日本画家です。ドイツロマン主義の画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒを日本に初めて紹介したり、瀬戸大橋のライトグレー色を提案したことでも知られています。1950年に発表された《道》は、画家としての地位を築いた代表作といわれています。
青森県の種差海岸で目にした牧場に着想を得て描かれました。人物も草木もなく、やわらかな緑と白を基調とした緩やかな丘陵を、一本の道が中央を貫いて伸びています。東山は「遠くの丘の上の空をすこし明るくして、遠くの道がやや右上りに画面の外に消えていくようにすることによって、これから歩もうとする道という感じが強くなった」と語ったそうです。
太平洋戦争への召集や肉親の相次ぐ死去など、絶望を味わった彼にとって、ようやく見つけた希望の道だったのかもしれません。人生の岐路に立って足がすくむとき、ただひたすらに続く道は、「自分の選んだ道を信じて歩み出せばいい」と、わたしたちの背中をあたたかく後押ししてくれます。東京国立近代美術館の作品ページから鑑賞してみてくださいね。
常設展示室で、人生を変える一枚と出会う
常設展示室に佇む名画たちは、人生の岐路で迷うとき、言葉を超えて背中をそっと押してくれます。本を開いて物語の余韻に浸るもよし、ふらりと美術館へ足を運んで実物を鑑賞するもよし。いつでもわたしたちを迎えてくれる常設展で、未来を切り開く特別な一枚を見つけてみませんか?
参考
・原田マハ 著(2021年)『常設展示室―Permanent Collection―』新潮文庫
・大髙保二郎・松田健児 著(2020年)『もっと知りたいピカソ 改訂版』東京美術
・圀府寺司 著(2021年)『もっと知りたいゴッホ 改訂版』東京美術
・天野知香 著(2020年)『もっと知りたいマティス』東京美術
・尾崎正明 監修、鶴見香織 著(2008年)『もっと知りたい東山魁夷』東京美術
・Pablo Picasso - The Blind Man's Meal - The Metropolitan Museum of Art
・デルフト眺望 - Wikipedia
・Johannes Vermeer View of Delft | Mauritshuis
・大公の聖母 - Wikipedia
・La Madonna del Granduca di Raffaello | Gallerie degli Uffizi
・ばら (ゴッホの絵画) - Wikipedia
・ばら|国立西洋美術館
・アンリ・マティス - Wikipedia
・Gallery Two | The Metropolitan Museum of Art
・道 (絵画) - Wikipedia
・道 - 東京国立近代美術館
・道 - 東山魁夷記念一般財団法人
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ライター。若手社会人応援メディアや演劇紹介メディアを中心に活動中。ぬいぐるみと本をこよなく愛しています。アート作品では特に、クロード・モネ《桃の入った瓶》がお気に入りです。








